第13話:激震、始まり
王城の執務室。
ユキオは、不意に顔を上げる。
ライリンやウリンが、東へと顔を向けた。
世界が軋んだ。
「っ!? 陛下!! 何かにつかまって・・・・・・っ!!」
叫ぼうとしたライリンの言葉の途中だった。
足元から突き上げるように、激震が王城を襲う。
棚に置かれた花瓶が跳ね、床へと落ちて砕け散る。
ソファが跳ねて、その上で寝ていたタマが弾き出された。
「・・・・・・タマっ!!」
ユキオが呼べば、タマは光へと解け、ユキオの左腕へと巻きついた。
それとともに、ユキオの体が燐光を纏う。
「ライリン! ウリン!」
呼べば、二人は床に伏せって、続く振動に耐えていた。
「地震!? こんな大きな?!」
八重玉癒纏の力によって、振動から守られるユキオの視界は、振動によってぶれていた。
それは、視覚だけですら、振動を錯覚するほどだ。
「二人とも!」
燐光によって守られたユキオは、振動によらずに二人へと駆け寄り、その背へと手を添える。
そうすると燐光は二人も覆い、振動からその身を守る。
振動は長くは続かなかった。
やがて収まる。
それとともに、ユキオの纏う燐光も消える。
「二人とも、大丈夫?!」
声をかけ、ライリンとウリンが立ち上がるのを確認する。
そのことにほっと息を吐き、
「二人は皆を纏めて! すぐに次が来る!! その前に建物の外へ!!」
魔術の使える二人なら、皆を守りながらでも何とかなるだろう。
指示だけ叫び、ユキオは執務室を飛び出した。
後ろから呼ぶ声がするが、気にしている余裕がない。
向かう先は、
「アヤカ!!」
とにかく、安全の確保だ。
** ++ **
「動いた」
「行くぞ」
影が、疾駆した。
** ++ **
森の中、大地が隆起していく。
蛇が鎌首をもたげるように、大地の一部分が不自然に盛り上がり、ゆっくりと高くなっていくのだ。
その隆起の頂点に、色の混ざった髪の少女が、目を伏せたまま、半身を土に埋めていた。
鼓動が一つ。
世界が軋む。
そして、軋んだ世界が唐突に弾けて、振動に変わる。
大地が、揺れる。
** ++ **
「・・・・・・」
王都が揺れている。
その光景を見ている、白衣の男がいる。
右脇に紙束を抱え、左脇にペンを抱えている。
妙な話だが、その男の立つ地点を中心に、円を描くように地面が全く揺れていない。
「さて? 予測だとそろそろだが・・・・・・」
見る方向は東。
「・・・・・・ん?」
大地の鳴動が静かに収まっていく。
「・・・・・・ふむ。まだ不十分だったか」
予測していた現象が起こる前に、一次収束が起ころうとしている。
紙束に対し、ペンを立てて記録をつけていく。
「三年では不十分。しかし、現実的にこれ以上の異王の不在は有り得ない。よって、やはりただ待つだけで期待する成果を得ることは難しいだろう。であるならば、やはり手法を切り替えることが必要となる。そのために、以前より検討していたプランの実行に移る」
やれやれ、と息を吐いた。
「多少手間ではあるが、仕込みは済ませた。素材の推移の観察は続行。・・・・・・さて? あれはどこまで育つか」
離れた場所にある森の中の広間。
大地が隆起しているそこを遠眼鏡で見ながら、男はふむ、と一つ唸る。
「高確率で触媒としたあの実験体は、地脈に溶ける。・・・・・・巫女衆の動きが早ければ、救われる可能性もあるか・・・・・・。いざというときに備えて、回収の用意もしておくか」
解析もしたいし、と呟いて、白紙を紙束から数枚抜き出し、そこに何かしらの文字列と模様を書き連ねた。
そして、全ての白紙に書き終えると周囲へとばらまく。
紙は地に落ちると、そのまま地へと沈み込んでいった。
「・・・・・・ふむ」
状況が、動き出す。
** ++ **
軋み、震える街並みの中央で、モリヒト達は揺れに耐えていた。
耐える、とはいっても、屋外で屋根もない広場の真ん中だ。
モリヒトは尻餅をつくように腰を落とし、振動がおさまるのを待っていた。
「・・・・・・これは・・・・・・」
「地震? しかし、割と規模がでかいな」
周囲も揺れ、建物も軋む音を立てている。
「・・・・・・む、収まったか」
「すぐ次が来る」
モリヒトは地面に座り込んでいた尻をはたきながら立ち上がる。
「・・・・・・どうした、ナツアキ・・・・・・」
ナツアキは、腰を落とし踏ん張った姿勢のままだ。
「いや、何か足が震えて」
「力入れて踏ん張るからだ。倒れこんじまった方が良かったと思うぞ? どうせここ外なんだし」
気楽に言って、モリヒトは姿勢を崩しもしなかったセイヴを見る。
「こいつは規格外だから大丈夫として・・・・・・」
ルイホウへ目を向ける。
「ルイホウ。この国、地震は多いのか?」
「普段はそれほどでもありませんが、『竜殺しの大祭』が近づいている場合、小規模な地震は少し多くなります。はい」
「だがありえん。地脈を安定化させているこの国で、いくら『大祭』が近いとはいえ、この大きさの地震など・・・・・・」
セイヴが腕を組み、厳しい目で周囲を睥睨している。
地震は大きかった。
周囲、倒れたり崩れたりしたものは多い。
