第20話:地瘤鎮行(1)
王都から少し離れた森の中。
不自然にぽっかりと開いた森の一隅。
モリヒト、ルイホウ、セイヴの三人が、地震の原因でもある、瘤と向き合う場所だ。
周辺では、土が盛り上がって土人形となり、空き地の中央に盛り上がる瘤へと向かおうと蠢いていた。
だが、それを阻むものがある。
燃え盛る炎の壁だ。
踊るように巡る炎の壁は、セイヴによって生み出されたものだ。
森の中、瘤の周囲をぐるりと隙間なく巡っている。
空気がなくなりそうなものだが、セイヴが魔術として制御しているからか、不思議と熱はあまり感じない。
だが、所詮は炎だ。
獣ならば恐れ、ためらうような勢いの炎も、土でできた人形たちは、恐れず壁を越えて侵入しようとする。
踏み越え、炎の壁の内側に現れた瞬間、土人形は砕かれた。
炎の壁は、防ぐための壁ではない。
境界を示すラインだ。
このラインを越えたものを、全て砕く、というラインだ。
セイヴは一つも漏らさずにそれを行う。
その両手には、炎を強く吹き出すレッドジャックがある。
炎を越えた土人形に対し、一振りする。
炎の乗った一撃は、高い破壊力で土人形を打ち砕く。
セイヴから瘤を挟んだ反対側へと、乗り越える土人形がいる。
それに対し、セイヴはやはり剣を振るう。
炎の壁に向かって放たれた剣の一撃は、炎を生み、炎の壁に沿って走って、壁を乗り越えた土人形を破砕した。
あるいは、剣先に宿った炎を飛ばす。
軌跡がまるで、弧を描く槍の一撃のように、土人形を貫き砕く。
今度は二箇所から侵入してくる。
だが、レッドジャックは双剣だ。
互いに一振りずつ。
それで、同じように炎が跳び、土人形を打ち砕く。
先ほどから、ほとんどこの繰り返しだ。
瘤の周りを駆け回りながら、セイヴは次々と土人形を砕いていた。
「ああ、だが、キリがない!!」
「何? 弱音?」
思わず叫んだ一言に対するモリヒトの返しに、いらっとした。
「ふん」
足元の土くれの欠片を、蹴った。
「痛って!!」
狙いたがわずモリヒトの頭に当たり、セイヴはにやりと笑う。
「場が悪い。こいつら、どっかに生成魔術陣がある。だが俺様の剣の間合いの外だ」
「ああ、要するに、ここをさっさと片付けないと、いつまでもお前は戦うんだぞ、と」
「そういうことだ」
ふんふん、とモリヒトは頷くと、
「なるほど。つまり、ゆっくりやれ、ということだな」
したり顔で頷くモリヒトにセイヴは怒鳴り返す。
「逆だアホ!! 遊んでないでさっさと済ませろ!!」
「別に遊んでいるつもりはないんだが・・・・・・」
「だったら貴様のその状態は一体何の冗談だ!?」
「はっはっは。・・・・・・本当になあ・・・・・・」
盛り上がった瘤の中に右腕を取り込まれた状態で、モリヒトは笑うのだった。
** ++ **
「本当、何でこうなった?」
「・・・・・・余裕見せている場合ですか? はい」
半目でじと、と睨まれ、モリヒトは、うむ、と唸った。
「とりあえず、状況を整理しよう」
落ち着け落ち着け、と頷くモリヒトと、ため息をつく
「そうですね。はい」
「まず、瘤を発見しました」
盛り上がっている様は、ちょっと迫力があってすごい。
動かないから、土でできた形の悪い像にも見えた。
「対処方法は、私が知っています。はい」
「でも、その対処方法をやるための障害がありました」
瘤の額に埋まる少女だ。
赤と茶の色の混ざった髪の少女で、今はルイホウの傍らの地面に寝かされている。
「その子が埋まったままだと、ルイホウの対処方法は、その子を殺してしまいます」
「その通りです。はい」
「だから助けないといけません」
「はい。はい」
「助けたら、俺の腕が埋まりました」
「そこですね。はしょらないでください。はい」
大事なところです、はい、とルイホウにツッコミを入れられ、
「いや、だけど、わからねえじゃん?」
「状況を整理するのでは? はい」
「俺の腕が埋まっています。以上」
「以上じゃありません! はい」
