第16話:王城襲撃(2)
ユキオは、現在王の執務室にいる。
アヤカを助けに飛び出し、アヤカとエリシアを保護したまではいいが、中庭への敵の襲撃の報告を受け、執務室へと飛び込んだのである。
中庭を挟んで、正門とは真逆に位置する部屋だ。
中庭から奥へと進めば、行政の中央。
そこからさらに奥へと進むと、守護者達の居住区があり、さらに奥へ進むと、王族が住まう王宮区がある。
王城の区画では、中庭から最も遠い区画でもある。
建物自体も別に分けて建てられており、守護者の居住区を挟んで、王宮区は王城とは別区画になっている。
王の執務室は、王宮区の入り口付近にある。
王城から王宮区に入るには、王の執務室を通らないと入れないつくりだ。
王城を通らずに王宮区に入るためには、外を大きく回って、兵舎などと隣接する検査所、関所を数か所通り抜ける必要があり、また平時は堀で隔てられ、必要な時しか跳ね橋は下りない。
守護者の居住区は、左右二つに別れ、中央を廊下が通っている。
その廊下の突き当たりにある部屋が、王の執務室だ。
王の執務室前で、廊下は左右に別れ、両側に広く場が取られている。
左右には、給湯室や侍従の待機所がある。
執務室は、正面に居住区を置いたとき、左側に給湯室、右側に待機所の扉があり、執務机の背後に王宮区への扉がある。
今、廊下の扉は開かれ、廊下まで一直線に覗けるようになっている。
周囲には、ウリンがいて、扉を挟んで廊下側にアトリがいる。
アトリがいるのは、T字となっている廊下の交わるところだ。
アトリは短槍を持ち、剣を一振り腰に提げている。
「・・・・・・アトリ、どう?」
「特に、何もないわね」
警戒しているのは、やはり中庭に現れた敵たちだ。
「騎士達は優秀です。そうそう突破されたりはしないでしょう」
ウリンは、こんな状況でも平然とメイドの仕事をしている。
とはいえ、腰の後ろには大型のナイフをぶら下げており、戦闘の用意は怠っていないようだが。
騎士達は、居住区の入り口でバリケードを張っている。
そこまで侵入されることなどないだろうが、念のためだろう。
アヤカとエリシアは、ウリンの給仕を受け、お茶とお茶菓子を供されて、落ち着いていた。
ユキオは、アトリに近いところにいながら、アヤカ達を見ている。
執務室の中にはのんびりした空気があるが、遠くからは喚声が響いてくる。
「・・・・・・何か、あっさりしてるわ」
アトリが、中庭の方を見ながら呟いた。
アトリの視線は鋭いが、その眉は下がっており、困惑が見て取れる。
「何が?」
ユキオが首を傾げると、アトリは腕を組んで首を傾げる。
「たぶん、犯人ってモリヒト達を怪我させた暗殺者でしょう?」
「多分ね。将軍が、生き残りがいるって、言ってたし」
「生き残りというか、潜伏している奴らって、結構な実力を持っているはず、っていうのが、将軍達の予測よ? なのに、襲撃の仕方も、何て言うかずさん・・・・・・」
中庭はそれなりに広く、平坦な場所だ。
上から降りてくるにはいい場所かもしれないが、出口は限られる上に、兵力を展開しやすい。
強襲するとすれば、それなりに戦力を集中させる必要がある。
聞こえてくる情報では、数だけは多いらしいが、敵は弱く、いずれは駆逐できる見込みだという。
地震直後の混乱時に、中庭に直接襲撃をかけたのは評価すべきかもしれないが、それにしたって、送り込んだ戦力が貧弱だ。
「囮とか?」
「・・・・・・可能性はあるけど・・・・・・」
その場合、敵はどこから来るというのか。
「・・・・・・正面から?」
「もしくは・・・・・・」
ガラスの割れたような音が響いた。
喚声の響いている中で、そんな音が聞こえたのは偶然だった。
その音は、居住区の部屋の中から聞こえた気がする。
聞こえたのは、ユキオとアトリだけではなかったらしく、力を抜いて構えていた騎士達が、明確に警戒の気配を見せた。
