第18話:魔力のない領域
かつての『守り手』の領域の一歩手前。
そこで、ウェブルストとは別れた。
遠くの空に、真龍の巨体が見える。
それは、変わらず、不動のものとしてそこにあった。
「・・・・・・行くか」
領域に踏み込み、その先へと進む。
以前は『守り手』が襲い掛かってきたが、今回は静かだ。
「・・・・・・ヤガルと会ったからか。この辺にもう『守り手』はいないのか・・・・・・」
「両方じゃないかしら?」
クルワのいう通り、ではあるのだろう。
もしかしたら、『守り手』がいたら、顔くらいは出したかもしれない、などと、ちょっと冗談交じりに考えつつ、モリヒトは歩く。
「・・・・・・ここからだな」
そして、ある程度進んだところで、その先の領域がおかしいことに気づいた。
よく見ると、遠くが歪んで、その歪んだ景色の向こうに真龍の体が見える。
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトは、目を閉じる。
イメージは、たどり着くこと。
「よし」
イメージは固まった。
モリヒトは、前へと進む。
** ++ **
「おや、また来たか」
ヤガル・ベルトラシュは、変わらずモリヒト達を出迎えた。
それほど、歩かずにここまでたどり着けたところで、モリヒトはのんきに歩く。
「おう。ちょっと来た」
「ふむ。・・・・・・何か、聞きたいことでも?」
「いや、ぶっちゃけ聞くことはない」
ない、というか、
「どっちかというと、ここをちょっと利用させてほしいんだ」
正確には、
「頼んだら、ちょっと用意してくれるか?」
「ふむ? まあ、面倒なものでなければ」
やろうと思えば、おそらくなんでもできるであろう真龍が、面倒でなければ、という。
そんなことを頼むな、という人もいるかもしれないが、モリヒトはいけるだろう、と思っている。
真龍は、ほぼ自然現象ではあるが、一応意思がある。
周囲の環境を変に影響が出ない程度の場所を用意してもらう、というくらいは、通る範囲と踏んでいる。
「頼みたいのは、魔力のない領域」
「魔力がまったくない領域を作ればよいのか?」
「うん。そんな感じ」
「ふむ。よいだろう」
うなづき、ヤガルが、何かやった。
何をやったのかわからなくとも、何かやったことはわかる。
そういう存在感の移動、とでもいうものを感じた。
「それで?」
「いや、それだけでいい」
そして、その中へと、モリヒトは入った。
** ++ **
不思議な感覚だった。
この世界には、どこにでも魔力があるのだな、ということを、何もなくなったからこそ、逆に肌で感じ取る。
モリヒトには、周囲に漂う魔力を吸収する性質がある。
ただ、この体質で吸収できる魔力には、真龍が放出した魔力は含まれない。
地脈を流れる、誰でも使える魔力を、モリヒトの体質は吸収できない。
だから、真龍の魔力に満ちたこの地でなら、体質による吸収魔力は最小限になる。
ここまで来たのは、それを見越してのことである。
魔力の真空地帯まで用意してもらえる、というのは、少々高望みか、とは思っていたのだ。
だが、用意してもらえた。
「・・・・・・ふむ」
体質では吸収できずとも、人間として、生命として、真龍の魔力は吸収する。
その最低限の吸収すらもなくなった今、モリヒトは自分の魔力をしっかりと感じ取れていた。
「・・・・・・これ、か」
腰を下ろす。
地面からも、魔力は来ない。
だから、目を閉じて、自分の中へと意識を集中する。
「やってみよう」
魔力の流れ。
それを放出し、吸収する。
自分の中で魔力を作り、流れを意識する。
「・・・・・・ああ、これだ」
その流れの中に、一つ、異質なものを見つけた。
モリヒトは、笑みを浮かべる。
** ++ **
魔力のない空間の中に入ったモリヒトを見て、クルワは腕を組む。
その目に浮かぶのは、期待であり、希望だ。
フェリは、そんなクルワを見上げ、それからモリヒトを見て、首を傾げた。
** ++ **
クリシャは、山を登っていた。
飛行魔術による移動は、速い。
魔獣はいない。
魔力は、山の上にいるといくらでも湧いてくる。
だから、消耗は気にせずに飛ばしていた。
その途中で、
「おや」
「む」
ウェブルストを見かけ、クリシャは降下する。
「なるほど。君が王子か」
「クリシャ、という、やつらが手配している女か」
「よろしく。初めまして、だよね?」
「・・・・・・情報だけは聞いている。我々の団でも、貴女の薫陶を受けた組織の意思を継ぐものは多い」
「いやあ、照れるねえ」
ははは、とクリシャは笑う。
クリシャは、自分のわがままでいろいろなことをやってきた。
この大陸での色付きの保護も、贖罪を含めたわがままだ。
それが称賛されている、あるいは、敬愛されている、という状況は、面はゆい。
「モリヒト君と一緒に、山を登ってきた、と聞いているけれど、彼は?」
「『守り手』の領域の手前で別れた。真龍に会いに行く、ということだったからな」
「そっか」
ふんふん、とうなづく。
「そちらこそ、色付きの子供を一人連れているのでは?」
「街にいた、君の団に預けてきたよ。一晩過ぎれば、落ち着くでしょう?」
「・・・・・・そうか」
ウェブルストは、頷く。
「まあ、この山のやつらをどうにかすれば、大体安全になるだろうし」
「それはそうだ」
ふ、とウェブルストは笑う。
ミュグラ教団の位置はつかめている。
これから、ウェブルストは団を率いて、そこに向かうつもりでいた。
「・・・・・・教えておくが、やつらは今、ここから西の方にいる」
「西、かあ」
なるほど、とクリシャはうなづく。
「ボクは、モリヒト君たちに合流するよ。・・・・・・なんだかんだ、彼らは中心になりそうだから」
「そうか」
そういって、クリシャは、魔術を起動する。
「じゃあね」
「・・・・・・さらばだ」
そして、二人は別れた。
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