第39話:食べられる石
唐突な話だが、実はこの若紫色の山。
食べられる石が存在する。
「・・・・・・何を言っているんだい?」
「ヤガルが言っているんだ。間違いないんだろうさ」
クリシャが言い出したモリヒトを、わけのわからないものを見る目で見ている。
「ていうか、いつそんなことを聞いていたんだい?」
「寝る前くらいか? ちょっと集中してたら、なんかふらっと出てきてな」
夜食が欲しいねえ、とぼそりと漏らしたら、これこれこういう石がある、というようなことを教えてもらった。
ヤガル自身はやったことはないらしいが、実際人間でも食べられるらしい。
「岩塩、とか?」
クルワも、想像がつきづらいのか、首をかしげている。
一方で、フェリなどは、普通にがりがりいけそうだ。
「いや、なんか、かじっていけるらしい」
「ええ?」
「正確なところを言うと、化石とか、そういう分類になるらしいぞ? 昔この辺にいた魔獣が死んだあと、魔力が抜けて、死体だけ残って、石みたいになるんだと」
「それ、腐らないの?」
「この環境だと、それはないらしいな」
かさかさに乾いた土地だ。
魔力が抜け、水分がまとめて蒸発すると、腐ることもないらしい。
「さらに、この高密度の魔力だろう? これにさらされたせいで、変質を起こして、なんか石みたいな乾燥肉ができるらしい」
「石じゃないじゃないか」
「だから、化石みたいなもんってこと」
このあたりは、風に砂が混じっているため、風化が激しいように感じるが、
「魔獣の死体に関しては、それは逆らしい、と」
「逆?」
「魔獣は、死体になっても、わずかに魔力を吸収する性質があるんだと」
そして、この山だ。
若紫色の山を構成する岩石は、自然物ではなく、若紫色の真龍、ヤガル・ベルトラシュの魔力によって生成されている。
魔力が抜けきっても、岩の形を保つのは、それだけ強固な構成をしているから。
放置しておくと、いつの間にか地脈に溶けて消えるらしい。
「で、この山の砂を浴びると、魔獣の死体でもわずかに魔力を吸収するんだと」
かかる分の砂によって、魔力を吸収し、死肉は質が上がる。
だが、乾燥し、降り積もる砂に押しつぶされ、石のようになる。
そうして出来上がるのが、
「これだと」
先ほど、ヤガルと話していた時に、不意に足元に手を突っ込んで、取り出してきた、赤みの強い紫の石である。
「この山で取れる、数少ない若紫色以外の石らしいぞ」
それを適当に袋に詰めてもらった。
「山小屋に帰ったら、食べ方を考えよう」
「なんか変なお土産もらってたよ。いつの間にか・・・・・・」
クリシャからあきれの視線を向けられつつ、モリヒトは山小屋への帰路についた。
** ++ **
「というわけでただいま」
「ふむ。お帰り」
帰り道。
案外に何も起こらなかった。
「何も起こらなくて、案外拍子抜けだったね」
「そうだな」
山小屋で、ぱらぱらと砂を落としながら、アバントに報告をする。
「真龍には会えたけど、実のある話を聞けたような、そうでもないような、という感じだったなあ」
「あきらめのつく情報はもらえたけどね」
「まあ、いろいろね」
「そうなのかい? なんだか、山の方から時折地揺れがするような気がするのじゃが」
アバントの言葉に、ああ、とうなづく。
「ミュグラ教団のやつらが、なんかやってるらしいから」
「なんか、とは・・・・・・」
「真龍を殺したいんだと。でも、真龍の話だと、まあ、無理だって話だからしばらく放っておこうかと」
こっち来るようなら対処も必要だろうが、放っておいていい気がする。
「しかし、失敗したならばよいが、もし仮に成功したらどうするのじゃ?」
「・・・・・・成功は、ないんじゃないか?」
「では、失敗したら?」
「失敗したら・・・・・・」
はて、と言われ、モリヒトは考えた。
成功は、まずない。
真龍を殺すのに、魔獣をいくら使っても無駄だ。
真龍を殺すとしたら、仮に可能性があるなら、別の真龍を使うことぐらいだろうが、そんなことは不可能である。
では、失敗した場合。
「・・・・・・あー」
失敗したから、ヤガルがあいつらを殺すか、といえば、そんなことはない気がする。
ヤガルは、たぶんハミルトンたちがすることに抵抗するか、といえば、まったく抵抗しないだろう。
だが、何も起こらない。
魔獣は失敗し、やがてすべてを使い果たして絶命するか、有り余る魔力を吸い取りすぎて、ただの魔力に還元されるか。
どちらにせよ、死ぬだろう。
だが、ハミルトンは生き残る。
そして、生き残ったハミルトンは、何をするのか。
「・・・・・・むう」
想像できない。
ただ、あそこまで自信満々であったことが気になる。
やらかした後、絶望して帰ってくれればいいが、
「なんか、ヤケになって、なんかやらかす未来が見える」
「だね。言われるまで気づかなかったよ。あいつだったら、思い通りにならなかったら、なにか癇癪を起こしそうだ」
「で、そうなったら、何をやるか」
モリヒトとクリシャとクルワの目が、フェリに向いた。
「・・・・・・迎撃必須か」
「そういうことみたいだ」
ふう、と三人は顔を見合わせ、ため息を吐いた。
「爺さん」
「うん?」
「また出てくる。ここを戦場にしたくないし」
「そうかの? まあ、好きにしたらええ」
ほっほっほ、とアバントは笑い、それから、
「クリシャ殿」
「うん?」
「これを」
一冊の本を、クリシャへと差し出した。
「これは?」
「わしらの代の、研究記録ですな。・・・・・・はたして、何か役に立つとは思えませぬが」
アバントは、笑って本を差し出す。
それを前に、クリシャは少し逡巡する。
「老い先短い身でしてな。形見分けと思うて、もらっていただければ」
「いや、そういう理由だと、なんだか受け取りづらいんだけど・・・・・・」
「なあに。昔の研究の総まとめ。今でも使える分はありましょうて。ここで朽ちさせるよりは、持って行っていただきたい」
「そうかい?」
「ええ」
クリシャは、その本を受け取り、それからぱらぱらと中身をのぞく。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく、本を読む姿勢になったクリシャを置いて、モリヒトはアバントを見る。
「爺さんは、これからどうするんだ?」
「何も変わらぬよ。もう、余生の過ごし方は決めておるのでな」
「そうか」
ふむ、とモリヒトはうなづき、
「じゃあ、とりあえず、土産を食おうか」
「土産?」
「おうよ」
言って、モリヒトは、ごろごろと石を取り出した。
** ++ **
高品質の石がいくらか混じっていた。
それらは、真龍の牙や角の欠片、などと呼ばれる類のもので、大層な値がつくという。
それとは別に、
「これ、食えるらしいのよ」
「お主は、何を言っておるのじゃ?」
化石を取り出したモリヒトに、アバントはあきれた目を向ける。
「とにかく、なんか挑戦してみようぜ、と」
そんなこんなで、化石を焼いたり、煮たり、ゆでたり、としながら、一日を過ごすのだった。
なお、フェリはそのままばりばりと食べていたが、人間では食べるのは難しかった。
かろうじてできたのは、やすりで削って、調味料にするぐらいだった。
「味は、悪くないんだけどなあ・・・・・・」
「煮れば、出汁はとれそうだね」
ともあれ、これから何ごとか起こるだろう、と予測しながらも、穏やかな時間の流れる、山小屋であった。
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