第7話:白髪の女
カラジオル大陸の街並みは、割と白っぽい建物が多い。
若紫の山から産出される石だが、これを砕いて、壁に塗り込むと塗った直後は若紫色なのだが、時間が過ぎると白っぽくなっていく。
時間が経つにつれ、若紫色に着色していた影響である、、真龍の魔力が抜けていくからだ。
もともとが、岩石などは白っぽいのだろう。
それに、真龍の魔力が浸透して、色が変わっていただけに過ぎない。
ともあれ、真龍の魔力の染み込んだ素材、というのは、魔力に対する親和性が極めて高い。
加えて、元の素材の持つ特性が強化されている。
カラジオル大陸の若紫色の石の場合は、硬度の高さもそうだが、耐水性、撥水性が高い。
砕いて粉にして、特殊な油を混ぜ合わせると、セメントのようなものになる。
それを建材として、家の壁として塗り込む。
すると、雨風に強い壁が出来上がる。
それが、長い年月を経ると、やがて魔力が抜け、白い壁になる。
その時に現れる白い壁は、陽光を反射して白く輝くため、見目がいい。
ただ、作ってからそれなりに長い時間を待たなければならない上、どこかへと持ち運ぶことも難しいため、古い家にしかない壁だ。
だが、古い、ということは、汚損もよくある、ということでもある。
汚れや破損もなく、一面の白い壁ができた家は、幸運な家、と呼ばれる。
** ++ **
山の麓の街、というのは、人の行き来は緩やかだ。
動線がはっきりしている、というのもある。
この辺りの街は、中央部に住宅街を置き、周囲を工房があるのが普通だ。
山側に、石の仲買所、あるいは、工房向けの市場がある。
そこから、街の外周に沿って順々に石が運ばれ、山の反対側へ運ばれるころには、製品の山となっている。
そういう流れがきちんとできているから、街の外周付近では、重量物を運ぶ馬車や荷車がそれなりの速度で移動するが、逆に中央部はゆっくりと歩く住人の姿が多い。
街の中では、馬車などは使わないという規則になっているからだ。
そして、これは当たり前の話ではあるのだが、ヴェルミオン大陸に比べると、カラジオル大陸の街並みは、背が低い。
軽量な木材を主な建材とするヴェルミオン大陸に対し、重さのある石が主な建材となるカラジオル大陸では、建築物を高くするのは、かなり技術が必要だからだ。
「・・・・・・んー」
のびを一つ。
クリシャは、街中をのんびりと歩いていた。
フードの中に白い髪を押し込み、傍目には小柄な旅人にしか見えない。
「・・・・・・相変わらず、この辺りは埃っぽいねえ」
細かい砂が、絶えず風に乗って吹いてくる土地である。
そのため、油断すると口の中がじゃりじゃりになる。
道を歩いても、屋台などはほとんどない。
食べ物を外に出そうものなら、すぐに砂まみれになってしまうからだ。
ただ、道端にいくつかは屋台がある。
砂焼き、という食事の屋台だ。
鉄板の上に砂を敷き、その上に食材を乗せ、さらに上から砂をかける。
それを上に蓋のついたかまどに入れ、全体を熱しながら、適宜上の蓋を開けて砂の山に調味料の液体を流し込む。
そうすると、焼いている間に砂が調味料を吸い、焼き上がるころには固まる。
取り出し、周りの殻となった砂を砕くと、ちょうどいい塩梅に味のついた食材が見える、というわけだ。
とはいえ、どうしても砂が付着するのだが、この砂には味が付いているため、むしろいいアクセントになる。
くわえて、どうせ砂が付いているなら、周囲の砂の混じった風が吹き付けてきても、それほど気にならなくなる。
「・・・・・・ただ、味が濃いから、飲み物がなあ」
クリシャは、それらの食材を食べながらぼやく。
この辺りでよく飲まれるのは、お茶だ。
小さな壺の中に粉末状にした茶葉を入れ、お湯を注いだものだ。
上に蓋をつけ、蓋の穴に管を突っ込んで、そこから中身を吸う。
中の茶葉が溶けるわけもなく、飲み味は、どろりとした上にざらざらしている。
それでも、ないよりはまし、とはいえ、
「砂が口の中にあっても、あんまり気にならない味かなあ」
そんな感じだ。
茶葉とお湯だけなのに、不思議と甘味が強い飲み物だ。
舌触りはともかく、味自体は悪いわけではない。
ただ、蓋つきの壺は、手の平で包み込める程度の小さいものではあるが、それでもそれなりに重量がある。
持ち歩いて飲む、というのは、どうにも向かない。
「さて」
腹ごしらえを終え、使っていた食器を近くの屋台に返すと、クリシャは歩き出す。
「・・・・・・んー。参ったねえ」
周囲の気配を察して、苦笑する。
ここまでで、自分の正体をさらすようなことはしていない。
だが、囲まれているのは、どういうことか。
「街中で仕掛けるつもりはないみたいだけど。・・・・・・どっかに誘ってるのかな?」
んー、と周囲の路地などを見る。
オルクト魔帝国の首都である、帝都『アログバルク』と違い、この街の建物は背が低い。
路地に入ったとしても、周囲の建物を壁として使うのは、ちょっと難しい。
高層建築の多かった帝都と違い、ちょっと頑張れば屋根に上がることができてしまう高さしかないため、壁として敵の動きを誘導するのは難しい。
下手に路地に入れば、無駄に上を取られるだけだ。
だからといって、自分から屋根上に上がるのは、今度は目立つ。
「ていうか、ボク、何かやったっけ?」
今のところ、ここに自分がいることを察知される理由が思い当たらない。
この大陸に来ることは、ルイホウにしか話していない。
さて、どうしようか、と考える。
「・・・・・・」
仕方ないね、と考える。
フード付きマントの内側で、クリシャは杖を握った。
** ++ **
「あ?」
ミケイルは、もたらされた情報に、首を傾げた。
「マジにいんの?」
「みたい。捕捉したらしいわ」
サラからもたらされた情報に、げ、とミケイルは顔をしかめる。
「くっそ、今回ばっかりはそれもねえだろうと思ってたのに、こっちでまで仕事かよ」
「仕方ないわね。こっちの大陸に渡るための駄賃だもの」
くっそ、来るなよなあ、とうめきつつ、ミケイルは立ち上がる。
「・・・・・・行くの?」
サラに聞かれて、
「しゃあねえだろうがよ。ま、適当にな」
「やる気のない話ね」
肩をすくめながらも、サラもミケイルの後に続いた。
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