第8話:追いかけっこと襲撃
「なんでいるんだい!?」
「こっちのせりふだってええの!!」
おらあ、という掛け声とともに、拳が振るわれる。
魔術で自分の身を飛ばして間合いを開けた後、複数の衝撃を放つも、頑丈な身には一切の痛痒は与えられず。
「ああ、もう! 面倒だねえ!!」
「そっちこそ、ちょこまかやってんじゃねえぞ!!」
クリシャとミケイルは、追いかけっこをしていた。
クリシャは逃げるが、時折先回りしたミュグラ教団が襲い掛かってくる。
それに対処すると、後ろから追うミケイルに追いつかれるため、魔術で距離を開ける。
そして逃げれば、またミュグラ教団に襲われ、足止めを食らう。
その繰り返しだ。
「ボクは、君に用はないのだけれど?」
「俺もねえよ! 頼まれてなきゃ、追わねえっての」
先ほどから起こる騒ぎに、街の警邏などが出てくるが、そちらはミュグラ教団に邪魔をされて、二人に近づけない。
「ああ、もう! 面倒な相手とは縁を切りなよ!!」
「そうしてえんだけどなああ!!」
振りかぶられた拳の一撃が、地面を砕く。
それをかわし、また宙を飛んで、距離を取る。
「・・・・・・!? 何だい?!」
その最中、唐突に発生した騒ぎを耳にして、クリシャは周囲を見回す。
「あれは・・・・・・?」
遠目に、何かが地面へと這いずり出しているのが見えた。
「魔獣か!?」
「おん? 何だありゃ?」
魔獣、と呼ぶには、異様な姿をした、不定形の怪物たちが、何か所かから現れている。
向かう先は、山だ。
魔獣らしく、魔力に惹かれているのだろうが、
「あれは、まずいね」
その中の数体の出現位置がまずい。
山へと真っすぐに向かうには、途中に街がある。
そのまま直進すれば、街に踏み込んでくるだろう。
その時、街には確実に被害が出る。
「ち!」
クリシャとしても不本意だし、警邏もそちらに手を取られることになるだろう。
どちらにしても、よくない。
「まったく、ここまでやるとか、何を考えているんだい!!」
見捨てられないね、と帽子を深くかぶり直し、クリシャは飛ぶ方向を変えた。
** ++ **
その少し前。
なぜか、悪だくみをする人間というのは、暗がりを好む。
街はずれの廃屋。
その地下に、空間があった。
そこで、うごめくものがある。
「やれやれ」
嘆息したのは、細身の男であった。
細身、というより、病的に痩せている、と言う方が正しいか。
顔色は悪く、クマも濃い。
「やっと、ここまでですか・・・・・・」
ふう、と深いため息とともに、男は前でうごめく何かに向かって、手に持った箱から何かを振りかけた。
奇妙な光と音を発しつつ、振りかけられた何かを吸収していく、うごめく何か。
「ふう。やはり、例のあれを逃がしてしまったのは、少々失策でしたか」
思い返すのは、魔獣についてだ。
行動を抑制するために差していたはずの魔術が、効果をなくしていた。
魔力を食い過ぎて肥大化したために、その巨体に対して効果が行き渡らなくなった結果だろう。
その結果、まるでワニのような形になって、より多くの魔力を求め、山へと突撃していった。
その際に、実験に使っていた隠れ家が破壊されてしまい、こんなところに移動してきたわけだが。
『守り手』か何かに倒されるだろうと思えば、実際山にいた狩人か何かによって討伐されたらしい。
結果、あれに差していた剣も回収されたろう。
魔術が特殊なのであって、剣自体はただの発動体だから、回収されたところで痛いものでもない。
使っていた素材が、他大陸由来のものであるため、簡単に手に入るものではないことが、惜しいと言えば惜しいか。
「ああそうか、あれの回収こそ、彼に頼めばよかったですね」
後悔先に立たず、などと自嘲しながらも、ほい、ほい、と次々に何かを振りかけていく。
そのたびに、男の前でうごめく何かは、その動きの激しさを増していた。
時折、男の方へ何かを伸ばす素振りを見せるが、それは見えない壁のようなものに弾かれる。
見れば、そのうごめくもの下には、陣が敷かれていた。
それが結界を構築し、男への接触を阻んでいるのだろう。
「ふうむ・・・・・・。こうやると、実体が構築できないのでしょうか」
うごめくものは、不定形だ。
スライムのようでもあり、だが、時折はっきりとした生物の形が見えることもある。
振りかけるものがなくなり、うごめくものの様子を観察しては、様子を手元の用紙に書きつけていた男に、背後から声がかかった。
「失礼します」
「・・・・・・どうしました?」
目の前の観察対象から視線を外すことなく、男は背後からの声に応える。
「はい。件の人物が、街に入ったようです」
「・・・・・・ほう?」
そこで手を止め、男は背後を振り返った。
「それで?」
「現在、手の空いている者で包囲を進めています。包囲が完了次第・・・・・・」
「足りませんね」
「は?」
続く報告をぴしゃりと遮り、男は報告者に告げる。
「手の空いている者、ではなく、全員で向かいなさい」
「は? よろしいのですか? それでは、警護などが・・・・・・」
「この辺りに、護らなければならないような拠点はありません。放棄しても結構。それより、件の人物の方が、よほどに価値が高い。間に合うものはすべて使いなさい」
男は、指示を出す。
「は。分かりました。急ぎ、指示を出します」
「ああ、それと、彼に連絡は?」
「はい。もともと、件の人物の情報をもたらしたのは彼ですし、既に伝え、捕縛の協力を依頼しています」
「よろしい」
うむ、と満足そうに頷いた男は、ふと背後を振り返る。
「そうですね。どうせ放棄するのですし、目くらましに、あれを解き放ってしまいなさい」
「よろしいのですか? まだ研究が途中のはずですが」
「構いません。今の進捗なら、もう一度作るくらい容易な話ですし、うまく組み合わされば、何かいい結果を発揮するやもしれませんからね」
「はい。では、そのように」
伝令役が去っていったのを見送り、男は、背後のうごめくものへと目をやる。
「そうですね。お前にも働いてもらいましょうか」
壁際に置いてあった箱。
その中から、一掴みほどの石を手に取る。
奇妙に赤黒く輝く石だ。
それをうごめくものへと放り投げ、男は部屋を後にする。
部屋を後にした男の背後で、何かが砕ける音がした。
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