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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第6章:山水の廓
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第13話:発動体を探す

 べちゃり、べちゃり、と足音がする。


** ++ **


「ただいまー」

 クルワが山小屋に戻ると、アバントが顔を上げた。

 部屋の中央の宅の上に、まとめられた荷物が三人分置いてある。

「おお。おかえり。・・・・・・その顔じゃと、うまくいったのかね?」

「あー・・・・・・」

 アバントの質問に、なんと答えたものか、と唸るクルワ。

 そのクルワの顔を見て、アバントは首を傾げた。

「どうしたね?」

「それがねー・・・・・・」

 クルワに手招きされ、山小屋の外へと向かう。

 そこから、さらに石垣の外へと向かい、

「・・・・・・む? なんじゃ、この生臭い・・・・・・」

 アバントが、鼻を衝く異臭に顔をしかめる。

「脂」

「脂?」

「脂肪」

「脂肪とな?」

 アバントと言い合いながら、クルワは小屋を囲む石垣の外へと出た。

 そこに、臭いの元がいた。

「・・・・・・うーむ・・・・・・」

 なんとも言い難い、という顔で、アバントが唸る。

 そこにいたのは、何かよくわからない粘液状のものでコーティングされた、モリヒトである。

「・・・・・・なんじゃそりゃ?」

「あのワニ。体の大部分が脂肪っていうか、油分だったの」

「うむ?」

「で、倒したら、その体を支えてた魔術的な性質が切れちゃって」

「ほう」

「で、その足元にいたモリヒトの上に、ちょっと溶けたような脂肪が、どばーって」

 上から下に、どばー、という様を示すクルワに、なんと、とアバントは驚いて見せる。

「この脂、取れねーんだ」

「温めても融けないし、燃やそうとしても火が点かないし、ぬぐおうにも粘度が高すぎて余計絡まっちゃうし、で、もう大変」

 肩をすくめるクルワ。

 アバントがモリヒトの後ろを覗き込むと、どう歩いてきたのか、というのがよくわかる。

 ぬらぬらとした線が、ずっと続いていた。

「ナメクジが這った後のようであるの」

「言い得て妙だわー」

「言ってる場合か」

 ああくそ、とモリヒトが唸る。

「爺さん、湯を沸かしてくれ」

「む? 湯で取れるかね?」

「分からんが、試してみんとどうしようもない。水がないし、クルワは水は出せねえっていうし」

 粘液っぽいが、正確には肉の脂身であるという。

「倒したところは、もっとひどいぞ?」

「そうなのか?」

「あー、うん。アタシの火の魔術で温まってたのか、もしくは、動き回って温まってたのか。とにかく、普通の脂みたいに溶けて落ちたのも結構あるから」

 モリヒトは、その両方を被ったために、取れなくなってしまっているのだ。

 白っぽいそれは、確かに動物の脂身の色だろう。

「うーむ」

「下手に焼くと、逆に固くなっちゃうんだよねー」

「なるほどのう・・・・・・」

 どれ、とアバントは唸ると、

「クルワよ。手伝っておくて。まずは、たらいを出してこんとの」

「はいはーい」

 二人が山小屋に入っていくのを見送り、モリヒトは、はあ、とため息を吐いた。


** ++ **


「・・・・・・あー、なんかまだ臭い気がする」

 魔獣の脂身は、結構匂いがひどかった。

 生肉の脂身のそれより、もっと鼻に来る匂いがあった。

 山小屋にたどり着いた時には、もう鼻が麻痺していたほどである。

「うーむ。それで、倒した素材はそのままかね」

 アバントが聞いたのは、倒し終わった、ワニの魔獣の存在についてだ。

 ちょっとした窪地で倒したワニの魔獣は、周囲に溶けた脂が落ち、今は冷えて固まって、脂の沼のようになっている。

「石を使って、簡単な結界は張ってきたけど、放っておいたら、腐るか食べられるかしちゃうかなー」

「あんな脂身だらけの肉、食べたがる動物なんかいるのかね?」

 け、と吐き捨てるモリヒトに、クルワは苦笑を浮かべつつ、石鹸とお湯を付けた布でモリヒトの髪をぬぐう。

 髪の隙間から融け出た脂が、その布についた。

「まだ残ってる」

「まじかー」

 くそー、と唸りつつ、たらいのお湯に頭をつけて、ばしゃばしゃと洗う。

 おおきなたらいは、魔獣の皮のなめしなどに使うものだが、人も入れる大きさは、ふろおけとしても使える。

 お湯を張ったそれは、もはや風呂だ。

 モリヒトは、下着一枚になって、全身を洗っていた。

 石鹸を使ってぬぐっていけば、なんとか脂は落ちていったが、

「お湯、捨てないとねー」

 脂の浮いたお湯を見て、スープか、とツッコミを入れつつも、クルワは笑っている。

「こうだ」

 たらいをひっくり返すと、ざばー、と流れていく。

 石垣の外だからできることだ。

「・・・・・・アタシもお風呂入りたいなー?」

 たらいのお湯は、これまでに三回入れなおした。

 井戸から汲んだ水をお湯に変えたのは、すべてクルワの魔術である。

「水汲みならしてやる。沸かすのは自分でやれ」