「むう・・・・・・」
「何か・・・・・・余裕だなあ、貴様ら」
横をすり抜けざま、セイヴが呆れの声を残していく。
「やばい状況でこそ落ち着かないと」
「少しは慌ててください。はい」
「とは言われても、どうするか・・・・・・?」
うーむ、と左腕だけで器用に腕を組む。
正直、本当に何が起こったのかは分かっていないのだ。
とりあえす引っ張ってみようか、とモリヒトが埋まっている少女の外に出ている部分に触れた。
その際、瘤に右手の先が接触したのだが、そこからぐい、とモリヒトが引き込まれたのだ。
右腕が引き込まれるにしたがって、埋まっていた少女の体が外に出たため、左腕を一気に引っ張り出したところ、右腕が肘ぐらいまで埋まってしまうことと引き換えに、埋まっていた少女を完全に外に出すことができた。
「・・・・・・ルイホウ。その子は大丈夫なのか?」
傍らの地面に横たえられた少女に目をやる。
「問題ありません。はい。眠ってはいますが、健康状態に異常はありません。はい」
先ほどまで脈を測ったり、魔力による波を当てたり、といろいろ診断していたルイホウの言葉だ。
魔術を利用した医術も修めているルイホウの言葉だから、それは信じられる。
「そうか。なら、その子とこの瘤との繋がりは切れていて、代わりに俺が繋がっている、と、そういうことだな」
「その通りです。はい」
うん、と一つ頷く。
「じゃあ、埋まっていたのは、その子でないといけない、というわけじゃない」
モリヒトが代わることのできた理由があるはずだ。
その理由さえ見つかれば、代わりを持ってきて、腕を抜くことはできる。
「・・・・・・とはいえ、状況を思い出しても、何か特別なことをやった覚えはないんだよな」
「そうですね。はい」
「さて、どうするか・・・・・・?」
ある程度時間があるなら、何とかできるかもしれないが、
「ちょっとずつだけど、引き込まれてるよな。俺」
「少しずつですが、埋まっていってますね。はい」
最初は肘の手前だったが、今は既に肘を過ぎている。
むう、と考える。
時間制限がある。
セイヴとて、いつかは魔力切れを起こすだろう。
そうなると、とりあえずでも何か対処をするしかない。
うん、とモリヒトは一つ頷いて、
「・・・・・・仕方ない。腕を落とすか」
「何言ってるんですか!! はい!!」
「あはは。冗談冗談。さすがに腕一本なくすのは・・・・・・」
「そんなことすれば死にますよ!? 腕一本落としたぐらい、生やすのは簡単ですが、死んでたら戻せませんから! はい」
「・・・・・・あ、腕は生えるんだ・・・・・・」
言うこと違う、と思いつつも、モリヒトはルイホウに落ち着け、となだめる。
しかし、と先ほどルイホウが発した言葉に引っかかりを感じた。
「・・・・・・腕落としたら死ぬ?」
腕は生やすことができる、というのに、落としたら死ぬ、というのも妙な話だ。
ルイホウは、モリヒトと瘤を交互に見ながら、
「今、モリヒト様は、右腕を通じて、瘤を通し、地脈と繋がっています。はい。今腕を落としたら、全魔力と全生命力を地脈に持っていかれて、死にます。はい」
「・・・・・・おおう。・・・・・・やばいねえ・・・・・・」
さすがに、そこまでとは思っていなかった。
冷や汗が流れる。
「それって、その子を引っこ抜いて助けるのは無理って言ってたのと、同じ理由だな?」
「はい。はい」
「・・・・・・となると、俺とその子が、役割が入れ替わった理由を、考えるべきだな」
「それしかありません。はい」
「しょうがない。もう少し、根っこの部分を整理しようか。ルイホウ」
「根っこ、ですか? はい」
「うん。最初に俺が聞いたことな」
少女を助けよう、とそう決めた後のことだ。
** ++ **
少女を助けよう、と決めた後、モリヒトはルイホウに説明を求めた。
「とりあえず、作業開始前に確認したいことがあるんだけどさ」
「何でしょうか? はい」
短剣を手の中で弄びつつ、モリヒトは地面に線を一本引いた。
