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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第8話:夢の後の夜

「・・・・・・」

「あ~・・・・・・」

 気まずさを感じて、モリヒトは頬をかく。

 じ、とこちらを見つめるアヤカの目は、なんというかきつい。

 整った小さな顔は、一見して無表情に見える。見えるのだが、雰囲気がひたすらに不機嫌だと訴えかけてくる。

「あー・・・・・・」

 あっちと向いたり、こっちを向いたり、と部屋中に視線をさまよわせるも、アヤカのこちらを見つめる視線がまるで揺らいでいないのが分かる。

「・・・・・・どうした?」

 結局、そんな言葉しか出なかった。

「怪我、大丈夫ですか?」

 それに対して、返ってきた言葉は意外なほどにさっぱりとした口調だった。

 少々拍子抜けな口調に戸惑いつつも、腕をあげたりして元気をアピールしてみる。

「うん? おう、ルイホウは腕がいいらしい。結構治ってるぞ」

 これは事実だ。

 薬を塗って、包帯を巻いてはいるものの、外傷についてはほぼ完治している。

 昨日一日はベッドから出るなと言われたが、今日はそんなことはない。

 とはいえ、回復直後は、組織が緩くなっているらしく、怪我しやすいのと、怪我をすると普段より深くなる危険があるため、できれば大人しくしていろ、と言われた。

 包帯や薬はそのためのものだ。

 だからこそ、外見はものすごく大怪我しているように見えるわけだが。

「まあ、気にするな。傷をふさいだ直後で組織が脆くなってるのと、怪我したから体力消耗してるのと、血を流しすぎてちょっと貧血気味なだけだから」

「・・・・・・」

「む、並べてみると中々に重症に感じるな」

 かかか、と笑うモリヒトを、さらに冷ややかな目で見つめて、

「バカですか」

「疑問系じゃない!?」

 ため息とともに放たれた言葉に、さすがに唖然とした。

「自分から刺さりにいったと聞きました。バカですね」

 今度は断定された。

「あ~。怒ってる?」

「呆れています」

「む・・・・・・」

 しかしなあ、と考える。

「大体、暗殺者ですよ? 毒とかあったら、どうするんですか?」

 毒かあ。

 考えてなかった、とか言ったら、怒られる、と思って、

「魔術でどうにかできるかと」

「バカですね」

 はあ、と大きくため息を吐いたアヤカは、

「もういいです。反省してないみたいですし」

「む・・・・・・」

 言い切られると、さすがにちょっと思うところはある。

「反省はしないよ。エリシアは無傷だったろう?」

 モリヒトの言葉に、アヤカの眉がきゅっと寄った。

「・・・・・・エリシアって、あの子ですか? 銀髪の」

「らしいね。よくは知らんけど」

「知らない子のために、命を張ったんですか?」

 怒りの多分に混じった口調に、気にしているのはそこか、と思う。

「死ぬつもりはなかったって」

 手を伸ばしてアヤカの頭を撫でる。

「・・・・・・なんですか?」

 ごまかす気か、とものすごく文句がありそうな睨み方だ。

「心配してくれて、ありがとな?」

「・・・・・・知りません」

 ふい、と顔を背けながらも、頭の上の手は払わない。

 苦笑しつつもしばらく撫でて、

「大丈夫、はこちらの台詞だよ。・・・・・・昨夜は、嫌なものを見ただろう?」

 モリヒトの夢の話だ

 モリヒトはもう、夢を見ていたことと、大体のところをうすらぼんやりと覚えている程度だが、

「・・・・・・最後が見えませんでした」

 アヤカの声は小さく、口調はどこかモリヒトを窺うような気配があった。

「ああ、それは俺もだ。いつも、あの夢はあそこで覚める」

 そういう夢だ、とモリヒトはあえて軽い口調で告げる。

 アヤカにあまり気にさせたくない。

「・・・・・・すごく、怖くて、気持ち悪くて・・・・・・」

「ごめんなあ・・・・・・」

 モリヒトは頭をかいた。

「・・・・・・俺も、何であんな夢を見るのか、わからなくてなあ・・・・・・」

「え?」

 呆然、とそんな顔で、アヤカはモリヒトの顔を見る。

「いや、中学までは、確かにあのアパートに暮らしてたんだよ。ただ、あんな光景に覚えはなくってなあ・・・・・・。いや、それが夢ってものなんだと言われれば、その通りなんだが」

