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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第7章:白という
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第36話:ウェキアスを呼びたい

「・・・・・・うん?」

 水景。

 蓮の葉と蓮の花の浮かぶ、澄んだ水の景色。

 どこまでも平坦に続く、まっすぐな水平線の見える景色。

 空は、明るくて暗い。

 太陽も月も星もない、光を放つもののない空だ。

 だから、明るいと思うものはないが、視界が閉じているわけではないため、暗いとは感じない。

 足元の水に浮かぶ蓮が、ほのかに光っていることも、暗くは感じない理由だろう。

 あの日、自らの主を送り出した日から、この光景は何も変わらない。

 あの日から紛れ込んでいた赤と黒の異物であった存在も、この場からは去ってしまった。

 それからは、この水景の中に、一人佇んでいる。

 相も変わらずな光景よな、とミカゲがため息を吐いた時だった。

 何かを、感じた気がした。

 それは、主の気配である気がする。

 少し前から、頻繁に感じるようになったものだ。

 だが、それは直接のつながりではない。

 何かを間に挟んだかのような、どこかぼんやりとした気配だ。

 それでも、その気配を感じている間は、自分と主との間につながりがある、と確信があり、それが慰めになっていた。

 そして今、不意にその気配が強くなった気がした。

「主?」

 呼びかけるが、応答はない。

 ミカゲは、しばらく、じっと待った。

 だが、何も変わることはなく、ほう、とあきらめたようにため息を吐く。

 その時だった。

「む・・・・・・」

 ぽう、と灯るものがあった。


** ++ ** 


 若紫色の真龍がいる領域で、モリヒトは少し考えている。

「ミカゲを呼びたい」

「ウェキアス、そしてアートリアは、使い手と魂のレベルでつながっている」

 そんなモリヒトを見ながら、ヤガルはモリヒトに向けるわけでもなく、だがモリヒトにはアドバイスになりそうなことを口にする。

 特にモリヒトを助けるつもりはなさそうだが、モリヒトが疑問に思うことには答えよう、という感じだろうか。

「だから、呼べるかどうかは、そのつながりを認識できるかどうかにかかっている」

「どうやったら認識できるんだ?」

「一つは、はじめてそのウェキアス、あるいはアートリアに出会った瞬間を思い出す」

「ふむふむ」

 初めて会った瞬間こそ、もっとも鮮烈に魂のつながりを認識した瞬間だ。

 だから、その瞬間を思い出すことで、つながりを認識する。

 ヤガルの説明は、そんな主旨のことであった。

「ほかには、死にかける」

「え?」

 意外なことを言われた。

「死にかける瞬間は、魂を強く認識する。自分一人の分はなかなか認識できないが、他者とつながっている場合は、そのつながりをよく認識できる。だから、死にかけてみる、というのは一つの手だ」

「まじで?」

「マジだよ? アートリアを顕現させた使い手は、アートリアと離れたところで死にかけたとき、地脈を通じてアートリアを呼び出して危機を脱したって話は、結構聞くね」

 信じられない、と目を瞠るモリヒトに、クリシャが事例を説明してくれた。

 そのあたり、アートリアの不思議として研究対象となっているらしい。

 転移魔術が開発できるかもしれない、ということだ。

「んー、となると?」

 モリヒトはそこまで考えて、ちら、とクルワを見る。

「あれか。俺がクルワと戦って、ぶった切られたらいいのか」

「なんでよ?」

 唐突に変なことを言い出したモリヒトに、クルワが顔をしかめた。

 だが、モリヒトにも言い分がある。

「俺がミカゲを呼び出したのは、まさしくそんな感じだし?」

 あの時は、セイヴと戦う最中だった。

 加減をされていたとはいえ、セイヴと打ち合い、そして、セイヴの炎の剣で構えていたレッドジャックの双剣の刃ごとたたき切られた。

「あれで死にかけて、そんでミカゲの声が聞こえて、ミカゲが来た」

「・・・・・・マジにやる?」

 自分の剣を示して見せるクルワに、いや、とモリヒトは首を振る。

 痛い思いはできるだけ避けたい。

「とりあえず、思い出すところからやってみる」


** ++ **


 ミカゲは、水の属性を持っている。

 呼び出したときに広がった水景。

 蓮の花の浮かぶ池。

 すべてを鎮める、静かな水景こそ、ミカゲの本領。

 目を閉じて、あの時に見たものを思い出す。

 あえて、周囲の濃い魔力を受け入れて、イメージを明確にしていく。

 だが、

「む」

 その水景に、明りが混じる。

 いや、それは吹き上がる炎だ。

「・・・・・・むう」

「どうしたんだい?」

 先ほどから、目を閉じて集中してあの時の水景を思い出そうとしては、炎のイメージに集中を乱される、ということの繰り返しだ。

 それだけ、セイヴから受けた斬撃のイメージが強いのかもしれない。

「うまくいかん」

「仕方ないよ。そもそも、聞いた話、君のアートリアは世界の外殻の外にいるんだろう?」

「ああ。そこにある地脈の流れの中に、自分の流域を展開して待っているはずだ」

「だとすると、そもそも世界の外側へと君のイメージを届ける必要がある」

「そうだな」

「でも、ここにいるの真龍。世界の外側からの魔力の流れは、むしろ流れ込む場所だ」

 クリシャの説明に、ふとモリヒトは顔を上げる。

 確かにその説明を受けるなら、流れに逆らってイメージを飛ばすことになるから、案外合わないかもしれない。

 だとすると、

「ふむ・・・・・・」

 ちょっと、発想を変える必要があるだろうか。

「・・・・・・ここじゃなく、界境域とかでやった方が、効果高いか」

「そうかもね」

「・・・・・・となると、やっぱはやく帰る方が重要か」

 仕方ないなあ、とモリヒトはうなった。

「帰るのか?」

「ああ、どっちにしろ、ここでできることは少なそうだし」

「ふむ・・・・・・」

 ヤガルは、立ち上がったモリヒトを上から下までじっと見て、それからクルワを見ると、ふむ、とまたうなる。

「なんだ?」

「・・・・・・そうだな。聞かれていないので、助言を送るのもどうかと思うが」

「あん?」

「モリヒト。そちらが持っているウェキアスについて、もっと細かに思い出してみることだ。そこに、ウェキアスを、そして、アートリアを呼び出す契機がある」

「ん?」

 ヤガルの助言を聞き、意味が分からない、と思いつつも、何か引っかかるものを感じる。

「果たして、ということだ。ウェキアス、そしてアートリアは、現れたときの状況によって、特性や属性が変化する。それは決して、使い手だけによるものではない」

 たとえば、水場でウェキアスとあったならば、水の属性を持ちやすい。

 あるいは、ウェキアスの元となった器物の形状や性質は、発生した後のウェキアスやアートリアにも引き継がれやすい。

 もちろん、火の中で水を求めているときにウェキアスを手に入れたなら、その求めに応じて水の属性が発現しやすいこともある。

「とにかく、出会ったときの状況、自分の状態、そういったものをよく思い返してみることだ」

 ヤガルは、そう言って締めくくった。

 ただ、モリヒトは、ヤガルに言われたことを自分の深いところで受け止めるのだった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


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