第2話:別れの挨拶
世話になった人には挨拶をする。
人としての礼儀である。
モリヒトは、そんな思いから、アバントを訪ねていた。
アバントは、今麓の街にいる。
山で騒ぎが起こった後、しばらくのんびりするから、と麓の街にある自宅にいることにしたらしい。
「また、山に登るのか?」
「儂にしてみれば、終の棲家は、もはや山の方よ」
ほっほっほ、とアバントは笑う。
かつてはミュグラ教団に所属していた、というこの老人は、魔術関連の研究者でもある。
「・・・・・・じいさんは、どう思ってるんだ?」
だから、モリヒトは、ふと聞いていた。
「何についてじゃ?」
「真龍。あの、見たら見えるでかいの」
窓の外を指させば、はるか遠くに、かすむように巨大なその姿は見える。
結局、あれだけの事件の間も、真龍のその巨大な姿は、まったく変わってはいない。
「たまに、小動くらいはするんじゃが」
「そうなのか?」
「山におると、ようわかるとも。足元がすこうし、揺れるんじゃよ」
「へえ・・・・・・」
真龍は、この土地では、不動不変のものだ。
まったくうまくいくはずもなかった、とはいえ、
「仮に、ハミルトンの計画がうまくいってたとして、あの真龍がなくなったら、どうなってたと思う?」
「・・・・・・おそらく、大陸が沈む前に、国が滅んでおったのではないかの」
真龍がいなくなれば、魔力による支えが失われ、大陸が沈む。
それはたぶん、この世界にあるすべての大陸で、同じ結果となるのだろう。
だが、アバントは、その前に国が滅ぶ、という。
「この大陸の人間って、そんなあの真龍を信仰しているのか?」
「いや? そんなことはないはずじゃよ?」
アバントは、ふむ、と首を振る。
「この大陸の人間にとって、真龍とは、どうしようもないものの象徴じゃの」
近づこうにも、『守り手』によって阻まれる。
存在しなければ、この大陸にとって多大な災害が訪れることはわかっている。
だが、存在することによって、人の生きる領域が少なくなっているのも事実だ。
カラジオル大陸の真龍の魔力は、周辺の土地を岩場や砂地に変えてしまい、緑を減らす。
人にしろ動物にしろ、繁栄するには植物は必要なのだ。
「・・・・・・この大陸において、魔力、というのは、決して歓迎すべきばかりのもの、というわけではない」
だからこそ、
「触るべきではなく、思うべきでもない。だが、見れば確かにそこにいる」
「変な存在だなあ」
「・・・・・・人知の及ばぬ存在、というのは、総じてそういうものではないかね?」
「・・・・・・なるほど?」
よくわからないながらも、なんとなく思うところもあり、モリヒトはうなづいた。
「だが、見れば確実にそこにあるもの、というのは、その当人が思わぬところで、人の支えとなるものよ」
「そういうものか?」
「ある日、空の色がまったく変わって、二度と戻らん、となれば、人は慣れるまでどれだけ不安に思うじゃろうか」
まして、いなくなったら大陸に災禍が訪れる、となれば、真龍が不在となれば、人心はどれだけ乱れるか。
「国は、荒れるよ。少なくとも、この世の終わりを感じて、人は暴れるじゃろうの」
「・・・・・・それで、国は亡ぶ、か」
「さよう。まあ、そんな事態、人の力では引き起こしようもないじゃろうて」
アバントが笑いながら肩をすくめ、モリヒトも、そうか、とうなづくのだった。
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「では、ゆくのかい?」
「ああ。爺さんには、ほんと世話になった」
「なあに。儂がやったことなど、せいぜい屋根を提供した程度よ」
「それが、ありがたいぜって話よ」
モリヒトとクルワの両方を、ろくに事情も聞かずに受け入れてくれるような人間など、そうはいないだろう。
だから、モリヒトにとっては、ありがたい、となる。
「なに、宿代ならば、それに値するものを十分にもらったとも。主に労働で」
「まあ、石拾いで稼いだ分、爺さんには結構出したしなあ」
「ほっほっほ」
別に、そう言われたわけではないが、モリヒトとクルワが世話になってから、アバントの食事の世話は全部モリヒト達が拾ってきた石の代金で賄われている。
ほかにも、クルワが獣を狩ってきたり、とそれなりには働いているのだ。
食事の用意も、基本はクルワがやっていたことだし。
「久方ぶりに、人と過ごして、いい気分であったよ」
「ならいいさ。いなくなったからって、ボケるなよ?」
「心配せんでもええ。まだまだ長生きするとも」
「・・・・・・爺さんは、もう教団にはかかわらないのか?」
「必要がないわい。研究ならば、好きにできる。・・・・・・もっとも、いまさらすることなど、そうはないがの」
アバントにとっては、研究は、より広く、人間が生きられる領域を作るためのものだ。
だが、真龍をどけたい、とは思っていない。
「ほどほど。ほどほどでええのよ。皆が、明日を疑わずに生きられるのなら、それでのう」
「そうだなあ。それでいいよなあ」
うんうん、とモリヒトもうなづく。
「・・・・・・さて、おぬしも、いつまでもこんなじじいと話しておっても、仕方あるまい?」
「そうか? まあ、まだ時間はあるけどな」
ウェブルストとともに、王国に向かうことにはなっている。
とはいえ、『赤熱の轟天団』は、それなりの規模の傭兵団だ。
移動には、準備時間がかかる。
その準備時間の間に、モリヒトはアバントに別れを告げに来たのだ。
「他はどうした?」
「クルワは、いろいろ準備に動いてる。クリシャは、この街で保護した子供らの顔を見に行ってるよ」
この街で保護した二人の兄妹は、そのまま『赤熱の轟天団』預かり、となるらしい。
どこかいいところで、保護者が見つかればそちらに預けるつもりのようだ。
フェリは、このままついてくる、ということで、今はクリシャが連れている。
「王国に行ったからって、それで海を渡れるかは、わからない、とは言われたけどな」
要請したから、乗せられる、というものでもないだろう。
モリヒトを知っている者がいれば別だが、そうでもない限り、一回で乗せてもらえる、とは限らない。
「ま、見通しは立ったからな。のんびりいくさ」
「そうかい。・・・・・・気を付けての」
「おう。ありがとな」
はは、とモリヒトは笑った。
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