第17話:王城襲撃(3)
入り口が氷柱によって塞がれた。
その様子を見据えて、ウリンはナイフを抜くと右手に持ち、構えた。
緑色の柄に、薄い青色に輝く刃を持つナイフは、母親であるライリンから受け継いだ発動体だ。
給湯室から、敵が入ってくる。
三人だ。
暗殺者のような風体。というか暗殺者だろう。
短剣を構える敵に対し、ウリンを含め、戦える者は執務室には少ない。
だから、ウリンは前へ出た。
ウリンがこの場で一番強い。
周りに数名の侍従はいるし、護身程度に武術は修めてはいるが、ウリンほどではない。
もともとは、護衛も可能となるように、侍女としての訓練のほかに、騎士達と同等の訓練を積んできたのだから。
隙のない構えに、敵の警戒心が高まる。
「アヤカ様。エリシア様。お下がりください」
さらに一歩、前へと出る。
素早く視線をめぐらせる。
給湯室とは反対にある待機所の扉は、正面の扉と同じく氷柱によって塞がれている。
だから、そちらからの敵は気にしなくていい。
「ウリン!」
同僚が名を呼んだ。
後ろから、同僚が、執務室に飾ってあった剣を投げてくるのを受け取る。
左手で受け取って逆手に持つ。
通常の剣よりも軽めの剣は、心得がないものでも扱いやすいように、という配慮であるらしい。
この場合、ウリンにとってはありがたい。
左手を前へ出して剣を盾にし、ナイフをその影に隠すように構える。
メイド服の両袖カフスの下には、身体強化用の腕輪が仕込んであるが、ものが小さいだけに効果自体はあまり高くない。
両腕の二つで、アトリがつけているものにようやく追いつく程度だ。
それでも、騎士達が纏う全身鎧に比べれば、効果は低い。
というか、
「アトリ様は、なぜあの腕輪だけで、あそこまで戦えるのでしょうか?」
ふと、脇に逸れた思考を戻し、ウリンは唇をなめ、唾を飲み込んだ。
お行儀悪いですね、と内心思いつつも、姿勢を前へと傾ける。
突進の姿勢を取ったウリンに、暗殺者達が身構えた。
そこを狙う。
「―ルビス―
カマイタチ」
たった一言の詠唱の後、ナイフが燐光を纏う。
本来なら、魔術としては発動しないはずの詠唱だが、ウリンが詠唱とともにナイフを一振りすれば、目に映らない、だが確かに存在する刃が空を切った。
発動したのは、切り裂く風の魔術だ。
短縮詠唱、と呼ばれる技法である。
本来なら、いくつかの言葉を組み合わせることで、イメージをはっきりとさせるための魔術詠唱だが、ある程度は長くなければならない。
最低でも、二節。現象と動作を組み合わせないと魔術は発動しないのが原則だし、詠唱を少なくすれば制御は難しくなる。
その弱点を補うための技法として作られたのが、短縮詠唱だ。
習得するには、まず、十分な長さを持ち、安定して発動させられる魔術の詠唱を作るところから始まる。
そして、現象の前に魔術の名称を設定し、名称の後に、詠唱を重ねる。
何度も何度もその詠唱を繰り返し、魔術を発動させることで、自分の中で名称と魔術を紐づけていく。
そうして、魔術を安定して発動させながら、少しずつ詠唱の文節を削っていく。
そうして、詠唱の名前だけで、現象を発生させる詠唱法だ。
一節の詠唱で安定して高威力で制御された魔術を放てるのは強いが、習得までには多大な労力のかかる技法だ。
さらに、この詠唱を習得すると、魔術に対するイメージが固定されてしまい、通常の組み立てる詠唱での魔術に影響を与える。
もっと詳細に言うなら、短縮詠唱を習得してしまうと、ほぼ普通の魔術詠唱はできなくなる。
無理やり詠唱することもできないではないが、魔力の効率は悪くなり、制御もできなくなるため、よいことがない。
だから、ルイホウなどの魔術をいくつも使いこなす魔術師は、この手の短縮詠唱は学ばない。
ウリンは、魔術の才能があまりない。
それが、巫女長たるライリンの娘でありながら、巫女衆に属していない理由でもある。
魔術は使えるが、魔力量がないから、魔術は補助の武器として扱う。
今飛ばした風の刃の魔術とて、肌に当たれば切れるだろうが、その威力は牽制用の域を出るものではない。
それでも、風の刃は不可視のままに、だが風を切る音を伴って暗殺者達へと迫る。
飛来する風の刃に対し、暗殺者の一人が前へ出て剣をかざした。
反りがある薄い刃だ。
「―・・・・・・―」
刃が光を纏い、風の刃に当たる。
「!?」
刃へと激突した風の刃が、霧散した。
跡形もなく、ただ、残滓の微風が暗殺者達の衣を揺らす。
一撃をしのいだことで、暗殺者が前へ出ようとするが、
「っ?!」
続いて飛んできた風の刃に、慌てて防御の構えを取った。
カマイタチの魔術は、一撃ではない。
魔術を発動した刃は、まだ燐光を纏っている。
意識して切らない限り、魔力が尽きるまでは、カマイタチの魔術は継続する。
だから、ウリンは連続してルビスを振った。
合計で七度。
その後、一度ルビスの柄を離し、持ち直す。
魔術解除の合図となる行動を経て、ルビスの刃の燐光は消えた。
暗殺者達は、見えない刃に対し、的確に対応した。
それぞれに反りのある薄い刃を抜き、小さな詠唱とともに光を纏った刃で、全ての風の刃を打ち払ったのだ。
詠唱の短さからすれば、それは短縮詠唱なのだろう。
だが、
「・・・・・・これは」
妙な気配だ。
