第12話:当日の昼前、直前
モリヒトは、王都大通りにいた。
大通りの中央付近に作られた広場だ。
芸人もいれば、屋台もある。
にぎやかな光景である。
ルイホウに飲み物を頼んで、モリヒトはぼんやりと眺める。
「で、何で僕を連れ出したんです?」
一緒にいるのは、ナツアキだ。
城の窓辺でぼうっとしていたので、モリヒトはちょっと引っ張ってきた。
「暇そうだったから」
さらっと答えられて、ナツアキは頬をかいてぼやく。
「暇じゃ、ないんだけどな・・・・・・」
「ま、それは冗談としておいても、異世界から来た男同士、多少話もしておこうか、とな」
「そうですか」
はあ、とため息を吐いたナツアキを、モリヒトはじっと見る。
「・・・・・・・・・・・・」
そのじっと見られている視線に耐え兼ね、ちょっとあちらこちらへと視線をさまよわせた後に、ナツアキはモリヒトに尋ねた。
「何です?」
「ユキオもアトリもアヤカに至るまで、俺には敬語使わんのに、ナツアキは使うんだな」
「・・・・・・一応、年上じゃないですか」
眉をひそめ、当たり前のことを言う相手を咎めるような口調ではあるが、モリヒトはそのナツアキの言葉ににや、と口の端を釣り上げた。
「というよりは、警戒してるか? ひょっとして」
「警戒・・・・・・。そう、かもしれませんね」
ナツアキは、首を捻りつつも、納得の声を出した。
ナツアキからすれば、モリヒトは完全に赤の他人。
同じ召喚でやってきた、という共通項はあるが、それにしたって、巻き込まれのイレギュラー、ということで、自分たちとは事情が異なる。
そのことについて、ユキオやアヤカ、アトリも、それほど気にしていないように見えることが、ナツアキには気になっていた。
「・・・・・・なるほど、ヘタレでも、一応男か」
そんな様子を見て、モリヒトはくっくっく、と笑う。
「いきなり失礼なことを・・・・・・」
心外だ、という口調だが、向けられたモリヒトは肩をすくめる。
「だって、あれだぞ? ユキオにしろアヤカにしろアトリにしろ。ナツアキの幼馴染なんだろう?」
「アトリは中学からですよ。何か、ユキオに色々救われたとかで」
「なんだそりゃ?」
ユキオなら何気なく誰かを救うくらいのことをしても驚きはしないが、アトリに関してはちょっと意外を感じる。
アトリは武道の家に生まれたというが、行動の端々によくしつけられた育ちの良さ、のようなものを感じることはある。
それだけに、救われるような問題を抱えること自体に、多少の違和感を得てしまった。
「さあ? そこらへん、僕は詳しいことは聞いてないですから。・・・・・・ただ、当時のアトリは結構荒れてて、それがユキオと仲良くなったら大人しくなったとか」
ナツアキは、モリヒトの内心を気にもせず、当時を思い出すように答える。
「夕日の土手で殴り合って友情が目覚めでもしたか?」
「いやそこら辺は知りませんけど、ある日唐突にユキオが連れてきて、親友になったって言い出して」
「・・・・・・突拍子もないことやるよな、あの娘」
「行動が早すぎるだけで、きちんと経緯を追えば、ある程度は納得できるんですけどね。・・・・・・ただ、周囲は終わった後で結果だけ報告されるから、突拍子もないことに感じるだけで」
「というよりは、人に何か説明したり、誰かから力を借りるのが下手なだけではないか?」
モリヒトの言葉をナツアキは首を振って否定する。
「やればできるんですよ。めんどくさがってやらないだけで」
微妙にすわった目をしているのが、今までの苦労を凝縮しているようで、ちょっとした同情心が湧く。
「まあ、話を戻そう。・・・・・・ナツアキは、あの三人と、中学、高校と付き合いがあるわけだ」
「まあ、そうですね」
「割と長いな」
「まあ・・・・・・」
話の流れが分からないのだろう。
怪訝な顔をしつつも、あいまいな相槌を打つナツアキを、モリヒトはうんうん、と頷いた後で、
「ぶっちゃけ、好きになったりしたろ?」
「本当にぶっちゃけたな・・・・・・」
半目でこちらを見てくるナツアキに、肩をすくめて見せる。
「誰もが通る道だろうが。クラスでちょっと可愛い女子がいて、それなりに仲良くなったら好きになる、と。・・・・・・お前の場合、もっと深い付き合いがあるわけだ」
「・・・・・・はあ」
「正直、うらやましいな、と思うんだよ」
ナツアキが驚いた顔をする。