「これが、地脈だとする」
「これが? はい」
「弦楽器の弦みたいに、振動を伝える糸だと仮定すれば、地脈は魔力つまりは振動を遠くへと伝えるわけだ」
「ああ、なるほど。その理解は正しいですね。はい」
「で、弦楽器ってのは、使っていれば、いずれ音に狂いが出る。弦が伸びたり、縮んだり、劣化して震えなくなったりってなもんだ」
そして、それを直すのが、
「チューニング。調律。・・・・・・で、瘤ってのは、それがさらに大きくなったもの。つまり・・・・・・」
地面に引いた線の一部を消し、そこに一箇所だけΩのような輪を書き足した。
「こんな具合に、波がおかしな形で丸まって、しかも戻らなくなった状態。で、この輪の部分が、今俺らの目の前にあるこれだとする。・・・・・・この理解、合ってる?」
「問題ありません。はい」
「で、『竜殺し』は、この線を真っ直ぐに伸ばす作業だと思えばいいかな?」
「大丈夫です。はい」
「じゃあ、次。君の見解を聞きたい」
目の前の瘤の額に埋まった少女を見て、
「この子は、この輪の一部分に、何か色を足しただけなのか、それとも・・・・・・」
輪の一部を消し、二重線で書き直す。
「こういう感じで、地脈の繋がりの中に異物を挟み込んでいるのか」
「・・・・・・感じからして、おそらく後者でしょうね。はい」
「ということは、この部分だけを切り離して繋ぎ直せば、この子は助けられるかも?」
「・・・・・・おそらくはそうでしょう。はい」
ふむ、と顎に手を当てて、一つ唸った。
「逆に、このまま竜殺ししてしまうと、差し挟んだ異物と一緒に真っ直ぐ伸ばしちまうから、この子も地脈に巻き込まれて、溶けちまうってところかな?」
「まさしく、その通りですね。はい」
こく、とルイホウは一つ頷き、ですが、と続けた。
「この二重になっている線の部分を、この子だとして、どこまでがこの子なのかが分かりません。はい」
「うん? 目の前に出てるんだから、ちょっとずつ削ってけば分からないか?」
「無理です。はい。・・・・・・先ほどの弦の例えを用いるなら、この二重になっている弦と、地脈の弦は、複雑に結ばれているはずです。はい」
「・・・・・・仮に、二重の方を途中で切ったら、どうなる?」
「引っこ抜く前に、地脈に全て吸い取られて消えるかと。はい」
む、とモリヒトは真剣な顔になった。
「地脈の一部になってしまうってことか?」
「そうです。はい」
「・・・・・・逆に、地脈の方を切ったら?」
「命は助かるかも知れませんが、後にどんな後遺症が残るか想像もつきません。はい。さらに、この事態の収拾がつかなくなるかと。はい」
「地脈にもダメージが入るってことか・・・・・・」
あー、と考える。
「・・・・・・まずいねえ・・・・・・。この子を殺してしまうのが、一番簡単な解決方法になってしまうではないか・・・・・・」
「・・・・・・そう、しますか? はい」
ルイホウの顔を見ると、ルイホウは伺うようにモリヒトの顔を見ている。
「それなら、私がやります。はい」
「やらせない」
はっきりと言い切る。
「絶対に、やらせないから」
「・・・・・・はい。はい」
だが、どうしよう、と考えて、とりあえず、少女の体に右手で触れてみた。
高さ的に足を触ってしまうのが心苦しいが、
「温かいし、鼓動もある。まだ生きているんだよな・・・・・・」
ついでに言うと、すべすべしていよい触り心地だ。
「いくつぐらいだと思う?」
「とりあえず、モリヒト様が変態と呼ばれるくらいかと。はい」
思ったより冷たい声で言われて、ははは、と笑いながら、少女の埋まる脇の土に手を触れてみた。
瞬間のことだ。
ずるり、と少女の体が吐き出されて、ずぶり、とモリヒトの右手が土に沈む。
「・・・・・・おお?!」
不意のことに遅れて驚く。
とっさに少女の体を左手で抱くように引っこ抜けたのは、思いがけずのことだった。
「モリヒト様?! はい!?」
そして、今に至るというわけだ。