第35話:若紫色の真龍、女神の種
翌朝、目を覚ましたモリヒトは、ぐい、と伸びをする。
「・・・・・・おはようさん」
先に起きていたクリシャやクルワに挨拶をしながら、のそのそとモリヒトは歩く。
このあたりには水はない。
一応、ヤガルに頼めばどうにかなるが、今のところは手持ちでどうにかできている。
「ちなみに、水とかの残りは?」
「食料含めて、まだもう余裕はあるよ。帰りの分を引くと、残りは三日分くらい」
食料などを詰めておいた袋を開いて、クリシャは答えた。
ちなみに、荷物は全部クルワが持っていたものである。
こういう山地を歩きまわるのに、クルワが一番体力があるからだ。
いくらかの分はモリヒト自身も持ち歩いていたが、そのあたりはすでに消費している。
「んー」
ちなみに、残りの物資の計算をしているが、やはり全部ヤガルに頼んだらどうにかできるだろう、と思っている。
ここに残るかどうかはまだ決めかねているが、もうしばらくいてもいいし、もう帰ってもいい。
さてどうしようかな、とモリヒトは考える。
「クリシャ。これからどうするんだ?」
「何がだい?」
「今日の予定とか、今後の予定とか」
「ボクの方は、もう用事は済んだよ」
ふん、と、クリシャは息を吐いた。
かなり不機嫌そうだ。
「フェリの件、ボクとしては不本意なんだけどね」
「で?」
「どうしようもないでしょ。・・・・・・だから、できることするだけ」
「割とあきらめいいのな」
「真龍相手だったら、こんなもん」
クリシャは、モリヒトに向かって指を突き付けて、
「モリヒト君ならわかってると思うけど、あいつら、結論ありきでしかしゃべらないから」
「まあ、なんとなくわかる」
真龍は、自然の化身のようなものだ。
言葉を投げかければ、悩むような姿や考えるような動きを見せることはあるが、基本的に結論ありきである。
この世界の真理、あるいは、自然法則に則った答えは、ほぼ確実に正確なものを返してくれる。
この世界のルールについてなら、すべてを知っているから、正しく問えば、正しく答えてくれる。
ただ、そのルールは、変わらない。
だから、問い方を変えたり、経緯を説明したり、といろいろやったとしても、彼らの答え、その結論は変わらない。
「フェリのことを救う方法、絶対にないってわけじゃないから」
「だろうなあ。・・・・・・ぶっちゃけ、フェリの誕生は、真龍の知っているルールの外だろ。そのあと、フェリが今ここにいることに関しては、どうも真龍がかかわってるっぽいから、ヤガルでも答えられるだろうけど」
フェリの肉体は、ミュグラ教団が何かしらやってできたものだ。
あるものを真白の真龍が利用しようとしているようだが、その肉体そのものは、彼らが独自に作り出したものだから、真龍には作れないだろう。
「でも、フェリは結末に納得しているっぽいけど?」
「・・・・・・まあ、それに関しては、またあとで考えるよ」
「そうか」
モリヒトとしては、フェリが自分の結末を納得しているなら、それはもうそれでしょうがない、と思っている。
ただ、クリシャとしては、どうなんだろうか、とも思う。
「モリヒト君は、フェリのことについては、もう考えないでいいよ。残りは、フェリの意思に任せたらいいさ」
「そうかい。じゃあ、俺はもう考えない」
さて、後はどうするか。
「クルワは?」
「あたし? あたしは、もうモリヒトに付き合うくらいよ」
「そうか」
うーん、と悩む。
朝ごはんとなるものを用意している間も、うんうん、とうなったが、結論は出てこない。
そうこうして、朝食を食べ終わった後に、またヤガルが現れた。
「帰るかね?」
「・・・・・・そうすっかなあ」
今、ここで聞くべきことはない、と思う。
あとは、帰り道のことだ。
それで、思いついた。
「そういや、俺らがここに来るまでに会った連中。あれが連れてる魔獣とか」
「・・・・・・ふむ。あの、ごちゃごちゃとした混沌か」
真龍の目から見てもめちゃくちゃに見えるのか、ヤガルはふむ、とうなった。
