第15話:再会
アバントは、背負子に荷物を入れ、えっちらおっちらと山を登っている。
いつもより、荷物が重く感じるのは、中に二人分、いつもよりも荷物が多いからだ。
とはいっても、いつも山を下りる時の荷物に比べれば、軽いものだ。
中身は、保存食や調味料が中心で、あとは布がいくらかである。
二人に必要なくとも、山小屋に置いておけば、自分が使う。
そういう、消耗品ばかりである。
「その年には、きつくないかい?」
隣を歩くクリシャは、身軽なものだ。
あれから、街でいくらかの買い物をした後、山に行く、というクリシャは、山に帰る、というアバントに同行している。
クリシャが連れていた白い少女も同行している。
山道は歩きなれていないのか、時折足元がふらつく白い少女を、クリシャは手を引いて歩いていく。
「お嬢ちゃんは、大丈夫かい?」
アバントが声をかければ、少女はにっこりと笑った。
「見た目より強いよ? この子は」
「まあ、貴女を見ていれば、見た目などあてにならぬ、というのは、分かりますがな」
「どういう意味だい?」
見た目だけ可憐な最長老は、まったく、と憤慨しつつも、くすくすと笑う。
冗談を交わしながら、三人は山道を進む。
「・・・・・・でも、ボクがいない間に、この大陸もずいぶんと様変わりしたんだね」
「そうですな。・・・・・・ここ十年ほどのことです。代替わりが起きたのは」
吹き付けてきた風に、顔を逸らし、アバントは風がおさまるのを待った。
乾いた風は、さらりと地面を撫で、周囲の砂を巻き上げて、山裾の方へと落ちていく。
「・・・・・・もともとこの地は、あまり農作物が育たない」
「カラジオル大陸は、むしろ大陸の端に向かうほど、土壌は豊かになるからね」
通常、真龍の魔力が強く溢れる大陸中心部の方が、肥沃な大地になることが多い。
だが、この大陸では、それは逆だ。
乾燥した大地は、植物の生長には適さず、海からの風と中央からの風がぶつかり合う大陸の端の方が、よく雨が降る。
それもあって、この大陸で豊かな土地、と言えば、どこもかしこも湾岸部に近い。
「そのせいか、地脈の研究も、この辺ではあまり進んでないんだよね」
「地脈を引き込む理由がないですからのう」
地脈を利用すれば大地が肥える、というのは、常識だ。
だが、それは真龍の持つ魔力の性質が現れる、ということでもある。
ヴェルミオン大陸の場合、真龍の魔力が濃い地点には、黒い植生が発生する。
森や林、草原などが、真っ黒になる。
それは、畑なども同様で、ヴェルミオン大陸において野菜や果物は、色が濃いほど、黒に近いほどに、質がいいとされる。
では、カラジオル大陸だとどうなのか。
カラジオル大陸の場合、真龍の魔力の濃い場所は、むしろ乾燥して植生が薄くなる。
分かりやすく言えば、大陸中央の山地のように、若紫色の岩と砂の光景となってしまう。
当然、そんなところで畑など作れるはずもない。
結果として、この大陸では、地脈を利用するより、むしろ地脈の効果を遠ざける方が必要だった。
地脈を利用する分野の研究が進まないのも、当然といえば当然である。
「そこに、いろいろ持ち込んだ一派がいたっけねえ・・・・・・」
クリシャは遠い目をしているが、それがミュグラ教団である。
この大陸では、地脈関連の研究がむしろ敬遠されているのをいいことに、人里離れた場所に勝手に陣取り、いろいろと研究を開始したのだ。
とはいえ、大陸間の行き来があまり頻繁にできないこの世界だ。
いつの間にか、ヴェルミオン大陸のミュグラ教団とは思想が異なる方へと進んでいった。
「・・・・・・ちょっとびっくりしたんだよね。大概の大陸ではありえない思想だったから」
「ほっほっほ」
アバントはのんきに笑っているが、そのアバントを咎めるような視線を、クリシャは送る。
「君も、当時は結構本気だったじゃあないか」
「はて? それを言うなら、貴女の方とて」
「・・・・・・まあ、それをやったらどうなるのか、という好奇心はあった」
山道を歩きながらの雑談の最中、白い少女がクリシャの手を引いた。
「はいはい。どうしたんだい?」
「ん・・・・・・」
少女が指さした先を見て、アバントは頷く。
「おお。儂の山小屋ですな」
「お客さんがいるんだっけ?」
「ふむ。何やら、真龍に用事があるという二人組の若いのがおります。最近は、おかげで愉快でして」
ほっほっほ、と笑うアバントを、クリシャはどこか労わるような色で見る。
「そうかい。楽しいなら何よりだよ」
** ++ **
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
向かい合い、硬直している。
双方、驚いているからだ。
** ++ **
山小屋の門を開き、中に入った三人。
当然、そこにはモリヒトとクルワがいる。
モリヒトは、パンに焼肉をはさんだものを食べながら、武器を磨いていた。
クルワの方は、なめした皮を畳んでしまっている最中である。
そんなところに、扉を開けて入ってきた三人。
「ふむ。ただいま」
アバントは、気楽な調子で中に入る。
「おう。おかえり。爺さん」
「お帰りなさい」
視線を上げることなく返事したモリヒトと、アバントの方を見て言ったクルワ。
だから、気付いたのはクルワが先だ。
「あら、お客様?」
「ん?」
それを聞いて、初めてモリヒトは顔を上げる。
そして、アバントに続いて小屋に入ってきたクリシャと、白い少女を見た。
「・・・・・・お?」
「ん?」
そこで、モリヒトとクリシャの視線が合う。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくの、沈黙。
間に挟まれた白い少女が、交互に双方の顔を見る。
先に声を発したのは、モリヒトの方であった。
「なんか珍しいところで会うな!」
よ、と軽い調子で片手を上げたモリヒトの額に、クリシャは反射で魔弾を叩き込んでいた。
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