第14話:地脈の瘤
モリヒトは走っている。
ちらり、と左腕に目をやった。
そこには、腕輪がある。
走り出しす直前、ルイホウから渡された、身体強化用の腕輪だ。
以前、アトリが使っていたものと、ほぼ同じものだろう。
セイヴの走る速度に追いつくのが難しいからこそ、ルイホウは渡してきたのだろう。
ルイホウは、魔術を使って速度を上げている。
足元にのみ水を張って、滑るように動いている。
動いたあととして、地面には水に濡れた道ができていく。
そして、そんな魔術を補助をもってしても、セイヴには追いつけない。
「・・・・・・あれ、何か魔術か?」
「いえ、ただの身体能力です。はい」
すごいな、と呟いて、走るために足を動かす。
街中、人がうずくまっていたりするが、かわして走り抜けていく。
「・・・・・・歯痒い、ってのは、こういうことを言うのかね、と!」
道の真ん中に倒れている屋台を飛び越える。
「・・・・・・はい」
空中に水の道ができ、そこをルイホウは滑って越えていく。
水の道、というより、雪の上を滑るスキーヤーのようだ。
「・・・・・・むう」
「何でしょうか? はい」
「微妙にキャラに合わない、アグレッシブな移動法だな」
「・・・・・・キャラに合わない・・・・・・。はい・・・・・・」
微妙に落ち込んだ様子を見せつつも、ルイホウは速度を落とさない。
フィニの村へ行った時の魔術の、小規模版といったところだろうか。
「・・・・・・ふむ」
今までも、魔術の訓練は行ってきたが、身体強化の魔術は、あまりうまくいった試しがない。
フィニの村へ向かった時のものは、こういう街中で使うには向かない。
あれは、爆発の反動を利用して跳んでいくものだ。
訓練時に冗談で考えて、ルイホウに実現してもらった。
モリヒトは、爆発を起こすことと大体の方向へ飛ぶことしかできず、ルイホウが姿勢制御と爆発の威力の調整を行ってくれなければ、うまくいかない。
真っ直ぐで障害物のない場所をいくなら使えるが、ごちゃごちゃした街中だと、どこに飛んでいくか分からない上、周囲を巻き込むことになる。
「・・・・・・もうちょっと、静かに動ける移動法、考えるべきか、と」
本当は、屋根の上なりなんなりを飛んでいければ早いのだが、ルイホウ曰く、周囲の地脈が少し不安定になっているこの状況で、移動のすべてを魔術に頼るのは危険、とのことだった。
いざというときに落ちないよう、できるだけ地面に近いところを行くべきだ、と。
身体強化の腕輪のおかげか、結構な速度で走っても息切れがない。
ありがたい話だ、と思う。
前方、門が見えてきた。
「東だっけ?」
「はい」
門を抜ける。
セイヴが立ち止まり、南の方を睨んでいる。
「どうかしたか?」
「誰かが、こちらを見ているな」
「今回の首謀者とか?」
笑いながら聞いてみると、
「かもしれん」
「・・・・・・冗談のつもりだったんだけど・・・・・・」
真面目に返されると困るな、と頬をかいて、
「ほらほら、今は無視しな。それより切羽詰ってるぞ、と」
「いや、しかしな・・・・・・」
セイヴに東を向かせ、モリヒトはその背を押す。
「お前は目立つんだから。そんなもん気にする前に、することあるだろうが」
やれやれ、と首を振る。
「で? 東だな? ルイホウ」
「ええ、東です。はい」
「案内できる?」
「もちろんです。はい」
「よっしゃ、行くぞ。セイヴ」
「む? ・・・・・・分かった」
何かしら逡巡したようだが、セイヴは振り切るように東を向いた。
「ルイホウ。頼んだ」
頷き、走り出したルイホウの後を追う。
向かう先は、森の中だ。
** ++ **
モリヒト達三人は、森の中を進んでいた。
障害物が多い森の中なので、走る速度は落としている。
「・・・・・・ところでさ、ルイホウ」
「はい?」
モリヒトが声をかけると、ルイホウは速度を落として並走してきた。
「周り、何か動いてる?」
森の中を見回す。
「・・・・・・よく、気づかれましたね。はい」
「静かなくせに、騒がしい、みたいな?」
