第21話:通信
「という感じらしい」
街の近くの夜の森の中。
暗闇の中に焚火の明かりがある。
その焚火に照らされて、一人の巨漢がいた。
ミケイルだ。
焚火には、串に刺したなにがしかの肉が当てられており、時折油のはじける音がする。
「・・・・・・」
調子を見つつ、手元に会った壺から、調味料を一つまみ、それぞれの肉へと振りかける。
「・・・・・・ああ?」
ミケイルは、不意に耳元へと意識を寄せた。
肩と首で挟んでいた、板状の物体を手で取る。
「いや、そういう感じじゃなかったな」
ミケイルは今、手に持った魔術具を使って、とある人物と通話状態にあった。
「ふん。情報だろ? 抜いてある。慣れたもんさ。アンタの仕事はな」
いつものことじゃねえか、と傍らの荷物を見る。
そこには、この大陸のミュグラ教団に保存されている、様々な研究資料、その写しがまとめられていた。
ヴェルミオン大陸にいたときから、この手の仕事はミケイルの仕事としては時折あった。
その依頼主は、常に同じ人物だ。
ベリガル・アジンである。
〈しかし、やはり想定を超えないな。そちらは〉
「俺が、ここに来る必要あったのか?」
ミケイルが、カラジオル大陸に来たのは、ヴェルミオン大陸での手配が厳しくなったため、そのほとぼりを冷ますため、という理由がある。
だがそれは表向きの理由で、真実は、ベリガル・アジンの密命を受けての移動である。
〈何か不満でも?〉
「強いやつがすくねえ。こっちで強いやつは、下手にケンカ売ると、面倒なことになるしな」
ヴェルミオン大陸は、なんだかんだ言ったところで、時折国家間の戦争が起こることがある。
その分、対人でもなんでも、戦闘の機会は多い。
また、オルクト魔帝国側では、魔獣のレベルが平均して高い。
これは、おそらく地脈に干渉をしているための影響だろう。
瘤の被害も多く、強い相手には事欠かない。
一方で、カラジオル大陸は、そうでもない。
まず、国家間の紛争がほぼない。
また、それほど強い魔獣もいない。
そもそも、魔獣のいる場所に踏み込む理由がないため、魔獣相手の戦いがそれほど発生しない。
「総じて、こっちは平和だよ」
〈知っているとも。正直、様々なことの研究も遅れていて、うまみの少ない土地だ〉
「だったら、なんで俺をこっちへ送ったんだよ?」
〈他に仕事がなかったからだが? 遊ばせておくには、惜しいのでな〉
ベリガルの返事はそっけない。
「結局、いいように使われてるってことかよ。俺も」
〈いい骨休めにはなっただろう〉
け、とミケイルは吐き捨てる。
「じゃあ、もしかして、あれか? アンタ、こっちにあいつが来ること知っていたのか?」
〈アイツ? 誰のことかね?〉
「モリヒトだよ」
〈・・・・・・・・・・・・〉
ミケイルがその名を告げた途端、ベリガルからの返事が途絶えた。
「おい? どうした?」
〈・・・・・・それは、本物か?〉
「少なくとも、見た目と能力はな」
〈・・・・・・〉
しばらく、ベリガルは何事かを考え込んでいるのか、沈黙を保っていた。
その間に、焼いていた肉をミケイルは食いちぎる。
脂身の少ない、肉の味の強い肉だ。
近くで狩ったばかりの獣の肉だが、それほどクセもなく、うまい。
「・・・・・・なあ、おいオッサンよ」
〈何かね?〉
「こっちのやつらの目的、真龍を殺すってやつよ。可能なのか?」
〈不可能だ〉
即答だった。
だからこそ、ミケイルは眉をしかめる。
「あの方法、アンタが教えたんじゃなかったか?」
〈そうだ。だが、最強の魔獣の作り方、であって、真龍の殺し方、などではない〉
ベリガルが教えたのは、魔獣を際限なく強化する理論だ。
とはいえ、
〈いずれ制御できなくなる。それがわかり切っていたため、こちらでは試せなかったやり方だ。それを、代わりにやってデータをとれる、となれば、教えて損はないだろう?〉
その結果、何人死んだところで構わない、という言い方だ。
ベリガル・アジンは、そういう研究者だ、とわかっていても、へどが出る。
へ、と吐き捨てるミケイルは、ふと思い出した。
「おい、そういえばよ。俺、アレに一回食われてるんだが」
〈食われたか。・・・・・・なるほど、それで人型か〉
「どういうことだよ?」
〈おそらく、お前の体の術式情報を吸収して、自分に適応しているのだろう〉
「なんか変わるのか?」
〈魔獣としての厄介さが変わる〉
「強くなる、と」
〈いや、逆だ。弱くなる〉
「あ?」
自分の情報を取られて、それで弱くなる、というのは、納得のいかないことだ。
「どういうことだ?」
〈お前の術式を読み込んだのだとすれば、バンダッタの身体情報が強化されすぎる。・・・・・・そうなれば、バンダッタの特性である捕食吸収の能力が低下する〉
「つまり、何でもかんでも食えなくなる、と?」
〈魔獣ならばどうにかなるだろう。無機物もまあ、大丈夫か。だが、自力で魔術を使えるレベルの生物は、もはや食えまい〉
それは、もう弱体化どころの話ではない気がする。
ミケイルとしても、真龍というものを殺すには、単純な力では無理だと思う。
あれは、世界の仕組みそのものだ。
それを殺すには、世界の仕組みを壊す何かが櫃四津あ。
今、この世界で一番それに近いのは、『竜殺しの大祭』ではないだろうか。
だからこそ、ベリガル・アジンはヴェルミオン大陸にいるのだと思っている。
「・・・・・・で? こうして連絡してきたってことは、何か指示があるんだろう?」
ミケイルは、問う。
今回のこの通信は、ベリガルの方から来たものだ。
無駄なことで連絡をしてくる存在ではない。
〈そうだな。前回の調査で知ったことがある。それを試してほしい〉
「なんだよ?」
〈それは・・・・・・〉
しばらく、黙って話を聞いた後、ミケイルは思い切り顔をしかめた。
「めんどうくせえ」
〈できる範囲でよいとも〉
「・・・・・・正直、片方はきついかもしれん。材料が、俺の手の入るところにない」
それから、いくらかの現状の相談を終え、指示を受ける。
「・・・・・・なるほど。わかった」
ミケイルは、頷いた。
〈あとは、うまく使うことだ〉
そうして、通信は切れた。
用をなさなくなった魔術具をしまい込む。
大陸間で通信ができる魔術具など、おそらくはベリガルしか持っていないもの。
誰もが欲しがるものだろう。
どうやって作ったのか。どういう仕組みなのか。
それはベリガルしか知らない。
「・・・・・・ち」
その存在を知らされるくらいには、重用されている。
一方で、知ってしまっているからには、逃げられない。
「・・・・・・まあ、やるか」
食事を終え、ミケイルは立ち上がる。
行く先は、山だ。
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