第37話:立ち去る前
疑問がある。
モリヒトは、その疑問を明確に言葉にできていない。
その疑問を何とか形にしたいと思うが、どうにもならない。
それでいったんあきらめることにした。
「アバントのところに帰ろうか」
「いいのかい?」
一日、じっと座り込んで、濃厚な真龍の魔力に包まれ、うんうん唸っていたモリヒトだったが、結局解決しなかった。
だから、見切りをつけて帰ろう、とそう決め、話を出せば、クリシャが首を傾げた。
「ああ、ミカゲは水系統だし、ここだとどうも、イメージが・・・・・・」
乾いた砂と岩ばかり。
そういう環境で、水を主に操るミカゲはイメージしづらい。
『守り手』と戦った時にやりはしたが、あれはサラヴェラスによる集中力の後押しがあったことが大きい。
サラヴェラスを使わなければ、非常に難しいし、疲れる。
だったら使えばいい、と思うのだが、手を伸ばすとフェリがとてもいやそうで悲しそうな顔をするため、結局手に取ることができなかった。
もう一つ言えば、モリヒトとしても、集中力は増すものの、間になにか余計なものが挟まりそうなサラヴェラスは使いたいとは思えなかったため、仕方がない。
「あと、ここにいると変なんに巻き込まれそう」
「変なん・・・・・・。ああ、あいつらか」
「たぶん、あいつらが何やらかしたとしても、特に問題にはならんだろ。それより、それに巻き込まれる方が嫌なことになりそうだ」
「それはそうね」
クルワはモリヒトの言葉にうなづくが、クリシャの方は少し悩んでいる。
「んー。ボクとしては、放っておきたくないんだけど・・・・・・」
クリシャの言い分がわからないモリヒトではないが、
「ヤガルの言い分だと、あいつらがやろうとしていることは無意味だろ」
「そうだけどねえ」
うーん、と悩んでいる。
「何が気になるよ?」
「無駄に自信満々なのが、逆に気になるんだよ。・・・・・・正直、なんの確証もなく、そういう計画を打ち立てるようなやつらじゃないだろう? ミュグラ教団は」
「そうか?」
クリシャのいうことに対して、モリヒトはそこまで危機感を持っていない。
そもそも、
「ベリガルみたいなのは、たぶんそうそういないぞ?」
「いや、それはそうだろうけど」
「ついでに言うと、あいつが連れてたバンダッタ、だっけ?」
姿が不定形の魔獣を思い出す。
合成魔獣、とでもいうべきあれについて、モリヒトはそれほど脅威を感じていない。
「どうしてだい?」
「いや、あれ魔獣だぞ? しかも、あんなバランスの悪い生き物。たぶん、この山の濃い魔力の中でないと、生きていけないんじゃないか?」
「それは・・・・・・」
「『守り手』の魔獣とか取り込んでいけば、まあ、多少は安定するかもしれんが、それでも山から離れれば死ぬだろ」
それくらい、もろい構造をしていたと思う。
「たぶん、それはハミルトンもわかってるだろう。だから、フェリを狙っているんじゃないかい?」
クリシャとしては、そこが気になるのだろう。
「フェリは、すごく安定している。魔力の濃い土地でなくても全然平気だから・・・・・・」
だから、フェリを取り込ませて、その安定さを取り込めれば、バンダッタは安定するのでは、という懸念はあるのだろう。
「たぶんないぞ? 取り込もうとしたところで、フェリに全部の魔力吸い取られて、バンダッタの方が死ぬ」
フェリの安定は真白の真龍の力であって、何かしらの研究の成果、というわけではない。
ハミルトンが知ることができる内容ではないため、おそらく偶然の産物、と思っているだろう。
あるいは、自分が成し遂げた、と思っている可能性もあるが。
「フェリに?」
真龍には、魔力を取り込む力がある。
真白の真龍によって安定しているフェリには、その力がある。
「フェリのは、俺の体質以上だな。魔術で傷つけるのは不可能だと思う」
直撃を当てたとしても、魔術を構成する魔力を全部吸収してしまうだろう。
モリヒトは、直撃まではさすがに防げない。
「バンダッタの場合、どんだけ強くしても同じだ。あれの構成の不安定さは、魔力がなければ保てない以上、真龍に戦いを挑んだところで、魔力を全部吸い取られて、それで終わりだな」
「・・・・・・そうかなあ?」
クリシャは、納得しがたい、と首をかしげている。
だが、モリヒトはもう楽観している。