よく分からない感覚だ。
なんというか、
「練習のとき、ルイホウとかアヤカが魔術を使っているときの感覚に似ている気がする」
肌があわ立つような、吸い込む息の中に、何かが混じっているような、そんな感覚だ。
「だめだ。何かよく分からん。・・・・・・さっき、何かでかい波みたいなのが広がってから、微妙に息苦しいんだよな」
「おそらく、城にいるほかの巫女衆達の手によって、地脈調整の儀式魔術が行われたのでしょう。はい。状況から考えれば、縛りの二番。状況停滞の魔術ですね。はい」
「よく分かるなあ・・・・・・」
感心してみせると、ルイホウはくすり、と微笑んだ。
「それも仕事ですから。はい」
「・・・・・・状況停滞。つまり、こちら側でさっさと対処しない限り、また地震が起こる可能性はあるというわけだな?」
少し前を走るセイヴが、振り返らずに言った。
「分かりやすいなあ・・・・・・」
モリヒトは苦笑を浮かべる。
「で? さっきから俺たちと並走してる感じの、この気配は何? 巫女衆かい?」
「違います。はい」
「むしろ、この状況を引き起こしているものが、我々か、あるいは地震の原因かの方へ差し向けたもの、と考えた方がいいだろう」
「・・・・・・敵か」
「可能性は高いです。はい」
木をかわし、草を掻き分けて、走る。
ルイホウが、行く先を指差した。
「この先、竜穴があります。おそらく、そこが中心点かと。はい」
「なるほど、竜穴か」
二人は分かっている、という風にしゃべっているが、モリヒトは初めて聞く言葉だ。
「何それ?」
「地脈の流れの溜まりが吹き出るポイントだ。周辺より、魔力が濃い」
「ほう? いかにも何かありそうな場所」
ふむふむ、と頷くモリヒトだが、セイヴは首を振った。
「いや、あまり使い道のある場所ではない。吹き出る魔力を操ることはできない上、魔力が濃いということはそれだけ魔術の通りが悪くなる」
「? 回復が早くなったりしないのか?」
そういう場所って、そういう特性あるよなあ、とゲーム知識を引っ張り出したモリヒトだが、セイヴはあっさりと否定した。
「ない。魔獣の類ならばともかく、ただの生物にとっては毒だ」
「・・・・・・じゃあさ。この地震は、その竜穴で魔獣が起こしてる、とか、そういう可能性もある、と?」
「可能性としてはな。・・・・・・だが、自然現象である可能性も否定できん」
モリヒトからしてみれば、地震など自然現象以外の何物でもないのだが、
「・・・・・・物騒な世界だ」
「貴様らの世界は、もっと平和か?」
「・・・・・・改めて問われると、困る」
苦笑しか浮かばない。
だが、
「・・・・・・とりあえず、見えて来たっぽいぞ?」
前方、開けた場所が見えた来た。
気にするべきは、今は別にある。
** ++ **
飛び込んだ先、そこにあったのは、奇妙な土の造形だった。
でこぼことした表面は、曲がりくねった木の幹にも似ている。
大きさは、モリヒトの身長の二倍ほどの大きさの
子供が不器用に土を盛ってこねたような、不恰好な造形。
だが、イメージは伝わってきた。
それは、
「竜?」
不恰好な竜の首だと、モリヒトは思う。
鎌首をもたげた竜の首を、後ろ側から見ているような感じだ。
「瘤だな」
セイヴが言う。
「地脈の歪みの具現化した姿だ」
「・・・・・・」
言われて、モリヒトは瘤へと視線を向ける。
「・・・・・・つまり、あれは、ユキオが大祭で殺す、竜の小さなものだと」
「そういうことだ」
セイヴは腕を組んで頷くが、モリヒトとしては困ってしまう。
瘤の方に動きはない。
不気味なほどに静かなまま、ただそこにあるだけだ。
立っていられないほどではないが、地面は微細に振動している。
振動の発生源は、瘤の方からだとなんとなくわかる。
「・・・・・・で? 俺らはこの場合どうすんだ?」
相手に動きがないが故に、専門的な知識のないモリヒトでは、どうすればいいのか判断がつかない。
「さて・・・・・・」
セイヴが、ルイホウへと視線を向けたのを見て、モリヒトもルイホウへと視線を向ける。
