閑話:ルイホウさん、思われる
こりこりと石を削る音がする。
「何をやっているんだい?」
クリシャがモリヒトの手元を覗き込むと、モリヒトが山で拾った石に彫刻を施していた。
「へえ・・・・・・。うまいもんだねえ」
「数少ない、特技ってやつよ」
ふ、と削った石粉を息をかけて吹き飛ばす。
「いや、この石、拾ったものとはいえ、かなり硬いだろう? それを彫刻するっていうのは、見ている以上に難しいと思うんだよ」
「まあね」
実際、アバントにやり方を教えてもらったが、最初はまともに刃が通らなかった。
彫刻刀できちんと削れるようになったのは、刃先にまでしっかりと魔力を通すイメージをつかんでからだ。
できた後も、その力加減を維持するのが難しく、なかなかに難航した。
彫刻刀の刃先も硬い素材で作られているおかげで、多少失敗しても刃先が欠けなかったことだけが幸いか。
「習ってるときは、まさかここまで早くできるようになるとは思わなかったんだけどね」
「数少ない特技だからな」
「・・・・・・ちなみに、力加減はどうやったんだい?」
「面倒くさくなったから、魔術を使って一定になるように調整している」
ひざの上にハチェーテを置いて、魔術で魔力量を制御しているらしい。
「まあ、そんなことだろうとは思ったけれど」
「流す魔力量を微調整して維持するより、魔術で切れ味上げた方が楽」
イメージで、簡単に彫っていける。
なんだったら、普通に手だけで彫るよりきれいに彫れる。
魔術によるイメージが、手の動かし方にも影響しているのかもしれない。
どちらにしても、きれいにできるならいうことはない。
「まあ、とにかく、ちょいちょい、とね」
どんなに器用、といったところで、所詮は素人の仕事である。
慣れている、といっても、できるものなど限られている。
せいぜいで、直線と曲線の簡単な組み合わせぐらいしか作れない。
「でも、大分きれいに見えるけど?」
「左右上下対称に作っておけば、大体きれいに見えるもんよ」
「ふうん?」
手のひらに乗るサイズの、小さな円形の飾りだ。
穴を開けてひもを通せば、ペンダントくらいにはなるだろうか。
「それ、どうするんだい?」
「一つは、単純に魔術の練習だな」
「うん」
「あとは、もっときれいにできれば、プレゼントする」
「誰に?」
「クルワとか?」
「ルイホウ君とかは?」
「ルイホウには、会えたら、だな」
この山で拾える石は、そのまま装飾品に使われることもあるという。
もちろん、そこに宝石などをあしらったりして、もっと豪華に使うのが普通らしいが。
「まあ、こんな石を削って磨いた程度のものなら、そこらにあふれてるらしいし」
「確かに、そうかもね」
「というわけで、こいつを、こう、なんかいい感じに加工したいところよ」
彫刻はともかく、鍍金でも色付けでも蒔絵でも、なんでもいいから、ちょっとした装飾を施したいところだ。
「それで、クルワ君にあげるのかい?」
「そうだなあ。もしきれいにできたら、な」
クルワには、世話になってるから、とモリヒトは笑う。
「・・・・・・ルイホウ君にも、何か贈り物を?」
「わりと贈った。たぶん、十個くらい」
「三か月くらいだったよね? 一緒にいたの」
「そりゃそうだけどな。いいのがあったら、何かしら贈るだろう?」
「ちょっと、マメってレベルを超えてるね。普通、贈り物って、何かの節目とかじゃない?」
「そういう時は、きっちりしたの贈るさ。そこまでじゃないから、そこらの露店で売ってるような安物とか、手作りの適当なやつでも贈れるんじゃないか」
「・・・・・・うーん?」
そういうものかな、と首をかしげるクリシャを横目に、モリヒトはやすりをかけてきれいにしていく。
「まあ、街に出れば、俺にとっては見慣れないものたくさんだからな」
出歩いて、興味があれば店主と会話をする。
そうすると、
「気が付いたらなんか買ってるんだ」
「それ、普通に話術にのせられているだけなんじゃ・・・・・・」
