第9話:褒美? 贈り物?
モリヒトは、ぐっと伸びをする。
そのまま、体の曲げ伸ばしを行う。
「おお、何かバキバキいってる気がする・・・・・・」
寝すぎたな、とぼやきつつ、モリヒトはさらにストレッチを繰り返す。
大体いいか、と思ったところで、着替えをして、部屋を出る。
「よう」
「あ?」
部屋を出たところで、隣に赤い少女を伴い、壁に背を預けてこちらを見ている銀髪の美丈夫がいた。
「何か用か?」
首をかしげ、モリヒトは男の名前を思い出す。
「・・・・・・セイヴ、だったっけ?」
「おう。セイヴ・ゼイリス。まあ、セイヴと呼べ」
「モリヒト。それでいいよ」
で、と首を傾げる。
「結局、何しに来たんだ?」
「何、初対面の頼みを聞いて、妹を守ってくれた。しかも、傷一つない。だから礼を、と思ってな」
「・・・・・・」
「? どうかしたか?」
急に黙り込んだモリヒトに対し、セイヴが問いかける。
モリヒトは、ん~、と頭をかいて、
「いや、何ていうかな? 俺が助けなくても、あの子には傷一つつかなかったような気がしてさ・・・・・・」
「・・・・・・ほう?」
セイヴは眼を細めてモリヒトを見る。
「なぜ、そう思う?」
「・・・・・・カン、かな」
「ふむ・・・・・・」
背を預けていた壁から背を離し、セイヴはモリヒトへと近づいた。
その顔にはにやにやとした笑みがある。
どうにも、セイヴの興味をひいてしまったようだ、とモリヒトは思う。
「まあ、それでも、貴様がいてくれたおかげで、妹が助かったのは事実だ」
そんなモリヒトの内心の思いは無視するように、セイヴはリズの手に持っていたものを受け取ると、モリヒトへと差し出した。
「ん?」
「言葉だけでは、どうにも礼をした気にならないからな。受け取れ」
押し付けるように渡され、受け取る。
それは、赤い鞘と赤い柄の、二振りの剣だった。
鞘の大きさから見て取れる刃は、広く、短い。
刃の長さが四〇センチほど。柄の長さが二〇センチといったところか。
「二対一組の双剣型の発動体だ。武器としてもバランスがいいから、素人でも使いやすいだろう」
「・・・・・・いいのか?」
「何、予備として持ってきていたものの一つだ。・・・・・・おっと、予備だからといって侮るなよ? 俺様はいつも最高のものしか持たん」
自慢げな言葉は流して、モリヒトは双剣を受け取る。
見た目ほどは重くない。両方を片手に軽々と持つことができ、それほど負担もなさそうだ。
「発動鍵語は、『レッドジャック』。適正は炎。汎用性だとブレイスに劣るが、炎魔術での威力と精度は大きく上回る。業物だぞ?」
片方を鞘から抜く。
刀身までもが赤いそれは、なるほど、確かに炎を強くイメージさせた。
「・・・・・・二つともないと、発動体としては使えないのか? ひょっとして」
しばらく、その綺麗な刀身に見入った後、は、とモリヒトは我に返る。
そうしてセイヴに視線を向ければ、やはりにやにやとした顔をしている。
なんとなくいらっとして、セイヴの顔から視線を逸らし、鞘へ刃を納める。
二対一組、という説明から浮かんだ疑問をぶつければ、セイヴは軽く首を振って否定した。
「いや、片方だけで十分だ。ただ、両方を同時に使えれば、互いに増幅しあって威力が上がる」
「・・・・・・まあ、もらえるならもらっとくが」
「よし、ついでだ。軽く使い方を教えてやろう。俺様直々にな!」
はっはっは、と笑いながら、セイブは先頭に立って歩いていく。
「・・・・・・はあ」
こっちの都合はおかまいなしか、と思いながらも、ついていかないとダメだろうな、と足を進める。
セイヴの背を追うモリヒトの横に、リズが並んだ。
「何か、機嫌よさそうだな・・・・・・」
横に並んだリズに対し、上機嫌に前を歩く背を指して言えば、
「あえて言います・・・・・・。気に入られましたね」
どこか哀れみのこもった目で見られた。
「・・・・・・そういえば、君の名前は知らないな」
「あえて言います・・・・・・。セイヴ様のウェキアス『炎に覇を成す皇剣―アリズベータ―』がアートリア、リズと申します」
「・・・・・・」
モリヒトは、まじまじとリズを見る。
アートリア、というと、思い浮かぶのはユキオの傍にいる幼女の姿だが、
「・・・・・・タマとは随分違うなあ・・・・・・」
リズは、立派に少女だった。
少なくとも、アヤカよりは年上に見える。
表情は薄く、どこか透徹したものを感じる。
