第13話:水の上の花
ともあれ、特にすることを思いつかないモリヒトは、そのまま花屋の店主と会話をすることにした。
隣に腰を下ろし、予備の桶をもらって、そこに水をくむ。
そして、
「んー・・・・・・」
魔術の詠唱は、適当でいい。
発動体は、貸してもらうことにした。
小さな杖である。
「刃の発動体って多いんですけどね」
やはり、魔術は戦闘用として使われることが多いためか、発動体は武器の形に加工されることが多い。
この大陸では、その傾向はもっと強いという。
日常で魔術を使うことはまずないので、魔術を使う場面があるとすると、魔獣退治などの戦闘の場面だ。
だから、こういうちょっとした杖は珍しい。
需要がないため、珍しいからと言って、価値があるかといえば、全くないが。
「―ワンド―
水よ/・・・・・・」
詠唱は、割と適当でいいらしい。
花の種の中に水が入り、その水を使って花が咲く。
そのイメージをしっかりできれば、
「お?」
ぴょこん、と種から芽が出て、
「あれ?」
しな、と垂れて、そのまま枯れてしまった。
「・・・・・・おや?」
「うまくいってないわねえ」
「芽が出たところで、イメージがぶれたんでしょうね」
それから、
「どんな花が咲くか、というところまでイメージできていないのも理由でしょう」
店主は、ふふふ、と笑っている。
「ん? どんな花かって・・・・・・」
それで、店主が指さしたのは、モリヒトがフェリに渡していた店主から買った花束だ。
フェリは、その花を一本一本眺めては、
「あーむ」
「あ・・・・・・」
ぱくん、と花を口にくわえて、むぐむぐと噛んでいる。
「大丈夫、食べられる花ですから」
おいおい、と思っているモリヒトに、店主は苦笑しながら告げる。
「おいしいですか?」
「あまーい」
「ふふ。そうでしょうね」
フェリは、にこにこと嬉しそうだ。
「甘いの?」
「甘いですね。水に蜜を混ぜてありますから、花全体に甘味があると思います」
花自体も、甘味のある花であるらしい。
岩場にも咲くような生命力の強い花で、適当に土に播いただけでも育つため、そこらで生えているし、この辺の子供たちにとっては、ちょうどいいおやつでもあるらしい。
店主の花は、吸わせる水にさらに甘味のある蜜を混ぜているそうで、育つ際にその甘味を吸い上げるため、花どころか、茎や葉に至るまで甘いらしい。
「一応、炒め物に野菜の代わりに使われることもあるくらいです」
「ほう」
「ほら、あそこの窓とか」
店主の指さす先を見ると、窓の下に鉢植えがあり、そこに花が揺れている。
「あんな風に育ちます。それに、年中咲く花でもありますし」
「都合のいい花だ」
ともあれ、花の姿をよく確認する。
それから、水の上に種を落とし、
「むむむ・・・・・・」
イメージをしっかりしてから、詠唱。
「お?」
「小さい花が咲きましたね」
「確かに、かわいい花ね」
クルワが、モリヒトの肩に手を置いて、肩越しに桶の中の花を覗き込む。
店主が咲かせたものに比べると、花自体が小さい。
「でも、きれいに咲きましたね」
「ふうむ・・・・・・」
魔力をそれほど使うわけでもなく、だが、イメージは重要なことがわかる。
魔術を使えるかどうか、というのを探るには、ちょうどいいのかもしれない。
しかし、
「・・・・・・むうう」
水の上に浮かぶ花。
一つを手に取り、口に運ぶ。
ほんのりとした甘みを感じながら、モリヒトは、うむむ、と考える。
「・・・・・・」
水の上の花を見ていると、蓮の花を思い出す。
「蓮? どんな花ですか?」
こんなん、と地面に描いて見せると、店主は、うーん、と考えて、
「このあたりでは、そういう水場は少ないですから。少なくとも、私は見たことがありません」
そうか、とうなづく。
もしかすると、この大陸にはない花かもしれない。
「何か、思い入れのある花なんですか?」
「・・・・・・そういえば、なんであれ蓮の花なんだろうか」
そんなことをふと思う。
モリヒトの人生で、蓮の花に何か思い出あっただろうか。
ウェキアスの力で出てきただけだから、実際のところモリヒトの人生とは関係のないことかもしれない。
ミカゲは、そういえば、以前からモリヒトを待っていた、みたいなことを言っていたような気もする。
「・・・・・・おや?」
今、ふと何かが引っかかった。
んん? と首を傾げつつ、杖を傍らに置く。
「あら、どうしたの?」
クルワが、モリヒトの肩に手を置いたまま、モリヒトに尋ねた。
ふと思いついたことがある。
モリヒトは、桶の上に手をかざして、
「―ミカゲ―
花よ/咲け」
種が水を吸う。
そして、
「おや?」
ひょこん、と芽が出て、先端が膨らみ、花が咲いた、と思ったところで、いきなり燃えた。
「ええ?! なんで?」
この結果は、モリヒト自身が一番驚いた。
イメージとして、火などまったくもっていない。
だが、結果として花は燃えた。
今も、まるでろうそくのように、花は燃えたまま揺れている。
やがて、花は燃え尽き、桶の上に落ちた。
「・・・・・・なんでぇ??」
心底不思議である。
モリヒトが首をかしげると、横から店主が手を伸ばし、水の上に浮かぶ燃えカスを手に取った。
「確かに、燃えていますね」
「ううん?」
そもそも、発動したこと自体が不思議、ではある。
何せ今、モリヒトは発動体としてのウェキアスを持っていない。
だが、確かに魔術は発動したのだ。
「・・・・・・なんかわかる?」
「そうですね・・・・・・」
うーん、と店主は考える。
「たまに、こういう、意図したものと違う現象が起こることがある、というのは聞いたことがあります」
「あるんだ」
「そうですね。例えば、火の魔術を使うことに特化した発動体で、普段から火を使い慣れている人が、水を出そうとして詠唱して、火が出た、という程度の話ですが」
「それは、魔術として水を使おうとして、慣れている火が出ちゃった、だけ、とかそういうのでは?」
「そうかも、なんですけれど」
店主は、うーん、と考える。
「それ以外にも、やはり発動体の適性が違いすぎていると、やはりほしい結果が出ない、というのはよくある話です」
店主の言葉を聞き、自分の手を見て、
「うーん?」
モリヒトは、何かをつかめそうだ、と思いつつも、もやもやしていた。
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