第11話:路地裏の花売り
モリヒトは、のんびりしていた。
椅子に腰を下ろし、冷えた茶をすすっている。
「・・・・・・お茶がうめえ」
「何をのんきをやっているの?」
クルワが、のんびりとしているモリヒトに、呆れの目を向ける。
割といろいろ詰まっている状況のはずだが、モリヒトはのんびりとしていた。
なお、今いるのは、轟天団の拠点近くの茶屋である。
氷が浮いた茶、というのが、普通に飲める。
氷を作っているのは、魔術具らしい。
こういうのが、割と普通にあるのがこの街だ。
「ちなみに、こういうのを普及させたの、ミュグラ教団らしいぞ?」
数十年前の、まだ穏やかな時期の教団の仕事らしい。
そういうこともあるから、この国では、教団の人員に対しては、あまり悪印象がないものも多いという。
といっても、最近の変節を知る者たちは、最大級に警戒しているが。
「・・・・・・で? 今日はどうするの?」
キースは、そのまま轟天団に預けてきた。
クリシャが戻ってきて、妹を連れていくなら、キースの方へ連れていくだろうし、そうなると轟天団が拠点としている宿の方が安心だろう。
フェリの方はどうかというと、
「おー・・・・・・」
普通に、モリヒトと同行している。
今は、店員が出してくれた飴菓子をいじって遊んでいる。
固まっているような飴ではなく、水飴のように粘り気のある飴だ。
それを棒で絡め取り、自分の口に運ぶ。
そうやって食べるものらしい。
「ねるねる。おー」
フェリが棒を器の中でくるくると回し、そして持ち上げると、にゅー、と飴が伸びる。
それをフェリは面白そうに見ては、また飴を練る作業に戻る。
味わっていないのが笑えるが、子供っぽいので、それはそれでほほえましい。
しかし、
「とりあえず、街をのんびりと歩きまわろうか」
「フェリを連れて回ったら、問題起きない? 襲撃とか」
「それな・・・・・・」
確かに、フェリを狙うミュグラ教団が来る可能性はあるが、
「来ない気もする」
「気もする、で危ないことしない方がいいと思うけど?」
「・・・・・・うーん。とはいえ、フェリも戦えなくはないしなあ」
「フェリの戦い方は人間離れしてるから、人に見られると厄介よ?」
「ああ、それもそうか」
ふむ、と考える。
正直、モリヒトとしては、人通りの多いところを歩いていれば、そうそうあぶないことはないと思っている。
フェリやキースの妹にかけられている賞金は、裏のもので、公式のものではない。
賞金自体が違法だから、それを狙っての襲撃は、逆に犯罪行為になる。
「昨日のは?」
「夜だったからな。暗い中だと、言い訳なんぞいくらでもきくだろうし」
だが、今は昼の明るい時間帯である。
それに、
「・・・・・・クルワ。なんかいるか?」
「・・・・・・まあ、いないわね。少なくとも、今ここをうかがっている人間はいないと思う」
それを聞いて、モリヒトはうなづく。
「だったら、あんまり気にしないようにしよう。・・・・・・ぶっちゃけ、俺らも襲われる要素あるし」
モリヒトとしては、もうなるようになれ、という感じである。
「それでいいのかしら?」
クルワは首をかしげているが、モリヒトはのんびりと茶をすするのだった。
** ++ **
のんびりと街を歩く。
モリヒトとしては、この街並みも割と興味深い。
石ばかりだが、ふしぎと無骨な印象はない。
石をきれいに削っているためか、あるいは風化によって角が取れてなめらかな線が出ているせいか、石で作られた街並みがどこかやわらかい。
色合いが、若紫色が薄れて白っぽくなっている色であるのも、またそういう印象に一役買っているのだろう。
「ふうむ?」
だが、街を歩いていると、目につくものがある。
この街には、魔術具が多い。
茶屋で、茶に浮いていた氷を作っているものもそれだが、風を生み出している送風機の魔術具や、コンロのような魔術具。
戸口には明かりの魔術具がついているし、水を出すのも魔術具だ。
あちらこちらに魔術具は多く見えるが、
「・・・・・・ふむ?」
「どうしたのよ」
「いや、魔術具はたくさん見えるんだが、魔術を使っている人は、見えんな、と思ってよ」
オルクトの帝都にせよ、テュールの王都にせよ、大きな街では、魔術を使った大道芸人が多くいた。
そうでなくとも、それなりの人数が、独自に魔術を使っていた。
魔術具が、割と高価な品なこともあり、魔術を自分たちで使う人たちが多かったのだ。
だが、こちらの街では、魔術を使うものの姿が見えない。
「そういえばそうねえ?」
クルワも、しばらく首を傾げた。
そうしている間に、中央に噴水のある広場へと到達した。
噴水が水を吹き出すのも、やはり魔術具によるものだろう。
「ふうむ?」
夜は、食べ物を売る屋台が多かったと思うが、昼間は屋台の顔ぶれが違う。
花や水、果実、細工物を売っている店などが多い。
大道芸人もいるが、魔術などは一切使わず、自分の技量のみによる芸をしているようだ。
「・・・・・・なんでだろうね?」
とりあえず、いくつかの屋台を冷やかしながら、ふらふらとして、
「お?」
モリヒトは、一つの路地に、それを見つけた。
** ++ **
それは、こじんまりとした露店だった。
日陰と日向のぎりぎりのところに、むしろを広げて座っている。
ローブをまとった姿で、老若男女はわかりづらい。
おいてあるのは、水を張った桶一つ。
そして、その周りに、押し花と思わしきものが並んでいる。
「・・・・・・」
なんとなく気になって、モリヒトはそちらへと近づく。
「・・・・・・・・・・・・いらっしゃいませ」
うっすらと聞こえた声は、まだ若い女性の声だった。
「何を売ってる店なんだ?」
「花を」
「花?」
ちら、と見れば、押し花がある。
「これ?」
「それは、サンプルです」
「お?」
「気に入ったものがあれば、ここで咲かせますから」
「・・・・・・?」
よくわからない、と思うが、なんとなく気になる。
だから、なんとなくこれ、と思った花を指さし、
「じゃあ、これで」
それは、赤に近い橙色の花弁を持つ花だ。
「では・・・・・・」
そっと手を差し出されたので、持っていた硬貨を数枚乗せた。
ふふ、と笑う声が聞こえた。
それから、その店主は、傍らの小さな袋に指を入れ、中から黒い粒を取り出した。
それを、そっと、水の上に散らす。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、桶の上に手を広げ、
「―――」
小さくて聞き取れなかったが、それは魔術の詠唱だった。
そして、
「お?」
桶に散った粒が、不意に発芽し、そのまま伸びて、ぽん、と花が咲いた。
「・・・・・・では」
店主は、数本咲いたそれらの花を摘み取ると、根本を縛って、モリヒトへと差し出す。
「どうぞ」
「・・・・・・お、おお」
思わず受け取る。
瑞々しく咲いた花の束である。
「・・・・・・へえ」
大道芸としても売れそうな花の売り方だ。
モリヒトは、感心した。
それと同時に、疑問も浮かぶ。
「なんでこんな目立たないところで、商売しているんだ?」
「この大陸では、魔術師は嫌われますから」
店主から言われた言葉に、モリヒトはきょとん、とするのだった。
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