ユキオと顔を見合わせた後、アトリが、少し前に出て短槍を構えた。
音の聞こえた部屋の扉へと、注意を向けている。
その後ろに、ユキオが警戒しながら並ぶ。
その左手首には、光を纏う数珠がある。
廊下で警戒態勢を取る二人にならい、ウリンもナイフを抜いた。
「・・・・・・ウリン。二人をお願い」
「かしこまりました。陛下」
ウリンが一礼し、下がる。
そうして、一瞬静寂が下りた直後のことだった。
「―・・・・・・―
・・・・・・きよ/し・・・・・・な/・・・・・・せ」
本当に微かな呪文の詠唱。
終わった直後、給湯室からの扉を突き破り、氷の塊が一気に部屋の中へと侵入した。
「っな!?」
扉を突き破った氷柱は、そのまま突き立つように入り口を塞ぐ。
アトリとユキオは廊下側に取り残され、アヤカ達と分断される。
それと同時に、ガラスの割れた音の聞こえた部屋から、飛び出してくる影がある。
「しまった!」
「ガラスの割れた音はわざと!?」
氷によって、執務室への入り口をふさがれた。
敵の暗殺者達は、エリシアを狙っていた。
ということは、一緒にいるアヤカも危ない。
「アヤカ!!」
ユキオが叫び、氷柱を叩く。
だが、
「ユキオ! 落ち着きなさい!!」
左右、給湯室に待機所からも、敵が出てくる。
「挟み撃ち・・・・・・!!」
それだけではない。
先ほど音の聞こえた部屋以外からも、侵入してくる敵の姿がある。
「どこからこれだけの数が・・・・・・?!」
向こうから騎士達が慌てて向かってくるが、その前にも敵が立ちはだかった。
こちらを囲むのは、左右が二人ずつに正面に四人。
騎士の行く手を阻むのが六人だ。
「―タマ―
割り砕いて!!」
ユキオの左腕に輝きを纏い、その輝きを叩きつけるように氷柱へと殴りかかった。
「・・・・・・ダメ?!」
びくともしていない。
奇妙な輝きを持って、氷柱はそこにある。
そこまでを確認して、アトリは動いた。
滑るように、給湯室から出てきた敵へと肉薄する。
反応して構えた敵に対し、短槍の突き。
半身になってかわした敵だが、アトリは突きを途中で止めると、槍を振るって敵を斬りつける。
下へ斬り下ろし、そこから鋭角に斬り上げる。
斬り下ろしで足を、斬り上げで上腕を浅く傷つけ、アトリはさらに槍を上段へと構えた。
力を込めて振り下ろす。
その振り下ろされた短槍を、敵の片方が受け止める。
だが、アトリはそのまま短槍を回し、下から石突で敵の防御をかち上げた。
無防備に体が開く。
その勢いのままに、石突で突き落とせば、石突は敵のみぞおちへと突き刺さる。
殺傷能力はなくとも、一時呼吸を止めるような一撃を受け体を折る敵だが、その手は短槍をつかんでいる。
アトリは短槍から手を放すと、もう一人の敵へと肉薄し、
「っ!!」
鋭い呼気とともに、拳でその顎を打ち抜いた。
その一撃にぐらりと姿勢を崩した敵の襟元をつかむと反対側へと振り回して放り投げる。
それは、待機所側か近づこうとしていた敵たちにぶつかって、一時押しとどめた。
その間に、残った一人を蹴り飛ばすとともに短槍を回収。
「ユキオ! こっちを開けたわ!! 給湯室から中へ行きなさい!!」
腕輪に魔力を通して、身体強化を発動。
体勢を立て直してこちらへ来ようとしている敵の前へと躍り出て、短槍をけん制として突き出し、その動きを押しとどめた。
その攻防の背後を通って、ユキオが給湯室へと飛び込む。
「ありがとう!!」
扉へと入り際に一言残し、ユキオは室内へと消えた。
「・・・・・・さて、と」
敵は油断なく構えている。
先ほど投げ飛ばしたのなども復帰してきていて、相対しているのは四人。
不意を突いた先ほどと違って、今度は真正面だ。
藤代の流派は人間相手を想定しているとは、多対一は、骨が折れる。
「・・・・・・やれやれだわ」
