第32話:変形
モリヒト達は、走っていた。
「後ろは?」
「なんか伸びてきてるわ! 走って!!」
クルワが叫ぶように言った。
モリヒトがちら、と後ろを一瞥すると、バンダッタ色の触手みたいなものが伸びて追ってきている。
「なんだありゃ!?」
「知らないわよ! とにかく急ぐの!!」
後ろから追いかけてきているのは、一部だ。
バンダッタは今、真龍の領域の周囲に沿うようにして、自分の体を伸ばしている。
やがては、その領域を全部ぐるりと囲む、肉の壁になるだろう。
逃げるモリヒト達からは見えないだろうが、モリヒト達の後を追いかける触手より、その壁の形成の方が早い。
そして、壁ができれば、そこからさらにモリヒト達の方へと触手が伸びている。
そのおかげで、モリヒト達が急いで走っても、触手との距離が空かない。
「山を下りたい」
「無理! 下からは、魔獣の群れ」
山を登ってくる魔獣の波は、まだ続いている。
今の状況では、途中どこかで魔獣とかち合ってしまい、そこで足止めを受ければ、後ろの触手に追い付かれることになる。
いま、モリヒト達にできることは、下りる向きに対して、横向きに走ることだった。
「ダメ。追い付かれる!」
クルワの声が、危機感を帯びている。
壁から伸びる触手も加わるため、モリヒト達より、触手の方が速い。
そのせいで、モリヒト達を追いかける触手は、時を追うごとに数を増やし、圧力を増していた。
やがては、前からも回りこんでくるだろう。
「クリシャ! 先行け!!」
モリヒトは、ゼイゲンを抜く。
「クルワ! 火!!」
「!」
モリヒトは、剣を構える。
「―ゼイゲン―
風よ/巻き込め/渦のうち/引き込み/千切る/柱風/」
モリヒトの横で、クルワが手の平に火を浮かべた。
触手の方へと飛ばすように、クルワへと手振りで合図を送る。
クルワがそれに従って、触手側へと火を飛ばし、
「砂礫/舞い上げ/火は踊る/刻め/燃え上がれ!」
周辺の魔力をこれでもかとつぎ込んで、魔術の規模自体を大きくする。
モリヒトが持つ魔力吸収能力は、真龍の魔力は吸えないが、その能力を意図的に押さえ、人間の魔術師と同じように魔術を使えば、モリヒトでも真龍の魔力は使える。
こういう使い分けの感覚は、この山で生活しているうちに自然と身についたものだ。
モリヒトが放った魔術は、竜巻となる。
それは、周辺の砂を吸いあげ、竜巻自体に破壊力を持つ。
クルワの放った火がそこに巻き込まれ、火旋風として、その魔術は現象になった。
伸びてきていた触手は、火旋風が吸い上げる空気の流れに巻き込まれ、その内側で勢いよく回る砂粒によって、微塵に刻まれて燃え上がる。
「いける」
モリヒトは見た。
下から登ってきていた魔獣の群れが、巻き込まれて火旋風へと吸い上げられていく。
「クリシャ! 下への道を探して! 今ならいける!!」
「わかった!」
クリシャは、フェリを抱えたまま、走る。
火旋風による空気の引き込みは、モリヒト達がいるところまで来ているが、あの火旋風はまだモリヒトの制御下だ。
モリヒト達に対する吸い込みを弱めるくらいは、まだできる。
「こっちだ。ついてきて!!」
「よし!」
モリヒト達は走った。
** ++ **
バンダッタの肉の壁は、そこに飛び込んできた魔獣たちへと触手を伸ばし、ひねりつぶし、そしてその内側へと取り込んで、体積を増していく。
ウェブルストは、拾い屋たちを避難させていた。
伝令を飛ばし、とにかく情報を伝えさせる。
下から来る魔獣の一部を排除し、避難路を作る。
その繰り返しをしていたところで、
「む」
天へと突き立つ炎の柱を見た。
モリヒトが放った魔術だ。
それを見たウェブルストは、副官にその場を任せて、そこへと急行した。
そして、逃げているモリヒト達を見つける。
「おい! 何があった!?」
「知るか!」
モリヒトとクルワと名乗った二人とで、後ろから来る触手の対処をしながら、先頭を行く二人を守っているようだ。
よく見れば、片方は意識を失い、背負われている。
「助けられたのか?」
「助けられたけど。助けた直後からあれだ! もう、とにかく逃げるしかない!!}
「対策は?」
「わからん!! ただ、放置はできん!」
モリヒトが魔術を振るい、触手を薙ぎ払う。
それと同時に、クルワの方も、炎を宿した剣で切り落としている。
「ち! ふん!!」
舌打ち一つ。
ウェブルストは、手甲に仕込まれた魔術具を起動。
身体魔術を発動しながら、自分へと伸びてきた触手へと拳を叩き込む。
発動した魔術具の効果は、振動による破砕だ。
叩き込まれた衝撃を増幅。対象の肉体内部ではじけさせる。
体の大きい魔獣を相手にすることが多いために、その内側へと効果的にダメージを通すための魔術具だ。
ただ、想定外に魔術具の効果が、触手を伝って広範囲に伝播した。
「・・・・・・結構効果的?」
「そうでもないな。内側から弾けはしたが、千切れるほどでもない。その箇所も、すぐ再生しているようだ」
ウェブルストの見ている先で、バンダッタの触手は傷口部分も含めて他の触手に巻き込まれ、そのままより太い触手へと変わる。
「・・・・・・ん?」
だが、ある一定の距離を置いたところで、触手の動きが急に鈍くなった。
「・・・・・・なんだ? これなら、逃げられる、か?」
モリヒトが疑問を口にする。
それに対する答えは、後ろからあった。
「真龍の魔力が薄くなってきたところまで来てんだよ。そのせいで、そこまでは伸ばす気がないんだろ」
「ミケイル?」
「よっす。さっきぶりだな。モリヒト」
「・・・・・・とっくにいなくなったもんと思ってたが」
「結果の観測って仕事が残っててな」
「あいつか」
「まあ、あのおっさんだ」
ち、とモリヒトは舌打ちする。
「誰だ?」
「お。ウェブルストだっけか? この大陸で、たぶん一番強い格闘者って話だが、合ってるか?」
「一応、今までに負けたことはないな」
「いいねえ。もうちょい余裕があれば、一本仕合を頼みてえところだ」
ミケイルは、かかか、と笑う。
その笑いに毒気を抜かれたか、身構えていたウェブルストは体から力を抜く。
「今はそういう場合じゃないけどな」
「・・・・・・どういうことだ? 観測が役目なら、出てくることないだろ?」
「そういうわけにもいかねえのよ」
ミケイルは、肩をすくめた。
「なんでも、あのおっさんが言うには、あれを放っておくと、大陸全体にどういう影響が出るかわからん、とかでよ」
「あ?」
「で、それに巻き込まれたら、いくら俺でも死ぬかもしれないって言われたら、動くしかねえだろ?」
ミケイルは、あっけらかんと語るが、それを聞いた一同の顔は険しくなっていく。
「どういうことだ? 説明しろ」
「いいぜ。その代わり、この件が片付くまでは、休戦ってことでどうよ?」
「・・・・・・わかった。それでいいから、さっさと言え」
モリヒトは、ウェブルストや、クリシャ達とも目を合わせ、頷き合ってから、ミケイルに先を促した。
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