透明さ、というよりは、よく磨かれた金属のような、一種冷たさを感じる表情だ。
一方で、その姿は髪から衣装から真紅であり、熱を発していそうだった。
そのギャップが、リズには浮世離れした美しさを与えている。
「あえて言います・・・・・・。私は、セイヴ様がお生まれになったころよりお仕えしていますので、それなりの年数を生きております」
その姿に感心していると、リズはモリヒトに向かってそう言った。
「やっぱり、アートリアってのは、年月で成長するものなのか?」
「あえて言います・・・・・・。いえ、アートリアの成長は、主の成長と、主がいかにウェキアスの性能を引き出せているかで変わってきます」
「ということは、タマが幼女姿なユキオは、まだまだタマの性能を引き出せていない、と?」
「あえて言います・・・・・・。それはそうでしょう。魔力の扱いを学んだこともなく、専門の教育を受けたこともない。この世界に来て初めてウェキアスを手にしたユキオ様では、我が主との差は歴然です」
無表情で、平坦な声音。
だが、その中にわずかだが、主への賛辞と自慢の色を見て取って、モリヒトはなんとなく口の端が上がった。
「・・・・・・その、『あえて言います・・・・・・。』てのは、口癖かい?」
「あえて言います・・・・・・。セイヴ様のご命令です」
モリヒトは、セイヴを見る。
「・・・・・・セイヴ」
「あ?」
振り返ったセイヴに、モリヒトは可能な限りの冷たい目を意識して向けて、
「自分の持ち物に変な口癖を強要するとか、・・・・・・変態だな?」
「違うわ! 俺様は何の命令もしとらん!!」
何について言われたのか即座に察して、セイヴは声を張り上げる。
「しかし、リズはお前の命令だと言ってるぞ?」
「口癖で、個性でも出してみろとは言ったがな・・・・・・」
やれやれ、とため息を吐きながら、セイヴはぼやいた。
そのぼやきを聞いて、モリヒトは首を傾げて、リズを見る。
「・・・・・・なんでそれ選んだ?」
「まったくだ」
モリヒトとセイヴに見られると、リズは僅かに首を傾げ、
「あえて言います・・・・・・。理由などありません。ただ、個性、というからには誰にも被らない方がいいかと」
「・・・・・・まあ、個性は出てるんじゃないか? なあ、セイヴ」
「妙な同情はいらん」
話を切り上げ、さっさと先へ行ってしまうセイヴを追いかけようとして、モリヒトはふとリズに聞いた。
「セイヴは、どんな主だい?」
「あえて言います・・・・・・。我が主は最強です」
端的で、分かりやすい表現だった。
その一瞬だけ、リズの目に炎の煌きに似た光が走ったように見えた。
「・・・・・・最強、か」
くく、と笑いを漏らすと、モリヒトは双剣を抱え、セイヴの後を追った。
** ++ **
セイヴが向かったのは、モリヒトが魔術訓練にも使っている訓練場だ。
暇なとき、ここでルイホウから魔術訓練を受けたりするわけだが、
「お? 何だ、ルイホウここにいたのか」
訓練場には、先にルイホウとエリシアがいた。
「朝、モリヒト様の様子を見に行こうとしたら、セイヴ様にここの用意をしておくよう、言われまして・・・・・・。はい」
ルイホウは、セイヴに目礼し、モリヒトの傍へと寄る。
「体の調子はどうですか? はい」
心配をしている、と分かる口調で、モリヒトを窺うルイホウに、モリヒトはぐるぐると肩を回して、
「少し固まってる感じがあるな。これからほぐすことになると思う」
「あまり無理はなさらないようにしてください。はい」
「向こうに言え」
苦笑を浮かべ、モリヒトは鍛錬場の中央に立つセイヴを見る。
「モリヒト様。おはようございます」
「エリシア。おはよう」
モリヒトが挨拶を返すと、エリシアはやはり心配そうな顔をする。
「お体は大丈夫ですの?」
「問題ないよ。ちょっと固くなってるけど」
「・・・・・・あの」
「謝罪ならいらんぞ? 俺が勝手にやったことで俺が怪我した。それで謝罪されるんじゃあ、俺の立つ瀬がない」
「・・・・・・あう」
俯いてしまったエリシアの頭に手を置いて、
「そういう時は、ありがとう、な?」
キザなセリフだ、と自嘲しつつも、一度は言ってみたかったセリフに、ちょっと自己満足に浸る。
「あ、ありがとうございましたの!」
頭に置いた手をどけると、勢いよく頭を上げたエリシアが、再度勢いよく頭を下げた。
「どういたしまして、だ」
