第18話:王城襲撃(4)
執務室へと飛び込んだユキオは、暗殺者とウリンの間へと割り込んだ。
左腕の八重玉遊纏からこぼれる光は、ほとんど全身に回っている。
一歩は床に亀裂を走らせるほどに衝撃があり、前へ出るその速度はものすごく速い。
それでいて、ユキオの思考は、その速度の領域にきちんと適応していた。
ユキオの視界の中、まるで時間が止まったかのようだ。
室内へ飛び込んだ瞬間に見て取った敵の配置を見て、一番手近な敵から順に当たる。
一人目を、右腕を振って吹き飛ばした。
二人目に、左拳を叩き込んで吹き飛ばした。
そこまでが、一瞬だ。
二人目を不意飛ばした時点で、一人目はまだ宙に浮いているのが見える。
そこで息を吐いて力を抜くように、一時的に八重玉遊纏の力を緩める。
八重玉遊纏の能力は、まだ分からないところが多い。
身体強化を発現しているようにも見えるが、アートリアを顕現させるほどのレベルの高いウェキアスなら、その程度は標準的に行うものらしい。
今のところは、ただ、とにかく強くなる、ということしかわかっておらず、おそらくはまだ別に能力を持っている可能性が高い。
セイヴが持つ『炎に覇を成す皇剣』ならば、炎の能力に類するそれが、八重玉遊纏にもあるはずだ。
アートリアであるタマがまだ幼いのは、きっとユキオがまだその能力を引き出せていないから。
だが、今敵と戦うには、その程度でもやるしかない。
二人目を吹き飛ばし、一時的に出力を弱めたことで、ユキオの思考の加速が緩やかになり、その視界の中で、三人目の敵がようやく動いた。
ユキオへと振り向き、刃を突き出してくる。
本来なら、目にも止まらない速さなのかもしれない。
だが、ユキオにとっては、遅い。
八重玉遊纏の出力を上げなおし、加速。
突き込まれた刃をかわし、そのまま蹴り飛ばした。
壁にたたきつけられ動かなくなる。
それで、執務室にいた敵は全てだ。
「ふう・・・・・・」
息を吐いて、ユキオはアヤカ達へと目を向けた。
「大丈夫ね?」
「はい! 大丈夫です!!」
アヤカが大きく頷いた。
その様子に笑みを浮かべ、大きく安堵の息を吐く。
何とか無事は確保した、と思う。
だが、敵はまだいる。
「後ろの方はまだ安全?」
「まだ、こちらからは敵は来ておりません」
メイドの一人が言う。
「でも、まだ警戒しておいて」
「はい!」
警戒は解けない。
まだ、氷は解けていないのだから。
「「「―・・・・・・―」」」
「っ! 今のは!?」
ささやかな詠唱が、ユキオの耳に届いた。
「姉さま!」
アヤカが指さすのは、吹き飛ばした三人の暗殺者だ。
それぞれの部屋の三方向に吹き飛ばしているが、それぞれから声が聞こえた。
「陛下! お下がりください!!」
ウリンの声に、反射的に飛びのいた直後、ユキオのいた位置に爆炎が生じた。
「何?!」
「「「―・・・・・・―」」」
また同じ声。
詠唱の中身の聞こえない詠唱。
ささやかなそれは、やはり三方向から聞こえる。
まだ動かない暗殺者達だ。
もう一度同じ攻撃か、とユキオが構えた直後、その暗殺者達の体が燃える。
「・・・・・・え?」
いきなりのことに呆然とするユキオ達の前で、燃えた炎が渦を巻いて一つになっていく。
「「「―・・・・・・―
焔の狂人」」」
それは、人型をとった。
三つの顔と六本の腕を持つ巨躯の鬼だ。
その身はすべて炎で構成されており、その巨躯からはすさまじい熱波が吹き寄せる。
「・・・・・・どういう魔術よ・・・・・・。これは」
ぐ、と構えを取るユキオの左腕で、八重玉遊纏が強く光を放り、それとともにユキオの感じる熱は軽減されていく。
「姉さま」
「大丈夫。任せなさい」
八重玉遊纏の光が守ってくれている。
ユキオには三面六臂の鬼が纏う炎の熱さは、感じない。
だが、部屋に置かれていた観葉植物が枯れていく。
炎に触れていない絨毯が、カーテンが、机の上に置かれていた紙が、木製の机が、ぶすぶすと音を立て煙を上げたかと思えば火を噴いた。
