第16話:ミュグラ教団、カラジオル大陸支部
「・・・・・・うーむ」
じっくりと見る。
「どうしたの?」
クルワは、唸っているモリヒトを見て、首を傾げた。
「いやなあ・・・・・・」
部屋の中ある白骨死体。
色褪せ、古ぼけてはいるものの、やはり立派な衣服を着ている。
それが部屋の壁に背を預け、だらりとした姿勢をしている。
白骨死体から顔かたちは分からない。
だが、なんとなく、ジュマガラのイメージがある。
どうせ、狂人だったのだろう、と、そう思う。
「・・・・・・ふむ」
「何唸ってるのよ」
「いやあ、空気が悪い」
「そりゃ、死体があって、閉じ込めてたわけだし」
「・・・・・・風、動かせるか?」
「え、仰ぐの?」
「魔術で」
「・・・・・・あー」
なるほど、と頷いて、クルワが魔術を起動する。
小さな声でした詠唱で、発動体の発動鍵語は聞き取れなかったが、確かに風が動いた。
おかげで、部屋の中の澱んだ空気が外へと流れ、外から多少はマシな空気が流れ込んでくる。
「で、ここが最後なわけだけど」
「どうしたの?」
「調べるとしたらこの死体ぐらいなんだけどさー。・・・・・・触りたくねーわー」
げんなりとしてしまう。
「まあ、言いたいことは分かる。死人の遺品あさるとかねー」
「いやいや、そっちじゃない」
「うん?」
「こいつ、絶対狂人だよ」
「なんでよ?」
「こいつの着てる服と同じ形の服を着てたやつを知ってる」
「それで?」
「そいつ、頭がイカレてたから」
「こいつもそうだろうって?」
「じゃなきゃ、ここでこんな死体になるかよ・・・・・・」
はー、とモリヒトは、深いため息を吐く。
「そんなに嫌なの?」
「だって、なんか人攫いして、生贄にしてなんか儀式やるようなやつらだぞ? 人間の体で発動体作っちゃうようなやつらだぞ?」
「うえ・・・・・・」
「そいつの服と同じ服を着てたやつ、明らかに目がイッてたからなあ・・・・・・。正直、二度と関わりたくない」
クルワも辟易とした顔をしているが、モリヒトとしても、うえー、という感じだ。
「そういうことをやって、それでいて目的が何なのかがまったく理解できん。あんな狂人とは関わりたくない」
やれやれ、と思う。
「ミュグラ教団って名乗ってたかね? ヴェルミオン大陸発祥っていう話」
「別の大陸じゃないの」
「だから、こんなところで見るとは思わなかったってことなんだよ」
別大陸へ渡る、というのは、かなり危険度が高い。
それだけに、非合法組織、ともいえる存在が、大陸を渡り、割と大がかりなアジトを作れるほどの勢力を持っている、というのは、ちょっと信じがたい。
「・・・・・・悪いやつは、ほんとどこにでもいる。・・・・・・ミュグラ教団、カラジオル大陸支部ってことなのかね?」
どうだろうな、と首を傾げつつも、モリヒトははあ、とため息を吐いた。
正直、ここで何かが見つかったとして、あんまり使いたくないなあ、という気がする。
とはいえ、せっかくここまで来たのに、収穫なし、というのも嫌な話だ。
「しかたなし・・・・・・」
まず、死体をどけるため、その白骨に手をかけた。
** ++ **
肉なんて何も残っていない白骨だ。
持ち上げて横にどけたら、ばらばらになって崩れ落ちた。
面倒だな、と思いながら、服を引っ張って、丸ごとずらす。
「なんかありそ?」
「さあな」
衣服を引っぺがし、逆さにしてばらばらと振る。
ぽろぽろと引っかかっていた骨が落ちてくるが、それ以外には、特に何もない。
装飾品の一つでも落ちてくれば、と思ったが、それもない。
死体があったところを探してみれば、
「お、なんか箱がある」
「死体漁りって、なんか不謹慎」
「知るか。どうせもう、誰のものでもねえんだ」」
箱の大きさは、手のひらに載るくらいだ。
入ってたとしても、せいぜい指輪くらいだろうか。
「ないよりはマシか?」
箱を開ける。
「・・・・・・」
はあ、とため息を吐いて、箱を閉じる。
「中身は? 中身は?」
