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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第15話:王城襲撃(1)

 王城では、騒ぎが起きていた。

 軽いところでは、花瓶がひっくり返った。城勤めの使用人が転んでけがをしたなど。

 重いところでは、倒れてきた棚の下敷きになった者もいたり、一部の石壁が崩れたりだ。

 とにもかくにも、地震によって出た被害によって、城内にいる者達は皆、あわただしく動き回っていた。

 そんな状況の中で、国軍の長であるルゲイドは声を張り上げていた。

 ベルクートもまた、正門付近で、避難してきた民衆の誘導のために声を張り上げているだろう。

 だが、ルゲイドが大声を上げているのは、王城の中庭の入り口付近だ。

 そして、戦いの最前線でもある。


** ++ **


 始まりは唐突だった。

 地震が収まった、ほぼ直後だ。

 多くの人間が揺れに耐えるために地に伏せ、あるいは、周囲をうかがい始めた、そのときだった。

 テュール異王国の王城は、正門を抜けるとエントランスがあり、国民の謁見手続きや嘆願等行政手続きを処理する部署がある。

 その奥には口の字で回廊が存在し、回廊の真ん中は中庭となっている。

 回廊を挟んで反対側には、行政の中枢。

 右に向かえば軍部、左に向かえば催事場などがある。

 炊事場等は催事場から行政中央へと向かう間にある。

 その王城の中庭。

 そこに、敵が降って来たのだ。

 落ちてきたのは、三人の人間と、三つの巨大な石だった。

 半透明の透き通った赤、青、灰色の三つの巨大な石だ。

 赤は球形、青は六角柱、灰色は八面体だ。

 それとともに降りてきた人間。

 フードつきのローブに体を隠したその人間達は、何かを呟きながら、それぞれの傍らにある石へと手をたたきつけた。

 そして、石と同じ色の光が中庭を満たした一瞬の後、起こった変化は静かな異常であった。

 石の表面が不意に波打ち、ずるり、と音を立てるように、人間が吐き出されたのだ。

 いや、それは、人間の形をした何か、なのだろう。

 それは、鎧を着た兵士に似ていた。 

 手に剣を持ち、あるいは槍を持ち、それらはふらふらと立ち上がる。

 あまりに非現実的な光景に、中庭を覗いていた者達が反応できない中、石から吐き出されたそれらは、ふらふらとした足取りで、四方にある中庭の出口へと歩き出した。

 そうしている間にも、石からは次々に人間の形をした何かが吐き出され続けている。

 その光景を見て、正体の知れない脅威を感じたのが、ルゲイドだった。

 何かしらの、予感めいた悪寒を元にして、腰から剣を抜き放ち、中庭へと踏み入ったのだ。

 生み出されていた兵士たちが、ルゲイドの姿を認め、まだ、距離は遠いというのに、間合いの外から剣を振り上げ、向かってくる。

 素人、ということすらできない。

 声も何もなく、振り上げたままに近づいてきて、振り下ろす。

 現実感のない攻撃だった。

 あまりにも隙だらけであったために、逆に思わず見入ってしまった。

 ルゲイドが反応できたのは、半ば反射だった。

 むしろ、あまりにも隙だらけだったために、反射で迎撃せざるを得なかったのだ。

「・・・・・・っ! 警戒せよ!! 敵だ!!」

 反撃によって腕を切り飛ばし、首を落とし、さらに縦に両断した後、ルゲイドは声を張り上げた。

 たかが雑兵相手に、動揺から必要以上の攻撃を叩きこんでしまった。

 その動揺を飲み込み、周囲へと警戒を呼び掛け、集った兵士に命令を下す。

「四方の出口を固めろ!! こいつらを城内へと入れるな!!」

 そうして、中庭を囲んでの攻防が始まった。


** ++ **


「? 何だ? 他にもいたか」

 白衣の男が、王城へと目を向けて呟いた。

 この状況を利用して、自分の研究を進めようとする自分と、目的は違えど手段は同じ者がいた、ということに、わずかに片方の眉を上げてみせる。

「・・・・・・魔石を用いた『魔力のみの生物の構成』。・・・・・・だとすると、ジルエンだな」

 状況の推察から、同じ組織の研究の最終的な目的は同じ、ただ、アプローチの仕方が違う研究者の顔を思い浮かべる。

「・・・・・・ふむ?」

 不意に、男の傍に光が浮かんだ。

〈貴様か〉

「やはりジルエン。しかし、確認のためにわざわざ通信とは、ご大層なことだ」

 窓のように四角い光の中には、フードを目深に被った人影が映っている。

 顔の見える部分は、線の細い口と顎のラインは女性のようにも見えるが、聞こえてくる声はどちらとも判別がつきがたい。

〈地震は貴様か〉

「問うているのなら、肯定する。とはいえ、いずれ起こっていたことを、多少早めただけのことだが」

