第18話:金色杖『サラヴェラス』
杖を手に取った瞬間。
「む」
「ん?」
一つ唸ったことで、クルワが首を傾げた。
杖を握った瞬間の、自分の手から感じた違和感。
それは何か、と考える。
手から感じたのは、何かが流れ込んでくる感触だ。
「・・・・・・クルワ。もし知ってたら教えてほしいんだが」
「うん? なーに?」
「魔術具を触った相手に、なんかする魔術具ってある?」
「そりゃあるでしょ。トラップ系の・・・・・・」
そこまで口にして、クルワがモリヒトを見ながら一歩引いた。
「なんか仕掛けられてた?」
「たぶん」
よ、と杖を持ち上げる。
金色の杖は、長さの割には重い。
三十センチほどの長さで、握るには少し太い太さだ。
金の装飾で表面はでこぼこしているのに、どうにもとっかかりが少なく、握って振るにはすっぽ抜けそうで少々心許ない造りだ。
「・・・・・・んー。触ってみた感じだな」
何かが、腕を伝って入ってこようとした感覚はあった。
「たぶん、これを手に入れたやつが、こう、乗っ取られる感じ?」
「・・・・・・頭大丈夫?」
「聞き方によっては、正しいのにひでえ言い方だ」
ともあれ、
「平気」
これに関しては、相手が悪い。
もし、これを手にしたのが、クルワだったならば、もうちょっと焦るべきかもしれない。
ただ、手にしたのはモリヒトだ。
ぶっちゃけ、モリヒトの場合、魔術具を下手に触れると魔術具が壊れる。
モリヒトの魔力吸収体質は、魔術に使われる魔力を吸収してしまう。
それゆえ、動いている魔術具。魔力が通っている魔術に直接触れた場合、その魔術を魔力切れによって無力化してしまう。
それでも、新たに魔力を注ぎ続けるならば、効果を発揮させることはできる。
かつて、ミュグラ・ミケイルと接触した時、魔力吸収体質の範囲内にいながら、ミケイルの体質が完全に無力化されなかったのは、ミケイルが自前で発生させる魔力が、ミケイルの体の魔術を起動し続けていたからだ。
モリヒトは、決して、魔術に対して無敵、というわけではない。
ただし、こういう金色の杖のような、あらかじめ蓄えられていた分の限界のある魔力量で動くものは、ほぼ完全に無効化ができるのだ。
「・・・・・・まあ、俺の手に渡ったのが、運の尽きってことで」
「あらまあ」
クルワが、肩をすくめた。
実際、モリヒトの手にずしりとくるそれは、発動体としては結構な力を持っているように感じられる。
魔力の通りはいいし、持っている分には、不足はない。
「派手なのがなあ・・・・・・」
「使い道なさそうだよね」
「あとで、皮を巻いて、紐をくくって、持ちやすくしたほうがいいか」
「それもそうだねー」
ともあれ、発動体は二つ。
量産品の『ハチェーテ』。
それから、
「で? それは?」
「ん? 箱に名前書いてあるぞ」
「ええっと、金色杖『サラヴェラス』、だって」
「どれ」
こほん、と一つ咳払い。
「―サラヴェラス―
光よ/明りとなれ」
詠唱を終えると、杖の先端の金剛石が光を放つ。
眩しくはなく、周りを照らす、明るい光だ。
「おお。いい感じいい感じ」
「そう?」
「発動体自体の質がいいんだな」
うん、と使いやすい、とモリヒトは笑う。
ハチェーテの方は、ぶんぶん、と振り回して、
「うん。こっちはこっちで、片手で振り回すにはいいもんだ」
丁度良く、武器に使える発動体と、魔術発動に向いた発動体を手に入れた、というわけだ。
「・・・・・・来たかいはあったか」
「よかったねえ」
さて、とモリヒトはそこらにあったボロ布を取ると、『サラヴェラス』を適当に巻く。
巻いた上で、持ちやすいように取ってとなるように結び目を作る。
「よし、ちょっと持ちやすくなった。小屋に戻ったら、ちゃんと作ろう」
「鞘とか、そういうのもなさそうだものね」
「ていうか、多分、手から放すことを想定されてないな。手に入れたやつは、ずっと手に入れっぱなしっていうか」
「ああ、乗っ取るんだっけ?」
モリヒトの感覚から言うと、そうだ。
それも、
