第8話:巨大ワニのウワサ
「おーおー。大分と取ってきたのう・・・・・・」
ほっほっほ、とアバントが笑った。
籠を二つ背負って山小屋に戻ってきた二人は、アバントを見て首を傾げる。
「爺さん、何日か戻らないって、言ってなかったか?」
「そーそー。一回下に下りて、いろいろ雑用済ませてくる、とかなんとか」
「ふむ。それなんじゃがのう・・・・・・」
アバントは、二人から問いかけられて、腕を組み、むむ、と唸った。
「帰る途中で、他の拾い屋と会っての」
拾い屋、というのは、アバントなどと同じ、石拾いを生業とする者たちだ。
特に免許などがあるわけでもないため、なろうと思えば誰でもなれるが、死亡率が非常に高い仕事でもある。
大半の死因は、『守り手』の領域を読み間違えて、『守り手』に襲われて死ぬ。
そうでなくとも、魔獣に殺されることが多い。
滑落などで死ぬのは、意外と少数だ。
『守り手』は、基本的に一度定めた領域から出ることはないし、その境界は決まっている。
だが、魔獣は違う。
魔獣に追われ、逃げているうちに領域に踏み込んでしまう、というのは、よくある話だ。
「その拾い屋から、少々厄介な噂を聞いたのじゃ」
「噂?」
「うむ」
湯を沸かし、茶を淹れ、一息をついた二人。
その二人に、アバントは顔をしかめて、
「少々、大型で厄介な魔獣が、この山に入り込んでおるらしくてのう」
「む?」
魔獣、という話を聞いて、モリヒトは首を傾げた。
「そんなの、ここにはたくさんいるだろう?」
実際、窓からちょっと外を眺めただけで、家ほどの大きさがあるサイみたいな魔獣とか、車くらいの大きさのあるダンゴムシの魔獣とか、そういうのがうろうろしているのが見える。
山小屋のある位置は、そういった魔獣にとっては絶妙に襲いづらい地形、かつ、魔獣除けの魔術具が設置されているため、基本的に魔獣は襲ってこない。
ゆっくりと、魔獣を観察する余裕があるほどだ。
この山小屋は、拾い屋以外にも、魔獣の研究者などが泊まり込むこともあるというが、さもありなん、という造りである。
加えて、小屋の建材は、周囲の若紫色の石である。
見た目にも、遠目からだと周囲の景色と見分けがつかない。
山小屋にいる限りは、魔獣の危険は、無視していい、ということだ。
だから、魔獣、と言われても、その危険性がどうにも想像できない。
「なんだったら、今日のご飯は魔獣だし」
「・・・・・・そうな」
ぐい、とクルワが持ち上げた手には、まだ血なまぐさい小動物型魔獣が握られている。
帰りに、ついで、とクルワが片手間に狩ったものだ。
血抜きはしてあるものの、さすがに小屋の中だと血の匂いもする。
そんなクルワから目を逸らし、モリヒトは頷く。
クルワは、魔獣から毛皮をはぎつつ、首を傾げた。
「何が厄介なの?」
絵面は猟奇的だが、問いかけ自体は正当である。
それに対し、アバントはす、とクルワからは目を逸らしつつ、
「その魔獣は、積極的に他者を襲うらしい」
「・・・・・・?」
その言葉に、モリヒトはさらに首を傾げた。
魔獣が、他者を襲う、ということが、異常かどうかの判断がつかないからだ。
だが、
「ああ、なるほど」
クルワの方は、察するところがあるのか、頷いた。
「どういうことだ?」
「ん? 基本的にね。聖域にいる魔獣って、自衛のためでもなければ、他を襲うってことはそんなにないから」
クルワの説明によると、魔獣が他者を襲うのは、枯渇状態にあるからだ。
枯渇、というのは、魔力のことである。
魔獣は、他者を襲い、その体内にある魔力を奪うことで、生存する。
だが、聖域や魔獣区域のように、真龍からの魔力があふれる地域では、生存のための魔力が十分に存在し、大気中の魔力を吸収するだけでいい。
こうなると、積極的に他者を襲って魔力を奪う、という必要性がない。
「だから、この辺の魔獣って、見た目はどうでも基本的には大人しいってこと」
「へー」
なるほど、とモリヒトが頷いている横で、クルワは毛皮をはぎ終わった魔獣の解体を始めた。
ナイフを首に入れて、骨を外し、首を落とす。
胸部分からナイフを入れ、腹まで割いて、内臓を引きずり出す。
内臓は別のボールに入れて、その中を水で満たし、じゃぶじゃぶと洗っていく。
開いた肉の方も、残った血を布でぬぐって、切り分けていく。
「・・・・・・で、その魔獣がおかしいのは分かった」
「うむ」
