第30話:若紫色の真龍、その姿
真龍との対話、あるいは謁見のため、とある事前準備を行う。
とはいっても、やることはそう多くない。
クリシャは、クルワとフェリを連れて、魔術で結界を張る。
周囲の魔力に対して、結界の中の三人のイメージが影響しないようにするためのものだ。
その外に一人で出たモリヒトは、じっと目を閉じて集中する。
サラヴェラスを握っていることに、相変わらずフェリが不満そうな顔をしているが、こればかりは仕方ない。
他のものでは、うまくいかない気がしていた。
求めているのは、モリヒトが持ったふんわりしたイメージでも、どうにかすることだ。
集中は必要だが、かといって、モリヒトにうまくイメージできる対象ではない。
「いいかい? モリヒト君」
「あいよー」
「キミの案は、まあ、うまくいくかもしれない」
クリシャのアドバイスを、モリヒトは神妙に聞く。
「真龍が、この状態で話せないなら」
上を見上げ、果ての見えない巨大さの真龍から、モリヒトへとクリシャは視線を戻す。
「話せる真龍に出てきてもらえばいい」
「おう」
「呼びかけて出てきてもらえるなら、それは確かにうまくいくと思う」
ヴェルミオン大陸の漆黒の真龍と対面したとき、クロと名乗ったかの真龍は、人と同サイズの人と対話できる姿を持っていた。
本体ではないだろう。
もしかしたら、クロが出てきた、あの底の見えない洞の中に、漆黒の真龍の本体がいたのかもしれない。
ともあれ、あのイメージがあるからこそ、モリヒトは考えたのだ。
こちらから呼びかければ、若紫の真龍もまた、ああいう人型を取って対話をしてくれるのではないか、と。
成功する可能性は高いと見ている。
真龍は、自然そのものだ。
空や風に言葉をかけたところで、そこから言葉を聞いたなど、思い込みの勘違いとしか思われない。
だが、漆黒の真龍と会話をした経験のあるモリヒトは、真龍について自然と同じと思いながらも、知性があり、対話ができる存在である、というイメージも持っている。
「そのイメージは、たぶんモリヒト君にしかできない。キミは、たぶんこの世界でもかなり真龍っていう存在の本質に近いところを理解しているからね」
それが、モリヒトが異世界人だからなのか、それとも魔力吸収体質を持つ理由と重なるのか、そこまではわからない。
だが、モリヒトには、できる、という確信がある。
「ただ、気を付けないといけないのは」
「目の前にいる若紫の真龍をイメージできなければ、俺が作り上げたイメージの真龍と会話をすることになる」
要は、
「脳内友達とエア会話か。・・・・・・痛いことになりそうだ」
「そうだねー」
ちょっとした思い付きだったが、割とうまくいく認識がある。
試して損はないし、とりあえずやってみよう、ということだ。
ちなみに、脳内友達と会話を始めた場合、その幻覚は結界に守られた三人には届かないので、痛い言動をするのはモリヒトだけである。
うまくいけば、全員の目に見える形で、真龍が対話に現れるはずだ。
「ようし、やってみるぞー」
「がんばれー」
気の抜けた気合の声と、気の抜けた応援とともに、挑戦は始まった。
** ++ **
「ふうむ・・・・・・」
山小屋の中で、アバントは茶を飲みながら、一冊の書物を開いていた。
若かりし頃、地脈を含めた魔術の研究をしていた頃、ミュグラ教団時代の同僚の手記である。
まだ当時は、この大陸のミュグラ教団は正常な組織であり、その研究は大陸に住まう皆のためになる、と信じて研究を進めていた。
研究資料の多くは、教団を抜けるときに処分してしまったが、数冊の手記は、いまだ手元に残っている。
この山小屋の床下に穴を掘って隠してあったそれこそ、人気のないこの山小屋をアバントが好んで利用する理由でもあった。
「・・・・・・やはり、これを見せてやるべきだったかのう」
何度も読み返した内容であり、懐かしい感情のよみがえる手記だ。
一方で、若かりし頃の恥を思い起こさせるものでもある。
この歳にもなれば、もはや趣深い感情でしかないが、人に見せるにははばかりがあるのも事実だ。