〈おかげで、こちらは計画を早めることになった〉

 咎める口調に対し、男は軽く応じる。

「こちらにも実験の計画がある。無視してもよかったのではないか?」

〈あの城は、上空からの魔獣の侵入対策として、常時巫女衆による結界が張られている。あの結界は、私の実験を阻害する〉

 ほう、と白衣の男は頷いた。

 組織内で、実験に関する概要は共有されている。

 いつ、どこで、どんな手段で、というものは秘匿されているが、実験の目的と予想される成果については、大まかに共有されているのだ。

 男は、自分の研究への利益になるかもしれないため、その共有されている概要については、すべて目を通している。

 だから、今回自分のそれと重なるタイミングで実験を行う者はいないと予想していたのだが、

「あの方法に、そんな弱点が?」

〈正確な結果が出せない。そんな実験に意味があるか?〉

「なるほど」

 確かに、と白衣の男は笑った。

 研究者として、そこは共感できる。

「それで? その物言いだと、君とてあの城の結界をすり抜けるための何かを用意していたんだろう?」

〈・・・・・・もっと穏便な方法で、な〉

 フードの奥から、にらむような視線を白衣の男は感じた。

「ならば、荒っぽくてすまんね」

 おどけたように肩をすくめる白衣の男の耳に、嘆息が聞こえた。

〈・・・・・・そちらは、今後の実験を進める予定は?〉

 フードの人物は軽く首を振って、話を切り替えてきた。

「すでに、こちらから手を入れる段階は完了している。後は、結果を待つばかりだ」

 白衣の男から状況を聞けば、フードの人物は一つ頷いた。

〈ならば、今後はこちらを優先してもらおうか〉

 要は、邪魔をするな、ということだろう、と白衣の男は笑う。

 遠目に見る城の中は、念のために忍ばせた監視用の使い魔などで見ているが、面白い状況になっていると思う。

 干渉するより、見ていた方が面白そうだ、と考え、

「城にはもう干渉しない。後は実験結果の回収作業だが、これも城の外部で行う」

〈了解した〉

 頷き、光の窓が消える寸前、白衣の男はにやりと笑い、付け足した。

「・・・・・・城の中で、君とは別に動いている暗殺者の集団がいるようだ。おそらく、君の実験はそれと同一視されているはず。利用できるなら、してみればどうだね?」


** ++ **


 戦いは、まだ始まったばかりだ。

 地震が収まった直後からだから、せいぜいで三十分にもならないだろう。

 だが、現場には既に、流れのようなものが生まれていた。

 中庭の四方の入り口は騎士が塞ぎ、手の空いている者が前へ出て敵を駆逐。後ろでは交代要員が休息しながら待機し、時折壁役や攻撃役と交代する。

 負傷するものがあれば下がって治療を受け、開いた穴は交代要員が埋める。

 敵が弱いが故に、四方の入り口の前で確実に敵を食い止められている。

 そんな流れが出来上がり、流れは順調だった。

 敵の増える速度は脅威だが、それでもどうにかなり始めている。

「・・・・・・これならば、どうにかなるな」

 その様子を見て、ルゲイドは頷く。

 普段の訓練が生きている。

 実感して、満足げに頷く。

「・・・・・・陛下たちの状況は?」

 傍らにいる部下に対し、ルゲイドは問う。

 細身で、髪に白いものが混じった老人だ。

 材質の関係から、金属光沢の強い異王国の騎士鎧の中にあって、初老の男が着込んでいる騎士鎧は、よく磨き上げられているものの光沢はない。

 ルゲイドの副官である、ホクノ・ジクという男だ。

 顔や髪には老いが見えるが、その立ち姿には老いは見えない。

「アトリ殿が向かわれています。また、お客様の内、妹君はアヤカ様と同じ部屋に。陛下もそちらへ向かわれましたので、アトリ殿を誘導し、我が隊の兵にて固めております」

 返答に満足そうに頷いて、ルゲイドは戦場を睥睨する。

「いきなり空から降ってきた。・・・・・・あり得るか? 城の上空には結界があるはずだ」

 ルゲイドが中庭の上空をにらむも、そこに何かの異変があるようには見えない。

「それについては現在確認中です。巫女衆は地震発生の原因と思われる地脈異常の対処に当たっており、あるいはその影響とも考えられますが・・・・・・」

「だとするなら、この状況と地脈以上のタイミングがここまで合っている以上、すべては人為的なものである可能性もあるか」

「はっ」

 むう、とルゲイドは唸る。

 最初に降ってきたものは、三人の人間と三つの物体だ。

 そしてそれは、未だ中庭の中央にいる。

「・・・・・・この場の状況は今のところ安定しているな」

「どうにも、ずさんですな」

「うむ。生み出される兵の質が悪い」

「陽動でしょうか?」

「にしては外連味が過ぎる」

 二人が会話をする間も、中庭の攻防は続いている。

