第20話:抜け道を抜けた先
岩の一部が動く。
ずず、と横に少し動き、止まった。
しばらくして、岩が裏側からごんごん、と音がした後、
「・・・・・・・・・・・・!!」
爆発音。
内側から、岩が吹き飛んだ。
そして、その内側から、のっそりと二人が出てくる。
モリヒトとクルワだ。
「・・・・・・うーむ」
「埃だらけ・・・・・・」
クルワがぼやく通り、二人の恰好は埃だらけだ。
数十年閉ざされていた道だから、仕方ないことではある。
風の通りも何もなくとも、魔力が強く流れる地脈に近い土地。
加えて、この山は真龍の身動ぎや、『守り手』が領域へ侵入したものと戦闘する際などで、よく衝撃が発生する。
そう言ったもののおかげで、地下にあるような施設は、軒並みダメージを受ける。
埃というより、壁が風化して落ちた砂が、二人にまとわりついた埃である。
それらを体から叩き落としながら、モリヒトは周囲を見回す。
「わーお。見覚えのあるようでない光景」
「どこに行ったって似たようなもんでしょ」
クルワの方も、ぱんぱん、と体から埃を叩き落としている。
そうしながら見回す周囲は、やはり若紫色の光景だ。
それ以外は見えない。
ただ、
「・・・・・・ちょっと珍しい地形だな」
「そうね。こういう光景があるっていうのは、ちょっと想定してなかったかも」
若紫色のこの山は、山麓から山地の中央へと向かうに従って、段々に高くなっていく地形となっている。
そして、段々の中で平らな部分は、大体水平である。
大体、という言葉通り、ゆるやかなだけで、ある程度は麓へ向かって下る傾斜がある。
だから、モリヒトが見慣れたこの山の風景というのは、若紫色の傾斜の強い崖、その反対には、見晴らしのいい石原、という光景である。
だが、
「・・・・・・あっちに崖があるし、上を見れば真龍が見える。なら、あっちが山の中央部。だったら、反対側は麓側、と思うんだが・・・・・・」
「麓へ向かって、ちょっとずつ上がっていってる。・・・・・・こっちが低くて、向こうが高い」
「・・・・・・ふむ」
おかげで、若紫色と、空の色で視界が占拠されている。
なんだか、脳がバグりそうだ。
「・・・・・・山小屋から麓側を見た時は、遠くに海とか、緑の植物が生えてるところとか、一応はちらっと見えたもんだったけどな」
「まったく見えないね」
「む」
なんとなく、気にかかる地形だ。
「クルワ。この辺、どこかわかるか?」
「わかんない。だって、周り見えないし」
「・・・・・・だな」
高いところに上がらないとだめだろう。
だから、モリヒトは麓側へと足を踏み出す。
「あっちの方が高いけど?」
「山の中央の方へ向かうと、『守り手』の領域に踏み込みかねないだろ?」
「それもそっか」
クルワも頷いて、モリヒトの後に続く。
少々の距離を登り切り、高いところに立って、周囲を見回す。
「・・・・・・・・・・・・この場所だけ、へこんでるのか」
「ほんとだ。なんでだろ?」
「この抜け道を隠すためだろ。こうしておけば、下から見る限りでは抜け道の場所は見えないから、誰かが出入りしたとしても見えないし」
「なるほど」
「たぶん、入り口の方も似たような仕掛けがあったんじゃないか? ただあっちは多分、『守り手』となんかやり合ったかなんかで、入り口が見えるようになってたんだろ」
ともあれ、
「で、ここがどの辺か、ってことだな」
「んー・・・・・・」
周囲をきょろきょろと見回し、クルワは首を傾げる。
「分かる?」
「俺に聞くな。分かるわけねーだろ」
だよねえ、とクルワは頷いた。
モリヒトは、最初に『守り手』にやられて怪我をした後は、クルワのあとをようようついて歩いただけ。
その後も、怪我が治るまでは、山小屋に引きこもり。
外に出るのだって、山小屋の近くで石掘りだ。
それほど遠くまで離れていないし、麓までの行き来もしていない。
その点で言うなら、クルワの方が地形には詳しい。
「そっちは?」
「とりあえず、この辺にアタシは来たことないね」
「まあ、抜け道の抜け先だからなあ。あんまり人気のない方向へ向いてたんじゃないか、とは思うけど」
さて、と唸る。
「・・・・・・あ、でもさー」
クルワがちょっと遠くを見た。
「あのへん、見える?」