「私が場の調整を行います。はい」
「小規模だが、竜殺しだ」
ふむ、とモリヒトは唸る。
「・・・・・・俺は何をしようか?」
ろくに知識のないモリヒトでは、この場でできることが思いつかない。
「モリヒト様は、私の言うとおりに。はい」
「ルイホウの手伝いね。了解了解」
モリヒトは、レッドジャックを腰から抜く。
「・・・・・・つまり、周りのこいつらはセイヴに任せろ、と」
「そういうことだな」
セイヴは、くっくっく、と笑う。
開けた森の地面の周囲。
木を薙ぎ倒しながら起き上がる姿がある。
二メートルを越える土くれでできた巨体の群れだ。
どういう意味があるのか、顔に当たる部分に白い紙が張り付けてある。
「ゴーレム、とかの類か?」
土でできた人形達がこちらの様子を窺っている。
「・・・・・・俺様の敵ではないな」
ふ、と格好つけるセイヴだが、こちらを囲む土人形達の背後で、ぼこぼこと次々に現れ始める。
「あの数でもか?」
「・・・・・・ふむ。さすがに少しまずいか」
む、とセイヴは唸った。
「発動体ではない武装では、少々手数と威力が足りん。俺様一人身を守るくらいはどうということもないが、儀式を邪魔させないようにするとなると・・・・・・」
「これ使えよ」
モリヒトは、ひょい、とレッドジャックを投げ渡した。
「おい・・・・・・」
「俺は、ルイホウの手助けするから、ブレイスで十分だ」
モリヒトは、懐に入れていたブレイスを取り出した。
何をするにしても、属性適正から、できることの制限されているレッドジャックより、汎用性の高いブレイスの方が役に立つだろう。
「・・・・・・ふむ。まあ、俺様としても、戦っている方が気楽だな」
セイヴは、受け取ったレッドジャックを構える。
「―レッドジャック―
焔よ/我が剣を模せ」
セイヴの構えるレッドジャックの鍔から炎が噴出し、巨大な双剣を形作る。
「・・・・・・派手だなあ。らしいけど」
モリヒトの言葉に高笑いしながら、セイヴは剣を構えた。
「・・・・・・で、ルイホウ?」
セイヴから視線を外し、竜の首を挟んで反対側へと回っていたルイホウへと目を向ける。
そのルイホウは、何故か上の方を見たまま、固まっていた。
「どうした? ルイホウ」
返事がないため、モリヒトはルイホウへと近づいて、同じように見上げる。
「・・・・・・何か埋まってるな」
髪の色の混じった少女だ。
それが、半身を土くれの瘤の中に埋めた状態で、目を伏せている。
呼吸があるかも怪しいが、まだ生きているようだ、となんとなくモリヒトは思った。
「・・・・・・」
だが、同じものを見上げているルイホウに反応がない。
「ルイホウさーん?」
目の前でひらひらと手を振ってみた。
「・・・・・・ルイホウ。反応しろって」
「あ、ああ。はい。すみません。はい」
慌てて頭を振りつつ、ルイホウはモリヒトを振り返った。
珍しく狼狽している様子のルイホウに目を瞠りつつも、モリヒトは埋まっている少女を指さした。
「何? この子」
だが、モリヒトの声に返答はなく、ルイホウは狼狽から厳しいものへと、表情を変えていた。
「まあ、何か重要っぽいよね?」
「ですが・・・・・・」
「竜殺しやったら、巻き込んで殺しちまうってところかい?」
「・・・・・・」
だが、急いで始末をつけないと、また地震が起こるかもしれない。
そのことから、ルイホウは悩んでいるのだろう、とモリヒトは察する。
周囲、時折爆音と爆炎が上がり、土人形が焼き払われている。
余裕ではありそうだが、決してのんびりしていい状況ではない。
「・・・・・・ふむ」
仕方ないな、とモリヒトは一つ息を吐いた。
ぽん、とルイホウの頭を叩くように撫でる。
「じゃ、助けようか」
「え・・・・・・?」
驚いて顔を上げたルイホウから顔を外して、埋まった少女へと目を向ける。
「だって、まだ生きてるんだ。周りの危険はセイヴが何とかしてくれるし、落ち着いて、考えてみようぜ?」
ダメだったら、その時はその時だ、と内心で呟いて、モリヒトはルイホウの背を押して、動き出す。