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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第7章:白という
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第3話:情報整理

 その後の話。

 何もない。

 モリヒトは、そのままクルワを連れて、『守り手』の領域から撤退した。

 もともとモリヒトの立ち位置は、領域の外に近い場所だった。

 咆哮の衝撃で動きが悪くなったクルワを、血のような水で弾き上げた後、そのまま領域の外へとはじき出した。

 とはいえ、それに集中していれば、いくら領域の境界に近いとはいえ、『守り手』も迫ってくる。

 その速度は速く、迫る様は、それこそ大型の車両が猛スピードで突進してくるがごとくだ。

「―サラヴェラス―

 力よ/水になれ/水よ/壁になれ」

 地脈を流れ、地表へ溢れる膨大な魔力の一部が水になる。

 それが、壁となって、立ちふさがる。

 壁、というより、もはや巨大な立方体だ。

 透明な水ではなく、やはり血のような赤い水の壁だが、壁は壁だ。

 水という液体でありながら、その壁は『守り手』の突進を受け止める。

「なんだっけか? 水は、なんだかんだ、衝撃には強い、と」

 急には止まれないのか、頭から突進の勢いのままに水の塊へと突っ込んだ『守り手』は、内部でもがいている。

「はい。撤退撤退」

 ともあれその隙に、モリヒトはクルワを連れて逃げた。


** ++ **


「何あれ? くっそタフなんですけど?」

 安全圏まで離脱して、モリヒトは遠目に『守り手』がいる方向を睨んで愚痴った。

 ここは、挑む前に作って置いた休憩所だ。

 休憩所、と言っても、崖に小さく穴を掘り、そこに戦うには邪魔になる荷物を放り込んで、布をかけただけの場所だ。

 そこから水筒と弁当を取り出して休憩中である。

 周囲には、若紫の石片をまぶした布でテントのようにしているので、魔獣などに見つかる心配はほぼない。

 事前に、結果がどうなろうと、一度は戻ってくることにしていた休憩所だ。

 クルワと二人、モリヒトは、戦況を思い出している。

「そうねー」

 まだ耳鳴りがするのか、頭を押さえつつ、どこかふらふらとした様子のクルワが力なく同意する。

「雷とか火とかは、効果ないしよー」

「アタシの魔術じゃ効果ないのよー」

「どうみたよ?」

「全身の毛が、もう天然の鎧ね。硬いのなんのって」

 ふう、とクルワはため息を吐いた。

「単純な斬撃だと、毛に絡んで止まる。その下の皮もすごい硬いんだけど、毛で速度を殺されて、皮で受け止められると、その下にダメージ入れるのって、すごい難しいわ」

「魔術の通りも悪い。雷は、内部貫通させるつもりで撃ったけど、ダメージ入ってなかったぽいしな」

「火もダメ。なんとなく想像はしてたけど、あの毛、石綿みたいで、火にはめっぽう強いみたい」

 まあ、わかってたけど、とクルワはぼやいた。

 そのことに、モリヒトは首を傾げる。

「この辺りに生きてる魔獣なのよ? 他の獣を見ても、熱と乾燥に強いのばっかりなの」

 これは、この辺りで獣を狩ることがあるクルワならではの感想だろう。

「あのワニは?」

「あれは、多分、この辺の魔獣じゃないんじゃないかな? だから、普通に火もいいダメージ入ってたし」

「・・・・・・そういえば、この剣とか、あれから出てきたって言ってたか」

「なんか気になることでも?」

 クルワに言われて、モリヒトは、ゼイゲンをアバントから手渡された時のことを思い出す。

「これ、なんかの魔術を使って、あの魔獣の心臓に刺されてた可能性がある、と」

「それが? たとえば、どこかのハンターが、魔獣討伐ミスって、刺したまま持っていかれた、とかあるんじゃないの?」

「爺さんが言うには、これは、そういうのじゃない可能性が高い、とさ」

「そういうのじゃない・・・・・・?」

「要は、あのワニをどうにかするために、魔術を発動した状態で、ワニに刺されたものである可能性ってやつ」

 アバントがなぜそう思ったのか、と言えば、

「ゼイゲンは、戦闘用としては、ちょっとバランスが悪いんだとさ」

 発動体としての、つくりの問題であるらしい。

 発動体は、魔術を発動するために必要なものだ。

 だが、戦闘用に用いるのか、あるいはその他の用途で用いるのか、で、適した形状、というのは変わってくる。

 戦闘用なら、武器として使いやすい形が最初にくるものだ、と言う。

 例えば、戦闘用以外にも、工芸や鍛冶などで使用される魔術もある。

 だが、そういう用途で使用する発動体が、剣の形をしているわけもない。

