第33話:若紫色の真龍、真白の真龍
ソレは、まだ生きていた。
次々と投げ込まれる、かつて同じ立場だった者たち。
それを吸収しながら、魔力を吸い上げ、かろうじて、生きていた。
だが、そこに魂はない。
どろどろに溶けた意識の中、ソレは深いところから響く声を聴いていた。
その声は、ゆるやかにソレを導いていた。
そして、どろどろに溶け合い、混ざり合ったソレの意識の中から、一つの意識が浮かび上がる。
―こんにちは。お名前は?―
その浮かび上がった意識に向かって、深いところから響く声が問う。
ソレは、答えた。
「フェリツェーラ・クル・ジェベリエータ」
フェリが、フェリになった瞬間だった。
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「フェリは、あの瞬間にフェリになったの」
フェリは、にこにこしている。
「フェリになってから、たくさんのことをお話ししたの。たくさんのことを教えてもらったの」
その中には、クリシャのこともあったらしい。
「だから、クリシャが来たときに、一緒についていったの」
「その声って何者なんだい?」
クリシャがフェリのことを知ったのは、なかば偶然だ。
ミュグラ教団で、カラジオル大陸の最近の状況を探ろうとしたところで、たまたま見つけたにすぎない。
放っておけないから引っ張り出したが、フェリが素直についてきたその理由に、驚いていた。
声、というものの正体がわからないと、不安なのだろう。
「此方と同じもの。すなわち、真龍だろう」
だが、そのクリシャの問いには、ヤガルがなんでもないことのように答えた。
「真龍? どこの?」
「いまだ色のない、すなわち、真白だ」
以前、モリヒトがルイホウから聞いた真龍の数は、八。
漆黒、黄丹、黄金、真紅、群青、若紫、常盤、銀煤
それぞれの色を持つ真龍達だ。
「真白って真龍は、聞いたことないなあ」
「そうだろう。人間たちの間では、おそらく知られてはいまい」
「なんで?」
「真龍というものは、すべからく自らの大陸を持っている。それが人間の常識だろう?」
「真白は」
「真白の真龍とは、すなわち何色にも染まっていない真龍。いまだ自らの大陸を持たない真龍のことだ」
「そんなのいるのかよ」
「いるとも。・・・・・・といっても、新しい真白の真龍が生まれるなど、ずいぶんと久しぶりのことだが」
うーむ、とヤガルは懐かしむようにうなる。
「お前らの感覚で久しぶりって、どんなもんよ」
「さて? 人間の暦など、時代によって変わるからな。此方としても、どう伝えたものか」
とりあえず、数えることもできないくらい昔らしい。
「ていうか、ひょっとしてあれか? 俺は、真龍ってのは、世界の始まりからずっといるもんだと思ってたが、もしかして年齢順とかあるのか?」
「生まれた順、という意味ならば、一応はある」
もっとも、
「そんなものは、真龍である身からすれば、どうでもいいことだ。あるし、ない。真龍は、それぞれに交流を持つものでもない」
真龍にとっては、他者などどうでもいいものなのだろう。
だからこそ、ヤガルはどうでもいいこと、と語る。
「・・・・・・まあ、とにかく、フェリに関しては、もうそんなに時間はないってことか?」
「フェリツェ-ラには、すでに魂はない。だが、そのありようには、どうやら役目が与えられている」
「役目?」
「まあ、人間で言うところの余興に近いものだがな」
モリヒトが首をかしげている間にも、ヤガルは自分勝手に語る。
何かをモリヒトに伝えよう、ということも持っていないからだろう。
だから、モリヒトは、ヤガルが言うことから勝手に読み取るしかない。
「フェリ。どういうことなんだ?」
「フェリは、もうすぐ消えちゃうでしょ? でも、それは意識だけで、体は残るから、体をあげるの」
「あげるって」
「そういう約束だから。フェリの魂とか、フェリを作っているいろいろな友達の魂とか、全部きれいにして、地脈に戻してくれるから、代わりに抜け殻になるまで体を大事にすることが、役目なの」
「そいつに体をやるために?」
「ううん。この体が、ちゃんと形を持ってるのも、全部その声のおかげだから。フェリの方が、ちょっと借りてるだけだから。返すの」
「そうか。うん。よくわからん」
結局、モリヒトは理解を放棄した。
クリシャは、うーん、と悩んでいるが、
「結局、フェリの体は、いずれ真龍の入れ物になるってことかい?」
「そういうことになる。・・・・・・真白の真龍は、どうやら人の影響を強く受けているようだな。まあ、仕方ないが」
ヤガルの視線が自分に向いているように見えて、モリヒトはどうも居心地が悪い。
「・・・・・・クリシャ。知りたいことは知れたのか?」
「うん。まあ、納得はしづらいけど、でも、フェリはそれでいい、と思ってるみたいだし」
うーん、とクリシャはうなっている。
モリヒトは、そんなクリシャを置いて、
「クルワ。お前の方は?」
「特に何も。なんていうか、聞いているだけで、割とおなか一杯な感じ」
「そうか」
うーん、とモリヒトは悩む。
真龍と接触できる機会は、それほど多くない。
モリヒトとしては、さらに何か聞くべきか、とも思うが、さて、と頭を悩ませる。
「あ、そうだ」
一つ思い出した。
「ここから、漆黒の真龍のいるヴェルミオン大陸に渡る方法って、なんかあるか?」
「海を船で渡る以外で、ということか」
「そう」
「人の身では難しいな。界境域を通じて、世界の外に出て回りこむ、という方法もあるが、人間では流れを制御できまい」
「む。となると、やはり船に乗るしかないか」
「人の身ならば、それが確実だろう」
世界の外を回り込むとか、イメージはできなくもないが、うまく目的の場所にたどり着けるか、という点で不安がある。
「しかし、モリヒト」
「俺?」
うーむ、とうなっているモリヒトに、不意に真龍が声をかけた。
「どうやらそちらも、かなり奇特な人間だな。長く人間を見てきたが、モリヒトほどおかしい人間は初めて見た」
「おかしいとな」
「不思議ではある。真龍の持つ魔力吸収能力を持つこともそうだが、それ以外にもアートリアのこともある」
「・・・・・・ミカゲ?」
「あれは、この世界由来のものではない。あれもまた、モリヒトと同じく、他の世界から来たものだ」
「他の世界から?」
「そうだ。・・・・・・正確には、あれはモリヒトの世界にわたってから、モリヒトと一緒にこちらの世界に来たものだ」
「・・・・・・待てよ? その言い方からすると、ミカゲって、俺がこの世界に来る前から、俺と一緒にいたのか?」
「そのようだな。他の世界のことゆえ、深くは探れぬが、モリヒトの中には、何か深いつながりがある」
「ほうほう」
朗報、と聞いてもいいのだろうか。
「俺は、ミカゲを呼び出せるか?」
「さあ? 問題は、モリヒト一人のうちに収まるものでもない。方法に気づきさえすればすぐだろうが、その方法については、此方の感知できる領域外のことだ」
「・・・・・・ふーん」
だが、それはいいことを聞いた、とモリヒトは明るくなる。
ミカゲは、モリヒトのアートリアだ。
ミカゲがいるなら、発動体がどうこう、ということに悩まなくてもよくなる。
「なるほど」
「嬉しそうね」
そんなうきうきしているモリヒトに、クルワが声をかけてきた。
「そう見えるか?」
「ええ」
「俺も、あまりミカゲと接した時間が長いとは言えないんだけどなあ。でも、なんかあるとうれしい」
「そうなんだ」
ふーん、とクルワは何か、含むところのあるうなづきを返すのだった。
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