第26話:龍殺し(2)
「どうやって、その『龍殺し』ってのをやるつもりなんだ?」
モリヒトは、ハミルトンに、そう聞きつつも、妙な気分を味わっていた。
ぶっ飛ばした方が早くないか、と思う。
だが、ここで聞いておかないといけない、とも思う。
不愉快だが、今は動いてほしくない。
「ふふふ。そのために、この『バンダッタ』を作り上げたのです!」
バンダッタ、というのが、異形の魔獣の名前らしい。
「そんな魔獣一匹いたところで、真龍に届くとは思えないんだけど?」
遠目に見える真龍は、山よりもはるかに大きい。
異形の魔獣は、確かに大きくはあるが、それも人に比べて、という話だ。
人の二倍程度の身長はあるものの、その身長に比べれば横幅は狭い。
あのワニの魔獣に比べれば、非常に小さい。
そして、ワニの魔獣は、おそらく『守り手』に負けている。
異形の魔獣の方とて、大きさとしては、『守り手』とそう変わらない。
「・・・・・・あれに?」
真龍の方と指さし、大きさを比べる。
「・・・・・・ムリだろ?」
「ふ。考えが甘い」
ハミルトンが、やれやれ、と肩をすくめ、首を振る。
それから、ハミルトンは、懐から何かの包みを出した。
細長い包みをはぎ取り、中身を出してきた。
それは、小さな短剣であった。
「そう。確かに今はまだ小さいものです」
「・・・・・・」
「ですが、今、これが『守り手』を取り込んだのは見えましたか? これを繰り返せば、いずれは真龍を越えるものとなるでしょう」
「・・・・・・」
バンダッタを見る。
その異形の魔獣は、先ほど『守り手』を取り込んでから、それほど大きさが変わったようには見えない。
それに、
「いくら大きくしたところで、アレに勝てるとは思えないけどな」
「大きさ、というのは、あくまでも比喩表現ですよ」
モリヒトからしてみると、そもそも、真龍と戦う、ということ自体が無謀、というか、無意味としか思えない。
漆黒の真龍であるクロと話した時の印象だ。
そもそも、真龍には、環境に対する支配と操作能力がある。
真龍の領域、すなわち、大陸の上であれば、真龍はある程度、環境を好き勝手に操作できる。
地脈が弱くなる大陸の端の方ならばある程度は弱くなるが、真龍のいる近辺だったら、その支配力は抗いようもない。
「・・・・・・非常識、だと思うがねえ」
極端な話、魔獣では真龍には勝てない。
なにせ、魔力で自らの体を維持しているのが、魔獣だ。
そして、真龍ならば、その魔獣が自らの体を維持するために使っている魔力を、すべて奪ってしまえば、それで終わりである。
挑むまでもなく終わる。
何より、真龍は、生物というより、自然現象の方が近いと思っている。
やり過ごすならともかく、真正面から挑む、というのは、無駄な努力だとしか思えない。
だが、ハミルトンは本気のようであった。
狂気すら感じる笑みを浮かべ、テンション高い様子が見て取れる。
「というか、そんな泥人形で何ができるってんだ?」
「泥人形。なるほど。言い得て妙です」
ふっふっふ、とハミルトンは笑った。
「それに、どうしたところで、それじゃあ、真龍相手だと泥玉みたいなもんだろ。ちょっと汚れるかもしれんが、その程度だ」
「そうですな。・・・・・・真龍を相手にするのに、泥玉をいくらぶつけたところで無意味」
ですが、とハミルトンは続ける。
「泥玉を多く集め、押しつぶすほどに大きくしたならば、いかがです?」
「・・・・・・」
比喩表現とはいえ、そんなものをどうやってぶつける気だ、と思わなくもない。
「手のひらに載る程度のサイズの泥団子ならともかく・・・・・・」
山よりも巨大な真龍。
その頭頂部に至っては、雲のかかる高度まで達しているように見える。
ほんの僅かに身動ぎするだけで、地震すら発生させる質量。
それを押しつぶすほどの泥玉となれば、それは大陸サイズだろう。
「あんなもんを押しつぶすような泥玉なんぞ、どうやって投げるつもりだ?」
「ふ。投げる? 何を言っているのですか?」
やれやれ、とため息を吐かれた。
「そもそも、投げる必要などありませんよ。高いところに持って行って、泥玉を作り、必要な大きさになったら転がせばよい」
「・・・・・・・・・・・・あれより、高いところ? それこそむりだろ」
この世界で、空より高いところにものを持っている方法があるとは思えない。
魔術を使うにしても、空より高いところに何かを飛ばすイメージは困難だろう。
そして、その高さからものを落としたところで、真龍ならば落ちる前にどうにかするか、下手すると耐える。
「位置的な話ではありません」
だが、そんなモリヒトの想像とは、ハミルトンの計画は違うらしい。
ハミルトンは、手の中の小さな短剣を見た。
そして、それから、フェリを見た。
「位階的な話ですよ」
「あ?」
「ウェキアス。そして、アートリア。ご存じですよね?」
「知っているが。それがどうした?」
「あれらはね。真龍よりも、位階が上なのですよ」
「何だよ。位階って」
「存在の価値、みたいなものかな? あくまでも、ミュグラ教団内での概念で、あいつらが勝手に言ってることだけどね」
ミュグラ教団には、そもそも、人より優れたものになる、という目的がある。
その優れたもの、という判断のために、基準を設けている。
それが、位階だ。
そこまでを説明を受けて、モリヒトは、ふうん、と頷いた。
「・・・・・・で?」
「ふ。あなた方は知らないでしょう! 我々ミュグラ教団には、人造のアートリアを制作する力がある!!」
「・・・・・・」
知ってる、とモリヒトは言いそうになった。
かつて戦った、アリーエ・クティアス。
あれは、自らを人造のアートリアと名乗っていた。
「まさかとは思うけど、その泥人形が、アートリア。女神の似姿とまで呼ばれる、あれの代わりとか言わないよな?」
「それこそまさか! 我々がアートリアとするのは、あなたの後ろにいる、『ソレ』ですよ!」
そう言って、ハミルトンは、フェリを指さした。
それを見て、モリヒトは、眉をひそめる。
「それと、その泥人形が何だってんだ?」
「まだ不完全なのですよ。それなのに、クリシャさんに連れ去られてしまった」
だからこそ、とハミルトンは言う。
「返していただきたいのです」
「返したら、どうするんだ?」
「もちろん。これと融合させます。そして・・・・・・」
手に持った短剣を示し、
「これを使えば、完成です。あとは、必要量の素材を取り込ませれば、やがては真龍を超えるでしょう」
ば、とハミルトンは、手を広げた。
「・・・・・・まあ、大体わかった」
「おお。おわかりいただけましたか」
「お前らが、頭悪いことと、狂ってること。あと、人騒がせで迷惑なやつであることもな」
「・・・・・・ふう。まあ、おわかりいただけなかったようで」
肩を落としたハミルトンは、それから右手を挙げた。
その仕草に従って、ぞろぞろと教団員が姿を現す。
「まあ、力づくで、構いませんか」
「・・・・・・いや、帰れよ。その程度じゃあ、ものの数にもならん」
半分強がりで、モリヒトは告げる。
実際、数は少々厄介ではある。
敵は、それほど強そうには見えないが、十人ほどはいる。
クリシャは捕まらないだろうし、クルワもどうにかなるだろう。
ただ、モリヒト自身と、フェリが不安だ。
それに、バンダッタの存在もある。
「ち」
舌打ちを一つして、モリヒトは構えを取った。
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