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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第7章:白という
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第5話:報告書

 調査報告書がある。

 タイトルは【『竜殺しの大祭』における結果報告】。

 新王であるユキオの最初の仕事となった、『竜殺しの大祭』で起こった出来事をまとめたものである。

 通年であれば、紙一枚にまとめられる程度のものだ。

 だが、その報告書は、非常に分厚かった。

 言うまでもなく、それほどの事件が起こったためだ。

 結果として、報告書の最終版が上がるまでに、かなりの時間がかかることになった。

 今年の『竜殺しの大祭』が終わった後、ようやく去年の報告書が上がってきている。

「・・・・・・」

 その内容を確認しながら、ユキオはため息を吐いた。

 この『竜殺しの大祭』で、もっとも大きな被害が出たのは、儀式場である。

 人的被害は、実はそれほどではなかった。

 テュールとオルクトが会場を警護していた関係もあって、来賓となっていた者たちは、多少怪我をしたものがいるにしても死者はなし。

 襲い掛かってきた魔獣はいたため、それと戦った兵たちに多少の被害が出た、とはいえるが、そちらも大した被害は出ていない。

 儀式に参加していた巫女衆たちについても、魔力の過剰使用により意識を失ったものは多いが、後遺症を残すような被害を受けたものはいない。

 このように、人的被害で、回復できないものは何もなく、あっても数日すればすべて回復してしまうようなものばかりだ。

 一方で、儀式場の被害は、甚大であった。

 何せ、『竜殺しの大祭』の儀式場は、下に敷き詰めた敷石から、建てられた柱達を含め、構成する材料のほぼすべてが、魔術具としての性質を持っている。

 ヴェルミオン大陸でも硬度が高い、黒の山の石を使って作られているとはいえ、破損しないわけではない。

 潮風の吹き付ける岬の突端にある施設のため、風雨にさらされる結果による劣化もそれなりには激しいが、先の事件での被害はその比ではない。

 まず、『竜』の現出。

 これが通年のものとは異なっていた。

 通常であれば、『竜』の形状は、せいぜいで立ち上る雲か風が、そのように見える、程度のもので済む。

 ところか、あの儀式では、はっきりと『竜』の形が見える形で現出した。

 これは、儀式の実行者であるユキオの影響も大きい。

 『竜』ということで、そういうイメージを抱いてしまった結果だ。

 これに、数年分の累積した魔力と、ベリガル・アジンが施した細工、さらに、ジュマガラが行った儀式の影響などが絡み合い、あのような結果になった。

 この『竜』の出現は、儀式場が想定している魔力の許容量を大きく上回った。

 儀式場を構成する魔術具は、これによってオーバーロードしたのだ。

 さらに決定打となったのは、オルクト魔皇帝セイイヴと、モリヒトとがぶつかったことだ。

 セイヴもモリヒトも、ウェキアスを超えて、アートリアを使い、さらには『流域』の発現にまで至っている。

 まず、セイヴの攻撃力の過剰さ。

 ヴェルミオン大陸最硬といえる黒い石も、セイヴの火力ならば破壊できてしまう。

 直接向けられたものではないとはいえ、その影響だけでも被害は甚大である。

 だが、直接的な被害をもたらしたのは、モリヒトだ。

 モリヒトのウェキアス『花香水景蓮花』の能力は、モリヒトの能力の拡大だ。

 『流域』を展開すれば、その内部では魔力が吸収される。

 この能力により、儀式場を構成していた魔術具は魔力を奪われて機能不全を起こした。

 その状態で、セイヴの炎を攻撃を受けたわけだから、それは壊れる。

 もっとも、たとえセイヴの攻撃がなかったとしても、魔力を全部吸われた魔術具など、もう一度魔力を注いでも上手く動くかどうかわからないから、結局は総点検になっただろうが。

