第25話:龍殺し(1)
ソレにとって、『声』との会話は楽しみとなった。
『声』は、地下の暗いところから動けないソレに、様々な『外』のことを教えてくれた。
『声』が教えてくれたことが、ソレに知識と知性を与えた。
教えてくれたことをその内に蓄え、反芻する。
そうすることで、ソレは自我を保った。
ソレは、知性を得たことで、自らにいずれ訪れる運命を悟った。
その運命から逃れるには、『声』の頼みを聞くしかない。
だが、『声』の頼みを聞いても、ソレは消滅してしまうだろう。
どちらを選択しても、ソレに未来はない。
だが、ソレは『声』の頼みを聞くことを選んだ。
その選択は、ソレにとって、何より大事なものになった。
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モリヒトの呈した疑問に対して、ハミルトンはにたり、と笑った。
口の端がつり上がる、人を嘲笑するような笑み。
あるいは、策略がうまくいくことを期待する、悪辣な笑みか。
ともあれ、ハミルトンにとっては、何か会心の計略があるのだろう。
それが、ロクなものでないことは、明白だった。
「これを使って、何を計画しているのか、ですか」
ふっふっふ、とハミルトンは、抑えきれない笑いをこぼす。
そして、両手を広げた。
「『龍殺し』です!!」
大声で告げられた内容に、しばらく沈黙が訪れる。
モリヒトは、その言葉に、ヴェルミオン大陸で見た儀式を思い出し、それが異形の魔獣と繋がらず、困惑する。
それに対し、クルワとクリシャは、『龍殺し』に込められた意味に気づき、眉をひそめた。
「・・・・・・正気かい、と問うのも馬鹿らしいね」
クリシャの反応は、冷ややかですらあった。
モリヒトは、クリシャの反応を見て、込められている意味が違うようだ、と察したが、詳しい意味が分からない。
そして、ハミルトンは得意げに頷く。
「正気か、と問われれば、自身ですら、正気の沙汰ではない、と答えましょう!」
その答えに、クリシャの眉間のしわはなお濃くなった。
分かっていてやろうとする、そのモチベーションが分からないからだ。
「ですが、興味がある」
「・・・・・・『龍殺し』って、なんだ? 結局、何をする気なんだ?」
「おや、素直ですね。聞かれて素直に答えるとでも?」
煽るような物言いに、モリヒトはイラっとしたものの、動きはしなかった。
『守り手』を取り込み終えた異形の魔獣が、どう動くかがわからない。
ハミルトンの護りについているようにも見えるし、こちらに襲い掛かろうとしているようにも見える。
どちらにせよ、何か動きがあれば、モリヒトはフェリを抱えて逃げるつもりだった。
「答えたくないなら・・・・・・」
「いえいえ。お答えしますとも」
奇妙にテンションの高いハミルトンは、その吐く言葉のすべてがこちらへの煽りに聞こえてイラっとする。
だが、そのイラつきを飲み込み、モリヒトはハミルトンの言葉の先を待った。
「まず、おそらくあなたは、我々の目的を勘違いしている」
「はあ?」
ハミルトンの口調は、諭すようなものだった。
もっとも、自慢げな顔と、見下すような視線のせいで、甚だ不愉快なものだったが。
「あなた方は、こう考えているのではないですか? 『ミュグラ教団の行うことは、悪事である』と」
「迷惑行為なのは確かだろ」
「いえいえ。そこから誤解がある。我々、ミュグラ教団は、このカラジオル大陸に住まうすべての民衆のために、行動を起こしているのです」
「・・・・・・・・・・・・」
両手を広げ、極まった様子で、ハミルトンは言う。
舞台役者のような、大げさな仕草だ。
「この土地において、地脈とは、どのような存在か、ご存じですか?」
「地脈なんて、どの土地に行っても、魔力の通り道だろう? 真龍の魔力が通っている」
「いいえ。それでは、理解が浅い!」
モリヒトに指を突きつけ、ハミルトンは首を振った。
「いいですか? この土地では、魔力の溢れる土地は、決して歓迎されるものではない!」
「・・・・・・どういうことだ?」
「この土地の特性だね」
モリヒトの疑問に、クリシャは足元を蹴って応えた。
クリシャの蹴りによって、砂と石粒が舞う。