何を思っているかはなんとなく察せられるので、軽く否定を入れておく。
「別に、あの三人が美人だから、って話じゃないぞ? 単純に、あれだけの人間と友人でいられるっていうのは、結構いい環境だと思うんだよ」
「それは・・・・・・」
「ユキオもアヤカもアトリもいい奴だからなあ・・・・・・」
しみじみと呟く。
優秀で、人となりもいい。
モリヒトから見れば年下でも、自分より優秀だと素直に認められる相手だ。
もし同年代だったら、遠慮なくリーダーとして頼っていただろう。
そしてナツアキは、そういう相手と長くかかわってきた。
ユキオやアヤカ、アトリのナツアキに対する接し方を見れば、十分に近い距離で接してきたのは見て取れる。
正直、劣等感なんかに苛まれて、距離を取ってもおかしくはないと思うのだが、そうしなかったナツアキは、十分に立派だ。
ついでに言えば、ユキオ達からはヘタレだなんだと言われていても、ナツアキは無能ではなく、むしろ優秀な部類だ。
それは、城に勤める人間からの評判を聞けばわかる。
ナツアキを見れば、モリヒトに言われた言葉にどう返すべきか、と悩んでいた。
モリヒトとしては、せいぜいで雑談レベル、答えを求めるような問いかけでもないため、さっさと話題を変えることにした。
「・・・・・・で? ナツアキは、帰るか残るか、決まったのか?」
「! ・・・・・・いきなりですね?」
いきなり話題が変わって、ナツアキが目を白黒させている。
その様子に苦笑しつつも、モリヒトはナツアキに言葉を返す。
「そうか? 単純に、ナツアキにとって、あの三人のいる環境より価値のあるものが、元の世界にあるかどうか、という話だろう? 繋がっているよ、ちゃんと」
そう言われて、ナツアキは黙り込んだ。
その沈黙を見て、モリヒトもしばらく黙り込む。
周囲、雑踏と喧噪がある中で、二人はしばらく無言だった。
その短い無言は、モリヒトが口を開いたことで終わった。
「お前が元の世界に帰るなら、それはあの三人はお前の中で死んだと同じ意味だ。こっちに残る三人にしても、お前は死んだのと変わらなくなる。おそらく二度と会えなくなるしな」
「言い方に悪意がないですか?」
「いいや? 少なくとも、俺だったらそう思う」
モリヒトにしてみれば、まだ付き合いの浅い相手ではある。
ただ、いなくなって二度と会えない、という意味では死んだのと変わらない。
そういうことを、ナツアキが想像しているとは思えなかった。
「残るのなら、お前の家族とは二度と会えないと思った方がいい。あっちの友達とかともな」
「・・・・・・改めて言われると、きついですね」
「ユキオはもうあきらめて覚悟を決めてる。アトリやアヤカは自分で決めてる。迷ってるのはナツアキだけだ」
はっきりと告げられて、ナツアキはうろたえ、そして苦笑した。
「ほんと、僕ってヘタレなんですね」
「迷うのはヘタレじゃない。むしろ、家族とユキオをはかりにかけて、迷わず選んだアトリやアヤカがおかしい」
そこに関しては、モリヒトもちょっとどうかと思っている。
ユキオは、もう元の世界に帰れないから仕方ないにしても、アトリとアヤカの二人はあれでいいのだろうか。
「ああ、そういうわけでだ。お前は間違いなく正常だ。一回しか選べない選択を前に、迷っても仕方ない」
「・・・・・・どう、選んだらいいんでしょうね?」
モリヒトの言葉を受けて、ナツアキは肩を落として、そうぼやいた。
その言葉に、モリヒトはうまく返す言葉は持っていない。
ただ、モリヒトが思う問題を多少整理して話すことはできる。
「あの三人がいない世界を、お前はきちんと想像したことがあるか。そして、家族のいない世界はどうだ?」
「・・・・・・よく、分かりません」
「分かるもんじゃねえよ。当たり前にいたはずの誰かがいない環境なんて、体験しないと分からないさ」
くくく、と笑うモリヒトに、怪訝な顔を向けるナツアキ。
「ま、この話はここまでだな」
モリヒトが顔を横に向けると、そちらからルイホウが戻ってきた。
その手には、飲み物を入れたカップがある。
「・・・・・・何か大事なお話ですか? はい」
「まあ、ちょっとな」
もらった飲み物に口を付ける。
「平和だねえ・・・・・・」
「そうですね。はい」
** ++ **
しばらく、三人でぼんやりと人の流れを見る。
妙な光景だよな、とモリヒトは思う。
和装洋装が混ざっているのはいつもの光景だが、
