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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第6章:山水の廓
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閑話:ある町の片隅で

 こん、こん、と、槌をうつ音がする。

 かり、かり、と鑿が石を削る音がする。

 一抱え程の大きさの石に、鑿が当てられ、槌が打たれ、削られていく。

 石は硬い。

 だが、石は石だ。

 彫って彫れないものでもない。

 一抱え程の石は、一つ鑿で削られるたび、少しずつ形をあらわにしていく。

 それは、獣の形をしていた。


** ++ **


 若紫色の真龍の座所である、山。

 その周辺地域には、山から算出された石を加工する職工都市がある。

 その内の一つ、石都『ルブルベアナ』。

 作り上げるものの多くは、算出された石を利用した日常的な道具が多い。

 大陸で日常的に使われる素材、というのは、やはり真龍の座所に由来するものが多い。

 たとえば、ヴェルミオン大陸の場合。

 漆黒の真龍の座所である、黒の御山の周囲には、黒の森、と呼ばれる巨木の樹海が存在する。

 そこから取得される素材は、樹木だ。

 だから、オルクト魔帝国では、日常品には多く木材が使用される。

 山に登れば石を取れなくもないのだが、森の方が広大だし、山から石を切り出すのは非常に手間だ。

 黒の御山は、かなり切り立った峻厳な山であることや、森に住まう『森守』の一族との協力関係もあって、木材の供給の方が安定しているのだ。

 一方で、カラジオル大陸の場合は、というと、石材が中心になる。

 若紫色の真龍の座所は、かなり広大な石の大地だ。

 砕けた石などが転がっていることも多く、また、石切り場も多い。

 逆に、山の周囲には森などは少なく、少ない森林地帯は魔獣の生息域となっており、危険な場所だ。

 そうなると、あまり多くの木材は取れない。

 それもあって、石を使うことが多い。

 包丁の柄や、ペンの軸、他にも様々なところで、石は使われている。

 それだけ、硬いのだ。

 それなりの石でも、鉄より硬い、というのはままある話。

 さらに言うと、若紫色の石を加工し、その硬度や柔軟性を上げる技法、というのも、伝統技術の一つして伝わっている。

 それもあって、石を使ったものは、日常に広く浸透している。

 そういう石細工、というか、日用品を扱う店がある。

 当然、扱う店があるなら、作る工房もある。


** ++ **


 大き目の街の一角に、石細工を作る工房があった。

 一人の老人が構える工房だ。

 普段は主に、石を使った飾りを作っている店である。

 作っているのは、指先に乗る程度の小さなものだ。

 それをボタンやカフスなどといったものに加工している。

 あとは、石の台座に、金や銀などを貼って飾りとしてしてやれば、それ相応の見栄えになる。

 そういうものを作っている工房である。

 その工房の最奥の一角である。

 普段、工房主である老人は、表側の工房で弟子への指導をしながら、自分へ来た注文の品を手掛けている。

 そして夜になると、奥まった、人一人が座るのがやっとなような大きさの作業場で、一人静かに石を彫って、像を作っている。

 売り物にするわけでもなく、出来上がったものは、工房の外の庭に、雑然と置かれている。

 像を彫る老人の顔は、普段の好々爺としたものでもなければ、弟子たちに厳しく当たる一人の職人としてのそれでもない。

 追い詰められたような、あるいは、悔いているような。

 ひどく、切羽詰まった顔である。


** ++ **


「失礼」

 その日は、月のない夜であった。

 か細い蝋燭の明かりを頼りに、老人は像を彫っている。

 そこに、作業場の入り口から、声がかかった。

 若い男の声だが、奇妙に甲高い響きがあり、あるいは作っているようにも聞こえる。

「・・・・・・なんじゃい。お前さんか」

 老人は、入り口に立つその人物を一瞥し、また像を彫る作業へと戻った。

「ご無沙汰しております」

「そうじゃの。ずいぶんじゃった」

 慇懃無礼、という形容が合いそうな口調の男に対し、老人の口調は低く平坦だ。

 老人は、男に対してそれほどの興味を持っていないように見える。

「・・・・・・・・・・・・」

「最近は、いかがです?」

「ぼちぼちじゃの。幸い、弟子たちはよう仕事をしてくれるし、わしもこうして、趣味に没頭できておる」

 言いながら、老人は静かに像を彫っていく。

 やはり、獣の像。

 だが、その像に彫られる獣が、この大陸にいないものだ。

 石材から彫られた石像ではあるが、石が特別だからか、あるいは腕がいいのか、精巧なその像は、今にも動き出しそうではある。

「相変わらず、よい腕ですな」

「これで食っておる。当然のことよ」

 驕るような響きはなく、逆に卑屈な響きもない。

 淡々とした、平常の声。

 そして、男が口を開かなければ、老人は男に背を向けたまま、ただ像を彫ることに集中してしまう。

 しばらくの沈黙ののち、一つ、ため息を吐き、男は口を開いた。

「仕事をお願いしたい」

「・・・・・・何じゃ?」

 はあ、という、深いため息の後、老人は応えた。

 男は、おもむろに懐から紙束を取り出す。

「これを、作っていただきたいのです」

 ちら、と男に視線をやり、像を彫る手を止めて、老人は紙束を受け取る。

 ぱらぱら、と流し読み。

 それから、傍らになげうった。

「三日寄越せ」

「かしこまりました」

 そうして、男は消えた。

「・・・・・・・・・・・・ふん」

 気配が遠ざかったことを知り、老人はまた像を彫る。

「・・・・・・まったく、何を企んでおるやら・・・・・・」

 どうでもよいことか、と老人は首を振り、像を彫ることに集中するのであった。


** ++ **


「さて・・・・・・」

 老人の元を辞した男は、夜の街を歩きながら、顎に手を当て、考えていた。

「・・・・・・」

 その隣に、静かに並び歩くものが現れる。

「いかがでした?」

 唐突に並んできたことに驚きもせず、男は問う。

 そして、並んできた影の方は、静かな声で返した。

「まず、件の魔獣ですが、剣は討伐者に回収されたようです」

「そうですか。・・・・・・まあ、モノ自体はいいですからね?」

「回収は?」

「不要でしょう。何の仕込みもありませんから、今はただのいい剣でしかない」

 それより、と男は横に並んだ影に目を向けた。

「『彼ら』は、仕事をしましたか?」

「はい。調査を終え、『何もなかった』と」

「・・・・・・ほう?」

 ぴくり、と男が反応した。

「『何も』、ですか」

「はい。いくらかの壊れた家具類の他は、特に何も残ってはいなかった、と」

「ふむ・・・・・・」

 なるほど、と男は唸る。

「他には?」

「途中、林を通った際にそこに住んでいた魔獣を脅かしたそうですが、こちらは既に収束しています」

「・・・・・・ま、よいでしょう」

「は」

「『彼ら』には、報酬を渡しておいてください」

 言って、男は影に革袋を渡す。

 中で金属の擦れる音がした。

「では、引き続き、『彼ら』とのつなぎを頼みます」

「承りました」

 言って、影は音もなく消えていった。

「・・・・・・なるほど。『何も』ありませんでしたか」

 『何か』あるはず、と行かせたが、すでにない。

 ならば、誰かがそれを持ちだした。

「・・・・・・まあ、しばらくは暇ですし、市場でも見回ってみますか」

 男が動くまでには、まだいくばくか、時間がかかる。

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よろしくお願いします。

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