だから、見せられなかった。
「・・・・・・」
だが、見せるべきであったかも、ともやはり思う。
この手記の主は、かつて真龍に謁見したことがあるからだ。
その旅に、アバントは同行していない。
だが、その友人は、確かに真龍に会い、会話をした、といい、手記にもその会話の記録が書かれている。
今は亡き友の手記を読み進めながら、アバントは独り言ちる。
「真龍には、名がある」
それを聞き出したことは、友人にとって快挙であったのか、手記の中には喜びの言葉とともに、その名が記されている。
真龍のその名を、モリヒト達が知っていれば、あるいは『守り手』との戦いを避けることも可能であったかもしれない。
何せ、その名を知るからこそ、その友人はその後何度となく、『守り手』の縄張りを抜けて、真龍と対話を重ねたのだから。
だが、
「教えられた他の者が、その名を唱えても『守り手』は道を譲らなかった」
その友人だけが、通ることを許されていたのだ。
「・・・・・・さて」
若かった当時は、嫉妬もあって、その友人が何か秘密を隠しているのだと疑わなかったが、今は信じられる。
「彼らは、認めてもらえるかのう?」
そうであったほしい、とアバントは願うのだった。
** ++ **
「んー」
イメージは難しい。
真龍の脚、と思しき壁を見ながら、モリヒトはうなっていた。
下手にイメージを自分で固めてしまうと、脳内友達を呼んでしまう。
というか、呼んだ。
「はい。五回目」
結界から出てきたクリシャが、目の前の人物を会話を交わすモリヒトの頭をはたく。
瞬間、モリヒトが会話を交わしていた人物が、煙のように掻き消える。
「・・・・・・またか」
「まただねえ」
何度も失敗していると、どうにも気がめいってくる。
正直、真龍の姿、として、イメージがわかないのだ。
「難しいな」
「休憩するかい?」
見れば、クルワは待っているが、フェリの方は、クルワの膝枕で寝息を立てている。
それだけの時間が経っている、ということでもある。
しかし、うまくはいっていない。
「・・・・・・そうだな。ちょっと休憩」
「わかったよ」
うなづき、クリシャは結界を解いた。
それに合わせ、モリヒトも持っていた杖を手放し、地面に置いた。
食料を並べ、水筒を取り出し、燃料を置いて火をつける。
水を火にかけ、沸かしてから茶にする。
それをカップに入れ、のんびりとすする。
「どうにも難しい」
「どこかで、今までに会ったことのある誰かのイメージが反映されているみたいだね」
「そうなんだよなあ。正直、この若紫の真龍の人格に関する情報が何もないから、どうにもならん」
「何か、察するところはないの?」
「顔見ただけで何かわかるほど、観察眼はないって。そもそも顔見えないしな」
上を見上げても、見えるのはせいぜいで顎の下くらいだ。
「・・・・・・ふうむ」
その顎の下をぼんやりと見上げる。
ぼう、としたモリヒトは、ふとつぶやく。
「カムロ、モリヒト」
「なんだい?」
「俺の名前だ。・・・・・・ほら。会話をするなら、名乗りとあいさつは重要だろう?」
「うん」
「来てもらうんじゃなく、呼びかけてみたほうが早いかも、と思ってな」
茶を一口すすり、モリヒトはふう、と息を吐いた。
「俺の名前は、モリヒト。一緒にいるのは、クリシャとクルワとフェリ。話をしたいことがあって、ここまで来た。どうか姿を見せてほしい」
うん、こんな感じかね、とうなづいたところで、
「では、茶の一杯でもいただけるかね」
そ、とモリヒトの隣に、誰かが腰を下ろした気配があった。
ふ、と顔を向ける。
そこにいたのは、若紫色の肌ののっぺりとした顔の人影だ。
のっぺりとして、顔というより細長い丸に目と鼻と口の穴が開いているだけに見える。
「ああ、名乗ろう。ヤガル・ベルトラシュ。君たちが、若紫の真龍と呼ぶものだ」
それは、そう名乗った。
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