「む?」
クルワが指さす先は、若紫の色とは違う色がある。
「・・・・・・街?」
モリヒトの言葉通りのものがある。
麓にある、人の住んでいる場所、と思しき場所だ。
「あれは、見たことある」
「行ったことは?」
「ない! ただ、いつも買い出しに行ってる麓の村じゃあ、あそこに卸された石は、あの街に持っていくって話」
クルワの話によると、クルワはいつも、一度大きく山を回り込むという。
そうして、麓の村に下りる。
つまり、
「・・・・・・アバントの山小屋とは、反対方向か?」
「・・・・・・見える位置的には、四分の一くらいかな?」
「まあ、進む方向は分かったか」
「そうだね。帰り道の方向は分かったと思う」
「案内してくれ」
「はいはーい」
先導するクルワの後について、モリヒトは歩き出すのだった。
** ++ **
ともあれ、二人は山小屋へと向かう。
その途中で、妙なものに出くわすことになるとも知らずに。
** ++ **
「・・・・・・ははは!」
笑いながら、撲殺の音が響く。
重たい拳が、肉をまとった骨を打ち砕いた音だ。
それを成した存在は、高笑いとともに、拳を広げて五指を立て、さらにもう片方の手を突っ込んで、その身体を両へと裂いた。
噴き上がる血を浴びながらも、その存在は、次の獲物を探す。
「おらよ!」
ぐん、としなやかに地面へと低く沈み、そこから今度は地面が陥没するほどの踏み込みをして、前へ。
ド!、と爆ぜるような音とともに、一気に加速する。
「ふん!」
そして、振りぬかれた拳は、その移動の軌道上にいたものを薙ぎ払う。
「・・・・・・よし! こんなもんかね」
はあ、とため息を吐いて、ぶるぶると頭を振り、被ってしまった血しぶきを払う。
もっとも、そんなもので落ちるものでもない。
そこへ、投げつけられた布。
「おっと・・・・・・」
受け止めれば、びしゃり、と水が滴る。
濡れた布で顔を拭きながら、彼は布が投げられた方へと目をやる。
「乱暴だなあ、おい」
「うるさい。一人で無茶しちゃって」
はあ、とため息を吐きながら、脇に抱えた桶から、さらに一枚、布を放る。
放ったそれと交代するように投げ返された布は、血に濡れている。
それを桶に汲んだ水につけて洗い、よく絞る。
そして、投げた。
「おう。ありがとよ」
最後に絞った布で拭いて、ようやく血がおおよそぬぐえた、とすっきりした表情をした男へ、腰に手を当てて、女は苦言を呈した。
「暴れすぎ。・・・・・・素材が欲しいんだから、あんまり壊すとだめじゃないの?」
「は! 俺に頼むのが、どういうことかって話だよ!」
け、と吐き捨て、こきこきと首を鳴らす。
「こちとら、退屈を持て余してんだ。このくらいの憂さ晴らしはさせろっての」
「憂さ晴らし、ね」
周囲、血まみれになった場を見て、はあ、と女はため息を吐いた。
「やれやれ、ね」
いいながらも、ナイフを取り出し、辺りに散らばった魔獣から皮をはいだり、骨を回収したり、と作業をしていく。
男の方は、女が置いた桶に入っている水を使って、身体に浴びた返り血を洗い流していた。
「こっちだと、まだまだやれることあるもんだ。俺の顔も売れてねえしな」
ははは、と、男は笑う。
「そういえばだけど・・・・・・」
手元の作業をしながら、女が男へ声をかけた。
「どうかしたか?」
「仕事、来てたわ」
「・・・・・・へえ」
「まだ、どっちつかずって感じだけどね」
「あん?」
「放棄したアジトに、ちょっと異変があったから、調べてきてほしいだってさ」
「なんだそりゃ?」
「詳しいことは、後で使いを送るって言ってたけど」
女の言葉に、男は、ほーん、と気のない返事を返した。
それから、まだ濡れていた布で、長い髪を赤く染める血をぬぐっていく。
その下に現れるのは、白い髪だ。
そして、その白い髪の中に混じる、青、緑、黒の色。
「ミケイル」
「なんだ? サラ」
「ちょっとは、気は晴れた?」
「・・・・・・さてな」
ウェルミオン大陸から、カラジオル大陸へと渡った、ミュグラ・ミケイルは、最後に乾いた布で体をぬぐい、へ、と吐き捨てるように笑った。
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