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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第19話:王城襲撃(5)

 中庭を、リズは駆け抜ける。

 リズは、アートリアだ。

 ウェキアスとは、女神の種を埋め込まれた道具であり、その道具の姿そのものだ。

 女性の人型、女神の似姿を顕現させるアートリアは、ウェキアスの力が一段上へ上がった段階である。

 女神の種を所有すること自体は、たまたま持っていた、とか、いつの間にか持っていた、ということが多いが、手間と金を惜しまなければ、望んで手に入れることも決して不可能な代物ではない。

 だが、力の足りないものが手に入れたところで、ウェキアスはウェキアスとしての姿のまま、アートリアを生み出したりはしない。

 力をつけ、相応しい使い手となれば、アートリアの顕現が起こる。

 ウェキアスの使い手として、アートリアを侍らせることができるものと、できないものとでは、超えることのできない力の差がある。

 だが、アートリアは、自らの手で種を埋め込んだウェキアスからしか顕現しない。

 かつてアートリアの顕現したことのあるウェキアスであろうと、他人が振るう時にアートリアが姿を現すことはない。

 さらに言うと、アートリアは所有者から離れられる距離にも一定の限界がある。

 所有者の死んだウェキアスは、女神の力を失い、力の残滓を振るうことしかできなくなる。

 それでも、普通の道具より高い力を持つし、発動体としても相当な力を持つため、かなりの高値で取引される。

 使い手の来歴によっては、国宝として扱われるものもある。

 国によっては、女神の種自体が国宝として扱われているところもある。

 それはさておき、アートリアは、自らの意思を持つ知性ある存在だ。

 決して、所有者の意思に従うのみの、人形などではない。

 だが、タマの例を見れば明らかなように、生まれたばかりのアートリアは、幼い。

 所有者が傍にいなければ、単独で動くことは困難であり、また、一生をかけても、それ以上の成長を見ることができないことも、よくある話だ。

 その中で、リズは、アートリアとしても一つ抜けた力を持っている。

 アートリアの、さらに一段上の段階を踏んでいるといってもいい。

 事前に魔力の受け渡しが必要とはいえ、所有者であるセイヴから大きく離れて行動できるアートリアは、世界広しといえど、リズくらいのものだろう。

 二年ほど前なら、もう一人いた。

 黒髪の主と、同じく黒髪のアートリアだった。

 先代の異王とそのアートリアだ。

 飄々とした掴みどころのない性格で、人を翻弄しては楽しむような言動と、その主の後ろにぴったりと静かに寄り添う静かなアートリア。

 アートリアがウェキアスの姿を取ったところを見たことがないため、気づかなければ、二人の人間だと思うような二人組。

 リズがセイヴのアートリアとして顕現したのは、先代異王のアートリアが顕現してから二十年以上後の話。

 槍のウェキアスから生まれたアートリアと聞いているが、その槍としての姿を見たのは、先代異王の崩御後、国宝として宝物庫に納められるその槍を見送ったのが最初で最後だった。