 夢に合理性など求めるべきではないだろう。

 それは、モリヒトとて分かっている。

 だがそれでも、あの夢は繰り返し見るのだ。

 毎日のように見るわけではない。

 だが、忘れたころに、思い出すように見る。

 だから、忘れられない。

「大丈夫だから、あんまり気にするな」

 いつもと変わらない顔に見えるが、どこか泣きそうにも見える。

 そんなアヤカの頭を撫でる。

 しばらくそうしていると、アヤカの肩から力が抜けた。

「・・・・・・モリヒト。きっと。大変です」

「何が?」

「モリヒトが分からないから、わたしにも分からないです」

 でも、とアヤカは言って、

「お願いです。一人にならないで」

 何か大事そうなことを言われたなあ、と思いつつも、モリヒトは、のんびりと笑みを作った。

「じゃあ、アヤカが一緒にいてくれな?」

「・・・・・・」

 赤くなったアヤカを微笑ましく思う。


** ++ **


 少し、モリヒトの話をしよう。

 モリヒトの家族は、両親と妹だ。

 妹は、モリヒトより三歳下。

 そして、両親は、妹が小学生になる前に離婚した。

 理由について、モリヒトは確かめたことはない。

 ただ、離婚した後、両親どちらからも、互いの悪口を聞いたことはなかった。

 モリヒトは父親に引き取られ、妹は母親に引き取られた。

 今思うのは、当時の父親に、どうやってモリヒトの親権を主張することができたのか、ということだ。

 モリヒトは、父親が働いているところを見たことがない。

 築何年か分からないような、ボロのアパートの一室。

 そこで、モリヒトが全ての家事を行っていた。

 父親は、どこからか金を取ってきて、酒に浸って生きていた。

 それでも、モリヒトの生活費だけはきちんと払っていたのだから、モリヒトは父親に感謝するべきなのかもしれない。

 代わりとでもいうように、父親には殴られたが。

 中学生まで、モリヒトは父親と暮らしていた。

 だが、中学を卒業する年。

 そこで、モリヒトの父親は行方不明となる。

 モリヒトが目を覚ましたのは、父親が行方不明となった、半年後だ。

 寝たきりで弱った体のリハビリに半年を費やし、結果として高校入学を一年遅らせる形で、モリヒトは高校へと進学した。

 母親が引き取るか、と言っては来たものの、高校は寮に入り、結果として一人暮らしをして高校生活を終える。

 学費や寮費などは、母親が払っていた。

 大学に進学した今は、時折母親や妹と食事を取る。

 とはいえ、父と暮らしていた時期、今の人生においても長い時間を占めるその時間を、全く連絡を取らずに来た母も、意識を取り戻した後に会った際にほぼ初対面の反応をした妹も、モリヒトにとっては、どこか遠い家族だった。