部屋全体の熱が上がり始め、周囲が火の海と化していく。
ふと見れば、暗殺者達の体はただの炭と化している。
「ウリン。下がって皆を守って。魔術で熱を防がないと、危ないから」
「はい」
こんな状況でも、入り口を塞ぐ氷柱は解けない。
もはや確定で、見た目どおりの氷ではないのだろう。
氷に見えるだけで、もしかすると鉱物の類なのかもしれない。
それはともかく、
「・・・・・・ウリン。終わったら、この部屋の家具は総入れ替えね」
焦げ臭い、と強気に笑う。
もっとも、火を噴いているところを見る限り、もしかすると燃えカスくらいしか残らないかもしれない。
「かしこまりました。陛下」
ウリンがにこりと笑って頷いた。
背後で、詠唱が聞こえ、熱を押し返すような風が生まれた。
アヤカ達はこれで大丈夫。
「さて、来なさい」
後はいつもどおり、強気に笑って、自分を押し通す。
** ++ **
執務室で起きた異変は、その外でも同様に起こっていた。
アトリの戦っていた相手が、何かを口に含む。
その後、ささやきのような詠唱が響き、変化は起こった。
その身が全て燃え上がり、そのまま渦を巻くように数人分が纏まったのだ。
アトリの戦っていた相手は五人。
槍を突き込んだ刹那、槍を巻き込むようにして全員が燃え上がり、三体分の炎の人型が現れた。
「・・・・・・これは、まずいわね」
単純に熱い。
炎の熱は、三方向から容赦なくアトリに吹き付ける。
周囲の布などが発火しているところを見るに、アトリの武器や服だって、発火してもおかしくない。
腕輪での身体強化と防護がなければ、到底耐え切れるものではないだろう。
「・・・・・・剣、通じるかしら?」
燃えた槍は捨ててしまった。
腰に差していた剣を抜く。
汗が流れるのを感じながら、アトリは構えた。
** ++ **
そしてそれは、廊下の向こうで足止めされていた騎士達も同じだ。
三人の騎士と対峙していた暗殺者が、不意に燃え上がり、一つになった。
五人が三体になったアトリの側に比べ、五人が一体になった騎士側の方が、熱量が高い。
結果として、騎士達は熱量の塊と正面から向き合うことになった。
だが、騎士達は慌てない。
さすがに、人が変化したことへの動揺はあるが、むしろ人から外れたことで、異王国騎士としてはよりやりやすい相手に変化したといえる。
相手が炎になったのもありがたい。
相手の属性がはっきり見える以上、魔術の選択もやりやすくなるのだから。
騎士達は自らの鎧へと魔力を注ぎ込んで効力を上げ、シャラは杖を構えて口を開いた。
** ++ **
「・・・・・・ほう?」
遠くの森の中、遠見の魔術を使って城内を覗いていた白衣の男は、顎をなでて頷いた。
「何だ。利用しろというまでもなく、すでに利用した後か」
** ++ **
中庭へと、矢は降り注いでいる。
その矢の多くは、生み出された敵には刺さり、動きを止めていくが、フードを被った人間達には当たらない。
敵が肉の壁となり、矢を防いでいるからだ。
「・・・・・・効果がないわけではないが・・・・・・」
敵の足を止めることはできているが、何分急なことだ。
矢の数は十分とはいえないし、術者と思われるフードの人間達に当たらねば意味がない。
「魔術兵!!」
「は!!」
魔術兵による魔術攻撃。
派手な火炎弾は、敵を焼いていくが、やはり石の周りの術者には届かない。
なにやら不思議な場のようなものができているらしく、石の周囲、ある一定範囲に到達すると、炎が乱れて掻き消えてしまう。
「・・・・・・埒が明かない!」
フェアトは、敵を睨んだ。
先ほどからこの繰り返しだ。
敵の数は明らかに減るが、だからといって、押し込みきれない。
矢を装填し、魔術兵が次の魔術を用意している隙は、下にいる兵士たちが中庭に踏み込んで対応している。
先ほど、グレストの突撃を援護もしたが、結局石までは届いていない。