その被害に慌てている人も多いが、冷静に人助けに回る人々もいる。
助け合って被害を直していく人々の姿を見回しながら、モリヒトはセイヴへと向き直る。
「だったら、地脈に異常が出たんだろ?」
「ぬ・・・・・・。そうかもしれんが・・・・・・」
悩みだしたセイヴを置いて、モリヒトはルイホウへと声をかける。
「ルイホウ。対応策は?」
モリヒトは周囲に目をやる。
建物には、まだ致命的な被害は出ていない。
だが、軋んでいる以上、そして、今後地震が起これば、どこかが倒壊する可能性はかなり高い。
いや、目に見えていないだけで、裏通りや離れたところでは、潰れた建物があるかもしれない。
「地脈異常を正すには、地脈の整調を行う必要があります。はい」
ルイホウは難しい顔をしている。
だが、そのルイホウに対し、セイヴは問うた。
「どこに向かう?」
その問いに、モリヒトを見てわずかに逡巡したものお、ルイホウは真っすぐにある方向を指した。
「東へ。はい」
「分かった」
セイヴは頷く。
「リズ。お前は城へ戻ってエリシアを守れ。俺様は地脈を抑えに行く」
リズは、何も言わずに城へと向かった。
「ナツアキ。お前は?」
「ここに置いていってください。足手まといになりますから。落ち着いたら城に戻ります」
「そうか」
ぽん、と肩を叩き、セイヴは走り出した。
「行くぞ」
「ルイホウ」
「はい」
モリヒトは、ルイホウとともにセイヴを追う。
ふと、腰の左右に吊った『レッドジャック』に手をやる。
「ルイホウ。俺にできること、ある?」
「あります。はい」
「そか」
ぐ、と足に力を込めた。
** ++ **
ライリンは、巫女衆の詰め所へと走りこんだ。
「皆。準備はできていますね!?」
広い空間だ。
巫女達の修練場も兼ねる、大広間である。
「「「「はいっ!!」」」」
そこにいるのは、巫女達だ。
現在の総勢は三十二名。
ルイホウがいないから、今は三十一名だ。
普段から着込んでいる巫女装束の上から、色々と魔術装束を纏い、それぞれに臨戦態勢を整えている。
「では、動きなさい! まず、次の地震を防ぎます! 特一番で儀式場を構築!!」
「「「「はい!!」」」」
大広間は、城の地脈の真上にある。
召還の修練のためではあるが、こういう事態においては、その特性も利用できる。
「ユエル!!」
「はい!」
「陣の中心へ。貴女が安定させなさい!!」
「はい!!」
ユエルが大広間の中央に座り込み、その周囲に巫女衆は二重の円陣を組む。
「・・・・・・ユエル。術式は?」
「縛りの二番を」
「理由は?」
「状況が不明です。調査のために、状況を一時停滞させるための縛りを、展開速度を重視して、二番を使います」
「よろしい。では、始めなさい」
詠唱が始まる。
** ++ **
ナツアキは、多くの人に囲まれていた。
理由は単純で、ナツアキが冷静だったからだ。
結果だけを言えばだが。
単純な話、ナツアキには地震の際の心得があった。
ナツアキ達の故郷は、地震の多い土地だ。
一方で、地脈を安定化させている異王国のある界境域では、地震など滅多に起こらない。
ただし、『竜殺しの大祭』が近くなれば、確かに小さな地震は怒るようになる。
だが、『竜殺しの大祭』は、重要な儀式ではあるが、民からしてみればお祭りだ。
本来なら、多少の地震など、祭りの興奮の前には無視される。
地震自体もさほど大きなものは少ない上、大体の場合は地脈を検査する巫女衆によって予報が出されるため、地震に対して心構えができる。
だが今回の揺れは不意打ちで、しかも大きかった。
そのため、周囲にあったものの崩落や転倒などで、怪我をしてしまった者も多く、あるいは近くを歩いていた兵士に崩れたものの下敷きになった人の救助を頼むものもいる。
誰も指示を出さないために、皆が自分の身の回りのものに取り掛かってしまい、そのせいで混乱が生じている。
揺れからくる本能的な恐怖から、感情が高ぶっているものもいるのだろう、そこかしこで騒動が起きている。
ナツアキは騒動を収めるのは得意だ。
ユキオの手伝いをしていると、自然とそうなる、と思っている。
ユキオは目立つし、行動力があるため、それに引っ張られるような形で、よく騒動が起こるからだ。
幼馴染、という立場は、友人、という立場は、ユキオが名前を呼び捨てる異性、という立場は、そういった騒動に巻き込まれた被害者から、よく頼られる。
というか、巻き込まれる。
だから、
「ああ、もう! 何でそうなる?!」
頭をかきながら、ナツアキは近くを通りかかった兵士に指示を出し、周囲の民衆を導かせる。
建物から離れさせ、広場へ集め、けが人の治療。行方不明者の確認。迷子の連絡。
やることを与える。
仕事があれば、不安に勝てる。
何もできないから怖いのだから。
大きな声を上げる。
置いていかれた。
さっき、背中を見せて走っていった三人を思う。
だが、置いていけと言ったのはナツアキ自身だし、
「ついて行ったら足手まといでも、ここで役に立てないってことじゃない・・・・・・」
それが、ナツアキがユキオに負けずに済んだ、理由なのだから。