第6章:エピローグ
「おー」
「うっわ・・・・・・。ひどい有様ね」
ミケイルがサラと合流すると、サラはドン引きした声を出した。
場所は、モリヒト達が出てきた、廃墟アジトの裏口である。
その入り口となった部分で、ミケイルはサラと合流した。
「ただの魔獣相手に、そこまで汚れる?」
「いやいや。ちょっと、懐かしい顔に会ってよ」
へ、とミケイルは笑う。
それから、サラが差し出してきた布を受け取って、身体をぬぐっていく。
どういう魔術がかかっているのか、布でかるくぬぐっていくだけで、血みどろな汚れが落ちていく。
「懐かしい顔って?」
「モリヒトだよ」
ミケイルが口にした名前に、サラは首を傾げた。
「・・・・・・なんで? いなくなったんでしょ?」
「それが、どういうわけか、こっちにいたってわけだ」
ははは、と機嫌よさそうに、ミケイルは笑う。
「機嫌よさそうね? リベンジするの?」
「あ? まだ行かねえよ」
その答えに、サラは意外そうに眼をぱちくりとさせる。
ミケイルの性格ならば、すぐにでも追いかけそう、と思っていたのだが、
「今は、まだ戦う理由ねえしよ。それに、前は負けたからな」
「だから、リベンジなんじゃないの?」
「いやいや。前より強くなったわけじゃねえんだし、今やり合っても、あの時のモリヒトに勝てるイメージねえよ」
互いに似たようなことを思っているとは知らず、ミケイルは口を開く。
「・・・・・・意外。そういう風に考えるんだ」
「当たり前だろうが。いいか? 勝負をしに行くんだったら、前の結果を覆す勝算ってものがねえと、失礼なんだよ」
言いながら、ミケイルは抜け穴の中を覗き込む。
「それより、この奥か?」
「ええ。場所はもらった通り」
「じゃあ、中調べて帰ろうぜ」
「・・・・・・しっかり調べないでいいのかしら」
「モリヒトと会った場所のこと考えるとな、多分、ここ荒らしたのあいつらだ」
根拠としては薄いもので、だが正答を引き当てつつ、ミケイルは奥へと潜っていく。
「だったら、どっかの盗掘屋にやられた、ってことでいいだろ」
「・・・・・・いいのね? 嘘ついて」
「いいんだよ。どうせあいつらにとっちゃ、俺らは他所モンだしな」
大した悪党もいねえしな、と笑いながら、ミケイルは奥へと踏み込んでいく。
「どうせ、捨てたと思ってたアジトだろ。俺らに下りて来てる情報もそんな大したもんねえんだ。仕事も適当でいいんだよ」
「じゃあ、その出会った人達については?」
「報告しねえよ? それで、多少でもおもしれえことになるんならいいが、多分そうはならねえだろうし」
さっさと奥へと進んでいくミケイルの後を追い、サラは首を傾げた。
「でも、もしかしたら、彼女のこと、知ってるかもしれないわよ?」
「・・・・・・あー」
そこまで言われて、一時、ミケイルは足を止める。
だが、また歩き出した。
「まあ、いいさ」
「放っておくのね」
「正直、あっちに関しては、今やる気がねえ」
「やる気の問題?」
「いいんだよ。確かに、こっち渡るのにおっさんの手は借りたし、その交換条件みたいなもんだが・・・・・・」
へ、とミケイルは吐き捨てる。
「そもそも、あのおっさんだって、俺らが捕まえるとは思ってねえだろ」
めんどうくせえ、と吐き捨てて、ミケイルはアジトの探索に入る。
その後ろ姿を見て、サラは肩をすくめ、同じように探索に入るのだった。
** ++ **
「ふむ」
剣を手に持ち、ひゅんひゅん、と振るってみる。
ワニの魔獣の心臓に刺さっていた、とされる黒ずんだ剣だ。
アバントが回収してきた時点では、血の汚れのせいなのか、と思われたが、磨いてみても変わらなかったため、どうやらそういう素材の剣らしい、と分かった。
「どうやら、曰く付きではあるらしいのう」
アバントは、モリヒト達が返ってくるまでの間、この剣のことを調べていたらしい。
「つうか、爺さん、なんだかんだ、発動体とか魔術具のこととか、詳しいのな」
「仕事柄、というやつじゃのう」
拾い屋たちが山で拾う石の何割からは、魔術具や発動体の材料として使われる。
長年そういうのに関わっていると、直接石の採掘に来る職人などもいる。
そういった職人を山を案内することも、仕事のうちだという拾い屋は、長くやっていると、いつの間にか詳しくなるものだ、という。
「まあ、若いころは、手慰みにそちらの方に手を出していたこともあっての」
「爺さん。職人でもあったのか」
「つるはしとか、作ったの儂じゃが?」
「・・・・・・ああ、言われればそうだったね」
あれも、簡易とはいえ魔術具ではあった。
山の環境によって、破壊力が増加するつるはしだ。