** ++ **


 夜の闇が広がっている。

 モリヒトは、王城の中でも高い塔へと登っていた。

 遠くまで、見える。

 王城から見える景色は、その内三方が海だ。

 遠く水平線があるが、夜の闇では分かりづらい。

 傍らのルイホウが、夜に冷え強く吹く風に、髪を押さえた。

「やっぱ、ちょっと、冷えるな」

「夜も暖かい季節は、もう少し先ですね。はい」

 羽織ってきた上着の袷を引き寄せて、ふう、と一つ息を吐いた。

 リハビリ代わりに、と登ってきたが、

「体を動かしたところで、どうにかなるものでもない、か」

「は、何がでしょうか? はい」

 なんでもない、と首を振り、

「・・・・・・ルイホウは、夢を見ることはあるかな?」

「あります。はい」

 即答に近い速度での答えに、ふと振り返る。

「・・・・・・」

 ただ黙って微笑むルイホウの顔を見て、

「俺が聞くと思ってた?」

「何となくです。はい」

 む、と唸る。

「ルイホウに悟られるのは、何か腹立つな」

「何でですか・・・・・・。はい」

 苦笑するルイホウを見て、ふと思う。

「・・・・・・ルイホウって可愛いなあ」

「はい?! え、いや、はい・・・・・・」

 おお、混乱してる、と笑いつつ、

「冗談だよ。本気だけど」

「・・・・・・どっちですか。はい」

「ん~。じゃあ、本気で」

 ルイホウの顔を改めて見る。

 異世界へと来てから、毎日だ。

 毎日、ルイホウの顔だけは必ず見ている。

 何せ、どこに行くにも、ルイホウは必ずついてくるのだから。

 立場的なものが理由であるにしろ、そういう人を、モリヒトはありがたいと、そう感じるのだ。

 同時に、簡単に好意を抱く自分のことを、浅ましいとも思うが。

「悪癖だよなあ・・・・・・」

 悪癖というか、簡単すぎるというか。

 別に相手は、こちらに対して好意を抱いて近寄ってきているわけではない。

 相手の感情を確かめることもしていない。

 それでも、ルイホウに甘えようとする自分がいる。

 いつもなら、何をバカな、と自嘲できるのに、

「あの夢を見たあとは、いつも何かしら失っている気がするんだよな」

 初めてあの夢を見たのは、高校に入学した直後。

 夢の中に出てきた気がして、筆箱をゴミ箱に叩き込んだ。

 夢を見た朝、目を覚ませば、空き巣に入られていたこともある。

 サイフを落としたこと、携帯を踏み砕いたこと、友人と喧嘩したこと。

 当時付き合っていた恋人に対して、致命的な誤りをしたこと。

 自業自得もあれば、ただの不幸もある。

 ただ、

「ルイホウ、ちょっと、叱ってくれ」

「はい?」

「怪我をしてまで守ったっていうのに、俺は、そのことを少し後悔している」

「・・・・・・なぜですか? はい」

「・・・・・・理由は聞くな」

 言いたくない。

 夢を見たあとは、いつも浅くなると思う。

 いつもより、考えが浅くなる。

 浅くなった考えは、みっともないから、口にできない。

「あー・・・・・・」

 壁に背を預け、座り込む。

「だるい・・・・・・」

 ふと、隣にルイホウが寄り添って座った。

 だから、その方向へと、倒れこんでみる。

 叱ってくれと頼んだから、甘えるなと、押し返されると期待して。

 だが、

「どうぞ、はい」

 ルイホウの太股へと、モリヒトの頭は落ちた。

「・・・・・・ルイホウ?」

 見上げたルイホウの顔は、暗がりでよくは見えないが、きっと笑顔なのだろう。

 そっと、ルイホウの手が、額から髪を撫でて行く。

 だめだな、と思う。

 こういう優しさは、もらっちゃだめだ。

 目を閉じる。

 どれだけ、そうしていたのか。

 ポツリと、呟いていた。


** ++ **


「・・・・・・夢の中でな」

「はい」

「俺は誰かを見捨てた。そんな気がするんだ」

「はい」

「だからな。見捨ててしまえと」

「・・・・・・」

「それは、お前の大事なものではないから、見捨ててしまえと」

「・・・・・・はい」

「一番大事なものを見捨てて、どうでもいいものを拾うのかと」


 恨みが聞こえる。


「俺はきっと・・・・・・」


 許せない。


「きっと、何かを守れなくて・・・・・・」

「モリヒト様・・・・・・」

「それはきっと、本当に、大事なものだったんだ」


** ++ **


「ルイホウ」

「はい」

「先、戻ってくれ」

「・・・・・・」

「しばらく、一人にしてくれ」

「そんなことを言う人を、一人にはできません。はい」