嘆息しつつも、アトリはにやりと笑って、短槍を構えた。
** ++ **
六人の暗殺者に阻まれ、騎士達は苦戦していた。
もともと、城にとどまっていた騎士は、ほとんどが中庭の迎撃に向かい、ここにいるのは僅かに四名一小隊だ。
弱くはないが、だからといって十分な戦力ではない。
何より、平時なら余裕ですれ違いができるほどの、広いはずの廊下が、戦闘を行ってみると意外と狭い。
城内警備のための装備は、取り回しを優先して小型ではあるが、それでも速度と小回りは暗殺者に分があった。
そして、騎士達の視線の先、女王と守護者が暗殺者に囲まれている。
著しく、騎士達を焦らせる光景だった。
アトリが廊下の角へ消え、ユキオがそこへと飛び込んでいく。
見えない状況が、騎士達にさらに焦りを募らせる。
「・・・・・・く、陛下!!」
だから、シャラ・メリフォウは、兜の下の顔をゆがめた。
まだ若い、ともすれば幼いとも取れる、女性の顔だ。
魔術騎士。
騎士団の中でも、魔術を扱うことを専門とした騎士のことである。
先輩となる騎士達が体を張って、暗殺者達を引き受け、その間にシャラは魔術を紡いで攻撃をする。
だが、未だ経験の少ないシャラでは、こういった乱戦時の魔術のストックが少なかった。
もともと、異王国の騎士は対魔獣用に、多少詠唱に時間がかかっても、威力の高い術や、防御のための術を優先して覚える傾向がある。
だがそれは、狭い室内で下手に放つと、味方を巻き込みかねない。
牽制として、味方に当たらない場所へ、小規模な魔術を打ち込むだけで、戦況に対し貢献できていない。
その状況もまた、シャラにとっては、不本意だ。
これでも騎士である。
魔術兵とは違い、あくまでも魔術を専門としているだけで、シャラは剣を抜いて戦うこともできる。
だが、狭い廊下のせいで、シャラが前へ出るだけの隙間がない。
さらに言えば、守護者であるアトリが対峙しているとはいえ、背後側にも敵がいる以上、下手に前へ注力することもできない。
この場で有効な魔術を紡ごうにも、不慣れな魔術は万全を期すために詠唱が長くなるため、発動前に味方の騎士達へ肉薄されて、盾にされてしまう。
それに加えて、先端に錘のついた鎖のようなものがシャラへと飛んでくるため、回避に気を取られて詠唱ができないでいた。
結果として、こちら側は騎士三人で暗殺者六人。一人で二人を相手にする構図となっていた。
それでも、拮抗しているのだから、何だかんだと騎士達の実力は高い。
だが、拮抗している以上、騎士達が廊下を突破できないのも事実だ。
何かしらの一手がいる。
戦場から一歩離れているシャラは、必死に頭をめぐらせる。
結果選択したのは、風の魔術だ。
手に持った発動体である剣を握り、詠唱する。
「―レクラコール―
風よ/渦巻く風よ/巻き込み猛れ/私は風の全てを見ている」
小規模な竜巻。
それは、周囲の空気を巻き込み、周囲のものを引き寄せる。
それが魔術として、暗殺者達の背後へと出現した。
離れたところへの魔術現象の発動。
通常、手元から放つ魔術を、遠くで発動させる遠隔発動だ。
魔術師なら、それほど難しい技ではない。
だが、この状況なら、敵は後ろへと引き寄せられ、味方は前へと出る力を得る。
何より、竜巻へと敵を押し込めば、その時点で風の暴威は敵を砕くだろう。
騎士達はこれを好機と見て、攻勢を強めた。
一人が敵に対して剣を振るう。
後ろから引き寄せられる敵は、その攻撃に対し、体勢を維持しづらい。
だが、そこは暗殺者だった。
抗しきれないと踏むや、すぐさま後ろへと跳んで距離を開け、
「―アージン―
火よ/針となれ/飛べ」
放たれたのは、細い火の針だ。
それが、無数に向かってくる。
「―レクラコール―
風よ/押し返せ!」
シャラが反射的に防御用の魔術を構築すれば、風が吹いて火の針は押し返され、騎士達には届かない。
