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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第8章:誘蛾の火、水景の蓮
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第8章:プロローグ

8章開始

 この世界、海には何もない。

 モリヒト達のいた世界ならば、海の中には海底火山なり、海溝なり、そういった地上とは違う光景があっただろう。

 もちろん、この世界にも、この世界なりの光景はある。

 ビルより巨大なサンゴの立ち並ぶサンゴ礁。

 それを住処とする、全長が何十メートルもありそうな海蛇。

 その海蛇を餌とするサメに、そのサメより巨大な、数百メートル級のクジラ。

 同様の大きさのウミガメに、その背の上で育つ海の木の森。

 大陸周辺はまだ砂浜のある土地もあるが、そこからいくらか離れると、海は一気に深くなり、その底は見通せなくなる。

 この世界の海の深さは、平均的に日本海溝の底より深いかもしれない。

 確かめたものはいないが。

 そして、大陸と大陸の間は、目では見えないくらいの距離が開いている。

 船で移動しようとすると、魔術での加速を入れても、一か月程度かかる。

 海の上では、魔術の効きは悪くなることもあって、船の速度はそれほど出ないため、余計に時間がかかっている、ということもある。

 なお、この世界では、大陸指針、という道具を使って、方位、というか、進行方向を探る。

 磁極など存在しないため、大陸に流れる魔力をたどる方法で進む方向を決定するのだ。

 何せ、海上には何か目印にできるものが、一切ないのだから。

 ともあれ、それだけ深く、広大な海だからこそ、巨大な海獣も生息するが、目撃情報は少ない。

 目撃者は海に沈んでいるから、情報が出ない、ということもある。

 そんな海の上空を、鳥が飛んでいた。

 いや、鳥ではなく、巨大な金属の塊だ。

 それは、飛空艇であり、舷側には、オルクト魔帝国の国章が刻まれていた。


** ++ **


「・・・・・・いやあ、なんか、こわいっすねえ」

 何もない、だだっ広い大海原を見て、アレト・ビルクハンは、ぶるり、と身をすくませる。

 魔皇近衛の一員として、他大陸外交に同行する命令が下り、こうして、大陸間航行用の大型飛空艇に乗って、三日目。

 飛空艇の高度ですら、もう海しか見えない状態だ。

「もう、どっち進んでるかなんて、わからねじゃねっすか」

「ははは。まあ、そこは、計器を信じるしかないですなあ」

 飛空艇の艇長は、軽く笑っている。

 眼下に広がる光景は、もはや見事の一言しかない。

 ただ、見ていると思い知ることになる。

 ヴェルミオン大陸から、カラジオル大陸へと移動するにしたがって、すこしずつだが海の色が変わっていくのだ。

 漆黒から、若紫。

 これが、真龍の色なのだ、ということはわかっている。

 だが、こうしてまじまじを見下ろして、色の変化を追っていくと、なかなか興味深くもあった。

 基本は、深い水の色である濃い青の色なのだが、それでも空から見ると、ヴェルミオン大陸の傍は黒かったのに、三日も飛ぶと明らかに黒の色が薄くなってきている。

「でも、艇長は、こんなのを今までに何回も?」

「まあ、慣れですな。・・・・・・若いもんの中には、大陸を離れていくことを不安がって、心を壊すもんもおりますがね」

「気持ちは、わかるっす」

 飛空艇の操舵室で、飛空艇を任された艇長と会話をしながら、アレトは外を眺めていた。

 うう、とまたぶるり、と震える。

「魔皇近衛でも、怖いですか」

「いや、これはもう、なんか勇気とか根性とか、そういうもんじゃどうにもならないんじゃあないっすか? なんていうか、生物の本能っていうか、そういう方向で」

「なるほど。わかりますよ。ヴェルミオン大陸から離れるほどに、なんだか不安になるんですな。・・・・・・やはり、あの大陸の生まれっちゅうのは、漆黒の真龍様の加護を受けているって、そう思うもんです」

