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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第6章:山水の廓
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第9話:石のナイフ

 ごり、ごり、ごり、とこすり合わせる音が響く。

 モリヒトは、地面に腰を下ろし、手を前後へと動かしている。

 握るのは、棒状の石だ。

 下にあるのは、砥石である。

 水をかけ、砥石の上で、手の中の石をすり合わせる。

 そうすることで、石を研いで刃としている。

 簡単に言ってしまえば、石のナイフを作っている。

 刃渡りは、六十センチほど。

 ナイフとしては、多少大型で、重さもそれなりだ。

 一応、武器である。

 つるはしで石を砕いていた時、たまたまいい具合の長さの石が取れたから、それを武器に加工している最中である。

 これで、下手な鉄の剣より硬いのだから、真龍の聖域の素材、というのは、なんとも扱いに困る。

「そうそう、真っすぐに、押し付けるように」

 砥石は、アバントから借りたものだ。

 この山の硬い石を使った武器、というのは、この大陸では割とありふれたものであるらしい。

 さすがに、モリヒトが今作ろうとしているサイズの剣は、意外と珍しいという。

 借りていたつるはしだって、切っ先は若紫色の石を使っているが、大元は鉄である。

「しかし、ずいぶんと都合のよい大きさがあったものじゃの」

 アバントが言うのは、モリヒトの持つものがいい具合の大きさだからだ。

 握りとなるところまで含めると、一メートル弱の長さがある。

 これを一本の石として切り出して来れたのだから、運がいい。

「・・・・・・もう一本あると、ちょうどよかったんだけどなあ」

「そこまで言うのは、さすがに贅沢ってもんでしょ」

 モリヒトの作業をなんとはなしに眺めながらのクルワのぼやきに、モリヒトは肩をすくめる。

 握りとなる部分は、ノミを使っていい太さになるように削った後、やすりで削って皮を巻いた。

 あとは、刃になる部分だ。

 とはいえ、素人の研ぎで、しかも石の剣である。

 切れ味、という分では、あまり期待はできないだろう。

「そうでもないっしょ」

「そうか? 石だぞ? 俺素人だぞ?」

 モリヒト自身、間に合わせ、という気で作っている。

 ちょっと切れ味のあるこん棒を作っている、という心持ちなのだ。

 刃をつけるために、多少鋭くなるように研いではいるが、刀身はでこぼこしているし、見た目はあれだ。

 歴史の教科書に載っている打製石器に近い。

 だが、

「だって、それここの石を使ってんのよ? 魔力込めれば、結構な切れ味出ると思う」

「・・・・・・む」

 つるはしがいい威力を出すのと、同じ理屈だ。

 真龍の聖域の石である。

 魔力の通りがよく、使い手の魔力イメージに強い影響を受ける。

 結果、魔力を込めて切れ味よく、と認識すれば、それだけ切れ味が上がる。

 もちろん、土台の武器が良ければ、その性能は言うことなしではあるが、この山の豊富な魔力の下であれば、十分に実用には耐えるだろう。

 まして、モリヒトがその魔力を注ぐなら、

「モリヒトは、結構魔力量多いし、多分普通に使う分には十分使えるって」

「・・・・・・そういうものか」

 魔力に対する、イメージの力、というものがどれだけ適当かつ大雑把でも作用するのか、ということを認識させてくれる話だ。

「でも、素人が暇つぶしの手慰みに作ってるようなものでも、そうなっちまうのか」

「ふむ。まあ、環境と作業者、というのも、要因としては大きいがのう」

「うん?」

 アバントの方は、というと、作業用のナイフをつかって毛皮をなめしている。

 今までに、クルワが狩ってきたものの、解体だけして、放っておかれていたものだ。

 こちらも、暇つぶしの手慰みである。

 ではクルワは、というと、干し肉をほぐし、細かく切り刻んで、調味料や野菜の刻み、卵の黄身を合わせてよく練って、肉団子を作ろうとしている。

 他にも、鍋の中には、やたら手間のかかるスープを作っていたり、と、こちらもやはり手間がやたらかかる作業をして、暇つぶしをしている。