「何で?」

「いつもそうしてきたんでしょう? そして今もそうしようとしている。はい」

「だからさ・・・・・・」

「それで、何かが楽になりましたか? はい」

「む・・・・・・」

「モリヒト様は、寂しがりのくせに、一人でいようとしますね。はい」

「・・・・・・寂しがりて・・・・・・」

「寂しがりですよ。はい。いつも、私を振り返る時、どんな顔をしているか、自覚ないんですか? はい」

「・・・・・・む・・・・・・」

「いつも、自分の部屋にいないのは、何故ですか? はい」

「・・・・・・む」

「そういうの、一緒にいると、分かってしまいますよ。はい。私は、モリヒト様の観察が役目なんですから。はい」

「・・・・・・うあああ」

 格好悪いなあ、と、モリヒトは呻く。

「というか、そういうの気づいてて、俺を面白がってるか? ひょっとして」

「違いますよ。はい」

 ふふふ、と今度は笑い声が聞こえた。

「・・・・・・ただ、かわいいなあ、と思うので。はい」

「かわいいて・・・・・・」

 どう反応していいのか迷っている間に、ルイホウはまた笑い、

「そういうところ、私は好ましく思いますよ。はい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 告られてる? と迷いがあった。

 とりあえず言えることを口にする。

「趣味悪い。・・・・・・変な男かダメ男にひっかかりそう・・・・・・」

「よく言われます。はい」

 苦笑の混じった返答だった。

 相変わらず、暗闇で表情は見えにくいが、ルイホウはちょっと嬉しそうにモリヒトの頭を撫でている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しばらく、黙ってしまった。

 どういうことを言えばいいのかが、分からないからだ。

 ルイホウには、この国に来てから世話になりっぱなしだ。

 巻き込まれのモリヒト担当、ということもあって、いつでもどこでもついてくる。

 それも、こちらの邪魔にならない距離を保って。

 それでいて、助けてほしいときには、ちょうどいい距離に寄ってきている。

 モリヒトとしては、よく観察されてるなあ、と思うところではあるのだが、

「・・・・・・いいや。諦めー」

 前に付き合ってた彼女にも近いところはあった。

 あっちと付き合った時は、いつの間にか外堀埋められて、後はタイミング見計らって急所を打ち抜かれた感じだったが、

「・・・・・・ルイホウは、じわじわと浸すタイプだな。気づいたらはまってる感じ・・・・・・」

「何の話でしょう? はい」

 いいえ、と首を振っておく。

 単純に、このままだと後戻りできないレベルで好きになりそうだなあ、と思う程度の話だ、と内心思うにとどめて、話を逸らすことにした。

「・・・・・・ユキオとか、気づいてるかなあ・・・・・・」

「どうでしょうか? はい」

 気づかれたくはないと思う。

 なんだかんだと、ユキオは巻き込まれた部外者でありながら、味方をしているモリヒトに対し、何かしら気を遣っているようなところがある。

 自惚れでなければ、ユキオからはモリヒトの方が年上ということで、多少の信頼感を得ているようにも感じている。

 そういう相手でなくとも、年下の女の子に寂しがりとか思われるのは恥ずかしい。

「まあ、ユキオ様やアヤカ様は、モリヒト様に対してはちょっと目が曇ってるところがあると思いますし。はい」

「なんで?」

「あのお二人、アヤカ様は言わずもがなですが、ユキオ様も、男性に対しては一線を引いて接される方ですから。はい」

「まあ、二人とも美人だしな」

 いろいろあるだろう、いろいろと、と納得していると、

「そういう意味で、モリヒト様との距離感を測りかねているように見えます。はい」

「そうか・・・・・・」

 モリヒトの中で、少し腑に落ちる人物評ではあった。

「まあ、ユキオやアヤカの中の話だし、俺の方かどうこうする話でもないか・・・・・・」

 気にしないことにして、身を起こす。

「もういいんですか? はい」

「なんでちょっと残念そうなんだ。君は・・・・・・」

「もうちょっとやれば、モリヒト様の方から私に依存してくれそうな気がするので。はい」

「怖えよ。口に出して言うところが特に」

 ルイホウに好かれるようなフラグ建てたっけ、と首を傾げつつも、内心戦々恐々となった、夜だった。

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