「そうっすねえ・・・・・・。正直、あっちにいたころは、そんな恩恵なんて意識したことなかったすけど、こうして離れてみると・・・・・・」

 多くの者が、そうだろう、とは思う。

 海が危険なこの世界、自分の生まれた大陸から離れた経験を持つ者など、本当に一握りだろう。

 オルクト魔帝国は、飛空艇によってその数を着々と増やしてはいるが、それでも簡単に大陸間航行ができるほどではない。

 この飛空艇とて、オルクト魔帝国の中では最大級のものだ。

 大陸間輸送のため、という一面もあるが、それ以上に、このサイズでないと大陸間航行に使う燃料を積載できないからだ。

「海の上。空の獣が少ないのだけが、ある意味幸い、と」

「然り。海の上ですと、何に襲われるか分かったものでは・・・・・・。ああ、ちょうどほら」

 艇長が指さす方向を見ると、海面を突き破り、巨大な何かが姿を現した。

 それは、海蛇である。

 海面を突き破って、何十メートルかわからない体を垂直に空へと伸ばし、

「うへ」

 その体を追って伸ばされた吸盤のついた軟体動物の足が、その長い体に絡みついていく。

 果てには、長い体と長い触腕が絡まり合いながら、海へと沈んでいった。

 ざばん、と上がった波が、やがては静まっていく。

「ひえええ・・・・・・」

 人間では、到底太刀打ちできないであろうサイズだ。

 飛空艇が、それらでは手の届かない高度を飛んでいるからこそ、まだなんとか平静を保つことができている。

「ひやっとするっすねえ」

「慣れたとはいっても、やはり驚きますよ。我々でもね」

 ふう、とため息を吐いて、知らずかいていた汗をぬぐう。

「ともあれ、行程も半分は通り過ぎました。あと三日ほどで、カラジオル大陸につくはずです」

「うす。よろしくお願いします」

 アレトは頭を下げた。

 魔皇近衛は、オルクト魔帝国にあっては、最上位のエリート集団だが、その中で序列が最下位であるアレトは、他の近衛に比べると少々腰が低い。

 まあ、アレト自身の性質として、専門家には丁寧に接するべし、というのがあるのだが。

「しかし、魔皇近衛の方が同道される、というのは、初めてですな。・・・・・・何か、重大な任務でも?」

「重大っちゃ重大なんすけど、どっちかというと、顔見せってやつっすね」

「ほう?」

 オルクト魔帝国にとって、飛空艇の価値は大きい。

 海を安定的にわたることのできることは、オルクト魔帝国が世界に先んじて得ている利益である。

 だからこそ、

「実は、ちょっと前に、船で海を渡ってきた学者がいたんすよ」

「ほう?」

 艇長の言葉が、驚きに感嘆がより多く混じった。

 飛空艇を使っているからこそ、ただの船で海を渡ることの危険性はよくわかる。

「で、その人。大陸でのやることやったからって、船で帰っていったんすよね」

「なんと、住み着くのではなく、往復ですか」

 命がいくつあっても足りないでしょうに、と艇長は、さらに驚いた。

「それが、半年前の話っす。無事についてるなら、もうたどり着いているはず」

「ふむ」

「で、成功しているとしたら、飛空艇以外にも、海を安定的にわたる手段ができた、ってことになるじゃないすか」

 そうなると、オルクト魔帝国の有利な点が、一つ価値が薄くなる。

 そこで、オルクト魔帝国の誇る最高戦力である、魔皇近衛、その中でも、

「一番暇な、俺が派遣されることになったっす」

 隣の大陸の情勢の見極めが主な任務だ。

 仲良くできそうならいいが、そうでない場合は、それなりの対策がいる。

 そこを、魔皇近衛が見てきた、となれば、その言には信ぴょう性が増す。

 加えて言うと、一番序列が低いアレトだが、その実力の高さを見せつけることで、国力を舐められないようにする、という狙いもある。

 最後の一点に関しては、アレトには知らされていないが。

 ともあれ、同僚も上司も、誰一人として、アレトが任務をしくじるとも、誰かに負けるとも思っていない。

 そのあたり、やはり魔皇近衛、という身分に対する絶対的な信頼がうかがえる。

「胃が痛いっす」

 要は、舐められないように多少はオラついてこい、と言われているわけで、アレトは肩を落とすのだった。


 それから四日ののち、飛空艇は、無事にカラジオル大陸に到達する。

 アレトはそこで、懐かしい顔を見ることになるわけだが、それはもう少し後の話だ。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


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