第11話:仕事前
この世界で、海、というのは深い。
大陸周辺でなければ、人間が海底にたどり着くことは、おそらく不可能だろう。
だが、その海底で生きるものはいる。
魚介類、あるいは、海獣だ。
知っている人間は皆無と言っていいが、深海に近づくほど、海獣は小型化していく。
水圧によって圧縮されるからだ。
一方で、力は深海にいるものの方が圧倒的に上だ。
ただ、深海にいるものは、基本的に動かない。
** ++ **
カラジオル大陸近海。
その深海には、一匹の蛇がいる。
大陸すら囲えるのではないかと思えるほどに長い蛇が、海底にゆったりを身を横たえ、ゆっくりと呼吸をしている蛇だ。
蛇のくせに、鰓呼吸をしているので、もしかしたらウナギかもしれない。
それはともかく、横たわる蛇の体。
小さな山のようなそれに挟まれた、谷、あるいは盆地、とでも表現するような場所に、明らかに自然物ではない地形が存在する。
蛇の肉体は、それらの地形を器用に避けて横たわっていた。
まるで、それらの地形を回避しているようであり、あるいは、懐に抱いて守っているようでもあった。
蛇は、ゆるやかに横たわるだけで、動きはない。
その周囲を、大小さまざまな深海魚が動いている。
「―――!」
瞬間のことであった。
不意に、海底が蠢動した。
わずかに蛇が身じろいだのだ。
ほんのわずかなこと。
だが、蛇はその巨体をわずかに動かした。
そして、その身じろぎは終わる。
ほんの少し海底から巻き上がった砂塵は、海底を濁らせる。
だが、それもやがては落ち着いていき、元の海底の静寂へと戻っていった。
ただ、わずかに違っていたことがある。
蛇の巨体が取り巻く、とある場所から、蛇の胴体が普段より離れていたことだ。
** ++ **
「さて、そういうわけで、仕事の時間だ」
気分を盛り上げるべく、モリヒトはもらった情報を整理する。
「行先は、王都から少し離れたところにあるなんかの遺跡」
「なんかって・・・・・・」
「よくわからんし」
モリヒトは、肩をすくめた。
遺跡の正体はわかっていない。
今回の件で重要なのは、
「その遺跡に魔獣の類がいないか。その調査をすること」
可能なら、排除も含めるらしい。
「ボクたちだけでっていうのも、ちょっと無茶ではあるよね」
「遺跡あさりの冒険者が、大体いつもいるんだと」
むしろ、そいつらには気をつけろ、とも言われた。
「『赤熱の轟天団』の中で、傭兵を続ける選択をしたやつらが、何人か先に派遣されてるらしいから、現地合流」
「要は、そういう傭兵業の一環として、報酬のある仕事をもらったってわけよね」
「そういうことだ」
ぶっちゃけてしまうと、さほど危険度の高くない依頼で、報酬をくれよう、という話ではある。
もっとも、モリヒト達の戦闘能力を高く見ている、というのも事実だろう。
バンダッタとの戦闘でも、かなりの威力を発揮したのだから、それは当然といえる。
加えて言えば、モリヒト達が魔術をメインの戦法としている、ということも大きいだろう。
魔術具を使う者がおおいこの大陸で、魔術をメインとする、というのは大きい。
「遺跡のある場所は、地脈の上らしいからなあ」
魔力の満ちた場所だ。
魔術具は、誤作動を起こす可能性が高い。
専用の調整を施していなければ、暴走する危険すらある。
それだけに、魔術のみで戦闘が可能なモリヒト達は、うってつけですらあるのだという。
「ま、仕事があるのはいいことだ。それなりに時間をかけられる依頼だっていうのもありがたいね」
なにせ、
「迎えが来るまでは暇だからなあ」
ははは、とモリヒトは笑うのだった。
** ++ **
「・・・・・・あれか」
「あれね」
夜の闇。
その中で、星の光を受けて輝く三色の色が混じった白髪。
ミケイルだ。
となりにサラを連れた状態で、高台から下を見下ろしている。
二人が見下ろしている先には、たむろっている獣の群れがあった。
「・・・・・・ただの獣だな」
「そうね。魔獣の類ではないわ」
二人は、近隣の村であった魔獣の目撃情報から、討伐の依頼を受けて動いていた。
暇つぶしと適度な戦闘訓練を兼ねる、日銭稼ぎである。
先の事件以降、ベリガルからの連絡もなく、二人は流れの傭兵として生活をしていた。
もっとも、今回は、外れだ。
魔獣の目撃情報だったが、そこにいたのは、ただの獣である。
特に魔力が濃い地帯でもないのに、魔獣が狂乱せず、のんきにしている。
ただの獣だ。
「・・・・・・ま、とはいえ、肉食獣。狩っておくか」
「そう? わかったわ」
サラは立ち上がる。
それに対し、ミケイルはその場で、ぐい、ぐい、と屈伸をして、
「じゃ、行ってくる」
「あら」
ミケイルは、跳んだ。
まるで一瞬、姿が掻き消えたように見えるほどの速度で、ミケイルは獣の方へと跳躍する。
それから、地面に着地し、駆け出す。
獣が気づき、反応するまでの間に、ミケイルは近づき、ぶん殴った。
首を撃ち抜かれた獣は、そのまま首の骨を折って、息絶えた。
「さて、と」
そのまま、周囲に散った獣を追ってつぶしていく。
やがて狩り終わり、死体を持って戻ってくると、サラが解体を始めていた。
「ほら、手伝ってよ」
「はいはい」
ふう、とミケイルはため息を吐きながらも、手伝いに入った。
「ねえ?」
「なんだ?」
「これからどうするの?」
「別に、このままでもいいと思うがなあ」
「・・・・・・本当に、そう思ってる?」
「・・・・・・あのおっさんから、何かない限りは、な」
「・・・・・・あの人の言うこと、聞く必要あるのかしら」
「・・・・・・・・・・・・」
ミケイルは、答えなかった。
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