そもそも、石からほぼ無尽蔵ともいえるほどに敵が出てくる。
それも、最初のころに比べると出てくる敵兵の数が増えている。
いつ尽きるとも知れない戦闘は、明らかに騎士達を疲弊させ始めている。
「このままでは・・・・・・!」
フェアトが見下ろす中庭では、騎士達による殲滅が続く。
そこに、不意に動きが生じた。
はじめは、小さな火だ。
倒した敵の一体が、発火したのだ。
「何だ?」
その火は、次々と燃え移り、広がっていく。
そうして、中庭は全て火に包まれた。
騎士達が中庭から退避する中、中庭の炎の中から、一体の巨人が起き上がる。
「何が起きるっていうんだ?!」
巨人は、頭の高さが三階に到達するほどだ。
炎の巨人の起き上がりに応じて、中庭の火の勢いは弱まり、様子がよく見えた。
今まで、敵を生み出し続けていた三つの石。
そこから伸びた炎の線が、炎の巨人と繋がっている。
敵を生み出すものから、炎の巨人を維持するものに変わったということだ。
「何だよ・・・・・・。これ」
呆然とした声が、回廊で弩を構えていた兵士たちから漏れた。
巨人は、周囲からの視線の中、動く。
ゆっくりと腕を持ち上げ、振り下ろした。
拳の着弾は、中庭だが、着弾地点から放射状に強い炎が撒き散らされた。
騎士達は慌てて盾を構え、魔術で防御を行う。
だが、炎の方が早い。
組まれた防御をすり抜け、僅かに炎が回廊へと達した。
悲鳴が聞こえる。
火が燃え移ったようだ。
消火を叫ぶ声と、巨人への対処を求める声だ。
「魔術兵! 水の魔術を詠唱しろ!!」
フェアトもまた、叫んでいた。
既に、二階や三階でも、撒き散らされる熱によって、発火したものがあるようだ。
戦闘に直接関与していない者達が、必死で消火にあたっている。
また、巨人が動いた。
腕を、中庭ではなく、入り口へと直接叩きつけようとしている。
「まずい!!」
慌てたように、入り口を固めていた騎士達が退避し、そこに拳が叩きつけられた。
火の手が上がる。
このままあの巨人に暴れさせると、王城そのものが火事になり、崩壊することになる。
じりじりと劣勢になっていたものが、いきなり激しく戦況が動いた。
石の傍にいた敵の姿は、すでになくなっている。
僅かに、石にへばり付いた黒こげが見える程度だ。
「副隊長!」
呼びかけに、フェアトがはっとする。
炎の巨人が、またも腕を持ち上げていた。
拳を引く。
狙う先は、フェアトたちのいる三階部分だ。
「全員退避!!」
その言葉に、ばたばたと動き出す中、引き絞られていた拳が振るわれた。
間に合わない。
拳の一撃は、下手をすれば回廊の壁を打ち抜くかもしれない。
そうなれば、崩壊は一層進む。
フェアトが迫る熱に歯噛みするも、拳は止まらない。
そして拳が、三階部分に叩きつけられ、
「あえて言います・・・・・・。ぬるい炎ですね」
そんな平坦な声とともに、炎の腕が、ずるりと落ちた。
** ++ **
中庭へと入る、正門側の入り口。
先ほど拳の一撃を受け、炎上していた場所だ。
燃え上がる炎が割れ、赤い少女が進み出る。
リズだ。
リズは、中庭の中央に陣取る巨人を見上げる。
「あえて言います・・・・・・。我が主の炎は、もっと熱いもの。この程度では、むしろ涼しいでしょう」
両腕を振り上げる。
その手に紅蓮の炎が宿り、吹き上がる。
進行方向は真っ直ぐ。
邪魔するものは、焼き払う。
そうする主の剣だから、そうした。
振り下ろされた両腕から、紅蓮の炎が伸び、炎の巨人を両断した。
その軌道上にあった石の一つが、紅蓮の炎を受けて砕け散る。
瞬間、炎の巨人が、明らかに小さくなった。
「あえて言います・・・・・・。急ぎますので」
だが、リズはそれを無視し、両断され、空いた隙間を真っ直ぐに突き抜けていく。
通りざまに、残りの二つの石も破壊していくおまけつきだ。
後には、もとに戻ろうとしながらもやがて燃え尽きていく炎の巨人と、呆然と見送る騎士達が残されたのだった。