クルワが、モリヒトに聞いてくるが、モリヒトは箱をほい、とクルワに放って渡す。
受け取ったクルワが箱を開けると、
「・・・・・・あら、空っぽ」
クルワの言葉通り、空だった。
「参った。完全に収穫なしだぞ」
「んー。そーねー・・・・・・」
受け取った空箱を、矯めつ眇めつ、といろいろな角度から眺めるクルワ。
箱の素材は、石である。
色は、若紫色。
この山で取れた石を加工して作った箱、ということだろう。
どんな箱より、この大陸では頑丈な箱だろう。
「むしろ、何もなし、の方がよかったかね? ここで、なんか残ってたとして、明らかに曰く付きだったら、正直使いたくない」
前向きにとらえるなら、そっちの方がいいかもしれない。
「んー・・・・・・」
クルワは、まだ箱をいじくりまわしている。
蓋となっているものを、すぽっと開く以外は、特に仕掛けも何もない箱のはずだ。
「なんかあるのか?」
「んー・・・・・・なんだろう? なんか気になるっていうか」
クルワは、くるくると箱を回し、いろいろな方向から見て、
「・・・・・・んー。これ、気になる」
そう言って、モリヒトに見せてきたのは、箱の底面であった。
「何が?」
「ほら、ここ。端っこの方」
底面の縁をなぞる。
そこは、欠けたか、いくつかのへこみがあり、
「・・・・・・ん?」
クルワから箱を受け取り、指でなぞる。
「・・・・・・これ、違うな。欠けてるわけじゃない」
あえて、なにかで削り取ってある。
こういう形に、形を作ってある、ということだ。
「・・・・・・仕掛けがあるとすれば・・・・・・」
死体のあった位置を、改めて探す。
なんだか浅黒い染みがあるのは見ないことにして、ゆっくりと見て、
「ここだ」
「ん?」
かなり下の方の壁。
死体が背もたれていたために、隠れていた部分。
その一部に、へこみがある。
「ここに、この箱を、押し付ける、と」
ぐい、と押す。
手ごたえがあった。
「お、押せる」
ぐい、と押し込めた箱は、そのまますっぽりと埋まってしまった。
そうして、しばらくしたところで、
「お?」
ごごごごご、と音が鳴る。
「・・・・・・わお。隠し部屋!」
クルワがぱん、と手を叩く。
クルワの言う通り、壁が開いて、人が通れる程度の穴が開いた。
「・・・・・・大層な仕掛けだな。仕掛け扉の先に、さらに仕掛けかよ」
「しかも、意外と大がかり」
ふうむ、とモリヒトは唸る。
「『守り手』の領域の中で、割と好き勝手やってるな、こいつら」
もし、見つかっていたら、襲撃されていたのではなかろうか。
地下に穴を掘ったから、無事だったのだろうか。
「ん? ここ、『守り手』の領域じゃないと思うわよ?」
「む?」
だが、モリヒトの疑問に、クルワは首を振って否定した。
「入り口の方向と、ここの位置からしたら、多分、この部屋自体は、『守り手』の領域の外にあると思う」
ちょっと自信はないけど、とクルワは言う。
「そっか」
なら、少し気を抜いてもいいかね、と言いながら、モリヒトは奥の部屋へと入った。
** ++ **
部屋に行くには、結構長い廊下があった。
明りのない廊下で、先の方が見通せない。
「・・・・・・さっきの部屋には、明りの魔術具があったのに、こっちにはないな」
「壁にかかってたやつ? 暗いし、取ってこようか?」
クルワはそう言うが、モリヒトは首を振った。
「やめとこう。外して、なんか仕掛けでも動いたらいやだし」
用心にこしたことはない。
まあ、明りを持ってこなかった、モリヒト達の不手際でもある。
「・・・・・・いっぺん戻って、明り作ってこようか。松明とか」
「しまらないなあ・・・・・・」
** ++ **
アジトにあった椅子や机の椅子をへし折り、死体の布をぐるぐると巻き付け、火をつける。
「あんまり長くはもたなさそうだが」
とりあえず、使う。
松明を掲げ、廊下を進む。
「・・・・・・まともに使えるものが見つかりますように」
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。