表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
34/436

第18話:王城襲撃(4)

 執務室へと飛び込んだユキオは、暗殺者とウリンの間へと割り込んだ。

 左腕の八重玉遊纏からこぼれる光は、ほとんど全身に回っている。

 一歩は床に亀裂を走らせるほどに衝撃があり、前へ出るその速度はものすごく速い。

 それでいて、ユキオの思考は、その速度の領域にきちんと適応していた。

 ユキオの視界の中、まるで時間が止まったかのようだ。

 室内へ飛び込んだ瞬間に見て取った敵の配置を見て、一番手近な敵から順に当たる。

 一人目を、右腕を振って吹き飛ばした。

 二人目に、左拳を叩き込んで吹き飛ばした。

 そこまでが、一瞬だ。

 二人目を不意飛ばした時点で、一人目はまだ宙に浮いているのが見える。

 そこで息を吐いて力を抜くように、一時的に八重玉遊纏の力を緩める。

 八重玉遊纏の能力は、まだ分からないところが多い。

 身体強化を発現しているようにも見えるが、アートリアを顕現させるほどのレベルの高いウェキアスなら、その程度は標準的に行うものらしい。

 今のところは、ただ、とにかく強くなる、ということしかわかっておらず、おそらくはまだ別に能力を持っている可能性が高い。

 セイヴが持つ『炎に覇を成す皇剣(アリズベータ)』ならば、炎の能力に類するそれが、八重玉遊纏にもあるはずだ。

 アートリアであるタマがまだ幼いのは、きっとユキオがまだその能力を引き出せていないから。

 だが、今敵と戦うには、その程度でもやるしかない。

 二人目を吹き飛ばし、一時的に出力を弱めたことで、ユキオの思考の加速が緩やかになり、その視界の中で、三人目の敵がようやく動いた。

 ユキオへと振り向き、刃を突き出してくる。

 本来なら、目にも止まらない速さなのかもしれない。

 だが、ユキオにとっては、遅い。

 八重玉遊纏の出力を上げなおし、加速。

 突き込まれた刃をかわし、そのまま蹴り飛ばした。

 壁にたたきつけられ動かなくなる。

 それで、執務室にいた敵は全てだ。

「ふう・・・・・・」

 息を吐いて、ユキオはアヤカ達へと目を向けた。

「大丈夫ね?」

「はい! 大丈夫です!!」

 アヤカが大きく頷いた。

 その様子に笑みを浮かべ、大きく安堵の息を吐く。

 何とか無事は確保した、と思う。

 だが、敵はまだいる。

「後ろの方はまだ安全?」

「まだ、こちらからは敵は来ておりません」

 メイドの一人が言う。

「でも、まだ警戒しておいて」

「はい!」

 警戒は解けない。

 まだ、氷は解けていないのだから。


「「「―・・・・・・―」」」


「っ! 今のは!?」

 ささやかな詠唱が、ユキオの耳に届いた。

「姉さま!」

 アヤカが指さすのは、吹き飛ばした三人の暗殺者だ。

 それぞれの部屋の三方向に吹き飛ばしているが、それぞれから声が聞こえた。

「陛下! お下がりください!!」

 ウリンの声に、反射的に飛びのいた直後、ユキオのいた位置に爆炎が生じた。

「何?!」


「「「―・・・・・・―」」」


 また同じ声。

 詠唱の中身の聞こえない詠唱。

 ささやかなそれは、やはり三方向から聞こえる。

 まだ動かない暗殺者達だ。

 もう一度同じ攻撃か、とユキオが構えた直後、その暗殺者達の体が燃える。

「・・・・・・え?」

 いきなりのことに呆然とするユキオ達の前で、燃えた炎が渦を巻いて一つになっていく。


「「「―・・・・・・―

 焔の狂人」」」


 それは、人型をとった。

 三つの顔と六本の腕を持つ巨躯の鬼だ。

 その身はすべて炎で構成されており、その巨躯からはすさまじい熱波が吹き寄せる。

「・・・・・・どういう魔術よ・・・・・・。これは」

 ぐ、と構えを取るユキオの左腕で、八重玉遊纏が強く光を放り、それとともにユキオの感じる熱は軽減されていく。

「姉さま」

「大丈夫。任せなさい」

 八重玉遊纏の光が守ってくれている。

 ユキオには三面六臂の鬼が纏う炎の熱さは、感じない。

 だが、部屋に置かれていた観葉植物が枯れていく。