もう一度頭を撫でて、モリヒトはセイヴのところへ向かう。
「・・・・・・人の妹を誑かすな」
言葉の内容とは裏腹に、表情は非常に楽しげだ。
妹であるエリシアに向かう視線には、慈愛の色も見て取れる。
「人聞きの悪いことを言うなよ」
苦笑し、肩をすくめて答える。
「で? この剣の使い方って、何を教えてくれるんだ?」
レッドジャックの双剣を掲げて見せて、この鍛錬場へ連れてこられた理由を問う。
セイヴも、そちらが本題と思い出したか、顎に手を当てて、一つ唸ると、
「ふむ・・・・・・。少し待て、こちらも武器を用意する」
セイヴは右手を前に伸ばし、人差し指と中指を軽く伸ばした形を取る。
その中指には、琥珀色の珠のはまった指輪がある。
「―クレイアス―
力よ/流れへと接続せよ/この場へと引き寄せよ/この手に剣を」
その詠唱の最後の一節とともに、縦にす、と手を下ろすと、その手の動きに従い線が生まれ、そこに沿って剣が出てきた。
僅かに赤みがかった金属で作られた片手用直剣だ。
柄尻となるところに、指輪と同じ琥珀色の珠が見える。
「造形魔術ですか?! はい」
ルイホウの驚きの声に、ふふん、と得意げにセイヴは返す。
「残念だが違う」
「じゃ何で得意げなんだ?」
「あえて言います・・・・・・。セイヴ様はいつもそんな感じです」
リズのやれやれとした言葉を、セイヴは無視した。
「呼出魔術だ。単純に、登録先からこの指輪へと呼び出しているだけだ」
「・・・・・・ですが、この場に地脈は通っていないはずです。はい」
「あぽーつ・・・・・・? 地脈?」
モリヒトが首を傾げて見せると、ルイホウがモリヒトへと説明を始めた。
「呼出魔術は、召還魔術の劣化応用です。はい」
ルイホウは興奮からか少し早まった口調で、
「本家の召還魔術は、異王国の巫女衆にしか、しかも、この土地の限られた場所でしか使用できないものなのです。はい」
「ほうほう・・・・・・」
モリヒトが相槌を打って見せると、ルイホウはさらに説明を続ける。
「呼出魔術は、定められた二点間で物体のやり取りをする魔術です。はい。ただ、二点間でしか使えない上、二点間の設定が地脈上でしか行えない、という制約があります。はい」
「で、地脈ってのは?」
「地脈は、世界に走る魔力の流れです。はい」
曰く、地脈は世界中にあり、ほぼすべての土地に影響を及ぼしている。
地脈の上にある土地は、魔力量が豊富となるために豊かに栄えるので、各国家の都市などはしばしば地脈の上にできるという。
「ついでに言うと、その地脈に溜まった乱れや歪みを集約して、浄化、調整するのが『竜殺しの大祭』となる」
「ああ、そこで出てくんのか、竜殺し」
セイヴからの補足説明に、モリヒトは、なるほどな、と頷く。
「? 地脈の上に都市を作るなら、この王都だって、地脈の上なんじゃないのか?」
さっきのルイホウのこの場に地脈は通っていない、という言葉と矛盾するように思えた。
「いや、テュール異王国の場合は、わざと王都は地脈の上からずらしてある」
「・・・・・・なんで?」
「『竜殺しの大祭』です。あの儀式は、地脈に直接作用する儀式ですので、近隣の地脈上に影響が出るのです。はい」
ルイホウの言葉によれば、『竜殺しの大祭』によって、地脈の乱れやゆがみとなどを修正する際に、地脈上では大なり小なり振動が発生するという。
つまり地震だが、テュール異王国内では、儀式場から近いこともあって、決して無視できないレベルの揺れになる。
それも地脈に近いほどに大規模な揺れとなるため、地脈の上に都市を作ってしまうとその被害がひどいことになるのだという。
「そのため、テュール異王国では地脈上には主に農場や畑が多いですね。はい」
だから、王都内のこの訓練場にも、地脈は通っていない。
「・・・・・・で? 地脈が通ってないのに、何でここでできるんだ?」
「地脈に対し、こちらから魔力を飛ばして接続したのだ。使用者の魔力量で、地脈までの接続可能な距離は変わるが、俺様の魔力量なら、ほぼ世界のどこでも接続できる」
いうなれば、地脈に対して、臨時の水路を作るようなものだろうか。
「で、その指輪が基点となる二点の片方ってことか」
「そういうことだ。といっても、まだ試作だからこれしか呼び出せんが」
「・・・・・・返すときはどうすんだ? 持って帰るのか?」
