第28話:登頂-若紫色の山
引いていったハミルトン達を油断なく見送り、モリヒトは真龍の方を見た。
変わらず、そこにたたずんでいる巨大な姿。
あの姿、あの大きさならば、今ここにいる自分たちの姿も見えているだろうが、動きはない。
「まあ、そういうものか」
人間がどう騒いだところで台風が進路を変えることなどないように、真龍が下の騒動に目を向けるなどしないだろう。
ふう、と一つため息をはいて、モリヒトは武器を納めた。
「面倒そうな相手だなあ、おい」
「倫理が振り切れてる相手なんて、どいつもこいつも面倒だよ」
クリシャは、モリヒトのつぶやいにうなづく。
帽子を脱いで、ぱたぱたとほこりをはたき、また被りなおしているクリシャを見て、モリヒトはなんとはなしに聞いた。
「・・・・・・ちなみに、ベリガルと比べると、どっちが面倒だ?」
「ベリガル。・・・・・・アレに比べれば、あっちはまだかわいいもんだよ」
「ほう?」
クリシャは肩をすくめ、あっさりとした口調で告げる。
ベリガルは、テュール異王国に対するテロ行為を行ったとして、きっちり指名手配されている。
特に、モリヒトがヴェルミオン大陸から消えた『竜殺しの大祭』での事件において、その犯罪行為のほぼすべての主犯であるとして、罪状はかなり重いものとなっており、オルクト魔帝国の方でも広く指名手配されているという。
それでも捕まっていないのは、オルクト魔帝国の手の及びにくい、大陸東方の小国家群に隠れ潜んでいるのではないか、ということだ。
それらの国家群は、オルクト魔帝国と敵対関係にあるところも多く、捜索はしづらいという。
「まあ、あの大陸はオルクトが強いから、たとえ敵対国家でもオルクトの犯罪者はかくまいたくないだろうけどね」
「そういうものか?」
「オルクトが、他国にまで手配をする犯罪者って、そういうことだよ? オルクトですら対処に困るような能力の持ち主なんて、他の国じゃあ手に余るに決まってる。・・・・・・まあ、それがわかる程度の賢さもないのもいるけれどね」
少々皮肉げな表情で、クリシャは笑う。
オルクト魔帝国は、あの大陸では強い。
飛空艇による国防能力もそうだが、地脈関連の研究が進んでいることもあって、魔術関連の技術も一歩抜きんでている。
軍事方面のみならず、文明全般でオルクト魔帝国は発展しているのだ。
その裏に、テュールからもたらされる異世界の知識もある。
「・・・・・・ぶっちゃけ、あの大陸がいまだに統一されていないの、すごい不思議なんだよねえ」
「いうて、飛空艇ができたのって、割と最近じゃなかったか?」
「それでも、だよ。・・・・・・空を支配しているって、それだけで強いんだから」
「ほう?」
「ていうか、一応言っておくとね? 飛空艇できる前から、オルクトは負け知らずだったから。飛空艇を作っちゃったせいで、むしろ東側をある程度取らないといけなくなった、といっても過言ではないくらい」
「へえ」
それは知らなかった、とモリヒトはうなづく。
「・・・・・・ねえ」
そんな会話をしていたモリヒトとクリシャに、クルワが声をかけた。
「話をさえぎって悪いのだけれど、今はこれからのことを話さない?」
「おっと、そりゃそうだ」
ハミルトンをはじめとしたみゅぐら教団の一行は、引いたとはいえいつ戻ってくるかわかったものではないし、先に進める間に進んでおいたほうがいいだろう。
『守り手』とて、一度倒したからといって、いつまでも縄張りに空きがあるとは思えない。
『守り手』は、おそらく真龍のいる場所へと向かうものを阻む役割を負っているから、放っておけば空いた穴を埋めに来るだろう。
「モリヒト、モリヒト」
「む?」
よし行くか、と言おうとしたモリヒトの服の裾を、フェリが引っ張った。
「なんだ?」