 セイヴは、戦う時にリズが近くにいれば、躊躇なく使うというのに。

 セイヴが初めて、ウェキアス、アリズベータを手に入れ、アートリア、リズを顕現させたのは、三歳のころだ。

 元となっているのは、守護の剣。

 オルクト魔帝国で、男の赤子が生まれると両親から送られる、『命の剣』が原型だ。

 親が子供に対して思う願いを込めた剣。

 生まれてから、リズはセイヴとともに成長してきた。

 セイヴの成長に合わせるように、リズは成長していった。

 魔術の技能の習得から、武術の習得も含めただ。

 全てをセイヴと共にしたリズは、セイヴとほぼ同等の武術を使える。

 セイヴとほぼ同等の魔術行使も可能だ。

 それは、リズの誇りであり、セイヴの力の証明でもある。

 リズは自らの持つ炎を、セイヴのそれと同等のものして誇る。

 自らの持つ炎は、世界で最も優れた炎なのだと誇りを抱く。

 だから、リズは駆け抜ける。

 騎士達が対峙している炎の巨人。

 炎のみでできた巨人は、セイヴの魔力をもって顕現しているリズと似通った存在かもしれない。

 生身の肉体ならば触れた瞬間に炭になりそうなその熱量を、さらに上回る炎熱で焼き払う。

 上階へと叩きつけられる寸前の腕を切り落として焼き払い、さらにその本体の核となっているものを感知して自らの凝縮した炎を叩きつけて潰す。

 炭にするどころか、触れた瞬間に跡形もなく蒸発するほどの熱量をたたきつけ、力任せい薙ぎ払った。

 仮にも女神の名を冠するものが、たかが魔術に負けるはずがない。

 周囲、唖然とした顔をさらす兵士たちを置いて、さらに奥へと踏み込んでいく。

 そうして廊下に沿って進めば、さらに一体の炎の怪物。

 それも、突き抜けるように焼き払う。

 勢いのままに進み過ぎたせいで、あやうく騎士達も焼いてしまいそうになったが、そこはとっさに避けた。

 騎士達を飛び越え、さらに奥にいる炎の巨人へと攻撃を叩きつける。

 焼き散らした炎を越えて、着地して動きを止める。

「あえて言います・・・・・・。アトリ様ですか」

 炎を抜けた先で、アトリと出会った。

「・・・・・・リズね? セイヴさんとこの」

 炎の巨人は焼き払ったものの、リズの放った分の熱量もあって、残留した熱気はそれなりに高い。

 さらには、一度は焼き払ったはずの炎の巨人が、熱気を集めて再構成されようとしている。

 とりあえず、渦巻く炎を生み出し、周囲の熱気を遮断しておく。

 前方は氷で塞がれていて、

「あえて言います・・・・・・。たかが氷が」

「うわ。何か好戦的ね」

「あえて言います・・・・・・。奥に、エリシア様がおられますね?」

「ええ。でも、ユキオもいるし、大丈夫よ」

 ふう、と汗を拭いながら、アトリはのんびりと回答する。

「ユキオなら、タマもいるし、何とかするでしょうから」

 言いながら、アトリは二人を囲む、渦巻く炎を見た。

「それよりも、なんか再生しそうなアレ、なんとかしないと」

「あえて言います・・・・・・。先に片付けた方がよさそうですね」

 リズは、改めて両腕に炎を宿し、両側へと叩きつける。

 それだけだが、集まりかけていた熱気が散っていく。

「・・・・・・しかし、炎の敵を炎で倒すとか・・・・・・。色々無茶苦茶ね」

「あえて言います・・・・・・。格の違いです」

「言い切ったし・・・・・・」

 消滅してしまった両側の敵を見て、アトリは感嘆のため息を吐く。

「やっぱり、魔術対策の武具は必須ね。今後のためにも」

「あえて言います・・・・・・。それなら、宝物庫を覗いてみてはどうですか?」

「宝物庫?」

「あえて言います・・・・・・。かつての守護者や、歴代の異王達が使っていたウェキアスがいくつか残っていると思います。完全に力を発揮することはできませんが、そこらの発動体などよりははるかに高性能なはずです」