 その労力を考えれば、モリヒトとしても労わりたいと思うが、モリヒトがやるより、クルワがやった方が早い。

「はいはーい」

 そのことは分かっているのか、クルワの返事も軽い。

 ともあれ、

「俺はもう終わったから、次はクルワだな。・・・・・・石垣の中でいいよな?」

「構わぬよ? 洗い場に置いたらええ」

 モリヒトが石垣の外で洗っていたのは、モリヒトにへばりついていた脂は、下手に洗い場で流すと排水溝に詰まる恐れがあったからだ。

 クルワが風呂として使うなら、別に中でいい。

 外は、決して安全でもないし、目隠しもないのだから。

 ごろごろとたらいを転がして、石垣の中へと運ぶ。

「あと、覗かれても文句言うな」

「言うわ!」

「目隠しもなんもないんだから」

「見なきゃいいでしょ」

「男に、お前の風呂をか? は! 無茶言うな」

 言っては何だが、クルワは見目麗しい少女である。

 それが風呂に入っているのに、目隠しも何もなければ、見てしまうのは仕方がない。

「・・・・・・褒められてるんだと思うんだけど、怒るからね?」

「へいへい」

 たらいを洗い場に置き、井戸から水を汲みながら、あちら、こちら、と目をやって、

「じゃあ、これでいいか」

 たらいを水で満たした後、山小屋と洗い場の間に棒を二本立て、紐を張って、その紐に余っていた毛皮を垂らす。

「・・・・・・ちょっと隙間あるけど、ほとんど見えんだろ」

「・・・・・・まあ、いいか」

 クルワは表と裏から毛皮のカーテンを見て、少々不本意そうだが、頷いた。

「俺らは小屋の中にいるから」

「はーい」

 すぐさま、水が蒸発する音が響く。

 クルワが、魔術の火をたらいに突っ込んだのだろう。

「やれやれ」

 肩をすくめながら、モリヒトは山小屋へと入った。


** ++ **


 山小屋の中で、アバントは茶を淹れている。

 少し離れたところから、水音と調子の外れた鼻唄が聞こえてくるが、二人は努めて無視した。

「・・・・・・あー、茶の匂いが落ち着く」

 鼻の奥にまだ脂の匂いが残っている気がするモリヒトは、カップから漂う茶の匂いを嗅いで、はあ、とため息を吐いた。

「大変であったのう」

 苦笑するアバントに、まあな、と返す。

「動き回ってたのはクルワだけど、俺ばっか狙ってくるからよ」

「うん?」

「俺の方が、クルワより魔力量が多いからな」

 常に魔力を吸収しているモリヒトは、見かけ上は周囲より魔力量が高い。

「ほう? というと、やはりモリヒトに発動体がないのは、少々もったいないのう」

「それは、俺もひしひし感じてる。魔術使える方が、できることの幅が違う」

 肉体強化なんかの原始的な、魔術とも言えないようなものなら、いくらでも使える。

 ただ、攻撃手段には乏しい。

「ふうむ・・・・・・」

 しばらく、アバントは唸っていたが、

「そうじゃのう・・・・・・」

 しばらく悩んだ後、奥の棚から何かを引っ張り出してきた。

 それは、地図のようだった。

「モリヒトも元気になったしの。少々、冒険をしてみんか?」

「うん?」

「発動体は、高価なもの。加えて、言ってはなんじゃが、武器じゃ。お主とクルワでは、手に入れるにも一苦労であろう」

「あ、やっぱ管理されてるんだ」

「うむ。儂の口添えでどうにか、というのも考えたが、『守り手』に挑もうというなら、市場で手に入るレベルでは心許ない」

 そこで、とアバントは、地図の一点を指す。

「今儂らがおるのが、ここじゃ」

 そこから、すっと指が動く。

「この辺り、探索をしてみるとよい」

「・・・・・・何があるんだ?」

「もう、四、五十年ほど前になるかの? この山で、少々怪しげな研究を行っていた集団がおってな。この辺りに、その拠点があった、とされておる」

「なんだ? そのされておるってのは・・・・・・」

「集団自体は、国軍によって摘発。すでに殲滅されておるのだがな。その拠点は、発見できておらぬのよ。何せ、ここは『守り手』の領域のぎりぎり内側じゃ。軍では、調査ができぬ」

「・・・・・・なるほど」

 人数がおおければ、それは見つかりやすくもなる。

 だから、軍では調査ができなかった。

「じゃが、お主とクルワの二人なら、調べることもできるはずじゃ」

「見つからないか?」

「内側まで入ったならばともかく、端の方なら、例の石布をまとっておけば、ある程度はごまかせるじゃろ。中を調べれば、発動体の一つくらいはあるかもしれん」

「ほう・・・・・・」

 冒険、とはそういう意味か、とモリヒトは頷く。

「んー、何、何の話よ?」

 頭を拭きながら、クルワが入ってきた。

 湯上りの薄着にしっとりとした雰囲気だが、ずいぶんとさっぱりした顔だ。

「おう。爺さんが、発動体があるかもしれん場所があるってんでな」

「へー・・・・・・」

 クルワが、地図を覗き込む。

「儂は、麓に下りて、例の魔獣の死体の回収の手配をしよう。あれだけ脂が取れるなら、それはそれで使いどころがある」

「じゃあ、俺は調べに行くけど、クルワは?」

「それ聞く?」

 ふふん、クルワは胸を張って、

「もちろん。行くに決まってるっしょ!」

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