第26話:対策会議
頭を拭いていた布を下ろし、がしがしと髪をかき乱す。
「まあ、その間に入ったやつのものを、もろに浴びちまってな」
「なるほどのう・・・・・・」
入れてもらった熱い茶をすすって、はあ、とため息を吐く。
二人の間に割り込んだ魔獣は、互いに挟んで攻撃した結果、爆散した。
その内容物を互いに浴びたわけだが、
「その直後くらいに、クルワが割り込んできてね」
** ++ **
ぼん、と破裂し、ばっしゃあ、というか、びちゃあ、という音がした。
「ぐあ、け、ぺっ!」
距離を開け、目をぬぐい、口に入った分を吐き出す。
「おお、やっちまった」
ミケイルはミケイルで、同じようにしている。
互いに、びっちゃりとした状態で、
「うお!」
さらに、横からまだ後続が来ている。
「ち、しゃらくせえ!」
体にまとわりついた汚れもそのままに、ミケイルはその迎撃に入った。
モリヒトの方は、しのぐのでやっとだ。
そこに、明るさが来る。
「あ?」
二人が疑問に思ったものの、その明るさは、炎をまとったまま、モリヒトの方へと走り込む。
そのまま、モリヒトとミケイルの間へと走り込むと、炎が散った。
「クルワか!?」
「無事ね? モリヒト!」
「おう」
クルワは、モリヒトの状態を見て、一瞬顔をしかめたものの、そのままミケイルの方へと目をやって、
「で、あっちは?」
「敵」
「そ、じゃあ、助けなくていいね」
「あ? なんだよ!? その女! あれか?! お前のアートリアかなんかかよ!?」
クルワの姿を見たミケイルが、魔獣の迎撃をしながらそんなことを叫んできたが、クルワは取り合わない。
そのまま、クルワは両手の剣を振り上げ、振り下ろす。
クルワの足元を基点にして、炎が噴き上がり、二人の姿を周囲から隠した。
「あ、くそ?! 逃げる気か!!」
「逃げるよ。面倒な」
モリヒトは言い置いて、二人はそのまま離脱した。
** ++ **
「クルワに先導されて、一応魔獣の群れから外れてな。で、距離を取ること優先で走って・・・・・・」
汚れを落とす間もなく、とにかく走った。
そのくらい、林の中での魔獣の暴走がひどかった、というのもある。
ある程度落ち着いたところで、身を隠すことも考えたのだが、
「水もないのに、全部洗い流すとか無理だし? 安全そうな場所まで逃れた時点で、山小屋まで半日ぐらいのものだったしさ」
それで、そのまま山小屋まで戻ってきた、というのは、二人の状況であった。
「一応撒いてきたが、はたして大丈夫かね・・・・・・?」
追跡の形跡はなかったし、何かの痕跡を残すこともしていない。
一応、途中で、『守り手』の領域に踏み込んで、『守り手』と接敵する前に、別の場所から脱出する、というちょっと危険も冒している。
追跡封じ、としては、十分なことをやったはずだ、とは思う。
「あいつ、そこまで追ってこれると思ってるの?」
「ミケイル、ああ、あの男の方な。あっちは、そういう技術はないと思う」
近づいて殴る、がモットーの男だ。
できなくはないだろうが、本職の狩人とか、そういうレベルのものが持っている技量はあるまい。
「ただ、あいつ一人、とは思えないんだよな」
モリヒトが知る限り、ミケイルは、相方の女と二人で行動していた。
そして、ミケイルに足りない技術は、その相方が補っていたように思う。
だとすると、あの相方の方には、追跡の技術があってもおかしくない。
それだけに、モリヒトとしては、この山小屋に襲ってこないか、と不安を感じていた。
「ねー、モリヒトー?」
顔をしかめ、首をひねっているモリヒトに、クルワが声をかけた。
「うん、なんだ?」
「昔の知り合いって、なんでこっちの大陸来てるの?」
クルワやアバントには、モリヒトが地脈のあれこれのせいで、別の大陸からこの大陸に来てしまったことは言ってある。
地脈は、真龍由来の人知を超えた力である、ということもあって、そうなのか、と二人は納得していた。
とはいえ、海を渡る、というのは、基本的に命がけの大事業だ。
オルクト魔帝国では、飛空艇があるからまだハードルは低いものの、他の国だと、国家に認められないと船を出すことはできない。