 炎に触れていない絨毯が、カーテンが、机の上に置かれていた紙が、木製の机が、ぶすぶすと音を立て煙を上げたかと思えば火を噴いた。

 部屋全体の熱が上がり始め、周囲が火の海と化していく。

 ふと見れば、暗殺者達の体はただの炭と化している。

「ウリン。下がって皆を守って。魔術で熱を防がないと、危ないから」

「はい」

 こんな状況でも、入り口を塞ぐ氷柱は解けない。

 もはや確定で、見た目どおりの氷ではないのだろう。

 氷に見えるだけで、もしかすると鉱物の類なのかもしれない。

 それはともかく、

「・・・・・・ウリン。終わったら、この部屋の家具は総入れ替えね」

 焦げ臭い、と強気に笑う。

 もっとも、火を噴いているところを見る限り、もしかすると燃えカスくらいしか残らないかもしれない。

「かしこまりました。陛下」

 ウリンがにこりと笑って頷いた。

 背後で、詠唱が聞こえ、熱を押し返すような風が生まれた。

 アヤカ達はこれで大丈夫。

「さて、来なさい」

 後はいつもどおり、強気に笑って、自分を押し通す。


** ++ **


 執務室で起きた異変は、その外でも同様に起こっていた。

 アトリの戦っていた相手が、何かを口に含む。

 その後、ささやきのような詠唱が響き、変化は起こった。

 その身が全て燃え上がり、そのまま渦を巻くように数人分が纏まったのだ。

 アトリの戦っていた相手は五人。

 槍を突き込んだ刹那、槍を巻き込むようにして全員が燃え上がり、三体分の炎の人型が現れた。

「・・・・・・これは、まずいわね」

 単純に熱い。

 炎の熱は、三方向から容赦なくアトリに吹き付ける。

 周囲の布などが発火しているところを見るに、アトリの武器や服だって、発火してもおかしくない。

 腕輪での身体強化と防護がなければ、到底耐え切れるものではないだろう。

「・・・・・・剣、通じるかしら?」

 燃えた槍は捨ててしまった。

 腰に差していた剣を抜く。

 汗が流れるのを感じながら、アトリは構えた。


** ++ **


 そしてそれは、廊下の向こうで足止めされていた騎士達も同じだ。

 三人の騎士と対峙していた暗殺者が、不意に燃え上がり、一つになった。

 五人が三体になったアトリの側に比べ、五人が一体になった騎士側の方が、熱量が高い。

 結果として、騎士達は熱量の塊と正面から向き合うことになった。

 だが、騎士達は慌てない。

 さすがに、人が変化したことへの動揺はあるが、むしろ人から外れたことで、異王国騎士としてはよりやりやすい相手に変化したといえる。

 相手が炎になったのもありがたい。

 相手の属性がはっきり見える以上、魔術の選択もやりやすくなるのだから。

 騎士達は自らの鎧へと魔力を注ぎ込んで効力を上げ、シャラは杖を構えて口を開いた。


** ++ **


「・・・・・・ほう?」

 遠くの森の中、遠見の魔術を使って城内を覗いていた白衣の男は、顎をなでて頷いた。

「何だ。利用しろというまでもなく、すでに利用した後か」


** ++ **


 中庭へと、矢は降り注いでいる。

 その矢の多くは、生み出された敵には刺さり、動きを止めていくが、フードを被った人間達には当たらない。

 敵が肉の壁となり、矢を防いでいるからだ。

「・・・・・・効果がないわけではないが・・・・・・」

 敵の足を止めることはできているが、何分急なことだ。

 矢の数は十分とはいえないし、術者と思われるフードの人間達に当たらねば意味がない。

「魔術兵!!」

「は!!」

 魔術兵による魔術攻撃。

 派手な火炎弾は、敵を焼いていくが、やはり石の周りの術者には届かない。

 なにやら不思議な場のようなものができているらしく、石の周囲、ある一定範囲に到達すると、炎が乱れて掻き消えてしまう。

「・・・・・・埒が明かない!」

 フェアトは、敵を睨んだ。

 先ほどからこの繰り返しだ。

 敵の数は明らかに減るが、だからといって、押し込みきれない。

 矢を装填し、魔術兵が次の魔術を用意している隙は、下にいる兵士たちが中庭に踏み込んで対応している。

 先ほど、グレストの突撃を援護もしたが、結局石までは届いていない。

 そもそも、石からほぼ無尽蔵ともいえるほどに敵が出てくる。