「爺さんに見立てだと、この剣は、戦闘用というより、祭事用か、もしくは特殊な魔術の発動用らしい」

「特殊な魔術って?」

「魔術を、刺した対象にかける場合、とかだな」

 ゼイゲンを見せる。

「これ、この辺りじゃ珍しい剣だ」

「なんで?」

「黒い」

「・・・・・・ああ」

 この大陸でいい性能の発動体を作ろうと思った場合、この山で取れる若紫色の鉱石を使用する方が簡単だ。

 それを、あえて黒い鉱石を素材に使っている。

 もしかすると、この大陸ではなく、黒の真龍のいるヴェルミオン大陸から持ってきたものなのかもしれない。

 ともあれ、

「これ、暗いから見えにくいけどな」

 ゼイゲンの刃を、モリヒトは撫でる。

「分かるか?」

「ん?」

 クルワも同じように、刃を指先で撫でて、

「・・・・・・溝?」

「使い方としては、毒とかを流し込むんだとさ」

「・・・・・・あらー」

 発動体の形状には、意味がある場合がある。

 こういう毒を流し込む形状は、刺した相手に魔術効果を流し込む、というイメージを強化できる、という。

 イメージを強化するためなら、どんなものでも、効果はある。

「魔獣相手に、ふつうの毒はまず効かない。発動体にこういう形状を仕込むなら、それ相応の目的があると推測できる」

 もしかすると、

「あのワニの魔獣は、こいつで刺されて、魔術を流し込まれたせいで、ああなった可能性もある、だろうだ」

 だから、この山で生息していない魔獣が、この山に現れたのかもしれない。

 それはともかく、

「まあ、今は『守り手』のほうだな」

「うん」

 顔を突き合わせて、相談する。

「どうする? もう一回いってみるか?」

「情報の整理しないとダメ。無策で挑んで勝てる相手じゃなかったってこと」

「・・・・・・小屋に戻るか?」

 モリヒトとしては、今日ここで突破できなくてもいい、と思う。

 情報は得たわけだし、一度帰ってから考えるのもありだ。

「一回整理して、その情報を元に、もう一回くらいいってみたい」

 クルワの希望を聞いて、モリヒトは、わかった、と頷いた。


** ++ **


「とりあえず、炎と雷はだめだ」

 これは、もう確定だ。

 雷と火では、ダメージにならない。

 もしかしたら、内部を火で焼く方は、うまくくかもしれないが、刃が通らないらしい。

 そこまで思って、先ほどの戦闘を思い出す。

「クルワ。一応、斬れてたじゃん?」

 攻撃を入れていた間、時折クルワの剣が切っているように見えた。

「・・・・・・薄皮一枚って感じだけどねー」

 クルワとしては、不満のある戦果らしい。

 だが、ダメージを与えることができる、という点では朗報だろう。

「でも変なの」

「なにが?」

「最初に斬りかかった時は、全然刃が通らなかったのに」

「後から斬れるようになったってことか?」

「そう」

 ふむ、と考える。

 雷で弱った、というのは考えにくい。

 炎が効いた、というのも、石綿みたい、というクルワの感想を考えると、ないだろう。

 あとは、

「水?」

「・・・・・・水気を吸って、毛が切れるようになったってこと?」

 ふむ、と考える。

「この辺り、雨とか降らないしなあ」

 モリヒトが、この山で生活するようになって以降、水気は井戸くらいしかなく、雨などは一切降っていない。

 だとすると、

「あいつ、水気に弱いのか」

「可能性ありかも?」

 ふむ、と互いに頷き合う。

「で、モリヒト」

「おうよ」

「水、どのくらいいける?」

「正直、あんまり大規模なのはやりたくない」

 できるけど、とは口にしない。

 周囲に大量の魔力が満ちている。

 これを利用すれば、周辺一帯を雨にするくらいはできるかもしれない。

 ただ、あまり大規模な魔術を使う場合、サラヴェラスの副作用が怖い。

 影響はほぼないし、無効化できるとはいえ、大規模に魔力を流すと、意識の集中がむしろ行き過ぎる。

 その結果として、許容量を超えた魔力を行使してしまうかもしれない。

 そうなった場合の反動で、命を落とすことは十分に考えられる。

「俺にできることと言えば、せいぜいで、水の球作って当てるくらい?」

「あの毛を塗らせるなら、問題なくいけるでしょ」

「・・・・・・了解」

 じゃあ、それでいくか、とモリヒトは頷いた。

「モリヒトが相手を濡らす。アタシは、火は使わずに、とにかく斬りかかってみる」

「・・・・・・水かけたら、雷効くかね?」

「可能性はあるんじゃない?」

 弱点一つ見つけだだけで、もう一回試し直しか、とため息を吐いた。

 ともあれ、

「もう一回、いってみよう」

「へいへーい」

 テンションの高いクルワの誘いに応じて、モリヒトは立ち上がる。


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