閑話:ルイホウさん、空を飛ぶ
魔獣がいる。
群れた魔獣は、うろうろと林と草原の境界線にたむろっている。
そこに、不意に影がさした。
空からかかるその影に、魔獣たちは空を見上げた。
「・・・・・・」
その空を、巨大なものを通り過ぎた。
ごおお、と音を立て、通り過ぎる。
一瞬、日の光をさえぎり、そして、通り過ぎれば、また日の光が差す。
いや、日の光の中に、ぽつり、と一つの影があった。
** ++ **
ごおごお、と耳元で風の音がする。
高空から、投げ出されるように飛び降り、風を感じながら落ちている。
別に、自殺や何かをしているわけではない。
飛空艇からの降下急襲。
帝国軍の中でも、最近になってようやくものになってきた攻撃方法だ。
高いところから降下、というよりも飛び降りて、無事に着地するためには、大型の降下装備が必要だった。
箱のようなそれに、パラシュートをつけてふわりふわりと降りていくのだ。
それでも、上空からの制圧には、有効な手であった。
そこに、新しい方法が生まれた。
個人でも、十分な力量さえあれば、安全に降りることのできる降下魔術具の開発だ。
「・・・・・・」
腹に抱えるように持つその魔術具に魔力を送り、起動させる。
眼下に迫っていた地面。
その迫る速度が低下し、風の音が和らいだ。
「・・・・・・」
そっと、降下用魔術具の脇に備え付けていた杖へと手を沿える。
「―サロウヘイヴ・メイデン―
水よ/・・・・・・」
詠唱とともに、こぽり、と水があふれだし、周囲へと浮かぶ。
「道を/」
唱えるとともに、浮かんだ水が変形し、滑り台のような構造へと変化していく。
その上に足をつけると同時に、降下用魔術具への魔力供給を停止。
さあああああ、と軽い音を立て、滑り降りていく。
「・・・・・・!」
地上にまで、道はつながっていない。
だが、大人の身長ほどの高さから飛び降り、地面へと着地。
それは、群れていた魔獣への攻撃可能範囲であり、
「!!!!!」
魔獣からも、攻撃ができる位置だ。
「壁を/」
襲い掛かる魔獣を前に、落ち着いて、静かに唱える。
道を作っていた水が、そのまま変形し、周囲を覆う。
魔獣の攻撃は、それに阻まれ、届かない。
そして、落ち着いた声での詠唱が続く。
「槍を/」
壁の中に、渦を巻くように流れができ、水の凝集点が生まれ、
「一つ/」
引き金となる声は、ささやくような声量だった。
水から伸びた一撃が、槍のように魔獣を貫く。
静かな一撃だ。
音もなく、声を上げさせることもなく、魔獣を討ち取る。
さらに、
「二つ/三つ/重ねて四つ/」
声に合わせて伸びる水の槍が、次々と魔獣を貫いていく。
数える都度、槍が生まれ、魔獣を貫き、仕留めていく。
やがて、群れのすべての魔獣を貫き、
「合わせて/二十八/これにて/おしまい」
詠唱を終えるとともに、周囲を囲んでいた水が、形を失い、流れ落ちた。
「・・・・・・ふう」
ざあ、と風が流れ、草木が音を立てる。
その中で、頭にかぶっていた風防用のフードを外し、ルイホウは大きく息を吐くのだった。
** ++ **
「お疲れさまでした。お水、いかがです?」
「ありがとうございます。いただきます。はい」
近くへと着陸した飛空艇へと戻ると、ルイホウを帝国軍の士官が出迎える。
近くに控えていた女性兵から渡された水筒を受け取り、ルイホウは一口飲んで、ふう、と息を吐いた。
その恰好は、着ぶくれている、と言っていい。
防寒と防風、それから耐衝撃用の降下を持った、厚手の降下服だ。
腹の前に大きな楕円形の魔術具を抱えているおかげで、ずいぶんとずんぐりむっくりとして見える。
丸々とした恰好の上に、ルイホウの小さな顔が乗っているのは、アンバランスでさえあった。
「どうでしたか? 新型の降下魔術具」
水を飲み、汗をぬぐうルイホウに声をかけたのは、眼鏡をかけた中年の男だ。