「ヴェルミオン大陸では、漆黒の真龍の魔力があふれる土地は、黒い森になる。そうでなくても、魔力の豊かな土地は、土壌もいいから、畑なんかにするとよく育つんだ」
だからこそ、オルクト魔帝国は地脈を汚染する可能性がありながらも、地脈の魔力の利用に踏み切った。
そうすることで、土地全体の農業生産力を上げ、国力そのものの増強が出来たからだ。
そして、それによって発生するデメリットを解消するために、『竜殺しの大祭』を作り出した。
「然り! では、このカラジオル大陸ではどうか!?」
「違うのか?」
「このカラジオル大陸ではね。魔力が豊富な土地っていうのは、総じてこの山みたいな感じになる。要は、岩と石と砂の乾いた土地。・・・・・・畑にすることはできないし、牧草が育つわけでもないから、放牧にも向かない」
しいて言うなら、質のいい石材が取れるようになるが、石材など食べられない。
その上、大陸全体のどこでも取れるものだから、売り物にはならないし、売れそうな他大陸へ持ち出そうにも、この世界では航路は未発達なせいで、交易もままならない。
「カラジオル大陸はね。他の大陸に比べると、ひもじいんだ」
この大陸で、メインの食材となると、魚か魔獣の肉である。
穀物や野菜などは、土地自体が乾燥しているため、あまり収量が多くない。
「そう、その通り! だから、この大陸では昔から、畑になる土地、人の住む土地から、地脈を遠ざける研究がされてきました」
ハミルトンの語る歴史を、クリシャも肯定した。
それでも、大陸全体がそうだから、今までは問題なかった。
問題になってきたのは、より豊かな土地があることが知れ渡ってきたからだ。
言うまでもなく、ヴェルミオン大陸、オルクト魔帝国が、飛空艇による安定した交易路の開拓に乗り出したためである。
「このままでは、やがてこの土地は、他大陸の国家によって支配される土地となるでしょう」
「食料生産力が低いこの大陸では、蓄えられる国力にも限界がある。あながち、間違ってはいない予想だね」
「そして、その果てに待つものは? 支配だ。支配する側が、される側から搾取する体制。もちろん、この大陸が、搾取される側です」
ハミルトンは、大げさな仕草で、嘆かわしい、と息を吐いた。
芝居がかったその仕草では、どこか空虚な印象が付きまとう。
少なくとも、モリヒトは、ハミルトンを疑いを持って見ていた。
「では、どうするか」
ハミルトンは語る。
「この大陸では、魔力に頼らずに、農作物の生産量を上げる研究が行われ、それは一定の成果を挙げています。ですが、その農法も、地脈によって濃度の高い魔力があふれてくれば無駄となる」
ならば、
「この土地から、魔力を消してしまえばいい!!」
「・・・・・・だから、『龍殺し』かい?」
「その通り! 魔力を生み出しているのは、あの真龍だ。ならば、真龍を殺し、魔力の発生を止め、この土地を魔力に頼らない土地に変える! こうすることで、この土地は救われる!!」
ば、と両手を広げ、高らかに宣言するハミルトン。
それを見て、モリヒトは、顔をしかめた。
「『龍殺し』って、真龍を殺すことかよ。・・・・・・そんなにうまくいくかね?」
「ボクは、否定的かな?」
モリヒトが首を傾げれば、クリシャは肩をすくめた。
「そもそも、真龍がいなくなった土地がどうなるか、分かったものじゃない。大陸は、真龍がいるから生まれたんだ。真龍がいなくなった途端、大陸が海に沈んだとしても、ボクは驚かないよ」
「・・・・・・じゃ、実現させたらまずいやつだな」
「まったくだね」
うん、とモリヒトとクリシャは頷き合った。
その中で、クルワが首を傾げた。
「ていうか、そもそも、『真龍』って、殺せるの?」
「・・・・・・あー」
「・・・・・・確かに」
ちら、と三人は、真龍へと目をやった。
そこに、人間などおよびもつかない。
まさしく巨大な山、としか言いようのない、真龍の巨体が見える。
「・・・・・・無理だろ」
「だねえ」
だから、モリヒトは、ハミルトンへ次の質問をすることにした。
「どうやって、その『龍殺し』ってのをやるつもりなんだ?」
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