第10話:嵐の前の武器集め
モリヒトは、地面に大の字で倒れていた。
両手の双剣は手放し、全身で息をしている。
汗はとめどなく流れ落ちるが、一方で背筋にはいまだ寒気が走っている。
その原因となった男は、汗一つかかないままに立っていた。
「なんというか、あれだな」
そんなモリヒトを見て、セイヴはくかか、と笑った。
「貴様には、どうやら剣の才能はない」
「言われなくても分かってる・・・・・・」
まだ息は荒いまま、モリヒトは応えた。
本当にひどかった。
大剣を振り回すセイヴは、モリヒトの攻撃は紙一重でかわし、逆にモリヒトに対しては紙一重の攻撃を繰り返した。
ちょっとずれたら下手をすると首が飛ぶ、というような斬撃を何度も食らって、モリヒトの全身は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
「心構え云々はともかく、見た目はある程度様になっているだけに、受けてみるとすさまじくがっかりする」
「がっかりて・・・・・・」
何とか呼吸が落ち着いてきて、ようやく上半身を起こしたモリヒトに、セイヴは言葉通りにがっかりした口調で告げる。
「見た目だけ、はったり。まさしく、そんな感じだったぞ」
「しょうがないだろ? イメージトレーニングはできても、実際に剣に触れる環境なんてもんは、あっちの世界にそうあるもんじゃない。まして、双剣じゃな」
一番近いのが剣道だろうが、あれだって、二刀流はあまりない。
まして、モリヒトは剣道はしたことがない。
「ふむ。・・・・・・まあ、貴様の戦闘は魔術が基本だろう? ならば、剣で自分を斬らないように、その程度に修めておけばいいだろう」
セイヴは言って、手に持っていた剣を軽く振るう。
重たいはずの大剣だが、セイヴは肩てで軽々と振るう。
その度、重たい大剣に斬られた風が、ぶおんぶおんとモリヒトの前髪を揺らした。
「もともと、レッドジャックは、攻撃向きの剣ではない。刃は根元を重くし、柄を長くすることで手元に重心を近づけて、長さの割りに取り回しがいい。刃の材質は、炎鉄を使っているから、軽い割りに頑丈だ。それで敵の攻撃を防ぎ、カウンターで魔術を叩き込む。そういう戦い方を選べ」
「選べって、命令かよ、おい・・・・・・」
「俺様が言うことだ。常に正しい」
うんうん、と頷き、セイヴは懐から時計を取り出した。
「とはいえ、全力で動いて二時間。スタミナは中々だな」
息一つ乱さず、セイヴは訓練場の端に置かれた椅子に向かう。
「この世界に来てから、体力はついたと思うよ。特にスタミナは結構増えた」
息も整ってきたモリヒトは立ち上がった。
ぐいぐいと腰を曲げ伸ばしして、冷えて固まった体をほぐす。
「どうぞ、お水です。はい」
「あ、ありがとう」
ルイホウの差し出す水を受け取り、一口飲みこんでから、セイヴの方へと視線をやった。
「魔力の有無の違いだとは思うんだけどね」
椅子に腰を下ろしたセイヴには、リズが水を差し出している。
「ふむ。あまり納得はできんな」
セイヴはリズが差し出した水を受け取りながら、顎に手を当てて唸る。
「魔力の有無は本人の資質の問題だ。世界が変わったからと言って、いきなりその効力が現れるというのは、考えづらい」
「む? ということは、ユキオとかアトリとかアヤカとか。高い魔力を持ってる連中は、あっちの世界でも持ってるし、その恩恵はあったはずってことか」
だとすると、
「あれ、俺の体力上昇は一体どこから来た?」
魔力を元の世界にいたときから持っていたとするなら、モリヒトも同様だ。
だとするなら、モリヒトの身体能力は前の世界とそう変わるものではないはずだ。
「それもまた、貴様が巻き込まれのイレギュラーであることに由来するかもしれんな」
「ははは。それで全部説明つくなら、楽でいい」
軽く笑う。
巻き込まれのイレギュラーというが、それだけが本当にモリヒトがここにいる理由なのか。
時折そう考える。
その考えを消すように首を振った。
「もしかすると、俺の不幸体質もそこにあるのかね・・・・・・?」
ぽつ、と漏らしたモリヒトの呟きに、セイヴは眉を潜めて顔を上げた。
「・・・・・・不幸体質?」
「・・・・・・正直、不幸と呼んでいいのかは分からないんだけどな」