「あれ、この辺にいるのか?」
「いるな。あれから、周囲をめぐって、山にいる魔獣や『守り手』を襲っている」
「・・・・・・むう」
放っておいていいものだろうか。
ミュグラ教団のハミルトンは、魔獣を使って真龍を殺す、と言っていたが、
「あ」
そうか、と思う。
聞きたいことがあった。
「あいつら、真龍を殺すとか言ってたが、可能なのか?」
「さて? 今のところ、死んだ真龍というものはいない。そうである以上、こちらとしても断言はできない」
「そう、なのか?」
「今、ここにいる、『ヤガル・ベルトラシュ』としてのこの身を滅する、というのなら、可能だ。だが、大陸に根ざしている『真龍』、地脈の源泉である『真龍』を殺す、となると、そんな方法は存在しない」
のっぺりした顔で、胸に当たる部分に手を当てて、ヤガルは言う。
その内容に、モリヒトはなるほど、とうなづく。
今までにそんなことが起きていない、というのもあるが、少なくとも、自然に、あるいは時間の流れなどで真龍が死ぬことはないのだろう。
「ていうか、あいつら、アートリアは真龍より上、とか言ってたんだが、それってどうなんだ?」
「それはない」
ヤガルは、そこはきっぱりと否定した。
「アートリア。人間たちが、『女神の種』と呼んでいるものから現れる、雌性体の姿をした意識体だな」
ウェキアス。女神の種の意味を持つ言葉。
人間の社会では、これが宿る器物は、すべて性能の高い宝物として扱われる。
確かにあれは、魔術的にも、超越した力を持っている。
「あれは、別に何ら奇跡の産物というわけでもない。・・・・・・君たちが、『混ざり髪』と呼んでいる存在。そこにいるクリシャなどだな」
髪色に、複数の色が混ざった存在。
生まれつきそういう色付きで生まれてくる存在は、魔術的に優れた存在になる。
「あれは、精霊が混ざったからだ、と言われているな?」
「ああ」
「それが器物で発生したものが、ウェキアス。そして、そこから意識体を実体化したものが、アートリアだ」
「全部女の人の姿なのは?」
「そちらの方が安定するからだ。自然とそうなる、という程度の話だ。それ以外には、特に理由はない」
「そういうものか」
へー、とうなづく。
「あいつら、女神は真龍より上だから、アートリアなら真龍を殺せる、とか言ってたけどなあ」
「最初に行った通り、地脈に根ざしている『真龍』を殺すことはできない。何か勘違いか、思い上がりがあるのではないか?」
「そういうものか」
そうだったらいいなあ、とモリヒトは思う。
それなら、結局、やつらがことを起こしても、何もない、で終わるからだ。
「うーん・・・・・・」
そこまでを聞いて、モリヒトはうなった。
「どうしたの?」
「なあ、クリシャは、もう帰るか?」
「うん?」
「クルワは? もう帰るか?」
「あたし?」
「フェリは、どうだ? もう帰りたいか?」
「んうー?」
三者三葉に首をかしげる中、モリヒトは、うーん、ともう一度うなって、
「俺は、もう少しここにいたいんだよ」
「なんでだい?」
「ちょっと、試したいことがある。ここの、めっちゃ濃い魔力を使えると、できるんじゃないか、と思ってな」
「ふうん?」
クリシャとクルワは、モリヒトのその言葉を聞いて、それぞれに目配せをする。
「まあ、用はないし、物資にも余裕はあるし、ここに残りたいっていうなら、付き合うよ。ボクはね」
「あたしもいいわよ。ここを出た後のことは特に決めてないし、しばらく付き合うくらい」
「フェリもー。フェリは、ここの方が楽、だからー」
魔獣であるフェリとしては、濃密な魔力が渦巻くこの空間は、居心地がいいのだろう。
三人の賛成が得られたことで、モリヒトはうなづいた。
「じゃあ、頼む。しばらくここにいさせてくれ」
ぺこ、と頭を下げて頼むモリヒトに、三人はうなづくのだった。
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