第25話:魔獣の暴走の中で
「ほう? 昔の知り合いかね」
体を洗い終わったモリヒトは、布でがしがしと髪を拭きながら、アバントの問いに頷く。
「前にいた場所で、ちょっと殺し合いした」
「物騒じゃのう・・・・・・」
アバントが呆れたようにぼやくが、
「しかし、それでは決着はつかなかったのかね?」
「あー、大概、水入りで決着が流れてる、って感じなのかね?」
ミケイルが聞かれれば、否定するかもしれない。
黒の森での戦闘はともかく、『竜殺しの大祭』へと向かう途上での戦いは、明確にモリヒトの勝ちだ。
ただ、モリヒトは、あの戦闘の時は、正気を失っていたのもあり、何が起こったかよく覚えていないので、勝ちに数える気にならない。
いつの間にか終わっていた、という感覚なのだ。
とはいえ、この場に、ミケイルはいない。
「・・・・・・で、まあ、ちょっとかちあってなあ」
** ++ **
面倒なことになった、とモリヒトは内心でうめいた。
まさかこんなところで、こんなやつを会うとは、という感じだ。
「ほお? ・・・・・・なんだよ、元気そうじゃねえの」
しばらく向き合った無言の後、先に口を開いたのはミケイルの方だった。
モリヒトよりも困惑を顔に出していたが、それはともあれ、と切り替えたらしい。
「そっちこそ。・・・・・・あいも変わらず、無駄に元気そうだな」
「は! 言いやがる!」
ふん、と言いながら、ミケイルは構えを取った。
かつて、破壊された手甲と脚甲は、やはり新しいものになっている。
かつては鉄塊、それから、魔術具、と変わっていた。
最後に見たのは、洗練されたデザインのものだったように思うが、今ミケイルが装着しているのは、やはり無骨なものだ。
ぐ、と拳を握った直後、箱型の甲が降りて、握った拳を覆う。
全体的に、箱のような形の、無骨でごつい手甲。
脚甲は、逆に鋭さがある。
「・・・・・・新しいのかよ」
「おうよ。こっち来てから新調したんだがよ。てめえと会うってわかってたら、前のやつを持っとくんだったぜ」
前のやつ、というのは、『竜殺しの大祭』の時期に身に着けていた、対モリヒト用の魔術具が仕込まれた品だろう。
だが、あれは結局、モリヒトの魔力吸収体質に対抗するためのものであり、モリヒト相手でなければ、消費する魔力量と効果のつり合いが取れないだろう。
それなりに壊れていたし、モリヒトがいない以上は、それほど直す意味もなかったはずだ。
「ま、こっちはこっちで、それなりよ」
「は、それなり、で、また俺をやるってか?」
精一杯に挑発してみるものの、モリヒトとしては避けたい相手だ。
何せ、単純に強い。
おまけに、今モリヒトが持っているのは、使い慣れていない発動体だ。
戦うことになれば、苦戦は免れない。
だが、
「・・・・・・」
周囲、魔獣の流れができていて、安易に脱出できる雰囲気ではない。
クルワとも魔獣の流れによって分断されている状況で、どうにも都合が悪い。
「はは! さあて、ここで会ったがなんとやらってやつよ」
明らかに戦闘態勢を取っているミケイルに対して、モリヒトは嫌気を前面に出す。
「何だよ。うるせえな。なんでここにいるんだお前は」
「あ? いろいろあんだよ」
「なんだいろいろって」
避けられない、と踏んで、モリヒトはハチェーテを握り直す。
腰の後ろに吊るしたサラヴェラスに手を伸ばすかどうかを悩み、
「・・・・・・」
背に腹は代えられない、と握りこんだ。
「お? なんだやる気か!」
はは、いいねえ、とミケイルは笑うと、全身に力を籠める。
「おらああ!」
ど、と地面が爆発する勢いで踏みこみ、ミケイルはモリヒトへと襲い掛かった。
** ++ **
クルワは、まずい、と思いながらも、踏み込めずにいた。
魔獣の群れによる流れによって、モリヒトと分断され、今モリヒトの場所がつかめない。
林の中は、魔獣たちが上げる騒音が激しく、気配もつかめない。
「なんでこんなにいるの!?」
悲鳴じみた叫びをあげるほどには、魔獣の群れに切れ目が訪れない。