モリヒトは、あまり意識していないことではあるが、モリヒトは体質で魔力を吸収するが、その体質のせいで地脈とつながることがある。
そうなると、地脈を流れる様々な情報や、真龍が持っている知識などが、一部モリヒトに流れ込むことがある。
そのおかげで、知りえないことに妙な確信をもってしまうことがある。
「・・・・・・いや、気になるところが全くないって言ったらウソになるけど」
バンダッタとフェリは、成り立ちが同じものだ。
最後の状態が違うだけ。
「・・・・・・まあ、たぶんないだろ」
とにかく、
「ここにいても、他にできることはないからな。一度、戻ることにしよう」
「そうだね」
** ++ **
拳の振り、蹴り、そういったものが、風を切っている。
ミケイルは、街の近くにある林の中で、拳や蹴りを振るって、鍛錬をしていた。
「・・・・・・」
その顔つきは真剣なものだ。
振りは鋭く、重い音がする。
風を切る、あるいは、風ごと殴る、とでもいえるような、轟音が響いている。
拳の振りから生まれる風圧で、木々の枝はが揺れる。
蹴りが幹に当たれば、ミケイルの胴より太い木の幹も、ばきりと砕けて折れる。
全身に汗を滝のように流しながらも、ミケイルは動きを止めない。
その鍛錬は、しばらくの間続いた。
** ++ **
しばらくして、ようやくミケイルが動きを止めた。
「熱心よね」
それを見計らい、そばで見ていたサラが手ぬぐいと水筒を渡す。
「ふん」
「今まで、こういう訓練あまりしなかったのに」
「必要ない、と思ってたからな」
実際、ミケイルに筋トレの類は必要ない。
無限に再生を繰り返すミケイルの体は、勝手に鍛えられる。
単純な日常行動程度の負荷で、高負荷のトレーニングを行っている状態になるのだ。
むしろ、筋トレなどをしてしまうと、どこかしらに負荷が偏ることになり、肉体のバランスが崩れかねない。
だから、ミケイルは普段、トレーニングを行うことはない。
いや、なかった。少なくとも、二年前までは。
「動きを覚えておくこと自体は、意味があるからな」
ミケイルが、こういったトレーニングを行うようになったのは、モリヒトとの一戦を経てからだ。
半ば暴走状態にあったとはいえ、あの時のモリヒトはミケイルを圧倒した。
少なくとも、ミケイルはモリヒトに完敗した、と思っている。
その理由は、ミケイルの強さの根源である身体強化が、モリヒトの前では弱体化するからだ。
だから、ミケイルはこういう鍛錬をするようになった。
自動でかかっている身体強化の魔術の効果を弱体化させ、素の身体能力を向上させることを選んだのだ。
魔術の弱体化は、ミケイルが腕にはめている腕輪によるものだ。
ベリガルの作品である。
「モリヒトに完璧に勝つには、こういうのも必要って思ってんだよ」
「いいんじゃない? 強くなること自体は。なんでこだわるのかはわからないけど」
サラの言葉に、ふん、とミケイルは息を吐いて、水筒から水をあおる。
「モリヒトのこと、また狙う?」
「いや、もうしばらくは、やらねえ」
「あら」
「ハミルトンのやつがやらかそうとしていることを、ちゃんと見るっていうのは、ベリガルとの契約だからな。この大陸では、そっちが優先だ」
「そう」
腕輪のことにしろ、この大陸へと渡ってきた方法にしろ、少々借りがある。
借りっぱなしは、すわりが悪い。
「それより、状況は?」
「どっち?」
「ハミルトン」
「バンダッタの強化に余念がないわ。・・・・・・うまくいくと思ってるのが、私には信じられないけど」
「モリヒトは?」
「真龍の領域に入った。さすがに、あそこには入れない」
「まだ、戻ってきてないのか?」
「いいえ。昨日、出てきたわ。今は、拠点にしている小屋に向かっているところね」
「鉢合わせるか?」
「いいえ。移動距離と方向からして、すれ違うと思う」
「そうか・・・・・・」
むう、とミケイルは腕を組んだ。
「・・・・・・サラ。ベリガルと連絡取って、動きを確認してくれ。あのおっさんのことだ。もしかすると、モリヒトとぶつけろ、とか言い出すかもしれん」
「わかったわ」
サラはうなづいて、立ち去った。
それを見送り、ミケイルはまた、トレーニングを再開するのだった。
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