降下用の魔術具の開発を担当する、帝国軍の技術士官である。
「いい具合だと思います。はい」
その士官に対し、ルイホウはにこやかに返事をする。
「でしょう!」
はは、と士官は笑う。
「でも、やはり重いですね。はい」
「む・・・・・・」
腹に抱えた魔術具もそうだが、そもそも着込んでいる降下服が相当に重い。
魔術具の降下が十分ではなく、落ちたとしても怪我がないように、という話だったが、
「あと、熱がこもって、暑いです。はい」
「それは、まあ、安全のためですから・・・・・・」
勢いをなくす士官に、くす、とルイホウは笑う。
「本番では、これは使わないのですか? はい」
「一応はそうですな」
ふ、と眼鏡の蔓を押し上げ、士官は言う。
「本来の使い方ですと、複数人で一台の魔術具を稼働。さらに、防寒や防風用の魔術具も別個用意し、それぞれで対策を打つ想定ですね」
「なるほど。でも、私は一人でしたけれど。はい」
「そもそも、必要量の魔力を賄える魔術師、というものが少ないですから」
ははは、と士官は笑う。
「一人でその魔術具を発動させるだけの魔力量と技量を持つ、となると、ルイホウ殿クラスの魔術師でないと・・・・・・」
「それ、魔術具としては欠陥品では? はい」
ルイホウは疑問を口にするが、士官はとんでもない、と首を振った。
「魔術具は、発動体とは違い、魔力を通しさえすれば発動します。極論、人が魔力を流す必要すらない。だったら、一人で運用することはないし、なんだったら、全部機械で賄ったっていいのです」
魔術具は、オルクトでは広く使用されている道具だ。
テュールは、オルクトに引っ張られる形で普及しているが、それ以外の国だと魔術具は、魔術師の持ち物、という印象が強く、民間への普及には至っていない。
オルクトでは、インフラなどにも利用されており、モリヒトなどは、家電みたいだ、などと言っていた。
実際、オルクトの魔術具は、地脈から抽出した魔力を魔石に貯め、それを動力源として使用できるようになっている。
冷蔵庫、なんてものがあるのは、この世界ではオルクトかテュールくらいだ。
なお、テュールでも、そういった魔術具はあまり使われておらず、冷蔵にはもっぱら氷室が用いられる。
これは、テュールでは通年で氷室を維持できるだけの魔術師が、巫女衆、という集団でいるからこそできることでもあるが。
「極論、地脈が尽きない限り、魔術師でなくとも魔術の恩恵に預かることができる。これこそ、オルクトが発展する理由でもありますから」
モリヒトあたりがいれば、なるほどなあ、とうなづくのだろうなあ、とそんなことを考え、ルイホウは笑みを浮かべた。
「いかがですかな? ルイホウ殿も、これを機に魔術具についてよく学び、テュールに技術を持ち帰られては? きっと、便利で喜ばれますよ?」
「それはいいですね。はい」
テンションの高い士官に、にこやかに対応しているルイホウだったが、そこに女性兵が声をかけた。
「ルイホウさん。着替えられてはいかがでしょう?」
「ああ、そうですね。これ、着ていると汗をかきますし。はい」
女性兵の声に、今気づいた、というように声を上げ、ルイホウはうなづく。
「風邪をひくといけません。あちらに、着替えを用意してあります」
「ありがとうございます。はい」
着替えがある、という幕の方へと向くルイホウに、士官はもう少し話したそうな顔をしたが、女性兵に険しい顔でにらみつけられ、慌てて敬礼をする。
「あ、では、自分はこのあたりで。ご協力、ありがとうございました!」
「私の方こそ、面白い体験でした。はい」
士官へと見様見真似の敬礼を返し、ルイホウはにこやかに笑った。
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