第15話:宿に戻って
モリヒトは、ふいー、と息を吐いて、汗をぬぐう。
ちょっと走ってしまった。
「・・・・・・いいの? 逃げちゃって」
クルワはそう聞いてくるが、モリヒトに後悔はない。
「じゃあ、あれとやりあいたいと?」
「うーん」
聞けば、クルワもうなってしまった。
街中でばったり会うとしては、最悪の相手だよ、とモリヒトは思う。
ミュグラ・ミケイルは、割と単純な思考で動いている人間だと、モリヒトは思っている。
ミュグラ教団にいるのも、たまたま、環境がそうだった、というだけの話だろう。
じゃあ、説得したら仲良くなって仲間になるか、といえば、そんなことはない、と思う。
ミケイルは、間違いなく敵なのだ。
もしかしたら、場合によっては、食事の席を共にするくらいはできるかもしれない。
だが、それも一時のことだ。
「あいつは、もう絶対に敵なんだと思ってる」
あちらにとって、モリヒトは天敵だから、仕方ない、と思う。
単純に、一緒にいるだけでもあちらにとっては、命の危険があるのだから。
「なんか、すごく嫌いなのね」
「殴られて死にかけた思い出ばっかりだぞ。好きになる理由がない」
俺には特殊性癖なんぞありません、とモリヒトの鼻息は荒い。
フェリは、モリヒトのそんな様子をきょとん、とした目で見上げている。
「モリヒト。あの人きらいー?」
「嫌いっていうより、苦手。・・・・・・あっちにとっても、俺はいい人間じゃないからな。お互い不干渉が一番よいのだ」
「よいのだ、って」
あらら、とクルワは苦笑している。
フェリは、やはりきょとん、と首をかしげる。
「なんだ。フェリはあいつ気になるか?」
「ん-。・・・・・・あの人、フェリに似ている気がする」
「・・・・・・あー・・・・・・」
それについては、心当たりがなくもない。
ミケイルもフェリも、どちらもミュグラ教団の実験によって生まれた存在だ。
ただ、成り立ちは違う。
フェリの頭をそっと撫でる。
「んう・・・・・・」
撫でられたフェリは、目を閉じてんー、とされるがままになっている。
その撫でる感触は、普通の子供のそれと大差ない。
「あれはあれで、フェリと似たところ、あるといえばある」
「モリヒトとも似てるー」
「なんだと?」
モリヒトにとって、それはなんだか受け入れがたい。
モリヒトは、あそこまで狂暴ではないはず。
「どのあたりが似てるの?」
ショックを受けて止まったモリヒトを見つつ、クルワがフェリに聞いた。
すると、んー、と悩んだ後で、フェリは言った。
「誰かに守られてる感じ?」
「はい?」
なんだそれは、とモリヒトは思う。
モリヒトとしては、確かに、いつも誰かに守られている、というのは否定できない。
ヴェルミオン大陸にいたときは、いつもルイホウに守られていた。
今は、クルワに守られている。
だから、誰かに守られている、というのもわからなくはない。
だが、ミケイルはどうだろうか。
ふと、
「そういや、ミケイルの相方いなかったな」
「相方?」
名前をなんというのかは覚えていないが、赤毛の美人がそばにいた気がする。
「まあ、分かれて行動しているのかもしれんが」
ただ、分かれて行動できる、というなら、やはりミケイルが誰かに守られている、というのは違うのではなかろうか。
モリヒトから見ると、なんだかんだ、ミケイルは好き勝手をしている、と思うのだ。
しかし、
「フェリって、あいつと会ったのは、初じゃなかったか?」
「うん?」
どうなのだろうか。
ミケイルがこちらにいた時期、フェリはまだミュグラ教団の中に囚われていたはずだから、その時期に会っていてもおかしくはない。
フェリに聞いても、首をかしげるばかりで、思い出はなさそうだ。
ともあれ、宿に帰りつき、モリヒトは息を吐く。
「ふー」
「どうした? 何か騒ぎがあったようだが」
「ん?」
見れば、
「えーと・・・・・・。王子殿下」
「・・・・・・やめてくれ。こんなところでそんな呼び方をされると、背中がかゆくなる」
茶をすすっていたこの国の王子が、なんとも気持ち悪そうな顔をした。
** ++ **
「ほう? ミュグラ教団の刺客か」
ミケイルのことを話すと、ウェブルストは、腕を組んでうなる。
それから、なんともわくわくした顔で、
「強いのか?」
「強いか、と聞かれれば強いけど。・・・・・・あれ、体の丈夫さと再生力からくるタフさが売りだからなあ」
「なんだ。体の資質任せか・・・・・・」
「拳闘の技も持ってそうだけど、大体がそれでカタがつくから、あんまり使わなさそう? でも、身体強化もかなり強めに入ってるから、下手な技を使うより、普通にぶん殴る方が強いタイプ」
モリヒトは、今までに聞いたミケイルの特徴と、自分が見てきたものを合わせて、そう報告する。
「ただ、あいつどっちかっていうと、食客って感じだと思う。ミュグラ教団所属、ではあるんだろうけど、大陸が違うから、たぶんここの奴らからはあんまり信用されてないんじゃないかね」
以前、ミュグラ教団のものと思しき魔獣に飲み込まれていたし、今だって、教団にとっては割と重要な仕事の最中に、街中で遊んでいるようだったし。
「なるほど、なるほど」
ふうむ、と何かよくわからない顔で、ウェブルストは頷いている。
モリヒトは、ウェブルストがどういう人間かをあまり知らないから、何を考えているか、まではわからない。
ただ、なんだか楽しそうに見える。
「・・・・・・ひょっとして、戦闘好きか?」
「強い男は好きだとも」
むん、と腕に力瘤を見せつけるウェブルストに、ふうん、とモリヒトはうなづいておく。
「しかし、なんで街に? あっちの指揮はいいのか?」
「ああ、捜索に少々手間取っていてな」
「・・・・・・なんで?」
「以前まで、『守り手』の領域になっていた場所が問題でな。いなくなっているなら探索もできるが、もしも生き残っていて、戦闘にでもなれば勝ち目がない」
『守り手』は、決して倒せない敵ではない、とウェブルストは語る。
ただ、被害なく勝とうとすれば、必要な戦力は多大なものになる。
なにより、一体を倒すと、その部分は別の『守り手』の領域になる、という。
「真龍へと謁見するのでもなければ、その場にとどまるのは、大変危険なんだ」
「もしかして、『守り手』って補充されるのか?」
「あれも魔獣だが、真龍の生み出したものだろう? 足りなくなれば、真龍がまた生み出すのではないか?」
ヤガル・ベルトラシュ、若紫色の真龍が言ったことを思い出すに、単純にそうとも限らない、とは思うが、
「そういうものなのか」
この土地をより知っているのは、ウェブルストの方だ。
だったら、そちらの言うことが正しいのだろう、とモリヒトはうなづく。
そうしていたら、手下がウェブルストに近づき、耳打ちした。
「・・・・・・カシラ、準備整いました」
「おう、そうか」
うむ、と満足そうにウェブルストがうなづく。
「やれやれ。どうやって聞きつけたんだか」
聞こえたのは、モリヒトが先ほど聞いた覚えのある声で。
「おや?」
「あ、花屋の店主」
「おー、お客さん」
広場の端で、水桶に花を咲かせて売っていた女性店主が、そこにいた。
「うん? なんだ知り合いか?」
そして、その様子を見て、ウェブルストは首をかしげるのだった。
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