 疲労が溜まれば押し切られる可能性もあるが、その前に中庭へと突入して元凶を討つことはできるだろう。

 そこまでの予想を立て、ルゲイドはホクノへと告げる。

「儂はこの場の指揮を執る。城内に他の異常がないかを探れ」

「は」

 そのまま、ホクノの気配は音もなく遠ざかる。

 ちらりとルゲイドが一瞥すれば、特に何の変哲もなく、ただ走って去っていくだけなのだが、そこに鎧のこすれる音も、脚甲が床を叩く音もない。

 それゆえ、遠ざかるその背に、違和感があるのだ。

「・・・・・・」

 頼りになる男だが、どこか不気味でもある。

 何せ、ルゲイドが二十代の頃に先王に見出され、ベルクートとともにこの国に仕え始めた三十年前から、ホクノは既に今と同じような老人だった。

 ルゲイドが将軍となるまでの間に、数代、将軍は代替わりしたが、ホクノは役職も何も変わっていない。

 一体幾つになるのかすら知らない。

 一説には、初代異王の時代より生きている、という噂すらある。

 さすがにそれは眉唾だろうが、

「実力は確かだ」

 そして、異王国に対する忠誠も。

「さあ、もう一息だ! 押し込め!!」

 剣を抜き放ち、大音声を上げる。

 騎士の喚声がその後に続いた。


** ++ **


 中庭での戦闘は、何も入り口付近に留まらない。

 中庭は、上が開けている。

 それは、二階や三階から、中庭を見下ろすことができる、ということだ。

 直接の戦闘は騎士が行い、一般兵である国軍の兵士達が何をしていたかというと、

「用意、急がせろ!!」

 フェアト・バンは、第一分隊の指揮を執っていた。

 中庭を囲む回廊の三階部分だ。

 周囲にいる兵士達は、弩を用意し、矢を装填している。

 騎士の手によって敵を中庭に封じ、上階からの一斉射によって、奇妙な兵を作っている石の周囲にいる術者を片付ける。

 可能ならば、石の破壊もだ。

 もっとも、石の強度が分からないため、さらに魔術兵の準備も進めている。

 ちなみに、第一分隊長であるグレストは、中庭で直接剣を振り回している。

 時折聞こえる喚声の中に、聞き覚えのある野太い声を聞き、フェアトはやれやれとため息を吐いた。

「副隊長! 準備、整いました!!」

「よろしい。では、用意!」

 窓際に弩を持った兵士たちが並ぶ。

「構え!!」

 兵士達が、窓から弩を突き出して眼下へと向けた。

 中庭からそれを見上げた騎士達が、大きく武器を振り回して敵をけん制し、盾の後ろへと下がった。

 それを確認し、フェアトは指示を叫ぶ。

「・・・・・・射て!!」

 弦のはじける音と、風切り音が聞こえる。

 数十という数の矢は、中庭へと降り注ぐ。


** ++ **


 グレストは、盾の裏に入ってほう、と一息をついた。

 後方の補給兵から布をもらって、自らの振り回していた大剣に付着した血をぬぐう。

「やれやれ。数だけは多い」

 ぼやきながらも、ぬぐった布を見て、

「・・・・・・ふむ」

「どうかされましたか?」

 補給兵が差し出してくる水を受け取り、一息にあおる。

 そして、ぬぐった布を見せた。

「見ろ、赤くない」

「・・・・・・言われてみれば・・・・・・」

 敵兵を斬った時、そこからしぶいた飛沫は、赤に見えた。

 剣に付着していたそれも、赤に見えた。

 だが、今白い布にふき取ったその液体は、赤ではなく、青い。

「・・・・・・今溢れているものは、やはり尋常な生物ではなさそうだな」

「錬金術か何かで作成された魔術生物、ということでしょうか?」

「生まれ方が生まれ方だ。驚きはせんがな」

 ふ、と息を吐いて立ち上がり、グレストは戦場へと目を向ける。

 上階から矢が降り注いでいるが、決定打には至っていない。

 今までただ漫然と四方の出口に向かうだけだった敵兵が、中央部分に集まって壁になっているためだ。

「・・・・・・やはり、操作はされている、ということか」

 大剣を握り直し、軽く腕を上げ下げして解す。

 装填していた分が撃ち終われば、また中に飛び込んで暴れる腹積もりだ。

「将軍の采配は信頼しているが、時間をかければ死人が出るな、これは」

 言っても仕方ないが、

「・・・・・・上にいるうちの副官に伝令を。次の矢の射撃で中央まで道を作るようにな」

「道、ですか?」

「何、北口から中央までの直線部分を避けて射撃するように伝えてくれればいい。敵は斬って払って、中央を狙う」

「え、は?」

 補給兵は目を白黒させているが、

「伝えろ」

「は、はい!」

 グレストが強く言えば、しっかりと頷いた後で駆けていった。

「さて、もう一度だな」

 矢の雨が止まる。

 それを確認し、グレストは再度中庭へと飛び込んだ。

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