第9話;そのころののんき
肉の脂が弾ける音がする。
「いいねえ」
コメがないのは不満だが、少々硬いパンを火で炙ったものをおともにする。
味付けは、塩と少々の香辛料。
あとは、そこらで取れる香草の類。
野菜は少量だし、正直脂っこいことこの上ないのだが、モリヒトとしては満足だ。
これでも、まだまだ若い男である。
肉の脂は、大好物なのである。
「では、いただきます」
むしろおごそかに手を合わせ、モリヒトは鉄板の上で脂をはじけさせる肉を取った。
** ++ **
麓の街で、騒ぎが起こっているころ。
山小屋にいるモリヒトは、がっしがっしと鉄板を金たわしで洗っていた。
焦げを、落としているのである。
「・・・・・・落ちない・・・・・・」
しばらく擦った後、井戸から汲んだ水をかけるが、その結果を見て、力なく肩を落とす。
それから、もう一度、と擦る。
「モリヒト」
「うん?」
しばらくそうしてこげと格闘していたところで、クルワがモリヒトを呼んだ。
「・・・・・・まだやってたの?」
「気になる」
とはいえ、もうどうしようもないかもしれない。
「こんだけこすっても落ちないとなるとなあ・・・・・・」
「しょうがないじゃないの」
クルワの言う通り、しょうがない。
「焼肉とか、やらなきゃよかったなあ」
「やらかしたわね」
なんでこんなに焦げ付いたか、と言えば、焼肉のせいである。
なんというか、ものすごくお肉を食べたい気分になったのだ。
焼いて、脂の滴る、味のいい肉を食べたい、と思ったのだ。
だから、山小屋のすみに置かれていた鉄板を見つけた時、よっしゃ、と思った。
石を積んでかまどを作り、その上に鉄板を置いて、クルワと一緒に獣を狩った。
魔獣になってしまったのは仕方がないが、それはそれである。
魔獣といえど、味は悪くないやつのはずだ。
捌いて、切って、よし、と思った。
ちょっと焼いただけで脂がそれなりに出て来たので、それを使って、肉や、山小屋に保存してあった干し野菜を水で戻したものなどを焼いた。
焼いている間は良かったのだ。
なんだか途中で焦げ付き始めている気はしていたが、まあ、そんなものだろうと、気にせずにやった。
結果として、食べ終わった後の処理に困っているわけだ。
「まあ、片隅に置いてあるようなボロの鉄板だし、怒られることはないと思うけどね」
それはそうだが、意外にこの辺りでは、鉄というのは貴重品なのだ。
「ああ、ていうか、あれな。わざわざ鉄板使わんでも、そこらの石を平たく切り出して、その上で焼けばよかったなあ」
「ああ」
魔術を使えば、そういう風に石材を整えることもできただろう。
形を変えることはできなくても、平たい石板を切り出すぐらいは行けたはずだ。
下で火を炊けば、一応焼けただろう。
「この辺の石は、火にも強いしなあ」
火で炙って、上で肉を焼いた程度で焼けるようなものでもない。
「・・・・・・で? なんかあったか?」
「ああ、うん。そうそう」
結局焦げの取れない鉄板を置いて、モリヒトは立ち上がり、手を洗う。
煤で黒く、脂でギトつく手を、井戸水と手洗い用の草木灰を使って、丁寧に洗う。
「肉の始末、先に手伝ってよ」
「ああ、そっちか。干し肉の方」
「この辺、雨が降らないから、干すのには困らないけれど、砂を落とさないと取り込めないのよね」
「いっそ、砂に埋めちまったらどうだ?」
壺でも持ってきて、その中に砂と食材を入れていく。
「あるわよ? そういうの」
「あるのか」
「この山には、岩塩の地層があってね。まあ、見た目で区別つけるのは難しいけれど」
その岩塩を削り出し、砕く。
砂と混じってしまうそれを、壺などの入れ物に、食材と交互に入れていく、壺漬けがあるらしい。
「うまいの?」
「一週間くらい漬けておくと、水分が抜けて干物みたいになるんだって」
それを取り出し、今度は干して、それからしまうらしい。
「ただ、まあ、岩塩は余分はないから」
「昨日、味付けに派手に使ったしなあ」
ははは、とモリヒトは笑う。
「とにかく、干して、あと、燻製もあるから、全部取り込んで、保管庫に運びたいの」
「なんか、運よく狩れたよな」
「そうね」
移動すれば、並べられた肉片が見える。
塩やら香草やらをすり込み、紐で縛った肉塊である。
一抱えあるものもある。
「・・・・・・やっぱり、石焼を試すか。結構量あるし」
「なんだかんだで、消費しておかないと余るでしょうね。・・・・・・アタシが売りに行ってきてもいいけど」
「それもありな」
「ていうか、だったらモリヒトも来なさいよ。一回くらい、山下りたら?」
言われて、ふむ、と考える。
「それもありなんだが、一回下りると、ここの山小屋を使う理由が薄くなる気がする」
「だから何よ?」
「いや、だから何、と言われるとまあ、大したことじゃないんだが」
単純に、流れが悪いなあ、と思うだけだ。
どうせなら、一回真龍に会ってからにしておきたい。
「ていうか、街に下りたら、ほぼ確実に面倒ごとに巻き込まれる予感がする」
「大げさな」
「俺を甘くみるなよ?」
「何を自慢げにしているんだか」
やれやれ、と肩をすくめ、クルワは肉を担いで運んでいく。
モリヒトも同じように肉を担いでいく。
街に下りたら、何かが起こるかも、という予感は、決して大げさではない、とモリヒトは思っている。
おそらく、モリヒトなら確実に何かが起こるからだ。
「んー・・・・・・?」
そんな予感があったから、ふと、目線を麓の方へと向けた。
「・・・・・・んー?」
「どうしたの?」
モリヒトが唸ったのを聞いて、クルワが振り返った。
だが、モリヒトは、じっと麓の方を見る。
クルワもそれにつられて、モリヒトと同じ方向を見る。
だが、何も見えない。
山小屋からは、麓の様子を直接見ることはできない。
傾斜とか、そういうのが影響しているのだが、真っすぐに麓を見るには、山小屋のある位置からもう少し山を下りる必要がある。
「いや、なんか聞こえたような・・・・・・」
モリヒトは、空耳か、と首を傾げる。
だが、何かが聞こえた気がする。
「んー・・・・・・?」
どうにも、何か、感じるところがある。
ざわつく感じ。
「はて? こういう感じは、前にもどこかで・・・・・・」
さて、どこだったかね、と首をひねっているところで、モリヒトの持っていた肉塊を、クルワが取った。
「とりあえず、片付け」
「ああ、そうだな」
違和感を感じつつも、モリヒトは作業に戻るのであった。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
新しいのをはじめました。
DE&FP&MA⇒MS
https://ncode.syosetu.com/n1890if/