第9話:石のナイフ
ごり、ごり、ごり、とこすり合わせる音が響く。
モリヒトは、地面に腰を下ろし、手を前後へと動かしている。
握るのは、棒状の石だ。
下にあるのは、砥石である。
水をかけ、砥石の上で、手の中の石をすり合わせる。
そうすることで、石を研いで刃としている。
簡単に言ってしまえば、石のナイフを作っている。
刃渡りは、六十センチほど。
ナイフとしては、多少大型で、重さもそれなりだ。
一応、武器である。
つるはしで石を砕いていた時、たまたまいい具合の長さの石が取れたから、それを武器に加工している最中である。
これで、下手な鉄の剣より硬いのだから、真龍の聖域の素材、というのは、なんとも扱いに困る。
「そうそう、真っすぐに、押し付けるように」
砥石は、アバントから借りたものだ。
この山の硬い石を使った武器、というのは、この大陸では割とありふれたものであるらしい。
さすがに、モリヒトが今作ろうとしているサイズの剣は、意外と珍しいという。
借りていたつるはしだって、切っ先は若紫色の石を使っているが、大元は鉄である。
「しかし、ずいぶんと都合のよい大きさがあったものじゃの」
アバントが言うのは、モリヒトの持つものがいい具合の大きさだからだ。
握りとなるところまで含めると、一メートル弱の長さがある。
これを一本の石として切り出して来れたのだから、運がいい。
「・・・・・・もう一本あると、ちょうどよかったんだけどなあ」
「そこまで言うのは、さすがに贅沢ってもんでしょ」
モリヒトの作業をなんとはなしに眺めながらのクルワのぼやきに、モリヒトは肩をすくめる。
握りとなる部分は、ノミを使っていい太さになるように削った後、やすりで削って皮を巻いた。
あとは、刃になる部分だ。
とはいえ、素人の研ぎで、しかも石の剣である。
切れ味、という分では、あまり期待はできないだろう。
「そうでもないっしょ」
「そうか? 石だぞ? 俺素人だぞ?」
モリヒト自身、間に合わせ、という気で作っている。
ちょっと切れ味のあるこん棒を作っている、という心持ちなのだ。
刃をつけるために、多少鋭くなるように研いではいるが、刀身はでこぼこしているし、見た目はあれだ。
歴史の教科書に載っている打製石器に近い。
だが、
「だって、それここの石を使ってんのよ? 魔力込めれば、結構な切れ味出ると思う」
「・・・・・・む」
つるはしがいい威力を出すのと、同じ理屈だ。
真龍の聖域の石である。
魔力の通りがよく、使い手の魔力イメージに強い影響を受ける。
結果、魔力を込めて切れ味よく、と認識すれば、それだけ切れ味が上がる。
もちろん、土台の武器が良ければ、その性能は言うことなしではあるが、この山の豊富な魔力の下であれば、十分に実用には耐えるだろう。
まして、モリヒトがその魔力を注ぐなら、
「モリヒトは、結構魔力量多いし、多分普通に使う分には十分使えるって」
「・・・・・・そういうものか」
魔力に対する、イメージの力、というものがどれだけ適当かつ大雑把でも作用するのか、ということを認識させてくれる話だ。
「でも、素人が暇つぶしの手慰みに作ってるようなものでも、そうなっちまうのか」
「ふむ。まあ、環境と作業者、というのも、要因としては大きいがのう」
「うん?」
アバントの方は、というと、作業用のナイフをつかって毛皮をなめしている。
今までに、クルワが狩ってきたものの、解体だけして、放っておかれていたものだ。
こちらも、暇つぶしの手慰みである。
ではクルワは、というと、干し肉をほぐし、細かく切り刻んで、調味料や野菜の刻み、卵の黄身を合わせてよく練って、肉団子を作ろうとしている。
他にも、鍋の中には、やたら手間のかかるスープを作っていたり、と、こちらもやはり手間がやたらかかる作業をして、暇つぶしをしている。
巨大ワニ型魔獣の情報があってから、三人はほぼこうして日々、暇つぶしに近い作業で時間を潰している。
「環境って?」
「これだけ、魔力に溢れる環境で作っておる、ということよ。加えて、モリヒトにもそれだけの魔力が備わっている」