んー、と腕を組んで唸る。
「幼い頃は、悪魔憑きって呼ばれた。俺の周囲でだけ、何か起こるから」
「何か?」
「物が落ちてくるなら俺の上。何もないところでも俺がいれば火事が起きる。風が吹けば何か飛んでくる。通り魔が現れるなら、巻き込まれるのは俺。みたいな?」
よく分からん、と首を傾げる。
ただ、何か起こるなら自分の周り、というのは、幼いころからモリヒトが体験してきたことだ。
「区別つけづらいんだよ。人生万事塞翁が馬なんてことわざもあるが」
「何ですかそれ? はい」
「俺の世界の故事から生まれたことわざ。由来は面倒だから省くけどな、人生では何が幸いで何が不幸かなんぞ分からん、という話。・・・・・・ただ言えることは、俺の人生、平穏とは程遠い、ということだな」
やれやれ、と肩をすくめ、モリヒトは手の中の双剣をふと見た。
「ルイホウ。これ、どうやって持ち運ぼうか?」
「後で、剣帯を用意しましょう。はい」
「そうしてくれ」
ふとモリヒトが横を見ると、エリシアがじっとこちらを見ている。
「どうかしたか?」
「不幸体質、ですの?」
「ん?」
何かを言いたげな、だが何も言うことがないとでもいうような、なんとも複雑なものを含んだ表情だった。
首を傾げると、セイヴから声が飛んできた。
「ああ。エリシアは、貴様と正反対の幸福体質だからな」
「何それ?」
「文字通りの意味だ。エリシアの周囲では、エリシアにとって都合のいいことが起こる」
「・・・・・・なるほど」
ふーん、と見下ろす。
正直、よくわからないことではある。
だが、とりあえず、その小さな頭を撫でてみた。
「何ていうか、幸福も不幸も、多すぎず少なすぎずがいいよなあ・・・・・・」
しみじみ呟くと、エリシアが驚いたような顔をする。
「・・・・・・モリヒト様は、幸福の方がいいんじゃないんですの?」
「全部幸福だと面白くない。というか、不幸を楽しいと思えないと、俺の人生やってられんしな」
ははは、と笑う。
そうすると、エリシアもくす、と笑った。
「そう思えれば、楽しそうですの」
** ++ **
テュール異王国には、独自の文化がある。
異世界から召還される王やその守護者達により、様々な文明が与えられるためだが、それだけに様々なものが混ざり合い、訳の分からない文明になってしまった時期があった。
何代か前の王が、自国の文化の混沌さを見て嘆き、ある程度の統一を行ったことで、現在のテュールの文化は、ある一定の方向性を持ちながらも、異なる文化を受け入れる懐の深いものとなっている。
もっとも、その王は、文化的には優れていても、政治的にも経済的にも軍事的にもまるで王の才能がなかったため、当時のテュール異王国は相当に落ち込んだりしたが。
それはさておき。
そういった文化とは別に、テュール異王国、という土地だから発展したものもある。
それが、武具だ。
異世界との境界に近い影響下、太い地脈の上にあるためか、あるいは他の要因か。
テュール異王国に生息する魔獣は、他地域に比べると、強い。
それでいて、強大なオルクト魔帝国の庇護下にあるテュール異王国は、他国との戦争というものをほとんど経験したことがない。
そのため、対人より、対魔獣に注力した武具が大きく発展したのだ。
王都を歩くアトリは、武具の並びを見て、ライリンから説明されたことを実感していた。
「確かに、どこか対人には不向きな形状が多いわね」
並ぶ武器の傾向は、基本的に一撃必殺に傾いているように見える。
正確に言うと、武器同士による打ち合いをある程度度外視している、ということだ。
相手が武器ではなく、爪や牙を使う前提だからこそ、相手に対し、効率的にダメージを与えるように、武器が発展しているのだ。
それに対し、防具は軽い。
人間が纏える程度の重装甲では、魔獣の一撃を防ぐことは難しいからこそ、受けるのではなく、避けるための防具が発展しているのだろう。
思えば、この国の騎士達の纏う鎧も、全身を覆ってはいなかった。
「まあ、藤代の流派に通じる部分は大きいけど、それでも、武器がちょっと大型過ぎるのよねえ・・・・・・」
そう言いつつも、アトリの手には、一振りの刀がある。
赤い漆に似た質感の鞘に納められた刀である。
大きさとしては、土産屋に売っている木刀程度だが、アトリとしては最も使い慣れた大きさだ。