「へえ・・・・・・」

 今度頼んでみよう、と頷くアトリに、リズは告げる。

「あえて言います・・・・・・。どいてください。入り口を開きます」

「はいはい」

 腕に炎を。

 入り口を閉ざす氷柱へと叩きつける。

 轟音が響くが、やはり氷は解けない。

「あえて言います・・・・・・。これは、見た目こそ氷ですが、どちらかというと鉱石に近いですね」

 奇妙な物質ではあるが、

「破れそう?」

「あえて言います・・・・・・。だから何だと言いたいところです」

 さらに強い炎を腕に宿し、さらに質を変える。

 炎を凝縮させ、固めてまるで刃のような形状にまで鋭くする。

「・・・・・・あら?」

 アトリがふと声を上げたため、リズはちらりと背後を一瞥した。

 先ほど叩き潰した敵の焦げ跡から、何かが立ち上がった。

「・・・・・・人ね」

 アトリが言うとおり、それは人だった。

 黒衣の人間だ。

「あれが親玉かしら」

「あえて言います・・・・・・。私が・・・・・・」

 腕を下ろそうとしたリズに対し、アトリは剣を見せて制した。

「あれは、斬って斬れないわけじゃないでしょう? 私が担当するから、貴女は行きなさい」

 軽く自然体で構えるアトリを見て、リズは再度腕を振り上げた。

「あえて言います・・・・・・。では、お任せします」

 腕を振り下ろした。


** ++ **


 アトリは、背後の扉を塞いでいたものが、リズによって切り裂かれたことを一瞥して確認する。

 一度斬り付けただけでは切れ込みが入るだけだったが、だったら、とでも言うように、リズは数度斬り付けて、道を開いてしまった。

 その奥に、炎の人型を対峙するユキオの姿が見えたが、先ほどのリズの戦いを見る限り、大丈夫だろう。

 だから、前の敵に集中する。

 姿格好こそ、最初に出てきた者達と同じだが、どこか雰囲気が違う。

 敵の奥に、騎士達の姿も見えるが、

「あらま」

 さらに出てきた黒衣の敵に阻まれてしまった。

 あちらは、最初に出てきた者達とあまり変わらないようだ。

「・・・・・・ええっと、名乗るつもりはあるかしら?」

 剣を向け、首を傾げて聞いてみた。

「・・・・・・」

 無言で、敵は刃を抜く。

 反りのある薄い刃も、最初に出てきた敵と同じもの。

 だが、構えにスキがない。

「でしょうね」

 片手で構えていた剣の柄に、もう片方の手を添えた。

 元々、アトリの修める流派、対人に特化した武術だ。

 先ほどの炎の人型に比べれば、随分とやりやすい相手である。

 敵が踏み込んでくる。

 振り上げた刃が振り下ろされる。

 アトリは剣で受け、鍔迫り合いとなった。

 押し返そうとすれば、するりとかわされ、後ろへと距離を開けられた。

 崩れそうになったバランスを整えるためにも、前へと踏み込み距離を詰めた。

「―・・・・・・―」

 そこに、小さく詠唱の声が聞こえた。

「!!」

 とっさに飛び込む先を変えた直後、足元から氷柱が突き立った。

 そのまま直進していたら、下から貫かれていただろう位置だ。

「・・・・・・ああもう!」

 面倒臭い、と吐き捨てて、体勢を整える。

 敵の横へと抜ける動きを取っているため、そのまま回り込む動きへと変えた。

 背後へと回り込むが、その頃には敵も振り返っている。

 だが、回り込んだ勢いを利用して、剣を振りぬいて叩きつける。

 刃で受けられるが、その反動で刃を引き戻し、体の勢いを止めて、前へと踏み込んだ。

 接するほどに近くまで踏み込み、剣の柄から左手を離して、握り拳を叩き込む。

 間に手を挟まれて、防がれた。

「やっぱり、さっきまでと似てるようで違うわね?」

 武術で言うなら、同じ流派で、師範と弟子というような違いがある。

「ふん」

 当身に使った拳に、そのまま力を入れて、前へ踏み出した足に体重を込めて持ち上げた。

 片腕で、というのは、以前なら不可能だったが、今なら身体強化の腕輪がある。

 人一人程度ならたやすい。

 打ち上げるように持ち上げると、引き戻した刃を再度叩き付けた。

 かろうじて敵は間に刃を挟むが、そこに打ち付けた勢いで、壁へと叩き付けた。

 追撃する。

 剣を突き込んだが、転がってかわされた。

 立ち上がった敵に対し、アトリはさらに踏み込んで追撃する。

 息を吸い、踏み込みと共に吐き出して、斬り付ける。

 防がれた。

 反撃として突き出された刃を外へと弾いて、体を開けさせる。

「はっ!!」

 一閃は敵の胸を浅く切り裂いた。

 赤い線が空中に引かれる。

 弾かれるように後ずさった敵だが、

「アトリ様!!」

 敵の向こうからかかった声に、一瞬意識を奪われた。

 騎士達が、自分達を阻んでいた敵を排除したらしい。

 随分と早い、と思いつつも、踏み込んだ。

 間合いに捉え、剣を振るう。

 ぶつかり合った金属音と、剣が砕ける音がする。

 砕けたのはアトリの剣だ。

 どうやら、敵が使っていた刃はそれなりの品のようで、量産品の剣では強度が足りなかったらしい。

 だが、砕けるほどに強く打ち付けたおかげで、敵は刃を自分のコントロール下に戻せていない。

 砕けた剣の柄を捨て、敵に近づいてつかみかかる。

 敵は足で迎撃を放つが、膝を押さえて地へと押し返し、そのまま肘を相手の腹部へ。

 ほとんどタックルのように飛び込むことになったが、手を伸ばして相手の腕を取る。

 引き倒した。

 押し込んだ膝から手を離せば、反動で膝は浮く。

 足が踏ん張れなければ、倒すのは容易だ。

 引き倒し、腕を後ろに回して、うつ伏せに押し倒した。

 取った腕を折る勢いで、背に体重をかけ、床に叩きつけられたところで、片手を外して拳を作り、相手の後頭部を強く打つ。

 床との間で二度叩きつけられ、そのまま相手は力を失った。

「アトリ様!」

 騎士達が駆け寄ってくる。

「捕らえて。あの変身があるかもしれないから用心ね」

「了解!!」

 そう言って、手を伸ばす騎士達だったが、

「え?!」

 するり、とアトリが押さえていた手応えが消える。

 見返せば、まるで煙のように、黒衣が消えて、そこには焦げ跡だけが残っている。

「・・・・・・どういうこと・・・・・・?」

 押さえていた手を見れば、炭を握ったように真っ黒だ。

「・・・・・・燃えカスが、人間の形を取っていた?」

 騎士達も困惑したように互いを見合っている。

 よく見てみれば、彼らの鎧は煤で真っ黒になっている。

「・・・・・・ああもう! 意味が分からない! ・・・・・・とにかく、これはもう敵じゃない! だったら、ユキオ達の方に」

 どん、と執務室の方から爆音と衝撃が響いた。

 リズが飛び込んでいったことと合わせて考えれば、何が起こったかは明白で、

「あっちは、もう大丈夫そうね・・・・・・」

 ふう、と安堵のため息を吐くのだった。


** ++ **


 くっくっく、と笑い声が響いている。

 森の中、白衣の男は城の中の顛末を見て取って、笑っていた。

「やれやれ、めちゃくちゃだな。今代の魔皇も、その剣も」

 炎の敵を炎で上回る。

 常人の思考ではない。

「もっとも、あちらは余禄。本命はこちらか」

 白衣の男の視線が森の一画へと向かう。

 その先では、竜のもたげた首のように隆起した地面がある。

 その麓で行われている炎を伴った攻防がある。

「さて、あちらもそろそろ動くか」

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