この二つが合わさることで、モリヒトが剣を研ぐ際に、剣としてのイメージが魔力的に作用する。
「そうなると、ただの作業でも結果が変わるのじゃな」
砥石の方は、ともかく、刀身が極めて魔力伝達能力の高い素材だ。
無意識的にでも魔力を流しながら作業をするうちに、自分でも知らないうちにいい具合の形に変えてしまうという。
「作業、という手を動かす行いは、原始的な詠唱でもある、ということよ」
アバントはそう締めくくる。
「普段から、職人は、そういうこと考えるのか?」
「まさか。まともな職人ならば、むしろ魔力の影響が出ぬように作業を行うよ」
他人の魔力が染み込んだ道具など、使うときにデメリットにしかならない。
そのため、職人というのは、作業時にはむしろ自分の魔力は出ないようにする。
魔力なしで作業をするため、職人には高い技量が必要とされる、というわけだ。
「俺は?」
「それ、自分で使うんじゃろ? じゃったら、むしろ自分の魔力を染み込ませておいた方がええぞ?」
「・・・・・・なるほど」
目的別に、良し悪しってことか、とモリヒトは頷く。
ともあれ、しばらく、鍋がふつふつと煮立つ音。
ごりごりと石と砥石をすり合わせる音。
毛皮をすりすりとなめす音、というのが、小屋を満たしていた。
「・・・・・・爺さん、ふと思ったんだが」
作業音以外に音がなくなった小屋の中、ふとモリヒトが声を挙げた。
「うむ?」
「『守り手』が、件の魔獣を討ち取った場合、なんか見てわかる何かがあるって話だったが」
「うむ」
「『守り手』じゃなくて、狩人とか、戦士とか、ともあれ麓の人間が討ち取った場合、情報って回ってくんの?」
「儂がこの小屋にこもることは、他の拾い屋に伝えてあるでの。安全が確保されれば、情報は回ってくるじゃろうて」
「ならいいんだが」
忘れ去られたまま、一ヶ月こもる、とかは、さすがに無理だなあ、とモリヒトは思っている。
食料は十分あるし、水も井戸があるから問題ないとはいえ、普通に飽きる。
「・・・・・・最悪、こっちから狩りに出るってのも、アリか?」
「アリよりのアリー」
クルワの返答にも、微妙に力が抜けている。
「アタシなら、最悪逃げきれると思うしー」
「ほっほっほ。まあ、そこまで危険を冒すこともないであろう。・・・・・・それこそ、それがこちらに近づきでもせん限りはの」
「ほうほう」
ふんふん、と頷く。
そうかあ、と頷く。
「なんじゃ?」
何やら含むところのあるモリヒトの頷きに、アバントが眉の片方を上げて、モリヒトを見る。
それに対し、モリヒトは、うむ、と腕を組んで、
「俺の故国には、噂をすると影、ということわざがある」
「ふむ?」
「最近では、フラグ、という言い方をする」
「なんじゃそりゃ」
はっはっは、とモリヒトは笑った。
「ことわざの方は、噂をしていると、当の本人が現れるぞっていう意味」
はあ、とため息を吐いて、
「フラグっていうのは、まさかそうはなるまい、とか言っていると、その自体が怒ってしまうっていう話」
「ほう?」
「なんか嫌な予感するぜ。ちょっと、外の見張りとか、ちゃんとしないとなあ」
「無用な心配じゃと思うがの」
アバントは肩をすくめるが、モリヒトは立ち上がる。
「まあ、それはそれ、これはこれ。・・・・・・面倒ごとかもしれないなら、準備はしておいて損はない」
「本音は?」
クルワが入れた合いの手に、モリヒトは頷いて答える。
「せっかく準備した剣。使う機会があるといいなあ」
「はいはい。じゃあ、見張りよろしくー」
「・・・・・・おや?」
「ふ。まあ、周りを囲む石垣には、何か所か覗き穴を作ってある。見張りというなら、そこから覗くが良い」
「おう」
単純な力作業でしびれた手を振りながら、モリヒトは小屋の外へと向かう。
「まあ、無用な心配じゃと思うぞ?」
「そうだな」
数日後、遠目に巨大なワニが動いているのを見て、フラグが立っていた、とモリヒトはうめくのであった。
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