第6話:どうするか、と足止め
雨が降らない。
この土地の特性だな、とモリヒトは思う。
「黒の森だと、一応雨降ったけどなあ・・・・・・」
不思議なものである。
ヴェルミオン大陸の黒の山は、海からの湿気を含む風を受け止め、黒の森に雨を降らせる。
だが、この土地は違う。
大陸中央にある若紫色の山は、その高さは、黒の山の半分ほどだ。
その中央にいる真龍の巨体は、黒の山の標高に匹敵する巨大さではあるが、それくらいだ。
なんかあるのかね、とモリヒトは、遠目に真龍の姿を見ながら思う。
「案外? 真龍にとっても、『守り手』は存在している価値があるのかもしれんね」
黒の森にも、森守という守り手がいた。
その役割のため、黒の真龍は彼らに護りを与えていた。
水気を苦手とする『守り手』の住む土地に、雨が降らないことは、もしかすると若紫の真龍の加護なのかもしれない。
「・・・・・・てことは、俺らは招かれざる客か?」
「そりゃそうでしょうよ。むしろ、黒の真龍みたいに、手続き踏んだら会えるっていう方が珍しいからね?」
真龍を見るモリヒトの隣に立って、クルワは肩をすくめた。
『守り手』に挑んだ後、山小屋に帰ってきて、二日が経っている。
水気が有効、というのは確かだろうが、それでも決め手が足りていない。
水気で、その剛毛を弱くし、攻撃が通じるようにすることはできる。
どうやら、水で冷やすことで、その動きを鈍らせることもできるらしい。
だが、防御と速度を落としても、攻撃力が下がらない。
「もう、あの力がなあ・・・・・・」
その性質は、ミュグラ・ミケイルのそれに似ている。
違いは、そこまで無理をしていない、ということと、自分の魔力ではなく、周囲に満ちている真龍の魔力を消費しているために、消耗がほとんどない、ということだろう。
「多少攻撃入っても、多分すぐ治ってる。切り落としでもすれば別かもしれないけど、アタシ、そこまでの腕はないわ」
クルワは、魔術による攻撃力の強化はできるが、それを上回って、相手の身体が頑丈すぎる。
ただ、一番の問題は、
「結局、俺が足を引っ張ってるよなー」
モリヒトだ。
戦闘経験の少なさ。
それに加えて、単純に戦う技術が足りていない。
遠間から魔術を撃つ援護のみに徹しても、『守り手』の攻撃力はその間合いを簡単に詰めてくる。
具体的には、投石だ。
油断して一か所にとどまっていると、すぐに石が飛んでくる。
それも、拳大のような石ではない。
一抱えもありそうな岩だ。
そんなものを、片手で投げ飛ばしてくる。
回避しても、その着弾の衝撃は、決して無視できないし、砕けた破片が飛び散ることもあって、気が抜けない。
結果として、モリヒトは、魔術に完全には集中しきれない。
ここで、集中力を高めるサラヴェラスの性質が裏目に出ていた。
魔術を放つことに集中すると、回避がおろそかになる。
回避することに集中すると、今度は魔術が弱くなる。
「せめて、もう一人いればなー」
前衛で、敵の注意を引き付ける役でもいい。
あるいは、後衛で魔術をもう一人放つのでもいい。
どちらでもいいから、手数が欲しい。
「仲間探しするか?」
「今更? アタシ、モリヒト一人見つけただけでも、結構ラッキーだったんですけど?」
クルワの言うこともわかる。
真龍との謁見を目指すようなものは、この大陸では愚か者扱いだ。
真龍と会話が成功した、という記録もない。
何せ、そうして挑んだ者たちで、帰還したものの記録がないからだ。
「・・・・・・どうする?」
「領域から出てこないっていうのも、奇襲し放題で有利かと思ったけど、こちらからするとあんまり利がないわね」
「うん。なんだかんだ、結局毎回待ち伏せ食らうようなものだからなあ」
参った、とモリヒトは頭をかく。
「普通に、強い」
「面倒ね」
「発動体の問題だけじゃないなあ」
モリヒトとしては、発動体の所有は、結局最低限でしかなかった。
「結局、『守り手』用の作戦がいるな」
「ええ。・・・・・・なんとかなる?」
クルワが、モリヒトを窺うように見る。
それに対し、モリヒトは、むー、と一つ唸り、
「実は、一つ考えがある」
「え? 何があるの?」
「ものすごい速足で『守り手』の領域を駆け抜ける」
「・・・・・・マジで言ってる?」
「半分本気だけどなー」
結局は、逃げの一手、というやつだ。
ただ、
「領域の奥側に限りがあれば、だよなあ、この作戦は」
正直、領域のこちら側の端は分かっても、奥側の端は分からないため、どこまで進めば『守り手』が追撃を諦めるのかが読めない。
そうである以上は、作戦としては不確かだ。
「真龍の真下まで行っても、それでも襲ってくる、みたいなのも考えられるし」
「場合によっては、真龍の足元は、複数の『守り手』が守ってるって可能性も、まあ、あり得るわ」
クルワの予測も頷ける。
「情報収集するか?」
「どうやって? 『守り手』の領域を抜けた人の記録なんてないのに」
「むう」
困った、打つ手なしじゃないか、と二人で落ち込んでいると、アバントが小屋を出てきた。
「ふむ。儂は少々出てくるが、二人はどうするかの?」
「うん? 山を下りるのか?」
「うむ。少々、仕事に使う道具に目減りがあるのでの。補給してくるよ」
そういうアバントを見て、むむ、とモリヒトは唸る。
ここに来て、一回くらいは街まで下りてみるべきだろうか。
そう思ったが、
「今は、下に下りてもすることがないしな」
やめておくことにした。
** ++ **
カン、カン、と鎚がノミを打つ音がする。
街で多い職業と言えば、石工。あとは、石細工師、というところか。
建材に使うような、大き目の石は、石切り場で取ってくる。
とはいえ、石切り場の位置は、山の麓の方にあるため、石自体の質はあまり高くない。
質の高い石が転がっている辺りは、『守り手』の領域に近いため、回収は危険で、拾い屋が集めてくるわずかな量だけだ。
ともあれ、産業としては、やはり石を加工するものが多くなるから、鎚の音が多くなる。
この大陸では、金属製品より石器製品の方が人気が高いこともある。
街の中を、フードをかぶって歩いている小柄な人影がある。
白っぽいローブに身を包み、フードを被っている人影だ。
フードが妙に膨らんでいるのは、その下に帽子をかぶっているからだ。
ともあれ、
「やあれやれ、だ」
そんな口調でつぶやいて、遠目に山を見る。
大陸の端ではさすがにかすんでいたが、麓の街までくれば、その中央にいるであろう、真龍の影がぼんやりとでも見えてくる。
「はあ、あの竜は、のんびり屋だからねえ」
やれやれ、とため息を吐いて、ローブの人影は、肩をすくめる。
「ま、行ってみようか」
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
新しいのをはじめました。
DE&FP&MA⇒MS
https://ncode.syosetu.com/n1890if/