「今のうちに、その杖を捨てちゃおう」
「・・・・・・こだわるねえ。フェリも」
さてどうしたものか、と杖を手に取る。
まだ使えそうなんだよな、とは思うが、フェリのいうことも気になりはする。
割と思い当たる内容があることもそうだが、それ以上に、フェリの言うことを無視してはいけない、という気がするのだ。
「・・・・・・むう」
さて、どうしたものか、と考えながらもモリヒトはまだ杖を捨てるつもりはなかった。
モリヒトが手に入れられた発動体は三つあるが、その中で二つは魔術を放つには向いていない。
どちらかといえば、武器自体を魔術で強化する方が向いている。
先ほどは、黒針の剣である『ゼイゲン』を使ってそれなりの魔術を放ったが、杖であるサラヴェラスを使っていれば、もっと強い魔術を放てただろう。
それを考えると、代わりが手に入るまでは、捨てる、という選択肢はなしだ。
「・・・・・・むう」
そう説明すると、フェリは不服そうながらも、モリヒトの服から手を離した。
「まあ、ここから先にはもう敵になりそうな魔獣はいないし、戦闘の危険は少ないんじゃないかな?」
クリシャのフォローを受け、フェリは不承不承ながらもうなづいたのだった。
** ++ **
若紫色の山を登る。
平坦な地面があったかと思うと、不意に急な段差が現れる。
「・・・・・・思ってたより、遠いか」
「真龍があの大きさだからねえ。距離感が狂うんだよ」
「黒の森でも、ここまでの広さはなかった気がするが」
「どうだろうね? むしろ、この大陸のこの山が広すぎる、というのは、あるんじゃないかな」
二時間ほどを歩いて、一時の休息をとるために立ち止まっている。
弁当として持ってきたサンドと、水筒から水を飲む。
「ただ、ここ、真龍の領域の、さらに奥まったところだっていうのも、意識しておいてね?」
「ん?」
クリシャは、主にモリヒトに向けて、そんな注意を言った。
その内容に、モリヒトは首をかしげた。
その仕草に、クリシャは、モリヒトが忘れているようだ、と察する。
「黒の御山に登るとき、登山道の途中で幻を見たよね?」
「む」
思い出す幻覚の内容に、モリヒトは顔をしかめる。
一度元の世界に戻って、ある程度整理はついた内容ではあるが、それでも積極的に思い出したい内容ではない。
「それ以外にも、結構長い距離を登ったと思う」
「そうだな」
「だけど、あの登る距離っていうのは、人によって感じ方が違うんだよね」
「・・・・・・」
真龍の領域、というのは、そういうものだ、とクリシャは言う。
それを真龍による試し、という人もいる。
だが、実際には、真龍に近いが故に圧倒的な濃度の魔力量により、発動体などの触媒などなくとも、そこを通ろうとする人間の意識に干渉してくる、のだという。
「無心でいれば、実は距離はそれほどでもないかも?」
「断定しないのか?」
「実際の距離なんて、測りようがないの。何せ、観測する者の意識次第で、いくらでも変わっちゃうから」
クリシャは肩をすくめた。
「じゃあ、どうするんだ?」
「たどり着くことを考えながら、ひたすら歩く。・・・・・・結局は、それしかないかな」
「なかなかにだるい結論だなあ」
はあ、とため息を吐きながら、モリヒトは立ち上がる。
「まあいい。行こう」
「そうだね」
モリヒトは、気を落ち着けるため、一度目を閉じ、ともあれ、たどり着こう、と考えて、目を開けた。
「・・・・・・あん?」
目の前の景色が変わっていた。
「・・・・・・着いたねえ」
「ええええええ・・・・・・」
やれやれ、と嘆息するクリシャの声に、モリヒトは何と言っていいのかわからず、うなるのだった。
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