「乗っ取るのか。・・・・・・もしくは、これを持った人間が、これを作った人間にとって、都合がいい感じに洗脳される、とか、そんな感じ?」
「洗脳かー。よく作るねー」
「もしくは、催眠術みたいなものかもしれん。まあ、正体は分からんが」
発動前に無効化してしまったので、正体は不明だ。
「俺以外には使えんだろうしな」
「なんで?」
「魔術具としての効果は無効化してるけど、普通に握っていると、魔力を勝手に吸い込んで自動で発動する」
「・・・・・・まあ、魔術具って、魔力を流せば動くものだものね」
モリヒトの場合は、モリヒトが魔力を吸う勢いの方が強いから、魔術具としての効果は発動していない。
まあ、発動したとしても、効果を発揮する前にモリヒトに無効化されるだろうが。
加えて、
「発動体としての造りがかなり丁寧だからなあ・・・・・・」
「どうしたの?」
「あくまでも、多分っていうレベルの推測だけどなあ」
おそらく、『サラヴェラス』は、ミュグラ教団としての思想にどっぷり浸っている人間には、効果を発揮しないのではないだろうか。
「なんで?」
「『サラヴェラス』の魔術具としての効果は、おそらく発動体の効果を高めるためのものだ」
「うん?」
「要は、これを持った人間が、ミュグラ教団に従いたくなるのは、おそらくついでの副産物」
実際には、ミュグラ教団としての思想を純粋に持たせることで、魔術のイメージをより純粋なものに変える。
魔術は、イメージが強く、純粋であればあるほど、効果が高まる。
「狂信は、魔術の効果を高くする」
それは、以前、モリヒトが実際に味わった効果だ。
もし、『サラヴェラス』が同じだけの能力を持つとしたら、
「こいつを持ったミュグラ教団員は、三流の魔術師でも、一流の魔術師になるだろうな」
「それは怖い」
「まあ、俺には関係のない効果なわけだが」
ともあれ、この『サラヴェラス』を作った人間は、ある種の発想の天才と思う。
イメージをそこまで純粋を求める、というのも、なかなか難しいだろう。
ただ、ミュグラ教団ならば、あってもおかしくはないか、とも思う。
以前、モリヒトが狂信状態になったのも、結局は魔術でそうされたからだ。
「ああ、そうだ。この魔術具の効果、あれに近いものを感じるんだな・・・・・・」
そう思うと、少々複雑なものを感じるモリヒトである。
「まあ、ここでの用は、済んだし、帰ろうか」
「そうね・・・・・・。どうする? この部屋の抜け穴探す?」
「いらんだろ」
「そう?」
「だって、ここから出たとして、そこから現在位置を把握して、小屋まで戻るんだぞ? 面倒だろ?」
「・・・・・・あー・・・・・・」
クルワは、なるほど、と頷いた。
入ってきた入り口からならば、帰り道は分かりやすい。
だが、この先に抜け穴があるとして、どこに通じているかはわからない。
現在位置の把握は困難になるだろうし、そこから帰るとなると、遅くなる。
できれば、それは避けたい。
「目的は達した。帰ろう」
「そうね」
二人は頷き合い、アジトの廃墟を後にするのであった。
** ++ **
ともあれ、『サラヴェラス』は持ち出された。
様々な仕掛けが施されたアジトの廃墟だ。
そこで、棚に安置されていた『サラヴェラス』の箱。
それを動かしたことで、モリヒト達が感知しなかった仕掛けが動いた。
そのことにモリヒト達は、最後まで気づかなかった。
もっとも、数十年前の仕掛け。
いまさら、それが動いたところで、そこに影響を受けるものなど、どれほどあるのか、という話ではある。
だが、
「・・・・・・ほうほう」
おやおや、と、壁がかたりと音を立てたのを見て、頷く人がいた。
顔を頭巾で隠したその人影は、仕掛けが動いた壁を見て、ふむふむ、と頷く。
「あんなところの仕掛けが今更ねえ・・・・・・」
さて、と頷く。
「どうしたものでしょうか?」
ともあれ、不気味で不吉な謀は、えてしてこうして動き出す。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。