「よくよく見ると、結構人種がいるな、さすが異世界」
「人種、ですか?」
「ああ、耳が長いのやら、耳が多いのやら、耳がないのやら」
「・・・・・・なんで耳ばっか」
見た目に分かりやすいからだが。
「耳が長いのは、妖精種。耳が多い、というのは、獣人種でしょう。耳がないのは、亜人種です。はい」
獣人種は、頭の上に獣耳がついている。人の耳もそのままついている。
それに対し、耳がない亜人種は、耳の辺りに穴があり、髪が薄く頭がつるりとしている。
どの人種も、互いに違和感なく会話をし、都市の喧騒を大きなものにしている。
「城にも、何人かいたよな」
「あまり、多くはありませんが。はい」
「ん~。差別とか?」
軽い口調ではあるが、モリヒトは少し気をつけて聞いた。
「単純な人数比です。はい」
だが、その回答もあっけらかんとしたものだった。
「? 少ないのか? ああいうのは」
「というよりは、ああいった人種の方々が子を生んでも、親と同じ人種になるとは限りませんので」
「ナツアキ。どういうことか分かるか?」
「何で僕に聞くんですか?」
「何か空気になろうとしてるから」
「酷いセリフ吐きやがった!!」
ルイホウと会話を始めてから、黙り込んでしまったため、あえて話を振ったのだが、怒鳴るようなツッコミが返ってきた。
ナツアキは、顔を引き攣らせつつ、
「何でも、ハーフって、僕らにとって一般的な人に近い姿になるらしいですし、ハーフの子供にも、先祖返りみたいに、他人種が現れることもあるらしいですよ」
「おお、よく勉強してるな」
うんうん、と頷き、
「まあ、知ってたけど」
「じゃ何で聞いたんだよ!?」
「気分」
ぐた、と脱力したナツアキを笑う。
「まあ、色々混ざり過ぎて、区別が難しいんだろう。遺伝の優性劣性がどうなっているのかが気になるところだが」
ふう、とモリヒトは立ち上がる。
「・・・・・・さて、帰るか」
「何しに来たんだよ? おい」
呆れた目でモリヒトを見るナツアキに、
「まあ、よく言うだろう? 犬も歩けば棒に当たる」
モリヒトは肩をすくめて笑う。
「俺の場合、引き篭もっていると、突然何もないところで火事が起こったりするんでな。暇なときや休日は、できるだけ出歩くようにしているんだ」
「それは・・・・・・」
何か言いたげなルイホウを手で制する。
「それが習慣になっているので、屋根の下でじっとしているとストレスが溜まる」
うんうん、と頷く。
「だから、気分転換の散歩というやつだ」
「・・・・・・本当に、何で僕はつき合わされたんだか」
「そりゃあれだ」
は、と笑う。
「アトリはそれなりに外に出てるし、ユキオやアヤカだってたまに外出してる。だってのに、ナツアキはまだ、一回も王都を歩いたことがないだろう?」
「それは、そうですけど・・・・・・」
「帰るにしろ残るにしろ、知らないままなのは、もったいないぞ」
なにせ、
「この世界のものは、この世界にしかないんだから」
** ++ **
エリシアは、アヤカと向かいあっていた。
「・・・・・・あの? 何か、御用ですの?」
正直、じっと見られるのは、きつい。
あまり表情が動かないこともあって、睨まれているようにも感じる。
「エリシア、さん」
「は、はい」
「・・・・・・」
えー、終わりですの、と動揺しつつも、エリシアはじっと見返す。
「・・・・・・あの二人は、何をしているんだ?」
「あえて言います・・・・・・。きっと仲良くなるための儀式でしょう」
そんな二人の様子を、少し離れたところから、セイヴとリズの二人が見ていた。
「・・・・・・まあ、エリシアに友達ができるんなら、いいことなんだろうが・・・・・・」
ふむ、と唸り、
「暇だな。出かけるか」
立ち上がり、部屋を出て行くセイヴに、リズも続く。
扉が閉まる。
置いていかれましたの! と、内心嘆きつつ、アヤカを見返す。
綺麗な子だ。
自分とは違う、しっとりとした黒髪。
兄と同じ銀髪は自慢ではあるが、ああいう色もいいと思う。
「・・・・・・」
不意に、アヤカが手を伸ばした。
その手は、エリシアの銀髪の一房を掴む。
「え? あの・・・・・・?」
「静かにしてください」
「は、はいですの!」
なでなで、と手の中の銀髪をさするアヤカを見ていると、
「・・・・・・えい」
エリシアも手を伸ばし、アヤカの黒髪をつまんでみる。
する、と指が通って抜けていく。
「・・・・・・きれいな髪ですの」