「まあ、ともあれ、その儂の見立てじゃと、その剣、ものは悪くないが、曰く付きじゃよ」
「具体的には?」
「さて? なんじゃろうのう・・・・・・」
アバントは、顎髭をしごきつつ、ぼんやりとはぐらかす。
剣を握り、魔力を流す。
だが、特に変化のようなものは感じられない。
「魔術具じゃなくて、完全に発動体か」
「銘が分からぬのよ。よって、今はただの剣じゃな」
発動体において、銘、というのは、魔術を発動するのに必要な発動鍵語でもある。
つまり、これが分からないと、性能は半減だ。
「なんとかならねえ?」
ならねえだろうな、と諦めつつ聞いたモリヒトだったが、アバントはあっさりと頷いた。
「なるぞい」
「なるんかい」
あまりにもあっさりとした回答に、モリヒトは力が抜ける思いだ。
「じゃが、必要かの? そちらには、ハチェーテに、サラヴェラスじゃったか。それもあろう」
「む」
ハチェーテは使いやすいし、サラヴェラスは多少気を付けないといけないが、強力な発動体だ。
魔術具としての性質を解除してしまえば、十分に使える。
「あまり多く抱えておっても、使いこなせんぞい?」
発動体、というのは、持っていればいい、というものでもない。
使うためには、意識して使わないといけない上、素材によって魔術の性質の向き不向きは生まれるものの、基本的に一つ発動体があれば、すべての魔術は行使できる。
とっさに唱えることを考えれば、持つ数は絞って置いたほうがいい、ということはある。
「サラヴェラスは使いづらい。・・・・・・ハチェーテは、どっちかって言うと近接向けで、魔術戦闘には向かない」
まあ、半分は言い訳である。
多く集めたところで、多分使いこなせないにしても、持っていることはそれほど損にはならない。
「・・・・・・あとは、これはなんか使いやすい気がする」
あとは、単純に、ハチェーテが片手でしか持てないことが気になっている。
ハチェーテは、鉈がモデルのためか、柄が拳一つ分しかない。
そのため、両手で振るうのは難しい。
こうなってくると、かつてレッドジャックを使っていた経験もあって、もう片方の手にも剣が欲しくなる。
サラヴェラスはできるだけ使いたくない、という事情を鑑みると、もう一本剣が手に入る、というのは悪くないのだ。
「まあ、お主らが仕留めた魔獣から出てきたものじゃし、お主らのものじゃ。どうしようと、お主らの自由じゃがの」
アバントは、肩をすくめ、手を差し出した。
その手に、黒ずんだ剣を渡す。
「まあ、どうにかなる、というのも、正直、裏技のようなものなんじゃがの」
「あん?」
「何、一回分解して、作り直すのじゃよ。それで、銘は刻み直せる」
「へー。・・・・・・爺さん、そんなことできんのか」
「昔取った、なんとやら、との」
言いながら、さて、道具を出さねば、とアバントは、小屋の奥から道具を持ってきた。
「しかし、これだけ持って、何をするのじゃ?」
「うん? 別に、大したことは考えてねえよ?」
一つは、ミケイル対策だ。
あれがここにいる以上、どこかでまた会わないとは限らない。
こちらを探しているかもしれないし、性格上、また会えば、また戦闘になる可能性は高い。
その時のための、準備をしておきたい。
「それが一つ」
「ほかには?」
「うん」
ちら、とモリヒトは、視線を逸らした。
その視線の先には、クルワがいる。
「こっち来てから、クルワには世話になりっぱなし、だからよ」
頬を指先でかいて、
「ここらで、貸しをいくらか返しておきてえかな、と」
「うん?」
「ほれ。クルワ。もともと『守り手』の領域の向こうに行きたい、みたいな話してたろ?」
「ほう。確かにのう」
ふむ、とアバントは頷いた。
「つまり」
「おう。発動体がきっちりあるなら、俺もなんとかできるかもしれん」
モリヒトは、にや、と笑って見せるのだった。
「俺も、ちょっとあの領域の向こうには興味あるしな」
「ほう?」
「真龍なら、裏技的に、俺の大陸に帰る術を知ってるかもしれんし」
「・・・・・・それはさすがに、高望みしすぎじゃろう」
仕方ないのう、と肩をすくめながら、アバントは鑿と鎚を握り、剣の解体に入るのであった。
** ++ **
ご、と動き、ずず、と擦れる音が続く。
それは、瞼の動きであった。
巨大な目が、静かに一度開く。
それは、どこか遠くをじっと見て、そして、閉じられた。
次回の視点をちょっと変えたいので、キリのいいところと思うここで第6章はエピローグとします。
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