聞いた限りだと、常時地脈に接続することはできなさそうだし、呼び出しだから返還はできなさそうだが。
「そうだよ。返す時は持って帰るしかない。それもあって、これ一振りしか呼べないのだ」
「・・・・・・ふうん。・・・・・・まあいいや。じゃあ、始めよう」
モリヒトは、双剣を抜いた。
「まあ、魔術の使い方はほかの発動体と大して変わらんから、剣の使い方だ」
「そりゃありがたいね」
すら、と剣先をこちらに突きつけ、
「よし、かかってこい」
「・・・・・・一応これ、両方とも真剣だよな?」
「心配するな。貴様に俺様は切れんし、手加減をしくじるほど未熟でもない」
言い切った。
「・・・・・・まあ、いいって言うんならいいけど」
剣を交差させて前に構え、ふう、と息を一つ吐いた。
「じゃ、行くぞ」
剣を両側へと振り払い、そのまま前へと足を踏み出した。
** ++ **
単純に、力量に差がありすぎる。
多分、間違いなく。
それは分かりきっていることだから、と、モリヒトは前へ出た。
訓練だ。
だから、恐れても損しかない。
モリヒトは、こういうことに関して、筋がいいとは思っていない。
というか、そういうことが分かるようなことも、今までしてきていない。
誰かとケンカしたことすら、あまりないくらいだ。
むしろ、二日前の状況で、なぜ取り乱さなかったのかが不思議なくらいである。
そして、こういう、どうしていいのかすら分からない時、とりあえずモリヒトは前へ出るという行き当たりばったりを行うことにしている。
分からないなら、できることからやっていく、ということだ。
だから、前へと踏んだ。
セイヴまでの距離は、大体十メートルほど。
走りこんで、切り込む。
近づき、勢いをつけて、右の刃を外側から内側へと振った。
「おっと」
それを、僅かに後ろに下がることでかわしたセイヴに、今度は左の刃を振る。
内側に振ったせいで、左へ流れていた右の剣を引き戻し、左の剣と平行にして振る。。
「ふむ」
今度は、剣で受け止められた。
モリヒトは両手で二本の剣を力一杯押し込んだが、セイヴは片手だ。
「何だ、素人の割りに、真剣を振るのを躊躇わないな」
「・・・・・・訓練だろ?」
「まあ、そうだがな。普通は、訓練だからこそ、怪我させないかと振るのに躊躇いが生まれるもの、だ!」
セイヴが外側へとモリヒトの剣を弾く。
結果として、モリヒトは剣ごと外へと弾かれた。
「おっとと・・・・・・」
足を動かして倒れることを防ぎ、セイヴを見る。
「そういう時は、とりあえず転がってみるのも手だぞ。下手に足を止めると、追撃を受ける」
こういうふうにな、とモリヒトに剣を突きつける。
「とはいえ・・・・・・」
剣を引き、セイヴはモリヒトを見る。
「心構えに問題はなさそうだな。あとは基礎だ。素振りやれ素振り」
「おい、じゃあ、この訓練の意味何だよ・・・・・・」
「実戦が一番いい訓練だ。・・・・・・ただ一つ言うと、双剣で両方とも同時に攻撃に使うってのは、あまりうまくない。片方で攻撃したときは、片方で防御を意識しろ。両手で同時に殴りかかるようなことは、普通しないだろう?」
バランスが崩れるしな、と言いながら、セイヴは剣を振り上げ、振り下ろした。
それを交差した剣で受け止める。
「よしよし、この程度は見えてるな」
頷いた後で、もう一度剣を振り上げると、
「今度は右から行くぞ」
バックハンドの一閃。
それに対して、右の剣を叩きつける。
「お?」
セイヴの感心したような声とともに、セイヴの剣が弾かれた。
だから、左の剣で攻撃する。
「・・・・・・双剣の扱いの難しさだな」
受け止められた。
肩口に当たったものの、切れていない。
「あれ?」
その事実に首を傾げると、
「レッドジャックの刃は、押し当てるだけで切れるほど鋭くない。ならば、切れないような受け方ということもできる」
胸を押されて、モリヒトは下がる。
「素人相手でないとできない受け方ではあるがな」
「それだけか?」
「双剣は、片手で振る。その分、剣の筋を立てにくい」
「筋?」
「要するに、剣を振るときに刃がぶれやすいってことだ。片手で固定するには、それなりの握力がいる。しっかり握れ」
言われて、モリヒトはにぎにぎと柄と手の平の感触を確かめる。
「ようし、続けるぞ」
にや、と笑いを浮かべて、セイヴは剣をモリヒトへ向ける。
「まあ、お手柔らかに頼むよ」
双剣を再度構えて、モリヒトは前へと足を踏み出すのだった。