 それも、最初のころに比べると出てくる敵兵の数が増えている。

 いつ尽きるとも知れない戦闘は、明らかに騎士達を疲弊させ始めている。

「このままでは・・・・・・!」

 フェアトが見下ろす中庭では、騎士達による殲滅が続く。

 そこに、不意に動きが生じた。

 はじめは、小さな火だ。

 倒した敵の一体が、発火したのだ。

「何だ?」

 その火は、次々と燃え移り、広がっていく。

 そうして、中庭は全て火に包まれた。

 騎士達が中庭から退避する中、中庭の炎の中から、一体の巨人が起き上がる。

「何が起きるっていうんだ?!」

 巨人は、頭の高さが三階に到達するほどだ。

 炎の巨人の起き上がりに応じて、中庭の火の勢いは弱まり、様子がよく見えた。

 今まで、敵を生み出し続けていた三つの石。

 そこから伸びた炎の線が、炎の巨人と繋がっている。

 敵を生み出すものから、炎の巨人を維持するものに変わったということだ。

「何だよ・・・・・・。これ」

 呆然とした声が、回廊で弩を構えていた兵士たちから漏れた。

 巨人は、周囲からの視線の中、動く。

 ゆっくりと腕を持ち上げ、振り下ろした。

 拳の着弾は、中庭だが、着弾地点から放射状に強い炎が撒き散らされた。

 騎士達は慌てて盾を構え、魔術で防御を行う。

 だが、炎の方が早い。

 組まれた防御をすり抜け、僅かに炎が回廊へと達した。

 悲鳴が聞こえる。

 火が燃え移ったようだ。

 消火を叫ぶ声と、巨人への対処を求める声だ。

「魔術兵! 水の魔術を詠唱しろ!!」

 フェアトもまた、叫んでいた。

 既に、二階や三階でも、撒き散らされる熱によって、発火したものがあるようだ。

 戦闘に直接関与していない者達が、必死で消火にあたっている。

 また、巨人が動いた。

 腕を、中庭ではなく、入り口へと直接叩きつけようとしている。

「まずい!!」

 慌てたように、入り口を固めていた騎士達が退避し、そこに拳が叩きつけられた。

 火の手が上がる。

 このままあの巨人に暴れさせると、王城そのものが火事になり、崩壊することになる。

 じりじりと劣勢になっていたものが、いきなり激しく戦況が動いた。

 石の傍にいた敵の姿は、すでになくなっている。

 僅かに、石にへばり付いた黒こげが見える程度だ。

「副隊長!」

 呼びかけに、フェアトがはっとする。

 炎の巨人が、またも腕を持ち上げていた。

 拳を引く。

 狙う先は、フェアトたちのいる三階部分だ。

「全員退避!!」

 その言葉に、ばたばたと動き出す中、引き絞られていた拳が振るわれた。

 間に合わない。

 拳の一撃は、下手をすれば回廊の壁を打ち抜くかもしれない。

 そうなれば、崩壊は一層進む。

 フェアトが迫る熱に歯噛みするも、拳は止まらない。

 そして拳が、三階部分に叩きつけられ、


「あえて言います・・・・・・。ぬるい炎ですね」


 そんな平坦な声とともに、炎の腕が、ずるりと落ちた。


** ++ **


 中庭へと入る、正門側の入り口。

 先ほど拳の一撃を受け、炎上していた場所だ。

 燃え上がる炎が割れ、赤い少女が進み出る。

 リズだ。

 リズは、中庭の中央に陣取る巨人を見上げる。

「あえて言います・・・・・・。我が主の炎は、もっと熱いもの。この程度では、むしろ涼しいでしょう」

 両腕を振り上げる。

 その手に紅蓮の炎が宿り、吹き上がる。

 進行方向は真っ直ぐ。

 邪魔するものは、焼き払う。

 そうする主の剣だから、そうした。

 振り下ろされた両腕から、紅蓮の炎が伸び、炎の巨人を両断した。

 その軌道上にあった石の一つが、紅蓮の炎を受けて砕け散る。

 瞬間、炎の巨人が、明らかに小さくなった。

「あえて言います・・・・・・。急ぎますので」

 だが、リズはそれを無視し、両断され、空いた隙間を真っ直ぐに突き抜けていく。

 通りざまに、残りの二つの石も破壊していくおまけつきだ。

 後には、もとに戻ろうとしながらもやがて燃え尽きていく炎の巨人と、呆然と見送る騎士達が残されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