だが、風を受けて針だった火が燃える炎となって、周囲へと散る。
「あ!?」
シャラが自分のなした結果に驚く先、王城の廊下に敷かれた絨毯などに火が移る。
「く・・・・・・!」
シャラは再度剣を握り、魔術を詠唱する。
「―レクラコール―
風よ/縮まれ」
剣先に、大気が集まり、圧縮される。
そして、剣先を廊下の先へと向けて、
「爆ぜろ!」
放たれたのは、風の爆発だ。
その勢いで、燃え移った火は消されるが、背後から放たれた爆風に、前衛となった騎士達も飛ばされないようにと固まってしまう。
その隙をついて、敵は前へと進み出た。
その身に燐光をまとうのは、身体強化か、あるいは風よけか。
どちらにせよ、爆風を割いて敵は接近し、刃を振るう。
それに前衛の騎士達が反応したのは、さすがと言えた。
一人に付き二つ振るわれる刃を、盾と剣で受け止める。
そして、その内の一人が、盾を足場に頭上を飛び越えられる。
魔術を放った直後、体勢の硬直しているシャラに、敵が迫る。
逆手に持った短剣でシャラを狙う敵に対し、シャラはなんとか反応しようとするも、遅い。
「・・・・・・っつ!」
避けることができたのは偶然だった。
風の爆風の反動に耐えていたものが、迫る敵に驚いてバランスを崩し、そのまま後ろへと押されたのだ。
おかげで、振るわれた刃はシャラをかすめるも、致命的な一撃にはならず、
「このっ!」
剣をたたきつけるシャラの動きに反応し、敵はその横をすり抜けると、背後へと走っていく。
「あっ?!」
シャラが慌てて振り返るが、すでにその人影はアトリと戦う四人へと加勢を始めていた。
「・・・・・・っ!!」
失態、と唇を噛んだところで、
「シャラ!」
「は、はい!」
前衛を守る騎士の一人がシャラを呼んだ。
「守護者様に加勢しろ! 女王陛下のもとへ敵を行かせるな!」
「・・・・・・っはい!」
頷いて、シャラは振り返る。
アトリへと向かう敵は五人。
シャラが単純に加勢したところで、連携が取れないため、おそらく戦闘への貢献は難しい。
一瞬迷いに足を止めそうになったところで、シャラは気づく。
居住区で敵と向かい合う騎士達と執務室前で敵と向かい合うアトリとの間は、せいぜいで二十メートルほど。
だが、それは両側が頑丈な石壁で、間に敵はいない空間だ。
「・・・・・・そうだ!」
気づく。
今まで、まともに貢献ができなかったのは、詠唱をしようにも邪魔をされてしまうから。
だが、敵がいない場所ならば、邪魔はされようがないし、何より騎士達が守ってくれるはず。
そう考えたシャラは、廊下の中央へと進み出る。
走り込みながら発動体の剣を構え、
「―レクラコール―」
詠唱を開始した。
剣を向けるのは、アトリと向き合う五人の敵。
「風よ/しなやかなれ/細くとも強靭に/たわめども途切れず/・・・・・・」
重ねるのは、とにかく風を強く集め、強く束ねるためのイメージを強くする詠唱。
接近し、剣が届く距離まであと一歩まで近づき、
「吹き荒れ/縛れ!/繭となって/渦巻き/留めよ!!」
叫ぶような詠唱が、確かに力になる。
剣先から放たれたのは、渦巻く風だ。
それは敵対者たちへと襲い掛かり、その身に束縛を与えていく。
不可視の風が、だがまるで絡みつく糸のように敵の動きを封じていく。
敵の体が燐光をまとい、抵抗が激しくなるが、
「・・・・・・っ!」
強くにらみつけるシャラが魔術のイメージを強くすれば、その抵抗は拮抗した。
「・・・・・・へえ・・・・・・」
その様を見ていたアトリから、感嘆の息が漏れる。
幾筋か、服や体が切られており、多少息も上がっている。
だが、それ相応のダメージを敵に返しているのは、さすがだろう。
「・・・・・・やるじゃない」
アトリがシャラに笑いかけ、そして短槍を構える。
そして、鋭い呼気とともに、拘束される敵へと一閃を放つのだった。