「うん。後でルイホウにあきれられるんだけど、まあ、買っちゃったのはしょうがないから、装飾品とかルイホウに渡してたね」
モリヒトが笑顔で言うと、クリシャははあ、とため息を吐いた。
「よくそれをプレゼント、なんて言えたね? ぶっちゃけ、いらないもの渡しているだけじゃないか」
「はははは」
笑ってごまかすモリヒト。
クリシャは、うーん、と首をかしげる。
「ルイホウ君。微妙な反応してなかった?」
「超微妙な顔してたとも? ただ、なんだかんだつけてくれてたから、俺はうれしかったね」
「なんていうか、ルイホウ君もいじましい、というか、甘やかしている、というか・・・・・・」
クリシャの言うことは、事実だ。
「ルイホウは、あれは尽くしすぎて男ダメにするタイプだから」
「ああ、そんな気はしてたけど」
「俺は、もともとダメ人間だから、さらにダメになったぞ」
「自慢げに言うことじゃないから」
モリヒトにとって、ルイホウはすごくありがたい人だ。
「ぶっちゃけ、ルイホウ面倒臭くなくて好き」
「なんだい? それ」
「前に付き合ってた人とかさ。めちゃくちゃ世話してくれるんだけど、まあ、普段からもっとしっかりしろ、とか叱ってくる人でね」
「まともな人じゃんか」
クリシャの言う通りで、普段付き合っている姿を見せている分には、周囲にいる人たちも、その彼女の方の味方をして、モリヒトを詰ってきたものだ。
だが、
「たまにはしっかりしてみるか、と思って、家事とか代わりにやったら、すごく悲しそうな顔をするどころか、お世話のしがいがない、とか怒り出す人でなあ・・・・・・」
「それは面倒だね」
しっかりしろ、と叱っておいて、いざしっかりすると怒ってくるとか、どうしろってんだ、という感じだった。
「その点、ルイホウは、しっかりしてなければ世話してくれるし、しっかりしてればほめてくれるしで、楽なもんよ」
「・・・・・・」
ふ、と笑うモリヒトに、クリシャは、どうしたものか、という顔を向ける。
「贈り物とかもさ。露店で買ったようなやつだと、これは安物ですねえ、とか指摘しつつも嬉しそうに受け取ってくれるし、ちょっと何か料理作ってもおいしいって食べてくれるしで、何やっても嬉しそうにしてくれるもんだから」
「ルイホウ君。モリヒト君のこと好きすぎじゃないかい?」
「ちゃんと喜ばせるにはどうしたらいいか、とかよく考えてたもんだが」
送った品を普通に使ってくれるため、正直、下手なものを贈らない方がいいのでは、とも思ったが、なんだかんだ、安物だろうがなんだろうが、センス良く使いこなしてくれるので、逆に何を贈るか困ったものだ。
「お金とかどうしてたんだい?」
「城の中の雑用とかやってると、普通にお小遣いもらえたぞ」
「いい大人がお小遣いとか・・・・・・」
「雑用するから金くれって言ったら、大体の人間は仕事と金をくれたぞ?」
城の中の人が、どういう風にモリヒトのことを説明されていたかは知らないが、仕事をした分は、日雇いとしてその場で軽くお金をもらえた。
街に出るようになってからは、ルイホウが一緒にいてくれるおかげか、いろいろと信用も得やすく、日雇いの仕事には困らなかった。
「で、稼いだ金でお土産を買って城へ帰るのが日常になってたね」
「みんなに配ってたんだ」
「街であったこととか、ユキオやアヤカに話してやるのが、大体の感じ。あとは、ルイホウと一緒に訓練したり、とかかな」
テュールにいたときは、そういう感じで過ごしていた。
どう扱っていいかわかりづらい立場だったせいか、むしろ逆に自由にふるまえていたのだ。
ルイホウがそばにいたから、というのも大きいだろうが。
「とにかく、ルイホウは、かわいい」
「いや、どこをどう通って結論がそれになったんだい?」
「なんとか早く帰って、ルイホウに会いたいところよ」
「聞いてるかい?」
クリシャはあきれをにじませているが、モリヒトは気にせず、ルイホウはどうしているかなあ、などと考えるのだった。
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