暗殺者の全員が同じ魔術を、短縮詠唱で発動したにしては、効果が同じに過ぎる。
魔術が、個人のイメージに由来する以上、魔術は使う者によって効果に変化が現れる。
限りなく近いイメージを持たせることはできるとしても、武器も格好も同じで、防ぎ方まで同じというのは、
「ありえません」
どういう仕掛けだ、と疑問しながら、ウリンは一歩を後ろへと下がった。
暗殺者達が前へ出る。
** ++ **
暗殺者の一人目が剣を振りかぶる両脇から、残りの二人が回りこむ。
ウリンの逃げ場を塞ごうというのだろう。
執務室は、王の執務室というだけあって、それなりの広さはあるものの、ウリンの後ろには護衛対象であるアヤカやエリシアがいる。
下がれない。
四方を塞がれた形だが、ウリンはそこで左の剣を盾に、左側へと飛び込んだ。
暗殺者の刃を剣で受け止め、身を低くすることで重心を下げる。
体重の軽いウリンの体だが、受け止めるために、暗殺者は一時動きを止めた。
結果として、ウリンの正面と左側の間には隙間ができ、右側からは遠くなる。
タイミングのずれた暗殺者の挙動は、隙になる。
ウリンは、短剣ルビスを空中へと放り投げ、右手を左手の剣の柄へと添えた。
両腕のカフスの下、身体強化用の腕輪が、一時的に強く効果を発揮する。
「ああああぁっ!!」
気合とともに、相手の体を巻き込むようにして、剣を思い切り振る。
剣で切る、というよりも、たたきつけるような動きをもって、左側の暗殺者の体を刃ごと押し、吹き飛ばした。
もし、暗殺者の持つ刃がもっと脆ければ、刃を砕いていたかもしれない。
振った剣で、振り下ろされていた正面からの刃を横から叩き、軌道を変える。
ウリンが剣を振り抜いた姿勢は、剣先を敵へと向ける形だ。
まだ、ルビスは空中にある。
左腕を振り、右手で剣を押し出すようにして、突きを放った。
突き出す先は、正面だ。
押し込む動きの反動で、後ろへと下がる。
右側の暗殺者は、その後ろに下がった動きを追ってきた。
だが、一人だ。
下段から振られてくる刃に対して、前へ出ることでその柄を握る手を押さえる。
投げた。
「無刀取り?」
後ろから、ぼそ、と声が聞こえた。
床へと叩きつけられた暗殺者を踏みつけ、落ちてくるルビスを受け取る。
「―ルビス―
カマイタチ」
振るった。
** ++ **
アヤカは、ウリンへと襲いかかる暗殺者達を見た。
今、アヤカとエリシアの前には、王宮区の侍従達が出て、体で盾になってくれているが、きっとウリンが突破されれば持たないだろう。
そして、ウリンを抑えるのに、三人は必要ない。
二人がウリンへと襲いかかり、一人はこちらへ来るはずだ。
そう、予想していた。
だが、その予想に反して、ウリンへ三人が襲い掛かる。
「・・・・・・ウリン?!」
こちらは少し猶予ができたが、ウリンの危険が高まった。
だが、ウリンは機敏な動きで、敵の攻撃をかわし、それどころか一人を投げてしまった。
だが、魔術を発動してナイフを振るったところで、跳ね起きた敵はそれをかわし、ウリンへと肉薄している。
床に倒れた敵に対しても、トドメは刺せていない。
ウリンが危険だ。
アヤカは、杖を取り出した。
オーケストラの指揮棒、タクトに似た短い杖だ。
魔術訓練をしていたとき、ルイホウからもらったものだ。
ノラ・リルベラという名前で、元となっているのは、ブレイスと同じく、汎用性の高いものだ。
それを、ルイホウが自分の予備とするために、改造したものであるらしい。
「―ノラ・リルベラ―
・・・・・・」
魔術で援護しようと思うが、戦闘で使えるような魔術は、まだ訓練していない。
だから、上手く援護がイメージできない。
せめて、ウリンが離れてくれれば、何とかできるかも、とは思うが。
「・・・・・・エリシア。何か、いいアイデアはないですか?」
「え、な、何がですの?」
「ウリンが危ないです」
「・・・・・・私も、魔術は使えませんので・・・・・・」
二人で悩んでしまう。
「・・・・・・あの・・・・・・」
横から声をかけられて、二人は振り向く。
ウリンの同僚であるメイドだ。
「何か?」
「入り口を塞いでいる氷を破壊できれば、陛下やアトリ様と合流できるかと思うのですが」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人、顔を見合わせる。
「「なるほど」」
そして頷きあう。
アヤカは入り口を塞ぐ氷を見た。
氷なら、熱で溶かせばいいだろう。
「―ノラ・リルベラ―
炎よ/弾を放て/固く/凍る/氷を砕け」
杖の先端から、赤い炎が球状になって現れる。
狙う先は入り口を塞ぐ氷柱。
「いけ」
杖を振った。
それは正しく飛ぶ。
背後からの熱に、ウリンも暗殺者達も、炎の進路を開けた。
着弾する。
「・・・・・・できましたか?」
アヤカは目を凝らした。
結構な火力だったと思うのだが、
「・・・・・・消えて、いませんね」
氷柱は、変わらずそこにある。
思えば、あれだけの氷が室内にありながら、冷気が漂ってこない。
あれは、氷ではないのかもしれない。
そんな予想を組み立てた時、給湯室側の扉から、ユキオが飛び込んできた。
「アヤカ! 大丈夫!?」
「姉さま!!」
声を上げるアヤカの様子を見て、ほっと安堵した様子を見せたユキオは、暗殺者達を睨み据えたのだった。