だが、ある意味で仕方のないことでもあった。
魔獣たちは、ミケイルに追い立てられるように逃げ出した。
それに合わさる形で走り出してしまったモリヒト達だが、林の中の魔獣は、普段とは違うほかの魔獣たちの暴走に巻き込まれる形で、ミケイルと出会わなかった魔獣たちまで、暴走に入っているのだ。
結果として、予想外に大規模な魔獣の暴走と化している。
今はまだ林の周辺でとどまっているが、下手に外部から刺激を加えると、魔獣の群れは、林の外へ向かって大暴走しかねない。
それだけに、流れを下手に乱すようなことはできず、クルワは林の木々の上に上がって、群れをやり過ごすことを選んでいた。
できるだけ急いでモリヒトを探したいところだが、居場所がつかめない。
「もう!」
腹立ちまぎれに木の幹を殴り、枝から枝へと跳ぶ。
とはいえ、地揺れがするほどの魔獣のうねりだ。
安定して跳ぶには、慎重にならざるを得ず、どうしても進みは遅い。
「モリヒト!」
呼ぶも、返事はなく。
「く・・・・・・!」
なんとかしないと、と思うクルワだったが、不意にその時、掴まっていた気が大きく揺れた。
魔獣の一頭が、木へと体当たりをした衝撃だ。
「っ! う、わぁ!!」
下からの跳ね上げるような衝撃に、足が枝から外れ、下へと滑る。
「・・・・・・!」
剣の柄を握る手に、力がこもる。
** ++ **
林の一角が光った。
直後に、ごう、とすさまじい勢いの火柱が上がる。
立ち上がった火柱は、だが、すぐさま下へと落ち、そこから四方八方へと炎の波が起きる。
それに巻き込まれて、魔獣の多くが焼き殺される。
中心部では、火がいまだ渦巻いていて、
「!!!!」
だが、その中央から、何かが飛び出して行った。
** ++ **
一撃一撃をしのぐ。
「はっは! なんだその鉈! かってえ」
「うるせ」
ハチェーテの刃を魔術で強化して、鈍器である拳と渡り合う。
こちらは一刀で、向こうは両手だが、
「なんだそりゃ! はははは!!!」
モリヒトがハチェーテを振るう度、そこから発生する衝撃が、ミケイルの体にダメージを与える。
一撃ごとにその衝撃を受けて後退し、だがすぐさま飛びかかる。
その繰り返しだ。
モリヒトの方には、目立ったダメージはない。
だが、ミケイルの方も、一旦後退した瞬間にすべての傷が治ってしまうため、それほど消耗があるようには見えない。
とはいえ、ミケイルは、傷を治す都度、体力を消費しているはずで、直せる傷には限界がある。
まして、魔力を吸収し、魔術を無力化するモリヒトの前だ。
ミケイルを支える、超速での回復と、絶対の硬化も、その威力は落ちている。
一見すれば、傷を多く与えているモリヒトの方が有利そうではあるが、押しているのはミケイルだ。
一合ごとに、モリヒトの方が後ろへと下がっている。
ハチェーテを打ち合わせる際に発する衝撃は、決してモリヒトにとってもノーダメージとはいかないからだ。
千日手、ではない。
ただの削り合いであり、先に体力が尽きた方が倒れる、という泥沼だった。
そこに、遠目に二人は、立ち上る炎の柱を見た。
「あ?」
火の色は、強く見えた。
直後、
「ち!」
魔獣の流れが、その火の上がった方角から押されるように変わって、二人に向かって魔獣が突っ込んできた。
とっさに殴り飛ばしたミケイルに対して、モリヒトはその突進から逃れるため、後退した。
二人の間を魔獣が走り抜け、
「逃がすか!」
ミケイルが、ちょうど間に入ってきた魔獣を、モリヒトの方へと殴り飛ばした。
「くそ」
混乱に紛れて逃げようとしていたモリヒトは、勢いよく宙を飛んでくる魔獣に対し、ハチェーテを向けて振るう。
だが、
「おおらああ!!!」
その魔獣を挟み込むように、ミケイルも飛びかかってきていた。
魔獣を、上からミケイルの拳が、下からすくい上げるようにハチェーテの刃が挟み込み、
「あ」
二つの衝撃をその身に浴びて、魔獣の体がはじけ飛んだ。
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