「・・・・・・こちらのセリフです」
互いの髪を眺めていた目が、不意に合う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ふ、と口元が緩み、小さく笑い声が漏れた。
「・・・・・・エリシア・ルムですの」
「・・・・・・八道・彩華です」
しばらく途切れた笑い声が、また不意に漏れ出す。
当人達にすら、どうして笑っているのかは分からないが、
「仲良くなれそうですね」
「その通りですの」
そのことだけは、確信があった。
** ++ **
部屋を出たセイヴはそのままの足で、王都へと繰り出した。
途中、案内役をつけようか、と言われたが、断っている。
リズを伴い、王都の雑多な空気の中で、妙に手馴れた様子で屋台の串焼きを買い込み、果実水を混ぜて冷やした泡酒を片手に、街をぶらぶらと歩く。
屋台で使う小銭を普通に常備しているあたり、この手のうろつきはよくあることなのだろう。
護衛の騎士には迷惑な話だろうが。
「にぎやかだな」
その一方で、穏やかでもある。
魔帝国は広大で、強大だ。
だが、広大であるために、国境にはいつも敵の姿がある。
強大であろうとも、国内には火種がある。
首都ですら、何度か戦乱に焼けた歴史がある。
遷都した回数も多い。
セイヴは魔皇となってはいるが、その血統だって、始祖のそれを正当に受け継いでいるかは怪しいものだ。
セイヴが国家元首として君臨できるのは、その手腕とカリスマ、なによりも強さによるところが大きい。
あちらこちらに敵がいて、いつでも生活を脅かすかもしれない。
それだけに、魔帝国の民は、にぎやかな中に、一種の緊張感とも言うべきものがある。
だが、この国ではそれが薄い。
敵、というものが少ないのだ。
単純に、外敵のほとんどは魔帝国が防いでしまう。
特に栄えているわけでも、大きな国でもないため、民と貴族の間が近く、腐敗もしにくい。
なにより、王として召還される者達は、不思議とそういったことを『悪』として拒む者ばかりだ。
そのため、この国では、民が穏やかに暮らす。
「・・・・・・」
その様子に、一種の憧れを感じることを自覚しつつ、セイヴは大通りを進んでいく。
雑多な雰囲気だ。
「あえて言います・・・・・・。どちらへ?」
「特に決めていない」
「あえて言います・・・・・・。行き当たりばったりですか」
「何かあれば向こうから来る。それまでは、普通に楽しめばいい」
かっかっか、と笑いながら大通りを歩く。
セイヴは、わずかな高揚を自覚していた。
リズが自らの供として最上なのは当然として、それでも、エリシアを連れ出したのだから、従者なり護衛なりを多少引っ張ってくるのが常だ。
そこらへんの信頼がある側近はちゃんといる。
だというのに、今回は色々面倒だと、全部置いてきてしまった。
それもこれも、
「異世界人ってのは、案外、こっちの人間と変わらんな」
結局のところ、異世界人に興味があったからだ。
そして、先代の異王に対する義理でもある。
先代異王は、剣だけでなく、様々な武術を修めていた。
セイヴは、まだ幼い頃、その武術を教わっていた、いわば師匠とも呼べる相手だ。
その後を引き継ぐ相手がどんなものなのか、確かめたくて飛び出した。
「・・・・・・やれやれ、俺様も、まだ若いな」
「あえて言います・・・・・・。そう言う割には、とても楽しそうですね」
「ふむ。・・・・・・リズ。お前は、あの女王をどう思った?」
「あえて言います・・・・・・。先代とは、似ても似つきません」
「全くだ。先代は、強い割に謙虚な方だったからな」
だが、
「先代が、次に望んでいた王の姿そのものだったな。ユキオは」
だから、面白い。
「どうなるやら、だな」
前方、城へと向かうモリヒト達が見えた。
** ++ **
モリヒト達とセイヴ達が合流した。
ユキオは執務室で書類仕事をしながら、ソファで眠るタマを見て和んでいた。
アヤカとエリシアは、静かにぽつぽつと会話を重ねていた。
アトリは、鍛錬場で魔術の訓練をしていた。
穏やかな午前だった。
不意に、空が曇る。
多くの鳥が、東から西へ羽ばたき、王都上空を覆ったからだ。
風が重い。
鳥の進む向きとは逆へ、東へ向いて吹く風だ。
だが、不思議と静かだ。
空気が一瞬、重くなる。
そして、軋んだ。
まるで、ガラスを押し付けて擦り付けるように。
軋んだ音が、世界を走る。