手際のいいクルワの手元を見ていると、いつの間にか、魔獣が食材になっている。
ブロック状になった肉を一口大に切っていくクルワを見ながら、モリヒトとアバントは会話をする。
「とはいえ、そういう魔獣がまったくいないか、といえば、そうでもない」
「そうなの?」
「そりゃそうよ。人間に食いしん坊がいるみたいに、生きるのに十分な魔力が周囲にあっても、それ以上に欲しいって魔獣はいるって」
例えば、とクルワは、洗っていた内臓を開いてみる。
そこには、ごくわずかに草の繊維のようなものが見えるが、ほとんど空と言っていい。
「魔獣の多くは、極めて小食じゃ。何かを襲う必要もなく、何かを食する必要もないからのう」
だが、
「稀に、好んで食事をする魔獣がおる。そして、そういう魔獣は、積極的に他者を襲う」
共通性や法則性はなく、時折、魔獣の中に不意に現れることがあるという。
「そして、当然ながら、そういった魔獣は危険なのじゃよ」
魔獣区域から外に出て、人里を襲う魔獣などは、大概がこれだという。
そして、
「好んで他者を襲うが故に、他の個体よりも保有する魔力量が多く、単純に強い」
「厄介ってのは、そういうことか」
ほかより強くて狂暴な魔獣が、この辺に現れた、ということだ。
「目撃情報が、この辺りにほど近い一画でのう。二人が心配で戻ってきたのじゃ」
「そりゃ、お手数おかけしまして」
「なんの。これで、雑用を終えた戻ってきた時に、二人が死んでおった、などとなっておったら、それこそ寝覚めの悪い話じゃ」
アバントは、からからと笑う。
「で? 対策は?」
「狩り出す? 一体だけなら、何とかなると思うけど」
クルワが、少々好戦的な顔を見せるが、
「なあに、しばらく放っておいたらええ」
アバントの返答は、のんきなものだ。
「いいの?」
「他の拾い屋も、既に下りるか、山小屋にこもるかしておる」
言いながら、アバントは籠の中からいくらかの品を出してきた。
調味料類をはじめとした、生活必需品の類だ。
井戸なども外ではなく室内。
生活に必要な施設は、すべて若紫色の石で組まれた石垣の中にあり、外からでは見通せない。
結局、生活に困ることはほとんどない。
「しばらく敷地から出なければ、いずれは解決するでの」
「なんで?」
「ああ、そっか・・・・・・」
首を傾げるモリヒトに対し、クルワは納得の声を上げた。
「どういうこと?」
「魔獣には、共通する性質があるからじゃよ」
魔獣は、魔力の濃い地域に向かおうとする。
それは、今話題に上った変わり種の魔獣と言えど、例外ではない。
そして、この山において、魔力が濃い地域、というのは、
「『守り手』がおる領域の、さらにその奥じゃ」
「・・・・・・そんなことしたら、・・・・・・ああ」
「そう、『守り手』に迎撃される。そして死ぬ」
なるほど、とモリヒトは頷く。
「・・・・・・でも、逃げることだってあるだろ?」
『守り手』に勝てないとなれば、逃げることもあるだろう。
だが、
「一時逃げたとして、それでも本能には抗えぬ。やがて、また山を登ろうとする」
そして、いつかは『守り手』によって、仕留められる。
「それまで、待っておったらええのじゃよ」
アバントは、一息吐いて、ふう、と茶をすする。
「儂が戻ってきたのも、この情報をお主らに伝えて、下手な危険を冒さぬよう、注意するためじゃしのう」
なるほどなあ、と唸っているモリヒトの見ている先、クルワが鍋を火にかけて、切り分けた肉を茹でている。
そこに、適当に切り刻んだ葉物野菜を入れ、調味料を入れ、粉を入れてとろみをつけている。
「まあ、ともあれ、しばらくは大人しくしておれ」
「・・・・・・でも、仕留められたって、分かるものなのか?」
「大丈夫じゃ。『守り手』が何かを仕留めると、とても分かりやすい合図が上がるからのう」
「へー??」
いずれ見ればわかる、とアバントは頷いた。
「ちなみに、その魔獣ってどんなのかって情報はあるの?」
クルワの問いかけに、ふむ、とアバントは頷く。
「爬虫類。大きな嘴のように長い口。四本脚。這うように歩く。長く太い尾。ごつごつした皮」
「んー」
モリヒトは、テーブルの上に、指先につけた水で線を引いて、
「ワニ?」
「おお。そういう感じらしいの」
「なるほどなあ」
モリヒトが描いた絵を見て、アバントは頷いた。
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