第27話:追跡
この遺跡は、むやみに広い。
遺跡周辺には、百人近い冒険者や調査隊がいたが、遺跡内部でそれらの人々とは遭遇しない。
地下三階以上で殺される事件が起こっているため、さっさと地下四階に潜っていく者達が多いのはその通りだが、それにしても少ない。
「・・・・・・というか、あれか? 今の状況だと、俺らの場合は、むしろここら辺をうろつくべきなのか?」
モリヒトの気づきに、クリシャも、あー、とうなづいた。
モリヒト達が受けている依頼は、遺跡内部での魔獣調査だ。
魔獣が発生していないか、それらが危険な状況を生んでいないか、という調査である。
討伐はメインではないが、できるなら討伐した方がいい。
そういう状況で、今地下三階以上に潜る冒険者が少ない場合、地下三階までで魔獣が現れても、討伐されない可能性がある。
そういったものは逃せないだろう。
「フェリ。なんかいたら知らせてくれ。そっちの討伐優先だ」
「わかった」
索敵は、フェリに任せる方が正しい。
フェリの感覚は、普通の人間のそれよりはるかに高い。
『瘤』の魔獣は、あまり生物的なにおいはしないが、それでもフェリには感覚的にはっきりとわかるらしい。
モリヒトの方でも、近くまで来られると、ざわざわした感触がある。
感触の理由は、おそらくはモリヒトの体質によるものだろう。
「そういえば、地下にいくほど、通路って広くなるらしいね?」
クリシャの言葉に、モリヒトはへえ、と返す。
遺跡の地下部分は、両手を広げれば指先がかろうじて触れるか触れないか、という程度の幅だ。
天井はそれなりの広さがあるが、剣を持って伸ばせば、それで剣先が触れるくらい。
そういう広さだから、武器を振り回すには向いていない。
大概は、武器を抜いてもギリギリで振る。
縦振り、あるいは突きだ。
横振りは、短い武器でない限りは壁につかえてしまう。
「・・・・・・お? 来るぞー」
フェリが、そんな警告を出してきた。
クルワが構えたところで、モリヒトもざわざわとした感覚を得る。
それと同時に、ん? とモリヒトは首を傾げる。
「・・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
「いや、今、なんか遠くで・・・・・・」
魔力の感じが、少し変わった。
あるいは、風が吹いた、とでも言うべきか。
こんな地下では、空気の流れなど感じられないはずだが、モリヒトは今そういう流れのようなものを感じた。
「・・・・・・クルワ。ちょっと下がろう。クリシャ、周りになんかいないか見てくれ」
フェリの手を引いて、モリヒトはその場を離れる。
向かう先は、自分が感じた流れから外れる方だ。
もしかして、と思うことがあった。
そして、静かに息をひそめて音を殺すと、わずかにごん、という衝撃音が聞こえて来た。
「お? 血の匂い」
その後、フェリが言った。
「今、何か音は聞こえるか?」
「・・・・・・んー? ずるずる?」
何かを引きずるような音、ということだろうか。
だから、その場所へと向かう。
「・・・・・・血の跡だ」
そこには、血の跡だけが残っている。
そして、その血の跡は、通路の一つへと続いていた。
「・・・・・・これ、まだ新しいよ」
触れると、べっとりと手に着く。
それを見て、クリシャが通路の先をにらんだ。
「どういうこと?」
「追いかけてみればいい」
足元の血は、すでに黒ずみ始めている。
暗闇のなかでは、そろそろ見えにくくなっていくだろう。
見えなくなってしまう前に、痕跡を追いかけていこうと思う。
** ++ **
前を行くものに追い付かないように、と歩いていく。
そうすると、モリヒトの感覚的には、歩いて行く先は、流れの先だ。
「・・・・・・やっぱりかー」
「どうしたの?」
「いや、なんか、ここら辺の魔力に流れが生まれてる」
「流れ?」
クリシャは首を傾げたが、モリヒトととしてもちょっと説明しづらい感覚だ。
この遺跡は、地脈を流れる魔力の吹き溜まり、とでも言うべき場所だ。
だからか、内部では魔力の流れ、というのは感じづらい。
だが、今ここに来て、魔力の流れのようなものを感じた。
「たぶん、どっかの入り口が開いたんだろう。それで、今までなかった流れが生まれた」
「ということは?」
「向かう先に、隠し扉があって、そこを出入りしているやつがいる」
かもしれない、とモリヒトは付け足す。
別の理由も考えられないではない。
たとえば、『瘤』ができて、そこから魔獣が生まれた時に、魔力の流れが生まれる可能性もある。
それに、階段もあるのだ。
かすかな流れ、というのは、別の理由で発生するかもしれない。
ただ、地面を何か血を流すものを引きずった跡がある、というのは、今までの一連の事件と同じ特徴だ。
「調査って名目もあるし、調べておかないと」
「そうね。・・・・・・待って」
「ん?」
「明かり消して」
言われて、モリヒトが明かりを消すと、通路の向こう側がぼんやりと明るい。
「追い付いた。これ以上近づくと気づかれるかも」
「じゃあ、静かに追いかけよう」
そうやりながら、しばらく追いかけたところで、モリヒトが感じていた魔力の流れが消えた。
それとともに、ぼんやりと見えていた明かりも消えてしまう。
「・・・・・・止まったな」
「ちょっと待って」
明かりをつけて、足元を照らす。
引きずっていた痕跡は、途中で消えていた。
「・・・・・・この辺、ということか」
「探してみる?」
「地図にマークを入れて、と」
さて、どういう仕掛けだ? とモリヒトは、周辺の壁の観察を始めた。
** ++ **
結果として、それほど時間を置かずに、痕跡は見つかった。
壁の一部に、血がついていたからだ。
おそらくは、仕留めた魔獣の血だろう。
それを持っていた手で、そこに触れたからだろう。
「・・・・・・スイッチか?」
「違うね。そういう感じじゃない」
「だとすると?」
「たぶん、魔術具」
魔力を流すと開く、ということだ。
「・・・・・・開けたら、中にいるやつに気づかれるかもしれない」
「・・・・・・さて、どうしようか?」
モリヒトは、顎を撫でながら考えた。
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