こういう刀の製法も、王によってもたらされた知識らしい。
ちなみに、テュールではあまり刀は人気がない。
理由としては、単純に脆いからだ。
刀の製法を基礎として刃を鍛え上げた、クレイモアやバスタードソードの方が、はるかに人気がある。
実際、名のある鍛冶師は皆、大型で重量のある武器をメインに製作している。
鎧に体力強化魔術を組み込むこともできるから、大型の武装でもあまり動きが鈍らない、というのも、大型の武器が主流となった理由だろう。
だからこそ、王都の市場をうろうろと歩いても、表通りの方だと刀や太刀を扱っている店というのは少ない。
だから、裏通りに入っていくことになる。
先に訪ねた王家御用達の武器屋の紹介を受け、刀も作れる鍛冶師のところまで行くところだ。
たまたま見つけた刀を即金で購入しているが、驚くほど安かった。
需要がないことと、魔術によって工程をある程度簡略化できるためだろう。
ついでに言うと、あまり質はよくない。
ないよりはマシ程度のできである。
「・・・・・・で、ここを右に曲がる」
教えてもらった道順で通った先だ。
「でも、こんな街中に鍜治場なんて作れるのかしら?」
首を傾げつつ、小さな看板が下げられたドアを叩く。
「・・・・・・は~い」
どこか間延びした返事が聞こえた。
ドアが開き、小柄な初老の女性が出てきた。
「あらあら? こんな若いお嬢さんが、こんなところにいたら危ないわよう?」
にっこりと眼が見えなくなるまで細めて笑う女性は、穏やかで好感が持てる。
「あの? ここでなら、刀が打って貰える、と聞いてきたのですけど」
「刀?」
首を傾げ、女性はアトリが手に持つ刀を見る。
「もう、持っているようだけれど?」
「これは、質が悪いですから」
「ふうん・・・・・・」
じい、と女性の目がアトリを見る。
「・・・・・・まあ、こんなところで立ち話もないわよねえ。お入りなさいな」
招かれ、アトリは中へと入るのだった。
** ++ **
くっくっく、と笑う男がいる。
白衣を着た男だ。
白衣の左胸のポケットには、羽を背後に持つ頭の丸い十字のエンブレムがある。
それは、世界に広く信仰される精霊信仰のシンボルだ。
白衣の左胸にあるのは、黒の羽と、黒が混ざり合う白の十字である。
テュール異王国首都、王都『テュリアス』の正門より東へ十キロほど離れた場所だ。
王都周辺に広がる森の中だ。
オルクト魔帝国から連なる地脈から僅かに外れた場所ではあるのだが、そこは流れの溜まりとも呼べる場所でもあった。
そこは日当たりもよく、土壌の質も高いというのに、なぜか草木一本生えていない場所だった。
動物の気配すら弱い。
専門家の間では、竜穴と呼ばれる場所であり、探そうと思っても、そう見つかるものではない。
場所が珍しいのではなく、地脈から溢れ漏れる魔力が、一種の結界のような効果を持ち、周囲に生命を近づけないのだ。
だから、偶然で近づけるような場所ではない。
白衣の男がいるのは、探し、見つけ、近づいたからだ。
男の背後には、巨大な土くれの人形がいる。
土くれの人形は、持っていた箱を、大きく振り上げた。
両手に持った箱を、まるで天へと捧げるかのような姿勢で静止した人形を見て、男は懐から白い布を丸めた何かを取り出す。
「さて、始めるか」
下手投げで、軽く放り、後ろへ下がる。
竜穴の広場の境界を越え、森の中へ入った男の視線の先、広がった布は風にたなびくような動きで、土くれの人形の周囲を囲んでいく。
そして、端と端が触れ、円となったとき、人形の捧げた箱が開いた。
「・・・・・・理論的には、これでいけるんだが・・・・・・」
男は、さらに取り出した布を、今度は左手へと巻きつけていく。
「―ベリガル・アジン―
力よ/流れ込め/われわれは/更なる高みを/目指すものなり」
布を巻きつけた左手を、地面へと叩きつける。
箱の蓋が弾け飛んだ。
人形の手より離れ、わずかに浮かんだ箱は、その後、内部から爆散した。
箱の中にあった珠が、ゆらゆらと妖しい光を放ちながら滞空し、その光に触れた土人形が、少しずつ解けるように砕けていく。
そして、内部があらわになる。
そこには、茶髪に赤髪の混じった少女が、眼を伏せて埋まっていた。