 巨大ワニ型魔獣の情報があってから、三人はほぼこうして日々、暇つぶしに近い作業で時間を潰している。

「環境って?」

「これだけ、魔力に溢れる環境で作っておる、ということよ。加えて、モリヒトにもそれだけの魔力が備わっている」

 この二つが合わさることで、モリヒトが剣を研ぐ際に、剣としてのイメージが魔力的に作用する。

「そうなると、ただの作業でも結果が変わるのじゃな」

 砥石の方は、ともかく、刀身が極めて魔力伝達能力の高い素材だ。

 無意識的にでも魔力を流しながら作業をするうちに、自分でも知らないうちにいい具合の形に変えてしまうという。

「作業、という手を動かす行いは、原始的な詠唱でもある、ということよ」

 アバントはそう締めくくる。

「普段から、職人は、そういうこと考えるのか?」

「まさか。まともな職人ならば、むしろ魔力の影響が出ぬように作業を行うよ」

 他人の魔力が染み込んだ道具など、使うときにデメリットにしかならない。

 そのため、職人というのは、作業時にはむしろ自分の魔力は出ないようにする。

 魔力なしで作業をするため、職人には高い技量が必要とされる、というわけだ。

「俺は?」

「それ、自分で使うんじゃろ? じゃったら、むしろ自分の魔力を染み込ませておいた方がええぞ?」

「・・・・・・なるほど」

 目的別に、良し悪しってことか、とモリヒトは頷く。

 ともあれ、しばらく、鍋がふつふつと煮立つ音。

 ごりごりと石と砥石をすり合わせる音。

 毛皮をすりすりとなめす音、というのが、小屋を満たしていた。

「・・・・・・爺さん、ふと思ったんだが」

 作業音以外に音がなくなった小屋の中、ふとモリヒトが声を挙げた。

「うむ?」

「『守り手』が、件の魔獣を討ち取った場合、なんか見てわかる何かがあるって話だったが」

「うむ」

「『守り手』じゃなくて、狩人とか、戦士とか、ともあれ麓の人間が討ち取った場合、情報って回ってくんの?」

「儂がこの小屋にこもることは、他の拾い屋に伝えてあるでの。安全が確保されれば、情報は回ってくるじゃろうて」

「ならいいんだが」

 忘れ去られたまま、一ヶ月こもる、とかは、さすがに無理だなあ、とモリヒトは思っている。

 食料は十分あるし、水も井戸があるから問題ないとはいえ、普通に飽きる。

「・・・・・・最悪、こっちから狩りに出るってのも、アリか?」

「アリよりのアリー」

 クルワの返答にも、微妙に力が抜けている。

「アタシなら、最悪逃げきれると思うしー」

「ほっほっほ。まあ、そこまで危険を冒すこともないであろう。・・・・・・それこそ、それがこちらに近づきでもせん限りはの」

「ほうほう」

 ふんふん、と頷く。

 そうかあ、と頷く。

「なんじゃ?」

 何やら含むところのあるモリヒトの頷きに、アバントが眉の片方を上げて、モリヒトを見る。

 それに対し、モリヒトは、うむ、と腕を組んで、

「俺の故国には、噂をすると影、ということわざがある」

「ふむ?」

「最近では、フラグ、という言い方をする」

「なんじゃそりゃ」

 はっはっは、とモリヒトは笑った。

「ことわざの方は、噂をしていると、当の本人が現れるぞっていう意味」

 はあ、とため息を吐いて、

「フラグっていうのは、まさかそうはなるまい、とか言っていると、その自体が怒ってしまうっていう話」

「ほう?」

「なんか嫌な予感するぜ。ちょっと、外の見張りとか、ちゃんとしないとなあ」

「無用な心配じゃと思うがの」

 アバントは肩をすくめるが、モリヒトは立ち上がる。

「まあ、それはそれ、これはこれ。・・・・・・面倒ごとかもしれないなら、準備はしておいて損はない」

「本音は?」

 クルワが入れた合いの手に、モリヒトは頷いて答える。

「せっかく準備した剣。使う機会があるといいなあ」

「はいはい。じゃあ、見張りよろしくー」

「・・・・・・おや?」

「ふ。まあ、周りを囲む石垣には、何か所か覗き穴を作ってある。見張りというなら、そこから覗くが良い」

「おう」

 単純な力作業でしびれた手を振りながら、モリヒトは小屋の外へと向かう。

「まあ、無用な心配じゃと思うぞ?」

「そうだな」


 数日後、遠目に巨大なワニが動いているのを見て、フラグが立っていた、とモリヒトはうめくのであった。

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