許可が云々、という話ではなく、国家レベルの予算と技術がなければ、大陸間を航行できるだけの船を作るのは困難である、ということだ。
「・・・・・・あー、なんで、と言われれば、多分、犯罪者だから逃げて来たんだろ」
大陸をまたいで活動している、ミュグラ教団、という組織がある。
ミケイルはそこの所属だから、国家の目をかいくぐって大陸を渡ったとしても、不思議はない。
あるいは、以前聞いた話だと、クリシャなどは単独で大陸間を渡る力を持っている。
魔術で空を飛ぶ、というめちゃくちゃな力技だが、クリシャにはできるらしい。
あるいは、ミケイルのバカげた魔力回復速度なら、それ相応の魔術具さえあれば、単体で海を渡る、という真似も不可能ではないだろう。
「で? それがどうかしたか?」
「うん? だって、あっちの大陸帰りたいんでしょ? そいつら、犯罪者でまともな手段が使えないって言うんなら、アタシ達でも使えるかもじゃん」
「・・・・・・・・・・・・なるほど。その視点はなかった」
モリヒトが、ヴェルミオン大陸に帰る、と決めながら、この山小屋にとどまっているのは、金を稼ぐためだ。
海を渡る手段が見つかっていないとはいえ、大金がかかる可能性は、決して否定できないからだ。
「なるほど。捕まえて聞き出すか」
「物騒じゃの。それに、聞き出せる相手なのかの?」
「・・・・・・あー」
聞き出す、と言っても、手段がない、というのは確かだ。
体は硬いし、回復力は高いし、で痛みは通じない。
かといって、交渉しようにも材料はない。
「それに、その手段は、非合法であろう? だとするならば、逆にリスクの方が大きいだろうて」
アバントの言うことはもっともだ。
ふう、とため息を吐いた。
「ともあれ、あいつがいる限り、あんまり安心はできんなあ」
「先手必勝する?」
クルワが頼もしいことを言ってくれるが、
「無理。俺、あいつに勝てるイメージがない」
結局、そこに尽きる。
モリヒトの体質は、ミケイルにとって天敵ではあるが、対抗は可能なのだ。
ミケイルの体質を完全に無効化するには、それなりに長い時間ミケイルに触れている必要があるのだから。
「あー、面倒くさい相手だ・・・・・・」
「そうじゃのう。そも、その相手、犯罪者でなければ、下手に襲撃をかけると罪に問われるのはこちらとなるぞい?」
「あり得るのか? それ」
「別の大陸で犯罪者であったから、というて、こちらの大陸にその情報はまず伝わらぬよ」
なるほど、と頷いてしまう話だ。
大陸間を渡るのは、困難だ。
だからこそ、海を渡ってしまうと、国家間の交流などほとんどないし、犯罪者の情報のやり取りなどもないと言っていいだろう。
だとすると、海を渡ってしまえば、どんな犯罪者も手配されなくなる、というのは、あり得る話だ。
「あー、つまり、公的などっかに通報しても、相手にされないってことか」
さて、どうしたものか、と考える。
「先手必勝? 山の上でなら、まあ、バレなきゃだいじょぶ」
「物騒だなあ、おい。・・・・・・ともあれ、しばらくは警戒だな」
「慎重ね」
「前にあいつとやり合った時、あいつ大陸で一番強い軍に正面切って一人で喧嘩売ってたんだぞ? おまけに、それである程度被害出すようなこともやってた。・・・・・・そんなやつ相手に、慎重になり過ぎってこともねえよ」
そっかあ、と頷いたクルワは、首を傾げた。
「じゃあ、あいつ、なんでこの山来たんだろ?」
「・・・・・・あいつ、ミュグラ教団の一員らしいからな。その関係だろ?」
「てことは、あのアジトとか?」
「別にアジトあるかもしれんがな」
ともあれ、今のモリヒト達に、その目的は推察できない。
そこまでで、話が一段落ついた、と判断したか、アバントがテーブルの上に布に包まれた、棒状のものを差し出す。
「うん? 何だこれ?」
「まあ、戻ってきたところで、これの話をしておこう、と思っておったのじゃがの」
布を解く。
そこにあったのは、一振りの剣だ。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。