「・・・・・・はあ」

 頭を抱えるのは、その補修についてである。

 『竜殺しの大祭』は、一年に一度、必ず行うものだ。

 そのため、今年の『竜殺しの大祭』を行うにあたり、儀式場の補修は最重要事項だった。

 幸い、費用に関しては、セイヴが暴れたため、ということで、オルクト側が大半をもってくれた。

 オルクトとしても、『竜殺しの大祭』が行われないのは困るから、これは必要なことではある。

 とにかく、最優先で補修作業を行い、なんとか機能を取り戻したのが、『竜殺しの大祭』が終わってから、十か月後のことである。

 無事に儀式を実施し、今年は無事に終わったことで、関係者全員胸をなでおろしたことは、記憶に新しい。

「でも」

 報告書をめくる。

 前半は、『竜殺しの大祭』を実施するにあたり、重要度が高い報告。

 後半は、そうではない報告事項だ。

 すなわち、あの事件において、唯一の行方不明者についての報告である。


** ++ **


 報告書をめくる。

 モリヒトの行方不明に関しては、不可解な点が多い。

 同じ場にセイヴがいたが、モリヒトだけが消えた。

 セイヴに一切関知されることなく消える、という点が、異常事態である。

 アートリアであるリズもまた、モリヒトの消失は感知できていない。

 考えられた可能性は、三つ。

 一つ目は、『竜殺し』の衝撃によって吹き飛ばされ、周辺の海などへ落下したのではないか、という可能性。

 こちらに関しては、儀式直後から、オルクトの飛空艇を利用して、周辺一帯の捜索を行っているが、見つかっていない。

 これ以上は探しても見つからないだろう、ということで、七日の後に捜索は打ち切られていた。

 二つ目は、『竜殺し』の衝撃なりなんなりによって、跡形もなく消滅した可能性。

 ただ、こちらは可能性が極めて低い。

 もし仮にこれだとして、同じ場にセイヴがいたのに、セイヴの方は無傷なのだ。

 あり得ない。

 そして、一番可能性が高いと思われている、三つ目。

 それが、『竜に飲まれた』ということだった。

 可能性としては最も高く、そして、救出の可能性は限りなく低い。

 この場合の『竜に飲まれた』は、その存在が地脈に溶けてしまった、という状態を指す。

 地脈に流れる高濃度の魔力に、存在そのものが溶けてしまった場合、元に戻すのはほぼ不可能である。

 かつて、モリヒトが腕を落とした際、腕は地脈に溶けて消えた。

 あの時も、モリヒトの腕は再生魔術によって戻し、地脈に溶けた腕に関しては取り返すことはできていない。

 それでも、ただ地脈に溶けただけならば、まだ可能性はあった。

 救出の可能性を、限りなく低くしている要因は、『竜殺しの大祭』という儀式にある。

「・・・・・・界境域の外にはじき出された、か」

 ふう、とユキオはため息を吐いた。

 『竜殺しの大祭』は、地脈に溜まった澱みを界境域の外へと吹き飛ばすことで、世界の外を通って、真龍の元で戻る魔力の流れを正常化することにある。

 そのため、仮にモリヒトが地脈に溶けていた場合、『竜殺しの大祭』によって、界境域の外、つまりは、世界の外へと弾き飛ばされている可能性が高い。

「私がいるんだけどねえ」

 それでも、異世界から召喚を行うことは可能なはずだ。

 ユキオ達のような、異世界から来た者はいるのだから、そのための手法もある。

 だが、

「モリヒトだけをピンポイントで狙えない、と」

 モリヒトを、この土地に呼ぶだけの縁がない。

 モリヒトがこの世界に来た時に持っていた荷物などは保管されているが、仮にそれで召喚を強行したとしても、物品の類では縁が弱いために呼べない可能性が高く、仮に成功したとしても、狙い通りにモリヒトがくるとは限らない。

 もしもうまくいってモリヒトを引き当てたとしても、今度はこちらに引き寄せる力が弱くて、モリヒトが世界の間に消える可能性がある。

 つまりは、八方ふさがりだ。

「・・・・・・」

 この報告は、つい先日、結論が出た、として提出されたものである。

 末尾には、報告書の作成者として、『ルイホウ』の名が、小さく記されていた。


** ++ **


「んー・・・・・・」

 今までいた大陸とは異なる空気を吸って、大きく伸びをする。

「やれやれ、こっちに来るのは久しぶりだねえ」

 周囲に何もない、切り立った崖の上。

 下には、海がある。

 そんな場所で、海風に吹かれながら、遠目に若紫色の山を見た。

「さて、何か、身になる話でも聞ければいいのだけれどね」

 帽子の位置を手直しし、白に、赤と蒼と金の色の混じった髪色をした女は、軽い足取りで歩き出すのであった。

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